美醜も貞操もあべこべなファンタジー世界を脱却しようと足掻くメンタルおっさん男(の娘)の話   作:シエスタなう

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3話 前世の価値観で行動してみよう

 気がつくと、自分は必死に少女の傷を押さえていた。

 

「擦り傷にしか試したことはないけど、我慢してね」

 

 こっそりと家から持ち出した塗り薬を塗布し、傷口に当てていく。

 どうして、こんなにも熱心に手当てをしているのだろう?

 この子たちの姿が自分の価値観にそぐう、初めての存在だったから? それとも、目の前で命が消えることを許せないから?

 答えは出ない。そんなくだらないことを思考してしまうことにすら、苛立ちを覚える。

 考えるよりも前に、手が動いていた。

 

「……どうして?」

 

 か細い声が震える。ルルが、伏せたままの瞳をわずかに揺らした。

 意識が混濁しているのか、焦点が定まらない。

 

「……大丈夫、喋らないで」

 

 答えになっていない。けれど、今はそれでいい。

 優先すべきは、命を繋ぎ止めること――それなのに。

 

 布の隙間から、出鱈目に溶いた絵の具のように赤が広がる。

 重ねても、押さえても、まだ止まらない。

 赤く生温い液体が指先に広がる。指の隙間からじわりとこぼれ落ちるほどに、広がる熱は次第に冷えていく。

  止血が追いつかない。間に合わない。

 

 焼けつくような熱が喉の奥に絡みつく。

 呼吸は浅く、胸の内を焦燥が締めつける。

 得体の知れない何かが、紡ごうとする言葉を端から溶かしていく。

 それでも、指先は止まらない。

 

「リリ……ちゃん、だっけ? そこの袋! 布! と、取って!」

「え、あ、はい!」

 

 傷口を押さえ、染み出す血を拭い、布を当てる。

  頬を伝う感触。肌を滑る水滴。汗で滑る掌に僅かな苛立ちを覚えるのも一瞬。

 滲む視界の中、拭うことも出来ず、ただひらすらに手を動かし続ける。

 

 いよいよ視界が塞がり、何もかもが霞んでいく。

 息苦しさに耐えかね、そばに置いていた布を手に取った。

 額を覆う汗を拭い、滲む涙を押し流す。

 染み込んだ湿気が冷たく、無意識に手を緩める。

「これは……もう使えないね」

 自然と手を放そうとした、その瞬間。

「お、おにーさん!それ……!」

 リリの強張った声が響く。

 驚いて手を止めると、彼女は焦ったように布を指さしていた。

 

「あ、その……おにーさんの汗と涙には……男の人のマナが……あるから……」

「それ、傷薬より……よっぽど効くかも……」

「えっ……?」

 

 それは本当だろうか?

 手元の布を見下ろし、 布を握りしめ意識を向ける。

 なるほど、確かに在る。自分のものだからだろうか?

 明確に意識を向けないと気付かなかったが、いつもの馴染んだ力がそこにも感じられる。

 

「……こ、これを?」

 

 リリは、静かに頷いた。冗談ではないらしい。

 嫌悪感は拭えないがやむを得ない。

 握りしめた布を、そっと額の前へとかざす。

 祈るように目を閉じ、ゆっくりと息を整える。

 思い浮かべるのは、消毒に清潔。

 遠い記憶の蛇口から流れる清涼な水を想起する。

 煮沸消毒、アルコールスプレー。なんでもいい。全部、全部だ。

 ほんの僅かな間ではあったが、濡れた布の表面にはベタ付きはない。成功したのだろう。

 余計な成分は抜け落ち、今はただ清潔な水分が染み込んでいるはず。

 それでも、指先の感触だけが、どこか落ち着かない。

 

「お、おにーさん……っ」

 迷いを捨てるように、息を吐く。

「うん……わかったよ」

 

 布をそっと、ルルの傷口へと当てる。

 少しずつ、魔力が馴染んでいく。

 弱々しかった呼吸が、僅かに深まった。

 

「お……お兄さん……」

 

 かすかな声が、耳をかすめた。

 微かな力が戻ったかのように、ルルの瞼が震え、ゆっくりと開く。

 

「……責任は……取る……」

 

「…………」

 真剣なルルの表情。正直な所、リリの行いが良くないものであることは察している。

 

 きっと彼女は、友を庇おうとしているのだろう。

 まだ辛いだろうに、強い決意をもって訴えかけていることが痛いほど理解出来てしまう。

 それほどまでにルルにとって――いや、二人にとって互いはかけがえのない存在なのだろう。

 

「大丈夫、大丈夫だよ。君のような小さい子が責任だなんて考えなくていい」

 

 静かな熱が、胸の奥でくすぶる。二人が離れ離れになるような残酷な現実から守ってやりたい。

 

「リリちゃんを庇おうとしたんだね、立派だよ。でも、今は少し休んで……」

 

 口先だけでは心配だろう。このマナが、少しでも彼女たちの力になれるのなら。

 先ほどの布を思い出し、手のひらに魔力を滲ませる。そっと頭を撫でると、かすかに息を震わせ、今にも言葉を紡ぎそうに口元が動いた。

 

「ち……ちが……」

 

 掠れた声は、不明瞭なまま途切れる。

 それ以上の言葉は続かず、かすかに開いた瞳が、再び静かに閉じていく。

 

 

 荒かった息遣いも、痛みに耐えるような震えも、今はもうない。

 どこか遠くにあった意識が、じわりと現実へ引き戻される。

 

 身体の力が抜けるような感覚とともに、静かに手を引いた。

 ルルの寝息は、すっかり穏やかなものへと変わっていた。

 

 その空気を破ったのは、か細い声だった。

 

「えっと、おにーさん……あの、その……」

 

 リリは、バツが悪そうに視線を落とし、小さくまごつく。

 迷い、戸惑い、何かを言いたいのに言葉が見つからない。そんな気配がひしひしと伝わってくる。

 

「……君も傷の手当てをしなきゃね。ほら、ここに座って」

 

 思考の整理は後回し。

 リリの身体にも、目立つ傷がいくつもある。

 

「え、う、うん……」

 促され、リリは少し戸惑いながらも素直に座る。

 布を用意しながら、彼女の様子をうかがうと、焦点の合わない瞳が揺れていた。

 

 

「さっきは……ごめんなさい」

 

 ひどくか細い声でそう呟く。

 その表情は伏せられ、彼女の肩は小さく震えている。

 

「……何があったのか、聞かせてくれる?」

 

 促すように声をかけると、リリは少しだけ唇を噛み、浅く息を吐いた。

 迷いを振り払うように、小さな声で語り始める。

 

「……私たち、最近開拓都市に出てきて、冒険者になったばかりで……」

 

 どこか遠くを見るように呟くリリ。

 言葉は途切れがちだったが、それでも一つずつ、確かめるように紡いでいく。

 

 リリはぎゅっと拳を握り、かすかに肩を震わせる。

 小さく息を吸い込み、それでも言葉を紡ごうとする姿が、頼りなげに映る。

 

「何も知らなくて……。亜人たちが近寄らない方の冒険者ギルドに入っちゃったの……」

「それで、誰も相手にしてくれなくて……だから……魔法で相手を操れるって……大げさに言っちゃって……」

 

 語るほどに、彼女の声はか細くなる。

 自嘲気味な笑みが、かすかに浮かんでは消えた。

 

「それを聞いた人間の女の人たちが、パーティーに入れてくれて……」

「でも、ダンジョンには何度も連れていってもらったのに……なかなか役に立てなくて……」

 

 語る声が、更に小さくなっていく。

 口を開こうとして、けれど何かを飲み込むように息を詰まらせる。

 

「しばらくしてから、『ナンパを手伝え』って言われたの……」

「リリの魔法で、男の人の好意を弄れば、すぐに落とせるって……」

 

 喉の奥で何かを押し殺すように、言葉が詰まる。

 それでも、言わなければならないとでも言うように、ゆっくりと口を開いた。

 

「そんなこと、できないもん……。リリの魔法はネガティブな感情を増やすだけ……。でも、今さら無理なんて言えなかった……」

 

 言葉を紡ぐうちに、リリの顔色が少しずつ沈んでいく。

 それでも、肩をかすかに震わせながら、言葉を続ける。

 

「そしたら……男の人に見つかって……悲鳴をあげられて……そのままトラブルになっちゃって……」

「先輩たちが怒って……怖い顔して……それで……殴られて……」

「ルルが……ルルが庇ってくれて……それで……ここまで……っ」

 

 最後の言葉は震えながら掠れた。

 リリは唇を噛み、何かを堪えるように顔を伏せた。

 

 

 

「そうか、そんなことが……」

「ルルが大怪我しちゃったから、助けるために、回復させるためにどうしても男の人のマナが必要だったの」

 声が震える。

「本当はそれが死罪になるくらい重いってことも知ってた」

 

 なるほど。彼女の犯そうとした罪はそれほどまでに重いらしい。

 だからこそ、あそこまでの悲痛なやりとりだったのだろう。

 

「友達を助ける為だったんでしょ?君は……そんなことになってでも助けようとしたんじゃないかな?」

 推測してそう答える。

「でも!でも……おにーさんにはそれだけの事をしようとしたんだよ……」

 更に掠れるほどに震える弱弱しい声。

 

「人間、特に男の人はリリたちのような亜人の見た目が嫌……なんだよね。視界に入れるだけで精神をかき乱されるくらいに」

「そうやって精神に過負荷がかかった人からは、マナが零れ落ちてくるの。さっきの布みたいに」

 

 なるほど。だから先ほどのルルに回復効果があったのか。

 先ほどまでの我を忘れるほどの焦りや怒りというのにも納得がいく。

 

「そうなんだ……。でも結果としては助かったじゃないか」

「よ、良くないよ!おにーさんのネガティブな感情を暴走させて……滅茶苦茶にするつもりで魔法を使っちゃったんだよ!?」

 

「リリは……友達を助けたいからって、見ず知らずのおにーさんを犠牲にしようとしたの……」

 声に出しているうちに再度自分の罪の重さを自覚したのだろう。

 肩が震えるリリ。顔を上げる。泣きながら、だがしっかりと決意した表情で続ける。

 

「お願い、おにーさん。明日、衛兵に引き渡すのはリリだけにして欲しいの。ルルは見逃して……お願い」

 彼女たちがこの世界の法に照らし合わせて悪いことをしたのは事実だろう。

 だが、ここで衛兵に引き渡すのは自分が被害者であることを認めることに他ならない。

 それに先ほど、この二人を離ればなれにさせたくないと感じた気持ちはまさしく本物だ。

 

 

「さっきもルルちゃんに言ったけどね、大丈夫だよ」

 

 この国の法律には決して明るくはない。

 勿論、刑罰とは犯した行為によって生じた損害への責任や犯罪抑止など、様々な目的があるはず。

 被害者が全てを許すと言ったところで、全てがチャラになるという簡単な話でもないだろう。

 だが、それだけではないはずだ。罰とは、己の罪と向き合う更生の為だとも思う。

「……衛兵になんて引き渡さないよ。それに、もう二度と同じことはしないでしょ?」

 

 無言、それでいてハッキリとした首肯が返ってくる。

 かといって無罪放免では彼女たちの気も休まらないだろう。

 幸いにして、自分の目的地は開拓都市。

 そこで日が浅いとはいえ、冒険者をやっていたというのなら――。

「もし君がまだ気にしてるなら……足止めになっちゃった分を取り戻すためってことで、一緒に開拓都市行ってくれないかな?」

「いいの……?」

 僅かに肩を震わせた後、恐る恐る顔を上げ、そう問いかけてくる。

 

「勿論。初めて村から出たから……少しでも詳しい人がいると助かるよ」

 

「え、ほ、ほんと?ほんとにいいの?も、勿論!案内は任せて!」

 ぱっと明るい表情に変わり、幾分か元気を取り戻した様子で快諾するリリ。

 まだまだ空元気の部分はあるだろうが、一先ずはこれで良いんだと思う。

 

「ふふっ、ありがとう。さあ、今日はもう疲れたでしょ。明日は開拓都市に向かうからもう休もう」

 寝具として持ち出していた厚手の織物の毛布を渡す。

 村の大柄な女性向けのものだ。リリとルルが使う分には十分な大きさと言える。

 自分は――無事な服を着こめば問題無いだろう。

 

「……おにーさん、ありがと」

「こんなに優しい男の人、会ったことなかった……」

 横になったリリが、そう声をかけてくる。

 彼女もまた、疲れていたのだろう。

 微睡みつつも、穏やかな、それでいて感謝の念の籠ったものだった。

 それにしてもおにーさん、か。

「……そうかな」

 果たしてそうだろうか?答えは出ず、曖昧な返事で誤魔化した。

 

 

「ねえ、おにーさん……。名前、何て言うの……?」

 今にも消えゆくか細い声に乗せられた素朴な疑問。

 

 考える。

 自分の名前。村を出た以上、開拓都市広しと言えども、元の名前を使い続けるのは賢い選択ではないはず。

 生きていくだけなら、偽名を使い、開拓都市で働き口を見つければいい。

 でも、そうじゃない。自分は一体この先、何がしたいのだろうか。

 

 考える。

 村から飛び出した所で、この世界で行き続ける以上、何かが劇的に変わるわけではない。

 この頭の中にある記憶は間違いなく、前世の自分の物だ。

 知りたい。あの記憶の中、響いた声が何者なのか。

 帰りたい。かつて自分を愛してくれる人のいた日本へ。

 でも――15年生きてきた今を否定する事も出来ない。

 自分は、どこまで行っても自分だ。

 そう――どちらも、自分なのだから。

 これからは――。

 

「俺……私……いや、僕はアウリィ。アウリィ・クロムだよ」

 穏やかな寝息に向けて、そう、呟いた。




一先ずここまでがプロローグのつもりとして現状書けている箇所です。
続くかはわからないというか、続けばいいなぁ……と思ってます。
今後は設定と世界観を広げつつ、ファンタジー世界の楽しい生活ラブコメ模様を描ければとは妄想しています。
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