若返った老騎士、落ちこぼれ公爵令嬢の使い魔になる 作:ですわお嬢様スキー
こんなにも励みになるものなんですね……!!
さてはて、どうしたものか。
ラングリッドは困惑しつつも、状況を冷静に整理していた。
今自分がいるのは、どこかの部屋の中。目の前にいる見目麗しい少女が、その主だろうか。
部屋は広すぎず、かといって貧しいものでもない。壁には簡素ながら品のよい装飾があり、机や寝台、書棚の造りからしても、かなり身分の高い者に与えられた私室なのだろうと察せられた。
しかし、貴族の屋敷の一室にしては、どこか生活の気配が薄い。調度は上等だが、必要なものだけを整えたような印象があり、どこか、かつて住んでいた騎士団の宿舎に近いものを感じる。恐らくここは、屋敷ではなく、学び舎や寄宿舎のような類の場所なのだろう。
そう見当をつけたところで、ラングリッドは次いで己の身体へ改めて意識を向けた。
まず、痛みがない。
竜の爪に裂かれたはずの肩も、焼けた肺も、血を流しすぎて重くなった四肢も、今は何事もなかったかのように動く。それどころか、身体は妙なほど軽かった。膝に老いの軋みはなく、指先まで巡る活力に自然と背筋が伸びる。
手を見れば、そこにあったのは七十を超えた枯れ枝のような老人の手ではなかった。
剣を握り続けてきた硬さこそ残っているが、皺は浅く、幾ら鍛えようと減っていくばかりだった筋肉はよく締まり、骨と腱は最もよく動いた若かりし頃のようである。
死後の世界というやつか、とラングリッドは考えるも、すぐに否定した。だが、そうでないならば、この状況は一体なんだというのか。
答えを知るであろう目の前の少女に、ラングリッドは問いかけた。
「どういう状況なのか教えてくれるとありがたいのだが」
「私が、貴方をここに喚びました」
「ふぅむ?」
つまりは召喚術。もしくは、それに類するものなのだろう。
ラングリッドの知る高位の魔術師には、魔獣や精霊を異界から喚び出し使役する者もいた。しかし、人を喚び出すというのには全く聞き覚えがない。少なくとも、戦場でそんな術を見たことはなかったし、宮廷魔術師たちの与太話の中にすら出てきた記憶がなかった。
「やっと、やっと成功したと思いましたのに……! それがこんな浮浪者を召喚してしまうなんて」
そしてどうやら、少女にとってもラングリッドが召喚されるというのは想定外の結果だったようだ。
「そ、それにしても浮浪者とは……」
結果に関して同情をしないでもないが、何よりもあんまりにもな言い様である。苦笑いを浮かべたラングリッドは、自分の姿を見下ろした。
身にまとっているのは、竜との戦いで焼け焦げ、砕け、血と煤にまみれた鎧である。外套は端が焼け落ち、肩口から胸甲にかけて巨大な爪痕が走り、地肌が覗いている。しかも部屋の主らしき少女の前に立つには、あまりに無骨で、あまりに血生臭い。
「うーむ、これは流石に言い逃れのできない浮浪者、いや敗残兵か逃亡兵といった具合だな?」
なるほど、とラングリッドは納得する。
ただの浮浪者にしてはいささか物騒な出で立ちではあるが、どちらにせよボロボロであることに変わりはない。令嬢の私室に突然現れた男としては、衛兵を呼ばれなかっただけ温情と言えるかもしれなかった。
「……随分と落ち着いていますのね」
「いやいや、これでも驚いてはいるんだ」
「そうは見えませんわ」
「そうだなぁ。年の功というか、顔に出すほど若くないというか」
少女は眉を寄せた。
「まだ二十代くらいでしょうに、何を枯れたようなことを……」
「そうだなぁ、そこが私にも困りどころでなぁ……」
ラングリッドは軽く肩を回した。
老いを認めたくないばかりに、遂には幻覚を見始めたのかと思っていたが、やはりこの身体は若返っているらしい。
肩の関節はよく回り、慢性的に痛みを訴えていた腰も軽い。その上で血を流しすぎた倦怠感もなく、ぼやけていた視界も澄んでいる。竜との死闘が夢だったと言われれば、肉体だけならば信じてしまいそうなほどだ。
だが、手に残る剣の感触と、記憶に焼きついた竜の咆哮だけは本物だった。
あれは夢ではない。
自分は確かにあそこで死んだ、あるいは死にかけた。
そして何の因果か今、この少女の前に立っている。
「まぁ詳しい話は後だ。このまま浮浪者と呼ばれるのもなかなか愉快ではあるが、流石に外聞が悪すぎるので一先ず名乗らせていただいても?」
「そうね。名乗りなさい」
そうしてラングリッドは背筋を伸ばす。身なりはアレで、その上、剣も盾もない。だが、騎士の礼は骨の髄にまで染み込んでいる。
「それでは改めまして、私の名はラングリッド・ラントブルグ・フォン・エシュタール。グローバウム王国、ラントブルグ侯爵家が三男。エシュタール子爵にして、国王陛下より独立騎士の名を賜りし者である」
精々がどこかの国の木っ端兵士くらいだろうと思っていた男が、聞き覚えのない国の、まさかの血統書付きの貴族であり、何やらとんでもない称号を持つ騎士だというではないか。
普通なら妄言と笑い飛ばす内容だ。だが、やたらと堂に入った騎士の礼が嘘ではないのかもと思わせ、処理能力の限界を超えた情報の大渋滞に、少女は口を開けて呆然としてしまう。
「……どこですの、グローバウム王国というのは」
「西方に位置する我が祖国であり、大陸を帝国と二分する大国だ。知らぬか?」
「この大陸と東方大陸を含め、聞き覚えがございませんわね」
「そうかぁ……。ちなみに聞くが、この国の名前は何というのだ?」
「アルヴェリア王国ですが?」
今度はラングリッドがその名に聞き覚えがない。
少なくとも、グローバウム王国の地図にも、周辺諸国の記録にも、そのような名は存在しなかった。興味本位で調べた大陸の歴代国家にも、そんな名前はなかった筈だ。
知らぬ国ならまだいい。
だが、少女はグローバウム王国を知らず、ラングリッドはアルヴェリア王国を知らない。さらに、この少女は「この大陸と東方大陸を含め」と言った。ならば彼女の知る世界の地理には、グローバウム王国と同等か、それなりの広がりがあるはずだ。
それでも互いに国の名を知らないとなると、答えはかなり限られる。
「ふむ」
ラングリッドは顎に手を当てた。
「どうやら私は、随分と遠くへ喚ばれたらしい」
「遠く、で済む話ですの?」
「では率直に。異なる世界にでも喚ばれたかのようだな」
ラングリッドが肩をすくめると、少女はわずかに眉を寄せた。
こちらを測っている。
しかし、それも仕方ないだろう。何せ人間が召喚されるという類を見ない異常事態に加え、その人間が異世界から来たと言い出したのだから。
「信じるか信じないかはお任せするがね。所詮仮説でしかないし、そもそも事実として私にそれを証明する手立てはないのだし」
結局のところ、その結論に至る。
色々と考えられる事はあるが、ボロボロの格好の身一つでここに立つラングリッドにとって、例えば貴族の印章のように身分を示す物など何も無い。つまり考えるだけ無駄とまではいかなくとも、より優先すべき事項が幾らでもある。
そしてラングリッドは、
「ところで、恐らく私を召喚したであろうご令嬢の名をまだ聞いていない。差し支えなければ名を伺っても?」
そう言うと、少女ははっとしたように背筋を伸ばした。
その所作は実に見事だった。焦りや困惑を一瞬で押し込め、顎をわずかに上げ、肩を落とし、指先をそろえる。先ほどまで感情をそのまま顔に出していた少女と同一人物とは思えないほど洗練されたその滑らかな動きは、なんとなく緩んでいたこの場の空気を一変させる。
なるほど、どうやらただの令嬢ではないらしい。
「レティシア・フォン・グランヴェル。アルヴェリア王国が公爵家、グランヴェル家の次女ですわ」
「公爵家、とな」
そして明かされる生まれは公爵家。グローバウム王国と同じであるならば、それは王に次ぐ事実上最高位の貴族である。
部屋の造り、服装、所作、そして何より切り替えの速さと上手さは、見たところ十代半ばの少女ではなかなか持ちえないものだ。
なるほど、とラングリッドは内心頷いた。
「これはこれはご無礼を。まさかそれ程までにやんごとなき御方であったとは」
「白々しい。今更ですわよ」
大仰な仕草で傅いてみれば、レティシアからのじとっとした目線と冷たいお言葉をいただく。
貴族の令嬢としては失格なのかもしれないが、コロコロと変わるレティシアの表情は、その見目の良さと相まって非常に面白い。人間味を感じられて、ラングリッドは出会って間もない目の前の少女を好ましく感じていた。
……それは、良いおもちゃを見付けた、とも言える。
そう。この男は、酒場で若い騎士に酒を飲ませては恥ずかしい話を聞き出し、からかっていたいい性格をしたクソジジイだったのである。
そして、だからこそ今の状況の違和感と、召喚されてすぐに見せた彼女の絶望しきった表情が引っかかってしまう。
「さて、それではレティシア嬢。改めての確認となるが、私を召喚したのは間違いないかな?」
「えぇ」
「そうか。では、私に何を望む」
変わらぬ軽い口調ながら、ラングリッドの目は鋭く細められ、飄々とした態度が嘘のような有無を言わせぬ威圧感を放つ。
この世界ではなく、ラングリッドの知る召喚術という前提にはなるが、召喚とは本来、適切な環境を整え、喚び出された魔獣や精霊が暴れ出す万が一への備えと、術の補助として幾人もの腕利きを集めて行う大規模な儀式のようなものだ。
こんなカーテンも締め切った薄暗い部屋で、公爵家の次女ともあろう少女が、たった一人で人目を避けるようにして行うものでは決してない。
「ダンジョンを、攻略したいのですわ」
「ふむ」
聞き慣れぬ言葉ではない。彼のいた世界にも、古い遺跡や魔物の巣窟、あるいは魔術師が封じた地下迷宮の類は存在していた。騎士団が討伐や調査のために足を踏み入れることもあり、ラングリッド自身、若い頃には何度かそうした場所へ向かったことがある。
あれは、戦場とはまた違う。
広い平原で敵とぶつかる戦とは違い、閉ざされた場所では数の優位が必ずしも力にならない。曲がり角一つ、扉一枚、床石のわずかな違和感が命を奪う。暗がりでは勇気よりも冷静さがものを言い、魔物よりも焦りや油断の方が人を殺すことさえある。
そんな場所を攻略したい、とこの少女は言った。
その理由はまだ分からない。だが、たった一人で人目を避けるように召喚術を行った状況と、ラングリッドを見据えるまっすぐな眼差しにその決意の固さが窺える。
ならば、答えは一つでよい。
「うむ、承った」
「貴方の……って、え?」
「いや、ダンジョンの攻略だろう? それなら承ったとも」
ラングリッドは平然と言った。
レティシアは一瞬、意味が分からないという顔をした。赤い瞳がぱちぱちと瞬き、先ほどまで整えていた公爵令嬢としての表情が見事に崩れる。
「ま、待ちなさい。初級とは言え命の危険が伴いますのよ!? それをそんなにあっさりと」
「うぅむ。レティシア嬢はそこを攻略したい。そして私はそのために喚ばれ、承諾した。ならばそれで話は着いているのでは?」
「そうですけれど、そうではありませんの!!」
「うん、そうよな。それで納得されたら私も驚いてた。そも色々と後回しにしてる話もあるし詳しく話したいんだが……」
瞬間、扉の向こうから女性の大声が響く。
「レティシア様、先程の巨大な魔力反応はなんですか!?」
「うげっ、マルグリット先生!?」
ご令嬢が出してはいけないお声である。表情を見遣れば、ただでさえ白い顔が色々通り越して青白くなってしまっていた。
レティシアが扉の向こうにいる女性を先生と呼んでいることから、この部屋は学校の寮と見て間違いないのだろう。公爵令嬢の部屋からそんな反応があっては、そりゃ血相を変えて飛んでくるはずである。
「はっはっは」
「笑ってる場合ではありませんことよ!?」
「レティシア様、緊急事態ですので鍵を開けさせていただきます」
「待っ!?」
公爵家の令嬢の部屋に半裸の男。
こんな場面を管理監督者である教師に目撃されては、図らずも拾った命の儚き終わり、もしくはこれから始まる第二の人生の社会的死が待っているのではないか。そんな予感が脳裏をよぎる。
しかし、嫌に響く解錠の音に、今更どうする手立てもない。
ラングリッドは笑った。
「諦めて事情を説明しましょう。その方が色々と片付きますし」
「こんな、こんな筈では……」
「人生そう予想通りにはいかんですよ、レティシア嬢」
「だからなんで貴方はそんなに落ち着いていますの!?」
下書きはできているのに書いていると、こっちの方がいいんじゃないか……?で別物になっていくのはあるあるなんですかね……?