若返った老騎士、落ちこぼれ公爵令嬢の使い魔になる   作:ですわお嬢様スキー

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遂にUA2万、お気に入りも1000を越えました。
本当に皆様ありがとうございます。

どうしても書いている中で修正したい点がありまして、
マルグリット先生がラングリッドと響きが似ており、致命傷で済むうちに以下の通り変更させていただきます。
本当に申し訳ございません。

マルグリット・フォン・ランチェスター

クラウディア・フォン・ランチェスター

この変更に伴い、学園長ルーヴェリアからのあだ名も
マルちゃん

クーちゃんとなります


第9話 元老騎士、鍛える

「……絶対に、いつかその余裕な顔ごとぶち転がして差し上げますわ」

「おお怖い怖い。とても公爵令嬢の言葉とは思えんなぁ」

「誰のせいだとお思いで……っ!」

 

 息を切らし、額に滲む汗を乱暴に拭うレティシアとは対照的に、ラングリッドは「食後の軽い散歩」でも終えたかのような涼しい顔で、軽く肩を回していた。

 

 あの日から、すでに一週間が経っている。

 

 予科の授業は、ダンジョン試験期間に入る前にすでに全て修了している。今は進級試験の真っ最中であり、生徒たちは各々の準備を整え、順に学園管理下のダンジョンへ挑んでいる最中だ。

 つまり、現在のレティシアにとっての学園生活は、目前に迫ったダンジョン攻略ただ一つ。そのためこの一週間、彼女はほぼ毎日のように訓練場へ通い詰めていた。

 

 鍛錬の内容は、極めて単純である。

『ラングリッドに、魔法を当てる』。

 

 言葉にすればそれだけだ。だが、これがどうして、信じられないほどに難しい。何せラングリッドは、レティシアが詠唱し、狙いを定め、魔法を放ったところで、まるで水たまりを避けるようにひょいと躱してしまうのだ。

 

 最初こそ、レティシアにも遠慮があった。

 いくら「この程度でどうにかなる身体ではない」と笑われても、仮とはいえ自分の使い魔であり、何より生身の人間である。火魔法を直接向けることに、多少の抵抗があったのだろう。

 

 だが、その遠慮は三日と保たなかった。

 

『おお、今のは良かったぞ。煙草の火種にぴったりだ』

『……っ!』

『おや、怒ったかな?』

『……怒っておりませんわ!』

『そうか。では続けよう』

『ええ! 覚悟なさいませっ!』

 

 わざわざレティシアの渾身の火球を顔の横スレスレで避け、その熱で咥えた煙草に火をつけるという、神技めいた嫌がらせ。

 どこから仕入れてきたのかとか、そもそもこんな神聖な訓練場で吸うなとか、言いたいことは山のようにあっただろう。しかし、抗議の言葉を紡ぐ前に、レティシアの堪忍袋の緒は見事にブチ切れた。

 

 そんな具合に、ラングリッドが実に楽しげに煽りを繰り返すものだから、以来、彼女の魔法に遠慮の二文字はなくなった。

 

 必ずやこの不届きな男を消し炭にしてやる。

 その確固たる殺意……もとい決意のもと、全力で魔法を放ち続けている。だが、これがまた腹立たしいことに、そうすればするほど、自分でも分かるほど魔法の精度が上がっていくのだ。

 

 狙いは鋭くなり、詠唱は舌を噛むほどに早くなった。発動までの隙も、明らかに短くなっている。

 最初はラングリッドが一歩動いただけで外れていた魔法も、今では彼が避けることを前提に囮として一発撃ち、移動先を読んで本命を放つという、いやらしい工夫までできるようになった。

 

 それでも、未だに彼の服の裾すら焦がすことできていない。

 

 至らぬ己への悔しさ。目に見える成長の喜び。そして、目の前の男への理不尽な怒り。

 それらが入り混じり、レティシアの感情は右へ左へと忙しなく揺れ動いていた。

 

「貴方、本当にいい性格をしておりますわね……っ!」

「はっはっは。よく言われる。なにせ騎士の中の騎士と呼ばれた男だからな」

「そう評した方の目は、大層節穴ですわね!」

「おや? 国王陛下を馬鹿にするのか?」

「あぁもう、ああ言えばこう言うっ!」

 

 そして鍛錬の中で、間違いなく二人は打ち解けていた。

 使い魔と主というには遠慮がなく、令嬢と護衛の騎士というには距離が近い。あえて近いものを挙げるなら、友人のようであり──。

 

「しかしな、レティシア嬢。先の魔法は悪くなかったぞ」

「……褒めれば機嫌が直ると思って?」

「思ってはいないが、事実は伝えておこうと思ってな」

 

 同時に、奇妙な師弟のようでもあった。

 

 ラングリッドは魔法を使えない。魔法の術理や構築について、レティシアに教えられることなど何一つない。だが、それでも「戦い方」ならば話は別だ。

 

 どう狙われると避けにくいのか。

 どの間合いで撃たれると前へ出づらいのか。

 相手の視線、肩の向き、踏み込みの癖をどう読むべきか。

 

 彼は魔法を扱えないなりに、無数の死線を潜り抜けた戦士としての視点から、レティシアの狙いの定め方を修正していった。足の運びや重心の置き方、魔法を放った直後に硬直しないための身体の使い方など、戦闘の基礎を容赦なく叩き込んでいる。

 

 これまでのレティシアは、魔法を撃つ時、どうしてもその場に足を止めていた。

 的を見て、詠唱し、狙い、放つ。

 

 訓練用の的を相手にするならば、それでいい。だが、ダンジョンで相手にする魔物は、的のように待ってはくれない。こちらが詠唱する間にも距離を詰め、牙や爪を向けてくる。

 

『魔法をただ撃つこと』と、『魔法で戦うこと』は違う。

 この一週間で、レティシアはそれを嫌というほど思い知らされていた。

 

「それにしても、よく続いたな。そろそろ音を上げるかと思っていたが」

「当然ですわ。貴方のその腹立たしい顔を煤まみれにするまでは、絶対に諦められませんもの」

「……目的がだいぶ歪んできていないか?」

「理由はその胸に手を当ててみれば分かるかもしれませんわよ」

「うーむ、全く心当たりがないなぁ」

 

 ジト目で睨みつけるレティシアだが、悠々と煙草を楽しむラングリッドはどこ吹く風である。

 そのとぼけた表情に、彼女の指先へ再び熱い火が灯った。

 

 先ほどまでよりもさらに鋭く、強い、凝縮された魔力。

 

 ラングリッドは、その火を見てわずかに目を細めた。

 生まれかけている火球は、ただ丸く膨らむだけではない。レティシアの意思に呼応するかのように、ほんの僅かに前へ伸び、槍に似た鋭い輪郭を取ろうとしていた。

 

 中級魔法、炎槍。

 彼女から聞いていた一つ上の階梯の魔法名が、ラングリッドの脳裏をよぎる。

 

 まだ届いてはいない。だが、確かな兆しはある。

 元より魔法の才がなければ、異界からラングリッドを召喚することなどできなかっただろう。ただ、その才をどこへ向けるべきか、どう育てるべきかを見誤ってしまっていたということだ。

 

 ……そろそろ、か。

 

 ラングリッドは内心で呟き、短くなっていた煙草の火を揉み消した。

 

「さて、冗談はここまでにして、真面目な話だ」

「……はい」

 

 ラングリッドの急な声の温度の変化に、レティシアはすっと詠唱を解いた。

 息を整え、構えていた指先を下ろす。先ほどまでの「不届きな男を消し炭にする」という意気込みは引っ込み、彼女もまた真剣な顔で向き直る。

 

「そろそろ、ダンジョン攻略に乗り出そう」

 

 その宣言に、レティシアが大きく取り乱すことはなかった。

 ただ、下ろした指先が、ほんの僅かにきゅっと握り込まれる。

 

「……いよいよ、ですわね」

 

 呟いた声は、思いのほか静かだった。

 驚きがないわけではない。恐れがないわけでもない。けれどこの一週間、彼女もまた分かっていたのだ。試験期間は残り一週間。いつまでもこうして鍛錬ばかりしているわけにはいかないことを。

 

「明日は休養と準備に充てる。身体を休め、必要な物を整え、クラウディア先生へ正式な申請を出す。そして明後日、ダンジョンへ挑む」

「明後日……」

 

 レティシアは、その言葉を反芻する。

 たった二日後。

 

「まだ、足りないものは多いと思いますわ」

「多いなぁ」

「……少しは否定なさいませんの?」

「嘘を言っても仕方あるまい。経験も、判断の速さも、魔法の威力も、足りぬものは多い」

 

 ラングリッドは淡々と言った。

 だが、その瞳はひどく穏やかだった。

 

「だが、今の君なら大丈夫だと、私は感じているよ」

 

 それは安い慰めでも、無責任な励ましでもなかった。

 ラングリッドという一人の歴戦の騎士が、この一週間の彼女の血のにじむような努力を見たうえで下した、事実に基づく客観的な評価だった。

 

 レティシアは、言葉を失う。

 細々と「あれがいい」「ここが良くなった」と褒められるよりも、その静かな声から伝わってくる絶対的な信頼こそが今の彼女には何よりの救いであり、そして認めたくないが嬉しいと感じてしまったのだ。

 

「驕った言い方にはなるが、私という使い魔の存在に甘えることなく、君は泥にまみれながら努力し続けてきた。その姿は、何より君の覚悟を示すものだった」

「ふ、ふん! 当然ですわ。使い魔に頼りきりな情けない主人には、なりたくありませんもの」

 

 レティシアはぷいと顔を背けた。

 だが、その色白の頬がほんのりと赤いことは、傾きかけた夕陽のせいだけではあるまい。ラングリッドはそれをあえて指摘せず、ただ愉快そうに目を細める。

 

「それは頼もしい。主がそう言ってくれるなら、使い魔としても張り合いがあるというものだ」

「まだ仮、ですわよ」

「おっと、そうだったな。では仮の使い魔として、正式採用に向けて精々励むとしよう」

「ええ、そうなさいませ。私の使い魔になりたいのでしたら、生半可な働きでは許しませんわよ」

「承知した。あまり年寄りをこき使わないでくれよ?」

 

 *

 

 夕刻。

 訓練を終え、最低限の身支度を整えた二人は、学園の学生食堂へと足を運んでいた。

 

 王立リュミエール魔法学園の学生食堂は、食堂と呼ぶにはいささか立派すぎる造りをしている。高い天井には魔道灯が柔らかな光を灯し、長い卓が幾列にも並ぶ広間の奥には、厨房へ続く大きな受け渡し口があった。

 

 ただ、今は予科が試験期間中であるため、食堂にいる生徒の数はそれほど多くない。すでにダンジョン攻略を終えた者、これから挑む者、あるいは本科の生徒らしき年長の者たちが、思い思いに席を取っている。

 

 それでも、レティシアとラングリッドが食堂へ入った瞬間、いくつもの視線が一斉に突き刺さった。

 

 炎のような赤髪赤目の公爵令嬢。

 そして、その隣を歩く、見慣れぬ無骨な男。

 

 視線の意味は、好奇と、根も葉もない噂と、微かな警戒が入り混じったものだった。あからさまに指を差す者はいないが、こちらを見てから顔を寄せ合い、ひそひそと声を潜めて耳打ちし合う者は少なくない。

 

 しかし、レティシアはそれらを一切気にしていない顔で、悠然と歩いた。

 

 以前ならば、それは公爵令嬢としての矜持を鎧にした虚勢だったのかもしれない。だが、今は違う。明確な目標を定め、そのために泥臭く汗を流し、少しずつでも前へ進んでいるという確かな実感が、彼女の背筋を自然と伸ばしていた。

 そういう精神的な部分からの確かな成長が窺え、ラングリッドはふと口元を緩める。

 

「……何をだらしのない表情をしておりますの」

「あぁいや、随分と立派な食堂だと思ってなぁ」

 

 誤魔化すように、ラングリッドは周囲を見回して言った。

 

「これほどの場所なら、晩餐会にも使えそうだ」

「王立学園ですもの。貴族の子息女だけでなく、各地から集められた優秀な特待生もおりますから、国の威信としても体裁は大事ですわ」

「なるほど。そのうえ飯の良し悪しは士気に関わるからなぁ。実に正しい」

「やっぱり貴方、食事に異様なこだわりがございますわよね」

「塩辛いだけの干し肉に、スープや水でふやかさねばまともに食えぬ石のようなパン。そういった物を戦場で食い慣れるとな、温かい飯が出るだけで涙が出るほどありがたいと感じるのだよ。それが美味ければなお良い」

 

 哀愁漂う遠い目をしたラングリッドが真顔で頷くと、レティシアは呆れたように息を吐いた。

 

 やがて二人分の食事が運ばれてくる。

 ふっくらとしたパン、香草を使った鶏肉の煮込み、温野菜、具だくさんのスープ。学園の食堂で出されるものとは思えぬほど、栄養も味も整った食事だった。

 

 ラングリッドは軽く礼を言ってから、まず一口、スープを口に運ぶ。

 

「あぁ。美味い……」

「それは何よりですわ」

「この世界、というかこの国か。やはり飯が美味いなぁ」

「大げさですわね」

 

 そんな軽口を交わしてから、ラングリッドはパンを手で裂いた。

 

「さて、食事をしながらになるが、試験についてもう少し詳しく聞かせてもらえるかな」

 

 頷き、レティシアは表情を引き締める。

 先ほどまでの言い合いは終わりだとばかりに、声の調子が少し落ち着いた。目の前の食事に手をつけながらも、その意識はすでにダンジョンへ向いている。

 

「まず、予科の進級試験は、学園管理下の訓練用ダンジョンで行われます。挑戦は原則として、三名から五名のパーティ。単独での挑戦は認められておりません」

「それは聞いたな。外部の助力も不可だったか」

「ええ。家臣、冒険者、護衛騎士などの同行は禁止ですわ。あくまで、予科で学んだ生徒本人たちの実力を見る試験ですもの。それらを許可してしまえば、家の財力や格比べになってしまいますし」

 

 そこでレティシアは一拍置き、少しだけ視線を落とした。

 

「ただし、使い魔や召喚獣の同行は例外です。術者の力の一部として扱われますから」

「うむ、それで私も同行できる訳だな。それで、どうすれば合格になるのだ?」

「最奥のダンジョンコアに到達し、試験札に記録を残したうえで、入口まで戻ることですわ」

「戻るまでが試験か」

「ええ。たどり着くだけでは合格になりません。生きて帰ること、そして途中で得た情報や成果を報告することまで含めて評価されますの」

 

「良い試験だな」

 

 ラングリッドは素直に感心した。

 この世界のダンジョンというものをまだ見たことはないが、その試験内容がただの「力任せの討伐」ではなく、指揮能力や戦力管理、一言で言えば『生存のための総合力』を測るものであると理解できたからだ。

 

「階層はどの程度だ?」

「予科生用ですから、広く深くはありません。三階層までですわ」

「ふむ。三階層と聞くと短く感じるが」

「そうですわね。しかし内部は一定ではありません。大きく構造が変わることはありませんが、ダンジョンそのものは生きていますから、魔物の配置や細かな道筋、罠の状態は一定周期で変わります」

「完全な丸暗記はできん、ということか」

「そういうことですわ」

 

 レティシアは水を一口含んで喉を潤し、話を続ける。

 

「試験札には到達階層やその移動経路、魔物との交戦記録などが残ります。学園によって徹底的に管理されているダンジョンですので監視魔法もありますから、不正はまずできません」

「監視魔法か。便利なものだな」

「安全管理のためでもありますわ。危険と判断された場合、救助班が入ります。また、各パーティにはダンジョンの入口に転送される緊急撤退用の魔道具が渡されます」

「随分と手厚い保険だ」

「最低限、命は助かりますわね。しかしその魔道具を使った時点で、試験は失格です。本物のダンジョンであれば、それは死を意味しますので」

 

「なるほどなぁ」

 

 前の世界では到底考えられない便利な魔法と道具は、ラングリッドの価値観からすればあまりに無法過ぎた。

 だが、同時にそれらを以てしてもなお、こうして年端も行かぬ少年少女が万が一の事態に備えて命を懸けねばらならないダンジョンの脅威とは、どれほどのものなのだろうとも思う。

 

「装備は学園のものを借りられるのかな?」

「はい、貸与を受ける事での減点はございませんわね。お好きな装備をお選びくださいませ」

「それは良かった。この世界のダンジョンは初めてなのでなぁ、安定を取って剣と盾にしようか」

「かしこまりましたわ。それでは明日、それで申請しましょう」

 

 そこからは、ダンジョンに持ち込むべき必要最低限の所持品や、出現が予想される魔物の種類、そして実戦における二人の細かな役割分担について。

 

 彼らの密度の濃い作戦会議は、皿の上の食事が綺麗に平らげられた後もしばらく続くこととなった。

 いよいよ明後日、彼らにとっての本当の試練が幕を開ける。

 

 

 

 




他にも読み返すとこの表現がよかった、ああすればよかったとか色々と考えてしまうのはあるあるなんですかね……?うごごっごご
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