男の娘が美醜貞操逆転のあべこべファンタジー世界から脱却しようと足掻く話 ~それでもスカート履くのを止められない~ 作:シエスタさん
「んーまう、ブチュチュンパ……」
僕、妻、もう一人のちびっ子ギャング。
気絶した少女と、未だ必死に指をしゃぶる赤子を尻目に、三者三様の構えを見せていた。
ゆらゆらと海藻のように揺れる不可思議な構えを見せる少女。
無表情にただ一点、少女を見つめる我が妻。
ただこの子は離すまいと固く抱きしめる僕。
「んー……。やっぱり術者をやるのが手っ取り早い?」
そう宣言し、妻へゆっくりと向き直る少女。
まさか……。
「ま、まて。妻にだって手は出させないぞ……!」
何をするつもりかはわからないが、危害を加えるのなら見過ごせない。
慌てて彼女を守るように間に割って入る。
「に、逃げて!警察か、それとも誰でもいいから呼んで!早く!」
「…………」
少女から目を離さぬよう背後の妻へ声を荒げる。
「妻でも何でもないよ。それ。お兄さん、どいて。そいつ倒せない」
「そ、そんな事を言われてどくわけにいかないでしょ!」
さもありなん。
いよいよもって退くわけには行かない。
何はともあれだ。やはり、歓迎するような相手では無いらしい。
そう確信し、嫌な汗が一筋頬を伝う。
…………?
「ど、どうしたの?」
……なんだ?
何かがおかしい。何がだろうか?
いや、簡単な話だ。
よくよく考えればそうだ。――何故妻は一言も話さないのか?
「ね、ねえ。ふざけている場合じゃないよ、早く……」
あまりに様子のおかしい妻。この少女の言う通り、まさか本当に……?
いや、そんな訳は……。……ダメだ。考えが纏まらない……!
それでも、一先ずは退避を促すべきだ。
そう迂闊にも振り返ろうとしたその時――。
「ごめんね、お兄さん」
素早く僕を迂回した少女は妻へと肉薄する。
あっという間に素早い足払いを繰り出す少女。
冗談かと思う程綺麗に宙を舞い、妻は受け身を取る事無くうつ伏せのまま地面に叩きつけられた。
「ああ……!」
短い悲鳴が零れる。
指先一つ動く気配のない彼女。
ああ、なんてことだ。
なんで、なんで僕の――。
「違う、お兄さん。よく見て」
促すような少女の声を理解する間に、妻……、妻?僕は一体今まで何を……?
地に倒れ伏した”女性”はどろんっという音を立て、煙のように消え去ってしまった。
「そしてよく見て。こっちを。ルル達の名前を言ってみて……!」
名前?名前だって?そもそも一人称がルルじゃないか。
自分で自分の名前を教えているようなものだ。
それにそっちで目を回している子だって――。
「な、何を言ってるんだよ。ルルちゃん。というかリリちゃんを何とかしないと。このままじゃ可哀想だよ……あ、あれ?」
あれ?リリちゃんにルルちゃん。自然と口から出た言葉を反芻する。
リルラリルリリ。リルラリラルル。
――あ、ああ。僕は、僕はなんて勘違いを――!
「あああぁぁ!ごめん、ごめんよ……。どうして、僕はルルちゃん達の事を忘れて……。……くっ、頭が――」
「大丈夫、お兄さん。これは幻術。ルル達にはここはただの廃屋に見えてる。お兄さんもきっと大丈夫」
記憶が、靄のかかったような頭の中が一気に晴れ渡るのを感じる。
そうだ。僕たちはギルドの依頼を受け、野菜泥棒を捕まえるために潜伏している廃屋へ踏み込んだんだった。
そう知覚した瞬間、周囲の風景や音が崩れ去り、あっという間に元の廃屋と、壁の隙間から鳥の囀りが聴こえる田舎特有の空気が一斉に戻ってくる。
「お、思い出した……全部思い出したよ。ルルちゃん。……手間を掛けさせてごめんね」
「だいじょーぶ。それより、この件の犯人がいない。リリ、ほら起きて。起きて」
「うぅん……」
またしてもお尻をぺしぺしと叩き始めた。
そこは頬とかじゃないのだろうか。
「やめてあげて……」
捲れ上がったスカートを直視しないように、止めるよう促す。
恐らく幻術を破った功労者はリリだ。
あまりご無体な真似はよしてやって欲しい。
特に戦闘面でガッツリ足を引っ張ってしまった僕は非常に居た堪れない心地になる。
「うーん……。ハッ!おにーさん、大丈夫!?」
目を覚ましたリリは即座に覚醒し、こちらを気遣ってくれる。
本当に申し訳ない事をした。後で何か二人にお詫びでもしないと……。
「大丈夫だよ、ありがとう。それこそリリちゃんは大丈夫?」
「うん、バッチリ!それより犯人がいない?逃がしたんじゃないの~?ルルぅ」
「うんにゃ。しっかりとっちめたはずだったけど、偽物だったらしい。その証拠に、ほら」
ルルが摘まみ上げた一枚の紙きれ。人型を模した形状をしている。
まるでこれは……。
「式神、みたい」
「し、しきがみ?おにーさん詳しいね……。でも確かに術者はまだ潜伏しているみたい、気配はするよ」
「これだけの事をやってのける。まだ近くに居るはず。というかお兄さん何持ってるの」
何?何って……確かに。
自分は一体何を抱えているんだ?
というよりもさっきから右人差し指の感覚が無い。
「ジュルルル、チュパッ。だぁ~」
は?赤ちゃん?なんで?
いや、違う。さっきまで見せられていた幻術の中に居たじゃないか。
口回りをよだれでべとべとにした赤子が腕の中で朗らかに笑って見せる。
でもなんで?幻術は解けたはず。
いや、違う。この笑みは決して朗らかなんてものでは――。
――ぞわりっ。
全身の肌が一瞬にして粟立つのを自覚する。
「おにーさん、そいつこっちに渡して!」
「曲者」
考えがまとまるより先に動揺が先走る。
「わ、わああ!」
赤ちゃんであるにも関わらず、言われるがまま放り投げるような真似をしてしまった。
宙を舞い、地面に叩き落されるかと思ったその瞬間。
またしてもどろんと音を立て、赤子は煙に包まれる。
そしてその中から人影が一つ。
「ふっふっふ。この幻術を見破られるとは恐れいったッス……でもまだまだッスね!」
胡散臭い三白眼にブロンドのロングヘアー。
二対の狐耳ともふもふの肉球の手足。
所々にヨレや汚れのある巫女服のような衣装を着た少女が姿を現す。
端的に言って少しみすぼらしい。
「あんたが……野菜泥棒!あんたの幻術はもう見破ったわ!観念しなさい!」
「追い詰めた。諦めるべき」
ビシリと戦闘モードに入り構える二人。良かった、やっとここまでこれた。
後は野菜泥棒である彼女を捕まえるだ……け……。
「ふふん、どうやらこの期に及んでまだ考えが足りていないようッスね……」
「何!?まだ何かあるの?」
「奥の手……?」
なんだろう。とてつもなく嫌な予感がする。
具体的に言えば未だに湿り気を湛えた右指がそれを訴えかけてくる。
「そこのチョーイケてるお兄さん!あんたらインプが懸想している相手に決まってるッス!その上で重大な情報をくれてやるッスよ!」
渾身の決めポーズと共に廃屋に狐の獣人と思わしき少女の声が響き渡る。
その様相は勝利を確信した者の姿以外の何物でもない。
「あっしが化けていたのはご察しの通り奥さんではない。そう、赤ん坊。つまりあっしはお兄さんの腕の中でずっと抱かれていたッス……」
「は、はぁ!?何それ!ずる……羨ま……じゃない、な、何よそれ!」
「……ッ!思いがけない強敵……!」
とんでもない情報をカミングアウトする少女。
いや、ほとんど察しはついていたが改めて言語化されるとキツい。
あれ?というかそれよりも……。
「って事はこのふやけて感覚が無い指はまさか」
まさか。まさか――。
先ほどと比較にならないレベルの悪寒に襲われる。
震えが止まらない。
赤子だと思っていたのは。哺乳瓶だと勘違いしていると思い込んでいたのは。
「そう。一時でも、我が子だと愛し、愛され”パパ”の指までしゃぶりつくしたこのあっし。ナズナこそがお兄さんの最愛の娘という事ッスよー!」
「……っ!う……ぐぅ!な、なんて強敵なの……!レ、レベルが違い過ぎる……」
よろめき膝をつくリリ。というか僕は既に膝をついている。
流石に愕然としてしまい、何もかもを投げだしてしまいたい感覚に襲われる。
でもどうか負けないで欲しい。
この右手の人差し指の仇を取って。どうか、負けないで。
そう祈りを込めてリリを見つめるが、膝は笑い、立っているだけでも精一杯の有様だ。
「は?パパプレイ?許さんが?」
敗北も覚悟したその瞬間。奔る一つの閃光。
「おぶっへぇ!」
目にも留まらぬ速度で駆け出したルルの拳がナズナを打ち抜いていた。
間抜けな音を立てて吹き飛ぶナズナ。廃屋の壁へしたたかに身体を打ち付けられる。
「ルルちゃん……」
「え、ええ……ルル……」
ドン引きする僕とリリ。
リリと同じように目を回すナズナと、鬼の形相でそれを見下ろすルル。
ここに野菜泥棒事件の犯人、ナズナの確保をもって、事件は収束を迎えるのだった。
……ところでルルさん。その簀と麻縄は一体どこから……?
アンケート回答・感想・お気に入り・投票・PV全てありがとうございます。
全てが糧となり、やる気に繋がっております。
今後も執筆の意欲に繋がるので高評価、感想、お気に入りの応援の程是非よろしくお願いします。