若返った老騎士、落ちこぼれ公爵令嬢の使い魔になる   作:ですわお嬢様スキー

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第11話 元老騎士、ダンジョンを攻略する

 重厚な石扉を押し開けた先──ドーム状に広がる巨大な空間の最奥に鎮座していたのは、見上げるほどに巨大な水晶だった。そこから放たれる淡く清らかな光が、陰鬱な地下空間を厳かに照らし出している。

 魔物の巣窟たるダンジョンの『心臓』というからには、もっと血生臭く、悍ましい代物を想像していたラングリッドは、思わず肩の力を抜いた。

 

「なんというか、むしろ神聖ささえ感じるな」

「言いたいことは分かりますわ。ですが、これこそがダンジョンコア。あれに触れ、入り口へと転送されることで『攻略完了』となり、私たちの試験は達成となりますの」

「今度は転送、ときたか……。この世界はなんとも面白い」

 

 興味は尽きないが、彼らの目的はダンジョンの調査ではない。

 あとはコアに触れ、レティシアの言う通りに帰還するだけだ。ラングリッドは周囲の暗がりに魔物の気配がないことを油断なく確認すると、レティシアを促すように一歩前へ出た。

 

 その時だった。

 

 空間全体が脈打つような、耳鳴りに似た不快な重低音が響き渡る。

 淡く清らかだった水晶の光が、内側から染み出すように赤黒く濁り、狂ったように明滅を始める。

 

「な、何事ですの……!?」

「下がれ、レティシア嬢!!」

 

 ラングリッドは鋭く叫び、咄嗟にレティシアを背後に庇うようにして立ち塞がった。

 コアの直下、石床の僅かな隙間から泥のように黒く澱んだ魔力が噴出し、急速に一つの輪郭へと収束していく。

 

 周囲の黒い靄を吸い込みながら立ち上がったのは、重厚な鉄の甲冑だった。

 儀礼用と思しき美しい意匠の施された白銀の鎧。しかし、その関節の隙間からは、美しさとは対照的なドス黒い瘴気が絶え間なく立ち昇っている。兜の奥の十字の隙間には肉体など存在せず、ただ暗黒の虚無と、獰猛に揺らめく一対の赤い眼光だけがあった。

 

「あれは、動く鎧か?」

「リビングアーマー!? どうしてこの魔物が訓練用ダンジョンに……。いいえ、それ以前にこのダンジョンにはコアキーパーなど出現しないはずですわ!」

 

 驚愕と困惑に声を震わせるレティシアを背に、ラングリッドは無言で鉄剣を抜き放つ。

 現れたリビングアーマーは、金属の擦れる重苦しい音を立てて手にする長剣を構えた。ただ人への憎しみを原動力に動いているという説を証明するかのようなその赤い眼光が、ラングリッドの視線と真っ向からぶつかる。

 

「呑気に話している余裕はないようだ。私が抑える。レティシア嬢、魔道具で逃げろ」

 

 ラングリッドの言葉が終わるか否かの瞬間、リビングアーマーが爆発的な風圧を伴って突進してきた。

 質量を無視した速度で振り上げられた凶刃が、大気を引き裂いてラングリッドへと叩き下ろされる。かつて、死線を彷徨う戦場で幾度も味わった、全身の皮膚が粟立つような戦慄がラングリッドの脳裏を駆け抜けた。

 

「くっ!」

 

 背後のレティシアを庇うためにラングリッドは回避を捨て、左腕の円盾を斜めに構えてその剛撃を受け流す。

 金属と金属が激突する凄まじい衝撃が骨を伝って脳を揺さぶり、耳障りな破壊音とともに、大剣が足元の石畳を爆砕して深々とめり込んだ。盾の傾きがほんの指一本分でも違っていれば、左腕ごと肉を千切られていただろう。とんでもない膂力だ。

 

「──だが、大振りが過ぎる!」

 

 ラングリッドの唇に、獰猛な戦士の笑みが浮かぶ。

 彼は衝撃を殺さぬまま反転し、手にした鉄剣で鎧の胴を完璧な軌道で薙ぎ払った。間髪入れず、流れるような刃の返しで、リビングアーマーの太い右腕の関節を正確に切り離す。

 

 重い金属音とともに右腕が床に落ち、大剣が転がった。

 人間相手なら勝利を確信する一撃。しかし、ラングリッドの肌を言い様のない強烈な違和感が突き刺す。彼は本能の警鐘に従い、即座に後ろへ跳んで距離を取った。

 

「おいおいおい……」

 

 その直後、切り離された右腕と本体の断面から、黒い靄が触手のように触手を伸ばした。靄は磁石のように互いを引き寄せ、離れたパーツを瞬時に結合させていく。

 たった数秒。リビングアーマーの右腕は何の損耗もない状態で元通りになり、同時に胸に刻まれていた深い斬り傷さえも滑らかに修復されてしまった。

 

「流石にそれは卑怯が過ぎるのではないか……!?」

 

 歴戦のラングリッドとて、これには目を見張る。

 体勢を立て直した鎧が、息つく暇もなく再び剣を振り下ろしてきた。ラングリッドはそれを盾の縁で的確に捌き、今度は相手の腹を完全に分断するほどの踏み込みで真一文字に両断した。

 

 だが、結果は非情だった。黒い靄が集まり、傷口が瞬時に塞がる。鎧の破片が生き物のように蠢き、元の形へと収束していく。

 技術においては彼が圧倒しているにも関わらず、相手の異常な再生能力の前に、彼の背中に冷たい汗が流れる。

 

「レティシア嬢、何をしている! 早く撤退を!」

「だ、駄目ですわ! 貴方を置いてなど……!」

「いいから早く!」

 

 あえて突き放すような怒声を上げる間にも、ラングリッドの身体には目に見えて傷が増えていった。

 

 状況は、極めて劣悪。

 リビングアーマーの放つ一撃一撃は、打ち合うたびにラングリッドの肉体へ過酷な負荷を強いていた。技術と重心移動だけで凌ぐには、相手の暴力的な質量が限界を超えている。

 金属の擦れ合う不快な音が広間に響き渡る中、ラングリッドが防戦一方に追い込まれるのに時間はかからなかった。

 

 大剣の横薙ぎの閃きが、ラングリッドの掲げた円盾を捉える。

 受け流しきれなかった衝撃が左腕を直撃し、円盾の表面が中央からひしゃげた。激しい衝撃に耐えかねて、ラングリッドの体勢がわずかに崩れる。

 動く鎧がその隙を見逃すはずもなかった。無機質な追撃の突きが、ラングリッドの防御を強引に突き破り、その左前腕を深く切り裂いた。

 

 鋭い痛みが走り、鮮血が床の石畳へと飛び散る。

 

「くおらぁッ!」

 

 ラングリッドは痛みを怒声でねじ伏せ、右手の鉄剣を突き出すが、鎧はそれを大剣の腹で無造作に叩き落とし、そのまま鋭い一蹴を放ってきた。

 重厚な鉄の具足がラングリッドの脇腹を烈しく捉える。衣服が裂け、肋骨が悲鳴を上げるような衝撃とともに、ラングリッドの肉体は十数歩後方へと突き飛ばされた。

 

「ラングリッド!」

「くどいぞ、レティシア嬢。早く行けと言っている……!」

 

 口内に広がった鉄の味を吐き捨て、ラングリッドは再び前に出た。

 傷口から流れる血が探索服を赤く染めていくが、老練な騎士の精神は一歩も退かない。冷徹なまでに冴え渡る思考の中で、彼はリビングアーマーの動きを凝視し続けていた。

 

 気力は十分。しかして、肉体の限界は近い。

 学園から貸与された量産品の鉄剣はすでに至るところが刃こぼれし、刀身の中央には致命的な亀裂が走り始めていた。盾もこれ以上の剛撃を受ければ完全に砕け散るだろう。いくらラングリッドとて、この怪物を相手に丸腰では勝ち目はない。

 

 そんなラングリッドの状況を好機と見たか、動く鎧が肉薄してくる。

 

「貴方こそくどいですわよ! 私も戦います! こんなところで貴方を見捨てて、おめおめと逃げ帰るなんて死んでも御免ですわ!」

 

 だが、後方から飛来した高密度の火球がリビングアーマーの足元で炸裂し、その前進を阻んだ。

 凛とした声に視線をやれば、そこには杖を構え、毅然と立つレティシアの姿があった。その瞳に、もはや怯えの色はない。

 

「散々庇ってもらって格好はつきませんが、ここからは足手纏いにはなりませんわ」

「しかし……!」

「一度だけ。もう一度だけ、あの鎧の胸部に傷を付けられますか?」

 

 ラングリッドの反論を遮り、レティシアは冷徹に問う。

 幾度も切り結び、相手が再生する瞬間を背後から観察し続けたことで、彼女はついにその『法則』を見出していたのだ。

 

 腕を切り離したときも、胴体を両断したときも、四散したパーツを引き寄せる黒い靄は──必ず一度、あの鎧の胸の中央へと集まっていた。そこから心臓の鼓動のように魔力が全身へと行き渡ることで、修復が完了している。

 

「あの胸の奥に核があります。それを撃ち抜きますわ」

 

 再生を繰り返すリビングアーマーなど聞いたこともないが、魔力構造の根本は同じ。その証拠に、ラングリッドの剣が胸部に届く瞬間だけ、鎧の立ち回りに明確な焦燥──拒絶の反応が混ざっていた。

 

 ならば、狙うべき場所は一つしかない。

 

「レティシア嬢。次の一撃で、あの鎧の急所を開こう」

 

 同じ違和感を抱き、彼女の説明によって確信を得たラングリッドは、歪んだ盾を構え直して不敵に笑った。

 

「任せましたわ。そして止めは、私がいただきます」

 

 レティシアの声に迷いはなかった。

 彼女の周囲で、かつてないほど濃密なマナが狂おしく渦巻き始める。それは初級魔法の領域を遥かに凌駕する、圧倒的な熱量を秘めた紅蓮の輝きだった。

 

 リビングアーマーが、ラングリッドを完全に圧殺すべく、大剣を上段へと構えた。

 全身の黒い靄がその刃へと収束し、空間が歪むほどの濃密なプレッシャーが放たれる。

 

 だが、ラングリッドは逃げなかった。そればかりか、自らその大剣の間合いへと踏み込んでいく。

 

 振り下ろされる必殺の巨刃。ラングリッドはそれをより緻密に、相手の体勢を理想的な形で崩せるアングルで盾に受けた。強烈な金属の激突音とともに、円盾が爆散し、鉄片となって削り取られる。

 もはや左腕の感覚は消えていたが、本命の右腕は無事だ。がら空きとなった胴へ、彼は渾身の力で鉄剣を一閃させた。

 

 しかし──。

 

「ぬぅっ!?」

 

 切っ先が装甲に触れた瞬間、ここまでの無理が祟ったのか、ラングリッドの剣が中央の亀裂からあっけなく折れ飛んだ。

 だが、ここで引けば二人とも確実に死ぬ。

 

「おおぉぉぉッ!!」

 

 ラングリッドは折れた剣の残骸を逆手に持ち替え、己の全霊、全筋力をその一点に込めた。

 前進の勢いをそのまま体重に乗せ、折れ口の鋭い鉄塊を、リビングアーマーの胸板へと力任せに突き立てる! 

 

 肉体と鉄塊が激突する凄まじい衝撃。

 ラングリッドの右腕の筋肉が断裂の悲鳴を上げたが、折れ剣はリビングアーマーの重厚な装甲を強引に貫通し、その胸を大きく抉り開いた。

 

 装甲の裂け目。絶え間なく溢れ出る黒い瘴気の奥で、脈打つように禍々しい赤黒い光を放つ『核』が、完全に露出する。

 

「やれ、レティシア嬢っ!!」

 

 ラングリッドは叫ぶと同時に、身をよじるようにしてリビングアーマーの射線から側方へと跳び退いた。その直線上の後方には、すでに魔法を練り上げた少女が佇んでいる。

 

「貫け──『炎槍(フレイム・ランス)』!!」

 

 レティシアの限界を振り絞るような怒号が響き渡った。

 

 大気が激しく震動した。

 彼女の杖の先から放たれたのは、これまでの火球とは次元の違う、猛烈な風の渦を纏って極限まで圧縮された巨大な炎の槍だった。

 中級魔法という括りでありながら、彼女の執念が上乗せされたそれは、空間の湿った空気を一瞬で蒸発させるほどの熱量を帯びている。

 

 放たれた炎の槍は、回避する術を持たないリビングアーマーの胸の核へと、寸分の狂いもなく突き刺さった。

 

 視界を白一色に染めるほどの激しい大爆発。

 内側から純粋な破壊のエネルギーを流し込まれたリビングアーマーは、悲鳴を上げる間もなく、その核を一撃で粉砕された。

 核を失ったことで、無限にも思えた再生能力は霧散する。重厚な鉄の甲冑は、内側から噴き出す凄まじい熱量によってまたたく間に赤熱し、やがてドロドロに溶けた鉄の塊となって石床へと崩れ落ちていった。

 

 空間を揺るがしていた熱風が、ゆっくりと収まっていく。

 最奥のドーム状の部屋には、もう動く魔物の姿はなかった。赤黒く濁っていたダンジョンコアは、何事もなかったかのように、元の淡く神聖な光を取り戻している。

 

 杖を支えにしていたレティシアの身体が力なく折れ曲がるのが見えた。

 すべての魔力を使い果たしたのだろう。彼女はそのまま、糸が切れた人形のように石床へと倒れ込みそうになる。

 

「助かった。ありがとう、レティシア嬢。……また、救われてしまったな」

 

 ラングリッドは痛む脇腹を左手で押さえながら、素早く駆け寄り、彼女の身体を右腕で優しく受け止めた。

 彼の腕の中で、レティシアはすでに意識を失い静かに寝息を立てている。

 その硬い表情が、恐怖に打ち勝った者だけが持つ、深い安堵へと溶けていく。

 

 私も、まだまだ研鑽が足りんな。

 

 ラングリッドは自身の傷口から流れる血を眺め、自嘲気味に苦笑した。

 体は傷だらけで、武器も防具も使い物にならない。しかし、言葉とは裏腹に彼の胸の内を満たしていたのは、かつて生死を分ける戦場を生き延びた時と同じ、心地よい昂揚感だった。

 

 気絶したレティシアを優しく床に横たえ、彼もまた地面に腰を下ろす。

 重厚な石扉が再び開き、そこから血相を変えた女教師を先頭に、救援の混成部隊が雪崩れ込んでくるのが見えた。

 

 それを見届け、完全に安心したラングリッドもまた、急速に遠のいていく意識に身を委ねたのだった。

 




あまりに長くなってしまったので分割しました。
本来の後半部分は12話として現在加筆修正中ですのでしばらくお待ちください!!!!
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