美醜も貞操もあべこべなファンタジー世界を脱却しようと足掻くメンタルおっさん男(の娘)の話 作:シエスタなう
「母さん。どうしても……、やらなきゃダメなの?」
「ダメに決まってるだろう。村一番の稼ぎ時にあんたの綺麗なあんよを使わなくてどうすんだい!」
「スカートだけは何とかならないかな……?せめてズボンだけでも……」
「あー諦めな。村の女たちもあんたが出てくるのを痺れを切らして待ってるのさ。」
「ズボンだなんて野暮ったい格好で出ていって、若い衆を煽ってプッツンされたいなら別だけどね。さあ行った行った!」
収穫期に仕込む葡萄酒。清らかな身体のうら若き男性にしか許されない葡萄の足踏み。
村の女性たちから見れば自分のような華奢な体型の男の子らしい魅力を引き立てるための装いらしいが、自分にはただの女の子の服にしか見えないスカート。
ただの農民の息子が着るにしては度を超えた質の良さは母の差し金と婚約者の意向なのだろう。
それらを身に纏い、祭事の華と持て囃されたのは一度や二度じゃない。
ただ、それ以上にギラつく視線に囲まれ、スカートがふわりと翻るたびに上がる野太い歓声。
肌に纏わりついた果汁を舐めとろうとさえする女性たちから必死に身を守った記憶。全てが恐ろしかった。
あれで荒稼ぎした後には次も期待しているとの圧を感じさせるかのように、興味のない大量の衣服やアクセサリーを買い与えられたこともあった。
何もかもが思い出したくもない記憶ではあるが、あれで母に、そして村に十二分な利益は齎したはず。
それでも、この服が今も不快かと言われれば、そうでもない。むしろ、この服は最後まで嫌いにはなれなかった。
十五年間、この村で見てきたものの中で、自分の価値観に合うものは結局この顔と美しい自然だけだった。
身長は一様に女性より2回りほど小さくとも、村の男性の顔つきは千差万別。
自分のような可愛らしい顔立ちもいれば、どこかで見知ったような、親しみ深い、自分の思い描く男らしい顔つきの男性もいる。
だが他の男たちは、皆どこか媚びた態度で女性に接し、たくましい腕に抱かれては喜んでその支配下に甘んじる。
自分には、それが理解できない。男が女性に媚びる――その姿が、この村では当然だとされるのだろうが、その役割を自分にも求められるとどうしても目を背けてしまう。
それに比べれば――嗚呼、鏡の中に映る顔だけが唯一安心できる存在なのだ……。
「だから夢じゃないって!ほんとだもん!」
晴れ渡る空の下、大きな声がこだまする。
「リリうるさい。お兄さんが起きる」
「うっ、だって……」
「絶対嘘。リリのビッグマウスは悪い癖」
「だから……!じゃあ、あそこで寝てるおにーさんはどう説明するの……!?」
怒りを滲ませつつもひそひそ声で捲し立てるという器用な芸当を披露する少女、リリ。
それに対し、ルルはどこか眠たげな表情で、胡乱げな眼差しを向ける。
「ふっ……。それはきっと多分、おにーさんがルルに惚れたから」
「はぁっ……!?」
「そうでも無ければあんなに献身的に助けない。お兄さんのマナと愛は受け取った」
「な……なっ……!」
「リリ、さよならバイバイ。ルルはお兄さんと旅に出る。都市の案内もルルにお任せ」
まるで寝言のように淡々と語る様子に、リリの顔がどんどん真っ赤になっていく。
「違うもんー!リリと開拓都市に行こうって言ってくれたんだからー!」
突然の怒声に、びくりと身体が震える。
自分は……そうか。寝ていたのだった。村にいた頃の夢。酷い内容だ。
それにしても村の鶏ですらこんな大声は出さなかったはずだが……。
慌てて体を起こすと、元気に取っ組み合いをしている2人の少女が目に入り、昨日のことを思い出す。
「お、おはよう。朝から元気だね」
昨日の怪我が嘘かのような回復ぶりだ。
亜人だからだろうか?それともインプという種族の特徴?
だがそれよりも、まずは……。
「とりあえず……朝ごはんにしよっか。それとも、決着が付くまで待った方がいいかな?」
「ご、ごはん!」
一時休戦。そこは満場一致らしい。僕も、昨日の夜は何も食べていない。
「あっ……手ぶらで逃げたからリリ達何も出せないかも……」
「……面目ない。つきましては身体で」
「ふふっ。いや、気にしなくていいよ」
今日中に開拓都市へと入る事は出来そうだし、手持ちの食材を放出しても問題はないだろう。
「じゃあ準備するから待っててね」
荷物袋の中から、カンパーニュとチーズ、それと掌ほどの小さな袋を取り出す。
念には念をと少し多めに持ち出したカンパーニュ。
村を抜け出してからは、やはり心細さからか、食が進まず荷物を圧迫するばかりだった。
だがそれも怪我の功名かもしれない。
固くはなっているが、スープと一緒なら問題はない。
魔法で起こした焚火の上に、同じくふわりと水球を浮かべる。
食器は……使っていなかった食器を纏めていた小包を丸ごと持ち出しているので、大丈夫だろう。
「わっ……凄い」
「おにーさん、器用」
そうだろうか?あまり過剰に持ち上げられると面映ゆい。
「最初の頃は、煙が入っちゃうのに苦戦していたんだけどね」
お次はと、小さな袋から、茶色い塊を取り出す。
記憶の断片を頼りに、鶏ガラや、野菜、香草を煮詰めて生まれたコンソメ。
適切な火加減を維持し続けるのも、食材から出る不純物を弾くのも、慣れてしまえば簡単なものだった。
旨味を抽出するという概念と、固形コンソメの味まで含めた完成像。
明確な知識ではなく、曖昧なイメージ。それさえあれば作れてしまった。
村にいた頃は、この事実に驚き、周囲から必死に隠したのを今でも覚えている。
「……でも今は、自由に使える。嬉しいね」
浮かぶ水球に加熱の行き届いた事を確認し、そのまま固形コンソメをいくつか放り投げる。
しばらくすると、塊がほぐれ、ゆっくりと染み渡るように色彩が広がり始める。
やがて濁りが無くなり、澄んだ琥珀色へと変わる。
臭みの無い、鶏の旨味の溶けだした濃厚な香りが、野菜の甘みと混じり合い、周囲に漂う。
温かい湯気に乗って、優しいスープの香りが満ちる。
やはりお湯に溶かすだけで美味しいスープになるコンソメは最強だと思う。
「うん、いい香り。後はチーズを……」
ちらりと二人へ目線を向けると、浮かぶ水球を涎を垂らしつつ、凝視している。少し怖い。
大人しくなっている間に終わらせてしまおう。
適当に器を三つ見繕い、あらかじめ小さく切り分けておいたカンパーニュを入れた上から、スープを注ぐ。
これだけではパンを具無しスープに浸しただけで少し物足りない。
同じく切り分けたチーズをスープに浮かべ、指先から火を灯し、丁寧に炙っていく。
少し柔らかくなったチーズがパンと馴染み、さらにまろやかな香りが広がっていく。
とろけるチーズなら猶の事よかったのだが……。そこはまあ、ご愛敬だろう。
なんちゃってとはいえ、グラタンスープの完成だ。
「さあ、出来たよ。熱いから気を付けて」
匙を付け、二人にスープを渡す。
昨日の晩は食事を摂り損ねたので、流石に空腹が限界。
匙でチーズを軽く崩し、カンパーニュとスープと合わせて口に運ぶ。
ガツンと効いた肉の旨味の後の、野菜の優しい甘さ。そして最後にやってくるチーズの塩味。
鼻をくすぐる香りも楽しみつつ、まだ歯ごたえの残るカンパーニュを咀嚼して余韻を楽しむ。
美味しい。
コンソメを買う事は出来なくても、作る事は出来る。やはり魔法は便利だと思う。
でもそれが、自分の目的を果たす武器になるのだろうか?
「すごーい!これ美味しー!」
「これは……止まらない……!」
漠然とした不安が鎌首をもたげ始めたタイミングで、二人の歓声があがった。
ふと見れば、一心不乱にスープにむしゃぶりついている。
体力を使ったのだからさもありなんと言ったところだろうか。
自分の作った料理を楽しんで貰えてるのは素直に嬉しい。
「お口にあったようで何よりだよ」
一先ずは目の前の小さな目標から見据えて考えるべきだろう。
同行してくれるとなった以上、しっかりと彼女たちとも話し合いたい。
「二人とも、元気になったようでよかった。ルルちゃんは、凄い回復力だね」
「ん。お兄さんのおかげ。まさか男の人からマナを譲ってくれるなんて。御伽噺だと思ってた」
「リリたちインプは、男の人のマナと親和性高いって本当だったんだって驚いちゃった!」
「御伽噺?」
彼女たちにだけ伝わる言い伝えのようなものだろうか?
特にリリからは浮かれた空気を感じる。ともすればこのまま小躍りでも始めてしまいそうなくらいに。
何となくだが、今までの人生で感じていたものと似た違和感を覚える。
「ねえ、それって……」
「で、お兄さん。いつ結婚する?ルルはいつでもウェルカム」
「……っ!?げほっ!」
「ぶぇっへっ!はぁぁぁぁぁ!?さっきもうやめって言ったじゃん!」
「言ってない。ルルはこの千載一遇のチャンスを逃すつもりはない」
「それはルルの勘違い!おにーさんはリリと開拓都市に行こって言ってくれたしー!」
「だからそれはリリの戯言。寝言は寝て言う」
「あー!また嘘つき呼ばわりしてー!」
あまりに脈絡のないプロポーズを受けてスープが気管に入ってしまった。
昨夜の責任を取るとはそういう意味だったのか。それともこういう冗談が好きな子なのだろうか。
地団太を踏むリリを横目に、窘める。
「リリちゃん、落ち着いて。えーっと……、ルルちゃん。冗談でもそういう事は……」
「む?ルルは本気。人間は亜人の見た目が醜いからと馬鹿にする。特に男の人ほど露骨」
「お兄さんのように好意を示してくれる男の人は本の中にしか存在しない」
「それは里で読んだ春画の話でしょうが……!」
最後は聞き流す事にしたが、意外と手強い。
「むぅ……」
まさか救命措置が愛の告白とでも受け取られてしまうとは。
淡々と語るルルの表情からは、ふざけているのか、それとも本気なのか、真意が読み取れない。
それでも、ここは常識を学びつつ、誤解を解いておく必要がある。
ここで躓いているようでは、先が思いやられる。
「でも、僕は大怪我しているのがリリちゃんだったとしても助けたよ」
「お、おにーさん……っ!」
たった一言でコロコロと機嫌の変わるリリを差し置き、二人の視線が交錯する。
「つ……つまり、お兄さんは、何かの間違いでルルに惚れた訳ではない……?亜人でも、人間と変わらず助ける?」
「う、うん。僕は、亜人のいない村で育ったから人間と亜人の関係がどんなものかは知らないけど……」
「でも、今のところ、君たちの容姿を気持ち悪いとか、馬鹿にする気持ちはないよ」
ここはハッキリと明言しておく必要がある。
瞼を閉じ、思案に耽るルル。その様子は少しばかり落ち込んでいるようにも見える。
「お、おにーさん……っ!」
でもリリちゃんはそこで拝むのだけはやめて欲しい。
「わかった、一先ずは理解した……」
少しばかりの逡巡の後、また眠たげな目つきのままそう答える。
「ありがとう。ほら、リリちゃんもそこで跪いてないで」
器も空になったし、いい時間だろう。
「食べ終わったし、片づけてそろそろ出発しよう」
今から開拓都市へ向かえば、まだまだ朝の時間帯の内に門を通れる筈だ。さあ、行こう。
「でも責任取る覚悟は常に出来てる臨戦態勢。いつでもウェルカム」
……さあ、行こう。
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