パチッ、と焚き火の爆ぜる音が静寂を取り戻した空間に響く。
先ほどまでの弟子入り騒動から一息つき、アリアさんは丸太に座り直すと、腕を組んでジト目で私を見た。
「弟子にするはいいとして、ミカ、お前魔法使いだろ?」
「え、はい!」
私は腰に差していた愛用の短い杖をポンと叩き、胸を張って答えた。するとアリアさんは眉間を押さえる。
「ハンマーを振り回す前衛のあたし、かたや遠くから魔法を撃つ後衛のミカ……」
そこで言葉を区切り、アリアさんは深く、それはもう深いため息をついた。
「……あたしは、お前に何を教えるんだ?」
「なんでもいいです! 教えてください!!」
「なんでもって、お前……」
「いいですか師匠。私はペーペーの新米冒険者です! 魔法の腕や戦闘の強さはもちろんのこと、モンスターの知識、世界の常識、冒険者としての心構えなんか、ほとんど知りません! つまり、師匠から教わるべきことはめちゃくちゃあるってことです!」
まくしたてるような私の勢いに押され、アリアさんは目をパチパチと瞬かせた。
「あ、ああ……言われてみれば、確かにそうだな」
「はいっ!」
よしっ、説得成功!
ふふっ、アリアさん、あんなに強いのに思ったより押しに弱いというか、ちょろいかも……。そういうところも可愛いなぁ、なんて。
「で、強くなってどうするんだ?」
「え?」
「魔術学校を卒業したのに冒険者になったんだろ? 何か目的があるんじゃないのか?」
「それは……えっと………」
まずい。
おそらく、アリアさんは私に大きな目的があると思って、真っ直ぐな瞳でこちらを見つめている。
確かに私の夢は大きい、とても大きいことなのだが。
『冒険者になって金稼いで、美少女を侍らせて酒池肉林したい』
なんて口が裂けても言えるわけがない。
ええ、そうですよ。私は己の性欲のためだけに借金までして学校に入ったし、冒険者として活躍できるため死に物狂いで勉強しましたよ。
だってしょうがないでしょ? ふたなりは常人より何倍も性欲が強いんだから!
笑いたきゃ笑えよ!
ふたなりの性欲なめんじゃねぇぞ!
「おーい、ミカ?」
「あっ、はい、すいません」
「すまない、あまり聞かれたくなかったことかな?」
「い、いえ、そんなことは」
すいませんアリアさん、クソしょーもない夢で。
そんな顔で気を遣わないでください。自己嫌悪で死にそうです。
「おいおい話してくれたらいいよ、旅は長いし」
「そ、そうですね。すいません」
優しく笑ってくれるアリアさんに胸キュンしながら、こっそりと安堵の息を吐き出した。
「よし、じゃあ今後の行動を決めようか」
「はい!」
「まず、あたしたちが今どこにいるかだが」
アリアさんは荷物から、丁寧に折り畳まれた羊皮紙を取り出し広げる。焚き火の明かりに照らし出されたそれは、かなり細かく描き込まれた世界地図だった。
「この右側のやたらでっかい陸地がドカボア大陸だ。そして、今あたしたちがいるのがここら辺」
アリアさんの綺麗な指が、大陸の中央付近をトントンと叩く。
「ここから、どうやって共和国に行くんですか?」
「ルートは大きく分けて二つ。北の海を上から渡るか、南に進んでぐるっと回って下から行くか。……おすすめは圧倒的に下だな」
「それはどうしてですか?」
「単純に安全性の問題だな」
アリアさんは地図上のドカボア大陸から、西方にある共和国が位置するカリプパ大陸を繋ぐように指でなぞった。
「上を通るこのルートだと、目的の大陸まで直で渡れる。ただ、長距離を船で移動することになるんだ。ただでさえ北の海域は、海竜だの巨大モンスターだのがうようよしてて、色んな意味でやばい」
淡々と語られる恐ろしい実態に、私は思わずごくりと喉を鳴らした。
「じゃ、じゃあ……絶対、下ルートで決まりですね」
「ああ、それが賢明だろう」
アリアさんの指は、今度はドカボア大陸の現在地から南へとゆっくり滑っていく。
「ひたすら南下して、海峡を越え、南のゼベノジェ大陸に渡る。そこからはスイア諸島を船で島伝いに渡っていくんだ。で、最後にようやく目的地のカリプパ大陸に到着、って感じだな」
地図の上を移動していくアリアさんの指先。その軌跡を目で追いかけながら、私は思わずふぅっと息を吐き出した。
「こうなってくると世界一周旅行ですね……」
途方もない距離感に遠い目をしている私を見て、アリアさんは口元を緩め、小さく鼻で笑った。
「ふっ、確かに。新米冒険者の初旅にしては、少しばかり壮大すぎるかもな」
アリアさんは寝袋を取り出してこちらに渡す。
「さぁ、明日から出発だ。今のうちに休め」
「一緒寝てもいいですか?」
「バカ、さっさと寝ろ」
一瞬で私の提案が切り捨てられて、アリアさんはそっぽを向いてしまった。ただ、横顔がほんの少しだけ照れて赤くなっているように見えたのは──きっと、私の気のせいじゃないはずだ。
思ったより、これはすぐ堕とせるかもしれない。
◆
心地よいリズムに揺られながら荒野を駆ける。
「どうだ、結構快適だろ?」
「っ……そ、そうですね!」
日が昇ってから出発した私たちは、師匠が連れていたモンスターの背に二人乗りをして街を目指している。
師匠が言う通り、馬に似た乗り心地はすこぶる快適だった。
ただ、問題なのは。
「渓谷だ、少し曲がるよ」
──むにゅ
背後で手綱を操る師匠が体を動かすたび、その豊かな双丘が私の背中に押し付けられのだ。
「こいつはこの地域固有のモンスターなんだよ」
すぐ耳元で囁かれる声。
「荒れた大地でも走れるから、ここでの移動手段として重宝されてるのさ」
「な、なるほど」
まずい。
「? 少し休憩しようか?」
「い、いえ、大丈夫です! あ、えっと、このモンスターはなんて言うんですか?」
「あぁ、この子に名前はないよ。前も言った通り借りた子なんだ」
まずいぞぅ。
「えっと、個体名じゃなくて種族名は?」
「あ、あぁ、ごめんごめん! このモンスターは『ケスロコ』こっちの言語で駆けるものって意味らしいよ」
「へ、へぇーそうなんですね」
このケスロコくんが走るたび、下から突き上げる小刻みな振動で、股間が刺激されてっ……。
は、はやく街に着いてぇ〜っ!!
──────
────
──
「着いた。ここがこの辺りで一番大きい街、スコタだよ」
ケスロコから降りて地面に足をつく。
目の前には、生まれ育った共和国の洗練された街並みとはまったく違う、赤茶けた土と石で造られた無骨な風景が広がっている。
大通りの両脇には、色とりどりの天幕を張った露店が所狭しと並んでいる。香ばしい肉の焼ける匂いや、見たこともない奇妙な果実、怪しげな魔道具などを売り込む商人たちの声が響き渡り、すさまじい活気だった。
そして何より目を引くのは、通りを行き交う人々の圧倒的な多様さだ。
獣耳とふさふさの尻尾を揺らして歩く獣人。額に艶やかな角を生やし、露出度の高い服を着こなす亜人、人間の倍はありそうな巨躯を誇る謎の種族など、共和国では見ない多種多様な種族が当たり前のように肩を並べて闊歩している。
本来なら、観光したいところなのだが。
うん、だめだ。
亜人のお姉さんの豊満な胸元や、獣人の女の子のしなやかな腰つきが視界に入るたび、ただでさえ限界な下半身への刺激がさらに加速していく。
これ以上こんな場所にいたら、本気で決壊してしまう!
とにかく早く下着を替えたい。
それに一発だけでも抜かないと、この邪竜は鎮まってくれないね。
「あたしが取ってる宿があるから、まずはそっちに行こうか」
「はいっ!」
私は食い気味に返事をした。
宿! 個室! プライベート空間!
なんと素晴らしきことか!
大通りを抜け、少し落ち着いた路地に入ったところで師匠が足を止めた。
「ここだよ」
目の前にあるのは、年季の入った大きな建物だった。
開け放たれた扉の奥からは、賑やかな笑い声と酒の匂いが漏れ出している。どうやら一階は酒場のようになっていて、その上の階が客室になっているらしい。
「ミカの部屋をとって荷物を置いたら、あたしはギルドに依頼の報告に行ってくるよ」
「この街にも冒険者ギルドがあるんですか?」
「世界中ないところを探すほうが難しいくらいだよ」
ふむ、恐るべし冒険者ギルド。
「ミカは疲れてるでしょ? 部屋でゆっくり休むといい」
「すいません、ありがとうございます」
申し訳なさそうに頭を下げつつ、私は内心でガッツポーズを決めた。
ようやく一人の時間が取れる。
師匠の後ろについて酒場に入ると、中はすでに大いに盛り上がっていた。
あちこちのテーブルでジョッキがぶつかる音が響いている。武装している者も多く、客のほとんどは冒険者のようだ。
奥のカウンターに向かい、師匠が声を張る。
「店主!」
「はいはい、ってアリアじゃないかい!」
厨房の奥から、布巾で手を拭きながら恰幅のいい中年の女性が出てきた。
「依頼はもう終わったのかい?」
「あぁ、問題なく」
「そいつはよかった! で、隣の嬢ちゃんは?」
「色々あって、彼女はあたしの弟子だ」
「へぇ、ソロのあんたが弟子ねぇ」
店主がこちらをじっと見つめてくる。
私は背を伸ばして頭を下げる。
「み、ミカと言います! よろしくお願いします!」
店主はにっこりと笑うと。
「いい子そうじゃないか、頑張りなよミカ」
「はい!」
師匠はお金をカウンターに置くと
「追加で部屋をとりたい、私の隣は空いてるかな?」
「空いてるよ、何日泊まるんだい?」
「とりあえず二日で頼む」
「はいよ」
店主から鍵を受け取る師匠に、私は身を縮めて声をかける。
「あ、あの、すいません、お金出してもらって」
「気にしないで、こう見えてもA級冒険者なんだ、お金はもってる」
あの地竜を一撃で粉砕した強さを思えば、A級というのも納得。
するとそこへ、亜人の男を筆頭に荒々しい一団が、どんっ、と乱暴にカウンターへ割り込んできた。
その瞬間——スッ、と。
隣に立つ師匠の纏う空気が、鋭く冷たいものに変わった。
「よオぉ、アリア。戻ったか」
「………ガスト」
ガストと呼ばれた男、額から叩いたのを生やした強面の亜人は馴れ馴れしく私の師匠の名前を呼ぶ。
雰囲気からして知り合いなのだろう、けして仲が良いわけではないようだけど。
「随分危険な依頼だったんダろ? 心配したゼ、へへへっ」
「それはどうも」
おいおい、距離が近いぞクソ野郎、師匠に顔を近づけるんじゃない。
「で、考え直してくれたカよ、うちのパーティに入るって」
はぁ? 何言ってんだコイツ。
「俺タちはまだB級だガよ、そのうちA級に上がるさ。それに、お前が入ってくれれば、S級だって夢じゃネぇ」
「前にも言ったが、お断りするよ」
「おいおい、ノリ悪りぃナ! ぜってぇ悪いようにしねぇぜ!」
男はニヤニヤと笑いながら、師匠の肩へと馴れ馴れしく手を伸ばそとする。
コイツはとうとう超えてはならない線を超えた。
師匠に触れようとするその汚い腕を払いのける。
「師匠に気安く触らないでください」
「な、なんダテメェ!」
「み、ミカ」
胸を張って堂々と男の前に立つ。
「私はミカ、アリア師匠の弟子です!」
「師匠……?」
私の名乗りにガストたちは顔を合わせると、ドッと下品な笑い声を上げた。
「ギャハハ、こ、コイツが弟子!?」
「オイオイ、冗談キツいぜアリア! こんなヒョロヒョロのかわい子ちゃん連れて、孤児院の真似事でも始めたのカよ! いいゼ、まとめて俺タチが可愛がってやるよ!」
ガストの言葉に、取り巻きの男たちもゲラゲラと腹を抱えて笑う。
その瞬間、背後で師匠の纏う気配が一気に冷えた。
私のために怒ってくれてる、めっちゃ嬉しんですけど。
「大丈夫です師匠、任せてください」
後ろを振り返らずに言うと師匠は信じてくれたのか殺気は消えた。
「あのぅ、聞きてて笑ちゃったんですけど〜。いい歳した男たちが群れて、自分たちより強い人に泣きついて……おんぶに抱っこで上のランクに行きたいって、ダッサ」
「な、んダと……?」
「それって要するに、『俺たちだけじゃ上にいけない無能です』って大声で自己紹介してるのと同じじゃないですか。その額の立派な角も、ただの見掛け倒しの飾りなんですね。哀れだなぁ」
しんっ、と。
水を打ったように、酒場が静まり返る。
そして次の瞬間。
『ぶっ……ダハハハハハハッ!!』
様子を窺っていた周りの冒険者たちから、空気が震えるほどの大爆笑が巻き起こった。
ガストの顔が茹でダコのように真っ赤に染まる。
「テメェ、ぶっ殺してやるッ!!」
怒りで顔を歪ませたガストが、腰の剣を引き抜いた。
当然、そうくるだろうと思っていた。私は慌てることなく愛用の杖を構え、迎撃の魔力を練り上げる。
しかしその時だった。
「ええい、やかましい!!」
酒場の騒音を一瞬で掻き消す店主。
カウンターに拳がめり込んでる。
「両方とも頭を冷やしな! この店で殺し合いは許さないよ! やるなら外でやりなっ!」
そして店の常連客の冒険者たちもガストに対して冷ややかな目線を向けている。
「が、ガスト……も、もういいだろ?」
「い、行こうぜ」
「チッ!」
取り巻きたちに必死に腕を引かれ、ガストは忌々しそうに舌打ちをして剣を鞘に収めた。
「覚えてやがれェッ!!」
まさに三流悪党のテンプレのような台詞を吐き捨てて、ガスト一行は逃げるように酒場から飛び出していった。
そして、店内の冒険者たちからは歓声が上がった。
「いい見せ物だったぜー!」
「よくあのバカどもを追っ払った!」
あちこちから飛んでくる称賛の声に照れていると、店主がふぅと息を吐き、呆れたように笑った。
「勇気があるのはいいことだけどね、あんまり無茶しちゃだめだよ」
「はい! 店主さんも助けていただいてありがとうございました!」
私が元気にお礼をしていると、ちょいちょい、と服の袖が引っ張られる。
振り返ると、ポリポリと頬をかきながら、師匠が照れくさそうに。
「ありがとう、助かった………/////」
は?
なに、この可愛い生物。
好き。
絶対私のお嫁さんにしてやる。