若返った老騎士、落ちこぼれ公爵令嬢の使い魔になる   作:ですわお嬢様スキー

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第12話 元老騎士、試験の結果を知る

 深い自己嫌悪に満ちた呻き声が、清潔な白い天蓋に向けて吐き出された。

 

 翌日、ラングリッドは学園の救護室に備えられた寝台の上にいた。意識を取り戻した彼に告げられたのは、当面の絶対安静である。

 左前腕を深く切り裂かれた傷は絶え間なく熱を持ち、分厚い包帯によって厳重に固定されている。動く鎧から強烈な一蹴を浴びた右の脇腹にも、未だ呼吸のたびに軋むような痛みが走った。

 しかし、今彼が寝台の上で唸っているのは、それら肉体の痛みや不快感のせいではない。

 

「なんと……情けないことか」

 

 先日のダンジョンでの死闘を思い出し、彼は凄絶な羞恥にほぞを噛む。内心で随分と大見得を切っていたにも関わらず、結果はあの体たらくである。

 

 未知の世界、未知の迷宮という場において、決して油断はなかった。理外の再生能力を持つあの動く鎧との戦闘では、文字通り己の持てる技術と全力を出し切ったつもりだ。

 しかし、現実はどうだ。試験の合否以前に齢十五の少女を命の危険に晒し、挙げ句の果てに彼女の機転と魔法に救われる始末。改めて己の中に油断、言い換えれば『経験による驕り』は無かったのかと問われれば、「あった」と答えざるを得ないのが正直なところであった。

 

 再び、やり場のない嘆息が漏れる。毛布を握る右手に、骨が白く浮き出るほど強い力がこもった。

 

 この世界の魔法ほど万能ではなく、使い手も極めて希少であった魔術しかない故郷において、人間が強大な魔物に抗う術は、鍛え抜かれた身体と洗練された武技が主であった。

 そんな世界で最前線に身を置き、七十を超えるまで戦い抜いて来た彼は、紛れも無い強者であった。その最期に成し遂げた単身での竜討伐など、伝説の領域に片足を突っ込んでいると言っても過言ではない。

 そして事実、その実力はこの未知の世界であっても十分に通用するものだという、確かな手応えもあった。故に、率直に言えば彼は慢心していたのだ。

 

 初撃、ラングリッドの剣は確かに動く鎧の胸を切り裂いていた。危険な敵だと本能で察知していたのだから、かつて竜を仕留めた時のように、何がなんでもあの瞬間に全てを懸けて畳み掛けるべきだったのである。そうしていれば、核という弱点の存在など知らずとも、自ずと致命傷を与えられていたはずなのだ。

 

「次は、無い」

 

 想定外の事態だった。いるはずのない強力な魔物だった。そうした言い訳はいくらでもできるが、彼はただ純然と己の無力さを受け入れる。

 

 学園長であるルーヴェリアには、手も足も出ないだろうという底知れなさがある。クラウディアには純粋な剣術の立ち回りにおいてこそ勝ったが、彼女の本領は剣術と高度な魔法とを織り交ぜた戦い方だ。

 そして何より、この一週間で目を見張るほどの成長を遂げたレティシアとて、このまま研鑽を積めば遠からずラングリッドを容易く灰にするほどの優秀な魔法使いに至るだろう。

 

 魔法という万能の力が絶対的な理として存在し、より強大で理不尽な魔物が跋扈するこの世界において、剣しか振れぬラングリッドは、弱者とまでは言わずとも明確に『持たざる者』の側であった。

 

「……強く、ならねばな」

 

 老境に至ってなお、己にこれほどまでの欠落と成長の余地があるという事実。

 それは武人としての彼に痛烈な反省を促すと同時に、灰の下でくすぶっていた闘争の炎に、新たな薪を焚べるものでもあった。

 

 ふと、彼は意識の外に追いやられていた『自分なりの幸せを見つける』という第二の人生の目的を思い出す。

 

 まだ、己は強くなる。強くなれる。そのための時間も、若返った肉体と共に手に入れた。

 世界が変わろうと、己の根幹は変わらないらしい。自分よりも遥かに上の存在がいるという事実がこんなにも口惜しく、同時に楽しくて仕方がない。さらなる高みを目指すことを『幸せ』だと思えるのだから、結局のところ彼は、どこまでいっても生粋の武人であるらしかった。

 

 そうして新たな生における明確な道標を見付けたところで、部屋の入り口がノックされる。

 

「思ったより元気そうで良かったわぁ」

 

 入ってきたのはルーヴェリアだった。

 その顔には相変わらず本心の読めない無邪気な微笑みが浮かんでいるが、ラングリッドの顔色を見た瞬間、僅かに安堵したように目を細めた。

 

「レティシア嬢は?」

「大丈夫。あの子は極度の疲労と魔力欠乏で気を失っていただけだから、もう起きているわよぉ」

「それは良かった。本当に……」

「真っ先にレティシアちゃんの心配だなんて、あの子も愛されているわねぇ。貴方の方がよっぽど重症だったのよ? 特に左腕の怪我は、回復魔法で治療しても麻痺が残るかもなんて言われてたのに運が良いわぁ」

「そう、か」

 

 言われてみれば、確かに怪我の治りが異常に早い。あれだけの深手を負ったなら数日は痛みと高熱にうなされるはずだが、実際には随分と落ち着いている。

 

「でも、しばらく無茶はだめよ。しっかり休んで療養すること」

「善処しよう」

「善処じゃなくて絶対に、よ。……特別に、発表前にレティシアちゃんの試験結果を教えてあげるからぁ」

 

 それは教育者としてどうなのだろうか。学園長本人が良いと言うなら構わないのだろうが。

 何より、結果が気になるのは間違いない。試験は『ダンジョンコアに触れ、入口まで転送されること』が条件だったはずだ。

 

「そんな心配そうな顔しなくても大丈夫よ。合格よ、合格。なんなら成績優良者の一人として、レティシアちゃんは表彰される予定よぉ」

「成績優良者……?」

「そう。座学はとびきりなのよ、あの子。課題だった魔法もちゃんと使えるようになったとなれば、当然の評価よねぇ」

 

 それに、とルーヴェリアは少しだけ声のトーンを落として続ける。

 

「貴方たちの倒したあの魔物は、《イモータル・ナイト》っていうリビングアーマー種の上位個体よ。常に再生し続けるし、おまけに魔法に対してかなりの耐性を持っているの。倒すなら、あなたがやったみたいに核を守る鎧を物理攻撃でこじ開けて破壊するか、耐性を力技で突破できるくらいの魔法を撃ち込むしかないのよぉ」

「この世界の魔物は恐ろしいな……」

 

 ラングリッドの世界では、あのような厄介な魔物はいなかった。魔法という万能の力が根差す世界では、脅威の質もまた相応に底上げされているということか。

 

「……よく頑張りましたって、最優秀生として花丸をあげたいくらいなんだけど。残念ながら、レティシアちゃんがこれまで実技の成績が振るわなかったのは事実だし、一人でこっそり召喚魔法を使ったペナルティもあるからねぇ。本当に合格で良いのかって意見もあったけど、今回の大金星はそれらを差し引いてもお釣りが来るくらいよぉ」

「そうか、それもまた朗報だな!」

 

 未だ沙汰の決まっていなかった、レティシアの重大な校則違反。それについても、これでどうやら手打ちとなるらしい。毎日の鍛錬の時間以外、自室で半泣きになりながら反省文を書き、校内清掃の奉仕活動に精を出していた彼女も、これで報われるというものだ。

 

「恐ろしいのはあなたのほうなんだけどねぇ。あんな量産品の剣と盾でやり合える相手じゃないんだけどぉ……ともかく、本当にありがとうねぇ」

「礼を言われるようなことは……」

「いいえ、そこはちゃんとしておかなくちゃ。少なくとも、訓練用に使っていたあのダンジョンに出現するような魔物じゃないの。もしあなたがいなかったら、そしてあなたとレティシアちゃん以外の生徒が居合わせていたら……きっと、取り返しのつかない悲しい結果になってたと思うから。だから、本当にありがとう。そして、ごめんなさい」

 

 己の不甲斐なさを噛み締めていたラングリッドとしては、その称賛と謝罪の言葉を素直に受け入れがたい。だが、学園のトップにここまで真摯に頭を下げられてしまえば、静かに頷くしかなかった。

 何より、レティシアの問題行動が不問となり、その上に優良生徒として表彰までされると言うのであれば、これ以上ない万々歳の結果だろう。

 

「それとねぇ、一つ伝えておくわぁ」

「うん?」

「結果発表の日、夜には試験の合格を祝したパーティがあるのよぉ。優秀な生徒の表彰もその場で行われるわぁ」

「おぉ、そうか。めでたい日になるなぁ」

「あなたも勿論出席すること。レティシアちゃんの晴れ舞台に使い魔のあなたがいないとなると、ねぇ?」

 

 ルーヴェリアはにこやかに笑っている。

 だが、その声音には有無を言わせぬ響きがあった。ラングリッドは長年の経験から、この手の柔らかな命令に逆らったところで、ろくな結果にはならないと知っている。

 

「異論はない。レティシア嬢の努力が認められる場ならば、喜んで出席しよう」

 

 夜会やパーティといった場は苦手だが、今回ばかりは事情が事情である。

 参加することに否はないが、しかしラングリッドには大きな問題が一つあった。

 

「しかし、着ていく服がないな」

 

 この世界にやってきた時に着ていた鎧はとうに使い物にならなくなっているし、そういった公式な場に出るための礼服など持ち合わせているはずもない。

 

「それなら大丈夫。こっちで用意してるからぁ」

「それはありがたい。何から何まで世話になるなぁ」

「ふふっ。服の心配はしなくていいけど、問題は貴方の『得物』のほうねぇ」

 

 ルーヴェリアは腕を組み、わざとらしく溜息を吐いてみせた。

 

「現場から回収した学園貸与の鉄剣と円盾、見事に粉々だったわよぉ。クーちゃんが、『やはり並みの武具ではエシュタール卿に追いつきません』って難しい顔で言ってたわぁ」

「借り物だというのに、すまない」

 

 耳の痛い指摘に、ラングリッドは苦笑して己の大きな掌を見つめた。

 彼とて得物にこだわる事の大切さを知らない訳でない。数打ちではなく、自分に合った得物を職人に鍛えてもらうというのは一種の騎士のステータスでもあった。しかし、彼は終ぞ『合う』と感じられる物に出会えなかったのだ。

 

 だが、そんなちっぽけなこだわりもここまでだ。

 

 あの化け物を相手に最後は折れ剣を用いた力技で押し切ったが、毎回あのような無理が通用するとは思えない。ルーヴェリアの言う通り、武器の調達は急務であった。

 

「だから、貴方にぴったりの代物を見つけておいたわ」

 

 ルーヴェリアは楽しげに告げた。

 

「イモータル・ナイトが消滅した後に残された剣よ。部屋の石床が高熱で溶解するほどの熱量だったのに、あの剣だけは刃毀れ一つなく残っていたの」

「あれほどの魔法の直撃に耐えたというのか」

「うん。学園お抱えの鑑定士に調べさせた結果、魔力増幅とかの能力は一切ない代わりに、どれだけの衝撃や圧力を受けても決して傷つかない《不壊》の特性が付与された剣って事が分かったわぁ。銘は《インヴィクタス》……この世界の伝説に出てくる騎士の持っていた剣と同じねぇ」

 

 不壊の剣。魔法が使えず、純粋な剛力と技のみで戦うラングリッドにとって、己の全霊を乗せて振り抜いても決して裏切られることのない武器は、何よりも得難いものであった。

 

「今は学園の鍛冶工房で相応しい鞘をあつらえさせているわ。あなたが元気になる頃には引き渡せるはずよぉ。生徒を守ってくれたことへの、学園からのささやかな報酬ね」

「……ありがたく使わせてもらう」

「うんうん。きっとあなたなら、もっと強くなれるわよぉ」

 

 そうしてルーヴェリアはベッドの傍らの椅子から立ち上がると小さく伸びをした。

 

「長居しすぎちゃったわねぇ。それじゃぁ、お大事にぃ~」

「わざわざありがとう。……ルーヴェリア殿」

 

 最後に名を呼んで深く首を垂れたラングリッドに、ルーヴェリアはひらりと手を振って病室を後にした。

 パタン、と静かに扉が閉まる。

 再び静寂が降りた白い部屋の中で、ラングリッドは己の分厚い包帯に巻かれた両手を見つめた。

 

『不壊』の剣、インヴィクタス。

 魔法という理不尽が支配するこの世界で、ただ己の武のみを信じる男に与えられた、決して折れぬという絶対の相棒。まだ見ぬその剣の柄を想像し、ゆっくりと右手を握り込む。骨が鳴るほどの力で握り締めても、もう得物が悲鳴を上げることはないのだ。

 

「まったく、あの人と話していると心の底まで見透かされた気分になるな。……だが、そうか」

 

 自嘲気味に呟きながらも、その口元には自然と獰猛な笑みが浮かんでいた。

 己より遥か高みに立つ底知れぬ者からの、「もっと強くなれる」という確信めいた激励。それは、老境を経てなお強さを求めた彼の内に灯った火に、たっぷりと油を注ぐようなものだった。

 

 窓の外を見やれば、眩しいほどの陽光が澄み切った青空から降り注いでいる。

 レティシアの晴れ舞台となる夜会への柔らかな期待と、再び武の極致を目指すという途方もない熱情が、彼の分厚い胸の内で静かに、しかし力強く燃え上がっていた。

 

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