癖です
個人的な癖でしかないです
「思ったより早く用事が終わったな」
夕方まで掛かると思っていた用事がすぐに終わり、寝泊まりしている宿に帰る。
「ミカは一日部屋にいると言っていたが、天気もいいし二人で買い物なんかいいかもしれないな」
部屋で待っている弟子のミカを驚かせようとルンルンで階段を登り、部屋の扉を開けて──
「────えっ?」
それは目を疑う光景だった。
「し、師匠!? な、なんで今日は遅くなるって……!」
ベットに裸で座るミカ。
手には私の下着が握られていて。
そして、そして──
「な、ななな、なんで──
ちんぽが生えてるんだぁっ!?」
◆
数週間前
ミカ視点
────走る。
────ただ、走る。
────ひたすらに、薄暗い迷宮の回廊を駆ける。
肺が焼けるように熱い。
背後から迫るおぞましい咆哮と、地鳴りのような無数の足音。
なんで、なんでこんなことに。
勢いで挑んだ、迷宮。
パーティの誰かが不用意に踏み抜いた隠し罠。
湧き出たのは異常な数のモンスターの群れ。それまで統制のとれていた私たちの陣形は一瞬にして崩壊した。
「引くぞ! 全力で走れ!」
リーダーの撤退命令。
私たちは全力で逃げ出した。振り返る余裕すら、誰にもなかった。
「右に脇部屋だ!」
前方を走っていた仲間が叫んだ。
あそこに身を隠しやり過ごせれば……、生存へのわずかな希望にすがり私たちは一斉に飛び込んだ。
部屋の中央に足を踏み入れた瞬間、私の足元で眩い光が弾けた。
「……転移の術式!?」
学校の基礎課程で習った。単純で、しかし厄介な古代の強制転移トラップ。
ここは罠部屋。
「みんなっ、入ってきちゃ──」
後続の仲間たちを制止しようと叫んだ私の声は、最後まで空間に響くことはなかった。
視界が白い光に染まり、強烈な浮遊感と目眩が私の意識を刈り取っていく。
◆
………次にまぶたを開いたとき。目に飛び込んできたのは、鉛色の曇り空と、枯れ木が連なる荒れ果てた森だった。
「……嘘、でしょ」
呻くように漏れた私の声だけが静寂に吸い込まれていく。
周囲を見渡しても、仲間たちの姿はどこにもない。それどころか、街や人が存在するような気配は感じられなかった。
「マジで、ここどこ?」
じっとしていても始まらない。
私はとりあえず歩き出すことにした。もしかしたら、すぐ近くに仲間も転移しているかもしれない。
──なんて、淡い期待を抱いていた。
「何よー、何なのよーここ! ずっと森、森、森!」
一時間ほど歩き回っても、目に映るのは代わり映えのしない枯れ木と灰色の土ばかり。歩き疲れた足が悲鳴を上げ始めている。
「あのクソトラップめぇ……」
忌々しい思いと共に深いため息を漏らし、私は手頃な大きさの岩を見つけて、どっかりと腰を下ろした。
「だいたい、あんな迷宮に潜ったのが……って、え?」
突然、お尻の下からズズン、と重い振動が伝わってきた。
地震?
いや、違う。
地面は揺れていない。
私が座っている
「きゃあ!?」
バランスを崩した私はずっこけて地面とキスをする羽目になった。鼻を打って涙目になるが、今はそんな痛みなんてどうでもいい。
背後で、ゴゴゴゴと土砂が崩れるような嫌な音が響く。
恐る恐る振り返り、ゆっくりと視線を上へ向けると。
そこにあったのは、岩ではなく巨大な鱗。そして、私を見下ろす爬虫類特有の縦に割れた金色の双眸だった。
「ち、地竜!?」
冗談じゃない。さっきまでのモンスターの群れ対処できなかったのに、亜種とはいえ竜に一人で勝てるわけがない。
ギロリと私を睨みつけた地竜が、空気を震わせて低く唸る。
「ちょっ、タンマ、タンマ!」
私は弾かれたように立ち上がり、全力で駆け出した。
背後から大地を揺らすような重々しい足音が追いかけてくる。
その時、私の脳裏に、モンスター博士である友人がいつかドヤ顔で語っていた言葉が蘇ってきた。
『地竜は動きも鈍重で、翼もないから飛べないよ。それに、比較的温厚な竜種でもあるんだ』
「ギシャアアアアアッ!!」
どこが温厚よっ!?
めちゃくちゃ殺る気満々じゃない!
『えっ? そりゃあ繁殖期は気が立ってるからね。それはどの生物も一緒だよ』
地竜の繁殖期なんて、私が知るわけないでしょっ!!
脳内の友人に全力でツッコミを入れながら、なりふり構わず森を逃げ惑う。確かに動き自体は素早くないが、あちらとは一歩の歩幅が違いすぎるため、距離はなかなか開かない。
『あぁ、そうそう。動きは遅くても、ブレスには気を付けてね』
思い出したっ、ブレス!
ぞわりと背筋を悪寒が駆け抜け、私は走りながら背後を振り返る。すると地竜が大きく上体をのけぞらせ、パカッと開いた巨大な顎の奥で眩い光が明滅している。
「やばっ!?」
防御魔法を展開しようと魔力を練る。
いや、間に合わ────
死を覚悟した、その時。
空から影が落ちてきた。
ものすごい爆音と衝撃。
遅れてやってきた土煙と爆風で思わず目を瞑ってしまう。
やがて土煙が晴れ、恐る恐る目を開けると、そこには信じられない光景が広がっていた。
さっきまで私を殺そうとしていた地竜の、あの強固な甲殻に覆われた頭部が、跡形もなく、地面へ叩き潰されていたのだ。
ピクピクと痙攣する地竜の死体の傍らに、一人の人物が立っていた。
全身を覆う外套。そのフードの奥の顔は窺い知れないが、肩には持ち主の身の丈ほどもある、巨大ハンマーが担がれている。
「………うそ」
地竜を一撃……。
呆然と立ち尽くす私の前で、その人物はハンマーを地面に下ろし、ゆっくりと私の方へ振り返った。
「あ、えっと、助けてくれて、ありがとうございます!」
私が慌てて頭を下げる中、謎の人物はゆっくりとこちらへ歩み寄りバサリとフードを脱いだ。
「怪我がなくて良かった」
耳に心地よく響く、凛とした声。
フードの下から現れたのは、風に揺れるさらさらとした金髪と健康的な褐色肌。すっと通った高い鼻に、色っぽいふっくらとした唇。
はだけた外套の隙間から覗く、無駄のないスラリとした肉体美。女性らしい柔らかな曲線と、戦士としての引き締まったプロポーションが同居していて……。
「えっど」
「えっ?」
「あっ……す、すいません!!」
私のタイプど真ん中な彼女に、思わず変なことを言ってしまった。命の恩人に向かってなんて失礼な態度をとってしまったのだろうと、私は慌てて口元を押さえて頭を下げる。
すると頭上から、くすくすと笑い声が降ってきた。
「ふふ、元気そうでなりよりだ。立てるか?」
顔を上げると、彼女は怒るどころか優しく微笑み、へたり込む私に向かってスッと右手を差し出していた。
「あ、ありがとうございます」
差し出された手を掴むと、あのハンマーを扱っているのが不思議なほどスベスベで驚いた。
立ち上がろうと足に力を入れるはずが、まだ震えていて躓いてしまう。
「うわっ!?」
「おっと」
勢い余って抱きつく形になってしまい、彼女の胸の谷間にすっぽりと顔を収めてしまう。
密着した身体からはお胸の柔らかな弾力が伝わってくる。
うっ、それに、やばいわ、すっごくいい匂いがする。
ま、まずい、私の邪竜が暴走してっ……。
「大丈夫? どこか痛むのか?」
頭上から降ってきた声に顔を上げると……あ、顔がすんごい近いんですけど。
「だ、大丈夫です……っ!」
私は慌てて彼女から飛び退いた。
そして、激しく己が存在を主張し始めたそれがバレないよう、とっさに腰を落として、あの姿勢をとる。
「……えっと、なんで中腰?」
「こ、この姿勢の方が楽なんです、あはは」
「そうなんだ?」
彼女は怪訝そうに首を傾げながら、森の奥に向かって指笛を鳴らした。
するとすぐにガサガサと茂みをかき分ける音が響き、馬ほどの大きさがある四足歩行のモンスターが飛び出してきた。
「ひゃっ!?」
思わず身構える私をよそに、そのモンスターは彼女にすり寄る。
「安心して、あたしの荷物持ちだから。借り物だけど」
彼女が首元を撫でてやると、そのモンスターは「キュルル」と嬉しそうに喉を鳴らした。
よく見ると、顔は爬虫類っぽいけれど、くりくりとした丸い目をしている。
ちょっとかわいいかも。
そうして私たちは開けた場所まで移動し、二人で野営の準備を始めた。
◆
パチパチと、焚き火の炎が心地よい音を立てて燃える。
「手伝ってくれて助かった。ほら、温かいもんでも飲みな」
彼女は丸太にどっかりと腰掛けると、焚き火にかけた小鍋からいい匂いのするお茶をカップに入れてくれた。
「とりあえず自己紹介でもしよう。あたしはアリアという、しがない冒険者だ」
そう言ってアリアさんは、首元から引き出したドッグタグを見せてくれた。
焚き火の光を反射して輝くそのプレートには、細かなギルドの紋章が刻まれている。冒険者ギルドが配布している、世界中でだいたい通用する身分証明書だ。
「依頼を受けて、近くのモンスターの巣を潰して帰ってるところ、君を見つけた」
「そうだったんですね」
「で、どうして君はここに?」
アリアさんの問いかけに、私のカップを持った手が止まる。
「私の名前はミカって言います。実は……」
脳裏に蘇るのは、薄暗い迷宮の隠し部屋、床に浮かび上がった転移の魔法陣、そして、無理やり引き離されてしまった仲間たちの姿。
私はぽつぽつと、これまでに起きた出来事をすべて打ち明けた。アリアさんは最後まで静かに私の話に耳を傾けてくれた。
「そうか。……仲間も無事だといいな」
「……はい」
アリアさんの気遣うような優しい声に、私はこくりと頷く。
すると彼女は、不思議そうに首を傾げて腕を組んだ。
「それはそうと、ただの転移トラップで、まさか『こんなところ』まで飛ばされるなんてな。よっぽどタチの悪い魔法陣だったのか?」
「えっ? ……あの、すいません、ここって一体どこなんですか?」
迷宮の周辺の森ではないのだろうか。首を傾げる私に、アリアさんはさも当然のような顔をして、とんでもない事実を口にした。
「ん? ドカボア大陸だぞ?」
「ど、ドカボア大陸……え、えええええぇぇぇっ!?」
あまりの衝撃に、私は危うくお茶の入ったカップを取り落としかけた。
ドカボア大陸!?
強力なモンスターばかりが蔓延るあの超危険地帯!?
だから地竜なんてバケモノがその辺をうろついていたの!?
「君が潜ってた迷宮は西方にある共和国だろ? 海を挟んだ真逆の東の果てだ。かなり遠いな」
「かなりどころじゃないですよっ!? 」
絶望的な距離と現在地のヤバさに、私は焚き火を挟んで身を乗り出し、半狂乱で叫んでしまった。頭を抱える私を見て、アリアさんは楽しげに「あはは」と笑う。
「そこまでやばい場所じゃないぞドカボア大陸」
そりゃあなたみたいな地竜を一撃で倒す人には分からないでしょうねっ!
「うぅ、私はどうしたら……」
絶望のあまり膝を抱えて泣きはじめた私を見て、アリアさんは「やれやれ」と小さく息を吐いた。
「そう泣きべそかくな。これも何かの縁、こんな場所で"一晩を共にした仲"だ。あたしが君を元の場所まで送り届けてあげるよ」
「えっ、いいんですか!?」
「共和国だろ? ちょうどそっちに用があったし」
「あ、アリアさん……!」
一晩を共にした仲。
ちょ、ちょっとエロいなそれ………じゃなくてっ!
アリアさん、マジでやばいかもしんない。
めっちゃ美人でおっぱい大きくて、強くて優しい。
こんなの惚れるなと言われるほうが難しい!
「突然ですが、お願いがあります!」
「えっ、なに、急に?」
バッ! と。
私は勢いよく立ち上がると、固い地面に勢いよく額を擦り付けた。共和国の古き書物にも記されている、最上級の敬意と懇願のポーズ──いわゆる『土下座』である。
「私を、アリアさんの弟子にしてくださいっ!!」
「…………は?」
頭上から降ってきたのは、完全に間の抜けた声だった。
顔を少しだけ上げると、さっきまでの余裕たっぷりのオーラはどこへやら。アリアさんは目を丸くし、口を半開きにして完全にフリーズしていた。
そんな顔もできるんだ、ぐへへ。
「いやいや、ちょっと待て! なんでそうなるんだ! あたしはただ、家まで送ってやるって言っただけで」
「私、強くなりたいんです! アリアさんみたいに強くて、優しくて、かっこいい冒険者にっ! 何でもします、荷物持ちでもご飯係でもしますからっ!」
土下座の姿勢からガバッと身を起こし、膝立ちのままズリズリと必死にアリアさんへとすり寄っていく。
「ち、近い近い! なんか鼻息荒いぞ!?」
あの地竜を前にしても眉一つ動かさなかった彼女が、目に見えて狼狽え、長い脚をバタバタさせて必死に後ずさっている。
よしよし、いいぞ。
この人、押しには弱いと見た!
「お願いします、師匠! 嫌とは言わせませんっ!」
「し、師匠って呼ぶな! あーもうっ、わかった! わかったから足をつかむな!」
アリアさんは私を引き剥がすと、真っ赤になった顔を手で仰ぎながら、深いため息を吐き出した。
「……はぁ。ただし、あたしのしごきは死ぬほど厳しいからな。途中で泣き言を言っても知らないぞ」
「はいっ! ありがとうございます、アリア師匠!」
私は元気よく返事をした。
これでずっと一緒にいられる口実完了っと。
ふひっ、この人を絶対私のものにしてやる。