若返った老騎士、落ちこぼれ公爵令嬢の使い魔になる 作:ですわお嬢様スキー
月一投稿ならず……おいは恥ずかしか!
第二章 第一話
「……ただいま戻りました、お姉様」
レティシアはそう答えると、石段の上で姉の隣に立つ父へ向き直り、背筋を伸ばして裾を摘んだ。
「ご無沙汰しております、お父様」
「ああ。よく帰った」
低く、よく通る声で応じたアーヴィングが、石段を下りてくる。娘の前で足を止めると、赤い髪から顔へ、裾を摘んだ手元へと目を移した。表情こそほとんど動かなかったが、その眼差しに、ラングリッドは見覚えがあった。戦場から戻った若い騎士を迎える家族も、まずはこうして相手の姿を隅々まで確かめ、その無事を喜んでいたものだ。
「身体に、障りはないか」
「はい。すっかり良くなりましたわ。魔力も戻っておりますし、学園の治療師にも問題はないと」
「そうか」
頷いた公爵は、それきり口を閉ざした。レティシアもしばらく父を見上げていたものの、次に何を言えばよいのか分からぬ様子で、やがて裾から手を離す。久方ぶりに顔を合わせた親子の会話にしては、いささか寂しい。
その間に石段を下りてきたエレオノーラが、父の傍らから妹へ両手を差し出した。
「お顔を見せて。手紙だけでは安心できないもの」
レティシアは少しためらってから、その手を取った。
「……ご心配をおかけしました」
「ええ。随分と」
穏やかな返事とともに、姉の指が妹の手を包む。責める響きがないことがかえってこたえたのか、レティシアは困ったように眉を下げたが、エレオノーラはその顔を覗き込んで微笑んだ。
「でも、まずはお帰りなさい。貴女の部屋も、整えてもらっているわ」
「ありがとうございます、お姉様」
先ほどより幾分柔らかくなった娘の声を聞いてから、アーヴィングがラングリッドへ目を向けた。その視線は立ち姿から顔へと移り、今度はこちらを静かに見定めるようだったが、客を値踏みするような不躾さはない。
「待たせてしまったな、エシュタール卿。アーヴィング・フォン・グランヴェルだ。当家へようこそ」
「お招きいただき、感謝申し上げます。ラングリッド・ラントブルグ・フォン・エシュタールと申します」
ラングリッドが胸へ拳を当て、一礼すると、公爵は正面から彼を見据えた。
「娘からも、学園長からも話は聞いている。まずは直接、礼を伝えたかった。レティシアを守ってくれたこと、心より感謝する」
そう告げた公爵が、深く頭を下げた。傍らでレティシアが息を呑み、ラングリッドもまた、口にしかけた謙遜を引っ込める。
己の働きに足りぬところがあったことと、この父親が娘の生還を喜んでいることは、別の話である。今はただ、その礼を受けるべきだった。
「恐れ入ります、公爵閣下。私もまた、御息女に救われた身です。こうして二人揃って伺えたことを、嬉しく思っております」
「ああ。そのことも聞いている」
顔を上げたアーヴィングは、隣の娘へ向き直った。
「よく、帰ってきた」
先ほどとほとんど同じ言葉だったが、今度はレティシアもすぐには答えなかった。姉に預けたままの手を軽く握り直し、父を見上げたまま、小さく頷く。
「……はい」
「立ち話が長くなったな。中へ入ろう」
アーヴィングが先に立つと、エレオノーラも妹の手を離し、二人を館へと促した。姉妹の半歩後ろを歩きながら、ラングリッドは密かに息をつく。剣も魔法も飛んでこぬ出迎えだというのに、どうにも肩に力が入っていたらしい。
他人の家の事情とは、難しいものだ。
まして今や、他人事で済ませてよいかも怪しい。傍にいてほしいと頼まれ、もちろんだと答えたものの、こういう時に何をしてやればよいかまで分かっているわけではなかった。
*
通されたのは、庭に面した窓のある居間だった。
天井の高い玄関広間を抜けてきたせいか、暖炉を囲む長椅子と卓の配置が、ずいぶん親しみやすく感じられる。庭木の影が落ちる床はよく磨かれ、窓辺に残された読みかけの本や刺繍には、家族がここで日々を過ごしている気配があった。客を迎えるだけなら応接の間もあるだろうに、家族の暮らしが見えるこの部屋へ通されたことが、ラングリッドには少し嬉しかった。
ハロルドが茶を注ぐと、温かな香りが卓の周りに広がった。薄く切ったショートブレッドが並べられる間、エレオノーラは隣に座った妹へ、学園からの道は混んでいなかったかと尋ねている。レティシアは短く答えていたが、父が向かいへ腰を下ろすと、再び膝の上で手を揃えた。
ラングリッドも一人掛けの椅子に腰を落ち着け、つられて背筋を正しかけたところで、少しばかりおかしくなる。これでは、二人揃って叱られに来た子供である。
「卿も、怪我の具合はよいのだな」
アーヴィングに問われ、ラングリッドは左手を軽く開いてみせた。
「ええ。日常に差し障るほどの痛みは、もうございません。大事を取れとは、重ねて言われておりますが」
「では、ここでもそうしてもらおう。必要なものがあれば、ハロルドへ伝えてほしい」
「ありがたく。ですが、あまり居心地を良くしていただくと、学園へ戻りたくなくなるかもしれませんな」
「それは困りますわ。私の使い魔ですのよ」
すぐさま口を挟んだレティシアが、言ってから父の顔色を窺う。アーヴィングは咎めることもなく茶を一口含み、エレオノーラは妹を見て微笑みを深めた。
「随分と打ち解けられていますのね」
「なかなか言うことを聞いてくれず、困っているくらいですわ」
「なんとも悲しい。私ほど従順な使い魔はおらんと思うぞ」
「そういうところですわよ」
「ふふっ、仲がよさそうで何よりね」
レティシアは何か言い返そうとしたものの、結局、手元の茶へ目を落とした。その様子を見ていたアーヴィングが、受け皿へ茶器を戻し、卓の上で両手を重ねる。
「さて。レティシア、お前に聞いておきたいことがある」
「……はい」
「召喚の経緯も、試験で起きたことも、報告は受けている。学園で科された処分と、その後の判断についても同様だ。今ここで、初めから説明し直す必要はない」
落ち着いた口調だったが、レティシアの視線は父の手元に落ちたまま、上がらなかった。
「私が聞きたいのは、なぜ誰にも相談しなかったのか、ということだ」
返事のない間に、ラングリッドは茶器へ手を伸ばす。少女が召喚に縋った事情は知っているが、この問いに、彼が代わって答えるわけにはいかなかった。
香りを楽しみ、上質な茶葉だと舌でわかる豊かな渋みを味わい、言葉とともに飲み込む。
「……止められると、思ったからです」
ややあって、レティシアが口を開いた。
「誰に相談しても、危険だからやめるようにと。それは、分かっておりましたわ」
「その通りだ。あのような場所で、一人で行うと聞いていれば、私は止めた」
「はい」
「なぜ止めるかも、分かっていたか」
「失敗すれば、私だけでは済まないからです。寮にいる他の方々まで、巻き込むおそれがありました」
答えは淀みなかった。クラウディアからも厳しく指摘された危険だが、ただ叱られた時の言葉を繰り返しているようには聞こえない。レティシアは一度息を整えると、俯いたまま続けた。
「成功させればよいと、思っていました。術式を間違えず、手順を守れば、私にもできると」
「失敗した時は、どうするつもりだった」
そこで答えが途切れた。庭では木々が風に揺れ、開けられた窓の隙間から、葉の擦れ合うかすかな音が届いている。ラングリッドは口を挟みたくなるのをこらえ、黙って待った。ほどなくして、レティシアの唇が動いた。
「……考えたく、ありませんでした」
先ほどより低い声だった。
「失敗することばかり考えていたら、何もできなくなりそうで。それに、ただ座して落第を受け入れることもできませんでした」
アーヴィングは娘を見つめたまま、すぐには言葉を返さなかった。レティシアがそれ以上続けないのを確かめてから、告げる。
「お前が自分で負うと決められる危険と、他人に負わせてよい危険は違う」
「……はい」
「召喚されたのが理性ある人物であったことも、お前たちが試験を生き延びたことも、喜ばしい。だが、それを理由に、あの判断をよしとはできん」
「承知しております」
レティシアは顔を上げて父を見た後、深く頭を下げた。
「申し訳ございませんでした」
アーヴィングは謝罪を受け、重ねていた手をほどいた。その指が卓の縁に触れ、また離れるのを、ラングリッドは何とはなしに見ていた。必要とあらば、娘にも厳しい言葉をためらわずに告げる男なのだろう。それでも、次の一言には時間がかかった。
「召喚を行うと決める前に、私へ相談してもよかったのだ」
レティシアが、わずかに眉を寄せた。
「仲間が見つからない。試験へ挑む見込みが立たない。そう伝えるだけでもよかった」
「ですが……それをお伝えして、どうなるのでしょう」
思わず口をついて出たのだろう。レティシア自身が驚いたように唇を閉じたが、アーヴィングは声の調子を変えずに促した。
「続けなさい」
「……お父様のお力で、どなたかにパーティを組むよう命じていただくのでしょうか。それでは、何も変わりませんわ。私と組みたくないという気持ちまで、変わるわけではありませんもの」
話すうちに言葉が早くなり、膝の上で揃えていた両手が、固く握り合わされた。
「それとも、普通課程へ進めばよいと仰いますか。無理をせず、私にできることをすればよいと」
そこで声が止まり、ラングリッドは馬車の中で聞いた『無理をするな』という言葉を思い出した。口にした者が何を案じていたかと、聞いた者が何を恐れていたか。その隔たりを、今ようやく父親も知り始めたのかもしれない。
レティシアは握り合わせた手をほどかぬまま、父の顔を見ようとしていた。
「私は、上級課程へ進みたかったのです」
レティシアは顔を上げた。今度の声は、先ほどほど急いでいなかった。
「公爵家の娘として当然だからというだけではなく、私自身が、そこで学びたかったのですわ。まだ届かないものがあるからこそ、諦めたくありませんでした」
「その望みを、私は聞きたかった」
アーヴィングは短く答え、娘の眼差しを受け止めた。
「その無茶は止めただろう。だが、お前の望みまで止めると決めていたわけではない。何ができるかは、聞いてから考えるつもりだった」
「……ですが、お父様は」
何かを言いかけたレティシアが、そこで言葉を呑む。公爵は続きを促そうと身じろぎしたが、それより先に、エレオノーラが妹へ身体を向けた。
「私にも、言ってほしかったわ。貴女の手紙には、試験に向けて準備を進めているとしか書かれていなかったもの」
「嘘は、書いておりません」
「ええ。準備はしていたのでしょうね」
エレオノーラは柔らかな声のまま頷いたが、そこで話を終わらせはしなかった。
「でも、それだけを読んでいた私には、貴女が一人でどれだけ困っているのか、分からなかった」
「お姉様は、お忙しかったでしょう。領地のこともございますし」
「忙しいのは、いつものことよ。貴女の話を聞く時間まで、なくなったわけではないわ」
レティシアは唇を結んだ。膝の上の手に力がこもり、肩が小さく持ち上がる。少しして、声がこぼれた。
「……お姉様には、分かりませんわ」
小さな声だったが、ラングリッドにもはっきりと聞こえた。思わず口を開きかけたものの、かけるべき言葉が見つからぬうちに、エレオノーラの顔から笑みが消える。妹へ伸ばしかけていた手は途中で止まり、そのまま長椅子の上へ戻された。
レティシアもその動きに気づいたらしく、はっと姉を見た。
「違います。今のは、その……」
言い直そうとしても、後が続かない。姉を傷つけたいわけではないのだろうが、だからといって、今の言葉を単なる失言で片付けてよいものか。
ラングリッドの前で、レティシアは姉を誇らしげに語っていた。あの声に偽りがあったとは思えない。それでも、その姉を前にして、これほど言葉に詰まることがある。優れた姉を誇らしく思うことと、その姉に己の不出来を打ち明けることは、また別なのだろう。
そのくらいの察しはつくが、それだけで少女の胸の内を分かったつもりになるのも早計だった。
「どこが分かっていなかったのか、教えてもらえる?」
エレオノーラの問いに、レティシアは膝の上に視線を落とし、何度か唇を動かした。だが、言葉にはならず、やがて小さく首を振る。
「……今は、うまく申し上げられません」
「そう」
姉はしばらく妹を見つめ、それから茶器へ手を伸ばした。
「では、もう少し待つわ」
その声音からは、何を思っているのかまでは読み取れなかった。ただ、答えを急かす言葉が続かないことに、ラングリッドは己の肩から少し力が抜けるのを感じた。
先ほどから、口を挟みかけては思いとどまっていた。足りぬ言葉を補うなり、場を和ませるなり、何かしてやらねばならない気がしていたのだ。だが、姉が待つと言っているのに、己がその間を埋めてどうする。傍にいると約束したからといって、少女の言葉にまで手を添える必要はあるまい。
「レティシア」
アーヴィングが娘を呼び、顔を向けるのを待って続けた。
「今回のことを、これで済んだとはしない。だが、今日のうちに何もかも答えろとも言わん。滞在中に、改めて時間を取ろう」
「……はい」
「その時は、お前自身の言葉で思っていることを聞かせてくれ」
レティシアは父を見返し、黙って頷いた。それ以上の言葉は出なかったが、アーヴィングも返事を求めず、ラングリッドへ視線を移す。
「卿には気まずい思いをさせてしまったな」
「いえ。レティシア嬢から、傍にいるよう頼まれておりますので」
公爵は娘を一瞥し、それから頷いた。
「そうか。では、この機会に卿にも一つ、直接確かめさせてほしい」
「何なりと」
「卿は今後も、娘の使い魔として過ごすことを望んでいる。その理解で、相違ないか」
召喚された事情も、学園に伝えた意思も、報告は受けているはずである。それでも、娘の傍に置く相手の望みは、本人の口から聞いておきたいのだろう。ラングリッドにも異存はなかった。
「ございません。先日の夜会で、御息女からも正式なお言葉をいただきました」
「それは恩からか? ならば命を救われた恩は、十分に返したと言えるだろう」
「そうですな。ですが、返しきれたかと問われれば、否と答えます」
レティシアがこちらを向いた。その視線を受け止め、ラングリッドは少し笑う。
「残された年月を数えるようになっていた老いぼれにとって、第二の生をくれたという恩は、あの程度で返しきれるものではありません」
「……では、卿なりに返し終えたと思えたときには?」
「恩を返したらそれで縁も終わり、というのではいささか寂しい。せっかく出会い、これからも共にと頼まれているのです。私の方から離れる理由はありませんよ。もっとも、ご息女に放逐される可能性も無きにしも非ずではございますが」
「くくっ……そうか、そうだな。ならば励むことだ」
「お二人とも、私の前ですわよ」
抗議の声にはまだ少し硬さが残っていたが、父を前にして遠慮がちな返事を繰り返すよりは、よほど聞き慣れたレティシアの声だった。
アーヴィングは娘へ軽く目を向けた後、ラングリッドに向き直る。
「承知した。では、当家としても、そのつもりで遇しよう。卿は娘の使い魔だが、私の家臣になったわけではない。今後の暮らしや必要な支度については、卿の希望も聞いた上で相談したい」
「ご配慮、痛み入ります。それと、夜会の外套に御家の紋章を添えていただいた件も、改めてお礼を申し上げます」
「ああ。私が認めた」
公爵の返事に迷いはなかった。
「娘の使い魔として人前へ出てもらう以上、当家が卿をどう扱うかは、明らかにしておくべきだからな」
「おかげで、胸を張ってあの場に立てました」
あの夜の外套には、故郷の国章と己の家の紋章に並んで、グランヴェル家の翼獅子が刺繍されていた。ラングリッドはその金糸に指を触れた時のことを思い出し、頭を下げる。
異国の出で、素性を証明する物も持たぬ男である。その身を認めるだけでなく、故郷で得た名も誇りも携えたまま、娘の傍に立つことを許してくれた。この厚意には、やはり直接礼を伝えておきたかった。
「ただ、あの場では少々口が過ぎたかもしれません。そちらの報告も届いているのでしょうな」
「ああ、届いている」
即答にラングリッドが公爵の顔を見ると、それまで抑えられていた笑みが今度ははっきりと口元に浮かんでいた。
「ふっ、それは実に詳しくな」
「ははっ……それは何よりですな」
今回のレティシアの一件は、決して簡単に許されるものではない。だが、その原因の一つとなった王太子の勝手な婚約破棄には、公爵も思うところがあったのだろう。ラングリッドが王家の人間を相手に盛大に啖呵を切ったという報告を受けて、むしろ実に満足げである。
「お父様がこんなに楽しそうなのを見るのは久しぶりだけれど、喜んでいいのかしらねぇ」
「私の使い魔が申し訳ございません、お姉様……!」
そうして穏やかな雰囲気に戻ったのを見計らったかのように、控えめなノックとともにハロルドが入ってきた。昼食の支度を告げられ、アーヴィングは窓の外へ目を遣る。庭木の影は、いつの間にか床の上を幾分移動していた。公爵も思いのほか時が過ぎていたと気づいたらしく、卓から手を離して立ち上がった。
「続きは、食事の後にしよう。卿も腹が減っただろう」
「いや、実を申しますと、先ほどから大変によい匂いがしておりまして」
「貴方、このお話の間にもそんなことを考えていらしたの?」
「腹が減るのは仕方あるまい。レティシア嬢も、朝は食べておらんのだろう」
言った途端、レティシアが恨めしそうな顔になり、ラングリッドは己の失言に気づいた。立ち上がりかけていたエレオノーラが動きを止め、妹を見下ろしている。
「朝食を抜いたの?」
「……少し、食欲がありませんでしたので」
「そう。では、まず食べましょう。食べられるものからでいいわ」
レティシアは曖昧に頷いた。叱られるつもりでいたところへ気遣われ、返事に困ったようにも見える。
扉の前でハロルドと言葉を交わしていたアーヴィングが、振り返って娘へ告げた。
「今日は、お前の好きな林檎の焼き菓子も用意させている。食後に食べるといい」
「……覚えていらしたのですか」
「何をだ」
「いえ」
レティシアは目を伏せると、椅子を離れ、エレオノーラの隣へ並んだ。
「いただきますわ」
その返事を聞いてから、公爵は廊下へ出ていった。ラングリッドも後を追おうとしたが、ふと卓に目を留める。話の間、結局一切れも手をつけられなかったショートブレッドが、皿に残っていた。
「ラングリッド」
伸ばしかけた手が、咎める声に止まった。扉の前からこちらを見ているレティシアの眼差しは、よく見知った呆れ半分のものだった。
「今から、お食事ですわよ」
「うむ。だが、せっかく出していただいたものを残すのもな」
「お部屋へお運びいたしましょう」
すかさず申し出たハロルドへ、ラングリッドは手を引っ込めながら顔を向けた。
「それはありがたい。では、後ほど茶も一緒に頼めるかな」
「かしこまりました」
「……すっかり寛いでいらっしゃいますわね」
「客人として遇してくださるそうなのでな。ありがたく甘えさせていただこうと思う」
その答えに、エレオノーラが小さく笑った。
「ええ。どうぞ、お好きなだけ」
レティシアは何か言いたげに二人を見比べたものの、結局、先に廊下へ出ていった。ラングリッドもその後へ続くと、居間ではかすかだった香草の匂いが、曲がり角を越えたところで一層濃くなる。
食堂の扉の前で待っていたアーヴィングが、一同へ向き直った。
「エシュタール卿。苦手な食べ物はあるか」
「幸いにして、ございません。量の方も、ご心配には及びませんぞ」
「それは何よりだ。では、ぜひ当家自慢の料理を楽しんでくれ」
公爵はそう答え、使用人の開けた扉の向こうへ一同を招いた。
月一投稿気合いで頑張ります……!