若返った老騎士、落ちこぼれ公爵令嬢の使い魔になる 作:ですわお嬢様スキー
まさか赤の色付きバーを拝める日が来るとは思っておらずモニターを拝み倒しました。
相変わらずライブ感で書いている作品ですが、少しでもお楽しみいただけますと幸いです!!
「気分はさながら断頭台に進む罪人か」
ラングリッドは現在、マルグリットに連れられて、レティシアと共に寮の応接室までの廊下を歩いている。
扉からは何事かと顔を覗かせる寮生たちが何人もいたし、廊下の曲がり角から遠巻きにこちらを窺う気配もあった。誰かが小声で何かを囁き、別の誰かが慌てて口を噤む。
女子寮なのだから当たり前なのだが、その誰もが少女だ。そこにただ一人男で、しかも風体はレティシア曰くの浮浪者なのだから、突き刺さる視線の痛さたるや、ラングリッドでさえほんのりと弱音を零してしまうほどである。
出たくもない夜会に参加させられ、壁の華を決め込んでいた時でさえここまでの気まずさは無かったものだ。
こればかりはいただけない。
好奇、警戒、嫌悪、そしてほんのわずかな怯え。年若い少女たちの感情をそのまま乗せた視線は、ご令嬢方の品定めするような支線とはまた違った種類の刺々しさで、彼の肩にじわじわと重くのしかかってくる。
しかし、そんな中であっても、数歩前のレティシアは背筋を伸ばして歩いていた。
顎を上げ、肩を落とし、指先まで意識を行き届かせた歩き方は、見事と言って良い。先程まで自室で「うげっ」などと令嬢にあるまじき声を漏らしていた少女と同一人物とは、到底思えなかった。
それほどの胆力を持つ彼女が、その表情を強張らせるマルグリットという教師は、一体いかなるものか。
いよいよラングリッドは第二の人生の終わりを予感し、過去に思いを馳せる。
……我ながら、随分と短い第二の人生だったものだ。
「こちらです」
そんなマルグリットが応接室の扉を開く。
通された部屋は、寮の一角としては随分と立派な造りだった。深い色合いの絨毯に、磨き込まれた木製の長椅子。壁には風景画が一枚、控えめに掛けられている。来客用というよりは、寮母や教師が問題を起こした生徒と向き合うための部屋、といった趣だ。
なるほど、断頭台というよりは取調室か、とラングリッドは胸中で訂正する。
そして事実、この部屋の用途としては大正解であり、生徒たちからは通称、説教部屋と呼ばれる一室である。
「お掛けください」
マルグリットに促され、ラングリッドとレティシアは並んで長椅子に腰を下ろした。向かいに座ったマルグリットは、若いがそれだけではない女性だった。
年の頃は三十前後。栗色の髪を後ろで一つに束ね、装飾の少ない教師らしい服装をしているが、その背筋の伸び方と所作の隙のなさは、ただの学者上がりの教師ではない。指先や手の甲にに残った薄い古傷、そして何より、ラングリッドを見据える視線の重さ。
──武人だ。それも、相応に修羅場を踏んできた口の。
ラングリッドは同類の気配に内心で目を細めた。
教師という肩書きでなければ、戦場で背を預ける相手として悪くない部類だろう。
「さて」
マルグリットが口を開いた。
声は思いのほか穏やかだった。だが、穏やかな水面に見えてもその下では水流が渦を巻いている事も往々にしてあるものだ。
「レティシア様。先程の魔力反応について、ご説明いただけますね?」
「……はい」
「そして、そちらの男性についても」
視線が、ラングリッドに向く。
「お名前を伺っても?」
「ラングリッド・ラントブルグ・フォン・エシュタールと申す」
ラングリッドは座ったまま、しかし背筋を伸ばして名乗った。
その名乗りに、マルグリットの眉がわずかに動く。
「……貴族でいらっしゃいましたか」
「戦働で貰った名ばかりの爵位だよ。貴族よりも騎士として接してくれる方がありがたい」
マルグリットは、ほんの僅か、視線を伏せて何かを思案する素振りを見せた。
そしてラングリッドの方も、内心で密かに目を細める。
フォン。
彼の祖国グローバウム王国において、これは家名の前に冠される貴族の称号である。家名と個人名の間にこの一語があるか否かで、その者が血筋に連なる貴族であるか、そうでないかが一目で分かるようになっている。古い時代に定められた、王国の貴族制度における大原則の一つだ。
その「フォン」に、この若い教師は反応した。
つまり、この世界においても、少なくともアルヴェリア王国においても、「フォン」は同じ意味を持つということだろう。先程のレティシアの自己紹介──レティシア・フォン・グランヴェルという名乗りから推察も出来ていたが、奇妙だが面白いものだなぁとラングリッドは感じていた。
そして目の前の教師は、この一語の意味を正確に理解した。そして、それがどういう意味を持つかも、即座に汲み取った。
「……ではエシュタール卿と」
マルグリットが、呼びかけを改めた。
「私はこの王立リュミエール魔法学園で教職を奉じております、マルグリット︎︎・フォン・ランチェスターと申します。ランチェスター子爵家の生まれではございますが、ここでは一介の教師ですのでどうぞお気軽にマルグリットとお呼びください」
その口調は、変わらず穏やかだった。だが、その視線の重さは、先程までよりも一段、深いものになっている。
浮浪者にも、敗残兵にも、得体の知れない異界の男にも向けるべきではない──一人の貴族と向き合う者の目だ。
ラングリッドはわずかに苦笑した。
「ご丁寧に痛み入る。ただ申し上げておくが、私の国は遠い遠いところにあって妄言ではないと証明する手立てもないのだし、もっと気楽に接してくれると嬉しいのだが」
「しかしそれが嘘だと証明する手立てもない。であればせめてこの場では、礼を失さぬ対応をさせていただきたく」
「なるほど、承知した」
「ご理解いただきありがとうございます。つきましては、今しばらくお待ちいただけますと」
ラングリッドが了承の意を込めて軽く頭を下げると、マルグリットも一礼を返した。
短いやり取りであるが、大したものだとラングリッドは胸中で頷く。
ただの教師と侮るなかれ。纏う雰囲気は武人のそれながら、上手く躱す貴族の作法も心得ている。
大雑把な言い方になるが、ある程度適当でも問題ない息子に比べれば貴族の娘に「何か」があった際のリスクは計り知れないのだから、預かり管理監督者となる教師ともなればそういった素養も求められるのだろう。
そんな見立てをしながら、ラングリッドは隣のレティシアにちらりと視線を遣った。
すると、公爵令嬢は長椅子の上ですっかり萎れていた。
先程まで廊下で見せていた完璧な令嬢の姿勢が、今や見る影もない。背中は丸まり、視線は床に落ち、組んだ指先がしきりに動いている。叱られる前提で観念した子供の顔だった。
……ふむ。やはり何というか、この少女はなかなか愉快だな。
思わず口元を緩めかけたその時、マルグリットが姿勢を正した。
そして、その双眸が、鋭く眇められる。
「さて、お待たせいたしました、レティシア様」
「……は、はい」
「最初にお伺いします。お怪我は」
「……ございません」
「ご気分は」
「……問題、ありませんわ」
「結構です」
マルグリットは一度、長く息を吐いた。
「ではレティシア様。何をされたのか、ご説明してくださいますね?」
それは嘘を許さぬ問いかけであった。
「召喚魔法を、使いましたわ」
「お一人で、許可なく、しかも寮の自室で使われましたね?」
「……はい」
「その危険性はご理解されておられますか?」
「そ、それは……!」
「答えられませんね、当然です。理解していようがいまいが、どちらにせよ大問題だからです。不安定な魔法行使による魔力暴走もそうですし、召喚対象が制御不能となる場合もある。この危険性を理解していながら行ったのであれば著しく倫理観の欠如した愚か者ですし、理解せずに行ったのであれば三年間の教育の敗北としか言い様のない知識の欠如した阿呆です」
レティシアの肩が、更に目に見えて縮こまった。
そして横で見守るラングリッドはなるほど、と思う。
公爵令嬢であることを承知した上で、それでもなお、目の前の少女を一人の生徒として叱っている。声を荒げているわけでもないのに、レティシアに反論を許さぬ理が、一言一言に通っているのだ。
……どこかで、見た光景だ。
そんな爵位という色眼鏡を通さず叱る光景を見るラングリッドの脳裏に、ふと、遠い記憶が蘇った。
まだ侯爵家の三男坊として、剣の稽古に明け暮れていた頃。
爵位や家柄など歯牙にもかけぬ平民上がりの老教官がいた。剣の握りが甘ければ手の甲を叩き、足運びが乱れれば膝を蹴り、判断が鈍れば怒鳴り、言い訳をすればさらに苛烈に怒鳴った。彼の前では将来有望な侯爵家の息子ではなく、ただの半人前のラングリッドという子供でしかなかったのだ。
あの頃は、心底から疎ましかった。
ボコボコにされていた時、若い頃にやり込められたと語った貴族の名を叫んでいた事もあったので貴族というものに対する私怨も多分に含まれていただろう。
思い返してもとんでもないな、あのクソジジイ。
ただまぁそれはともかくとして、戦場に出てから何度あの老教官の教えに命を救われたか分からない。身分なぞ、人相手の戦場ならまだしも魔物相手では木の枝一本の役にすら立たない。あの老人は、そのことを誰よりもよく分かっていたのだろう。
……良い教師だ。
ラングリッドは目を細めて、若いマルグリットの姿に、遠い日の老教官の面影を重ねた。
「召喚されたのが理性的なエシュタール卿で良かった。しかし、今度は事情を知らぬ者達から見れば公爵令嬢が男子禁制の女子寮の自室に男を連れ込んだようにしか見えません」
「うぐっ」
「その上そのエシュタール卿が貴族であるという事は聞いていますか?」
「侯爵家の生まれで、子爵であるということは聞きました」
「……!?」
マルグリットの視線が再びラングリッドに向く。
いや、爵位に関してはわざと黙っていた訳ではないのだからそんなに睨まないで欲しい。
だが、そんな気楽なラングリッドとは裏腹にマルグリットの内心は荒れ狂っていた。
戦働で得た爵位ということで精々が騎士爵、高く見積もっても男爵くらいだろうと思っていたのだが、その実侯爵家生まれの子爵だと言うではないか。侯爵家の保有する子爵領を継いだという形でなければ、それ即ち一代にして長年国に仕える自らの生家である子爵家と同等の働きをした騎士ということに他ならず。
「とんでもない事をしてくれましたね、レティシア様」
「不幸な事故ですわぁ……」
先程は格好を付けてああ言ったものの、最早マルグリットはどうかこののほほんと座る男が気の触れた浮浪者であってくれと願う。そうであれば、適当に宥めて金でも握らせれば対処は容易い。
「まぁ、私も人が召喚されるというのはとんと聞いたことがない。レティシア嬢と言う通り不幸な事故のようなものだし、そう怒らんでやってくれ」
そして何故、一番困惑して然るべき男がこんなに冷静で落ち着いているのか。何故こんな面倒事に巻き込んだレティシアを庇うのか。
冷血女、鉄面皮、影でそんな呼ばれ方をされるマルグリットと言えど訳の分からない状況に目を回す。
「それに、レティシア嬢が良いと言うのであれば私は喜んで彼女の使い魔になろうとも。この老いぼれの命を救ってくれた恩返しくらいさせて欲しいのだ」
「何を言って……?」
「良い機会だ。少しばかり、私の話を聞いてくれるかな? きっとそうすればマルグリット先生の憂いも晴らせるはずだ」
そうして語られるのは、ラングリッドのこれまでの歩み。
武の名門である侯爵家の三男として生まれ、家を継げないならばとせめてその誇りを継ぎ、騎士となったこと。
二度の大きな戦争と、幾つもの戦場を越えてきたこと。
最後には祖国に迫る竜を、老い先短いその身と引き換えに討ったこと。
そして、グローバウム王国であれば王国貴族が大枚をはたいてでも聞きたいであろう英雄自身によって語られるその生涯は、今ここにレティシアによって若返った姿で召喚されたという突拍子もない新たな始まりを予感させる形で締めくくられる。
「とまぁ、そんなところで私が貴族だからとかで発生する諸々は心配無用だ。元よりいつ死んでもおかしくない身の上だったし、相続とかそのへんも信頼出来る者に後のことを託してある。故に名乗りは癖でやってしまったが、今ここにいるのは所詮戦うことしか能のない、ただのラングリッドという男なのだよ」
そうなのですね、いやぁ良かった良かった!
と、なる訳がない。レティシアとマルグリットは仲良く顔を青ざめさせている。
重ねて言うが、ラングリッドの話す内容を事実だと証明する手立てはない。しかし、やけに実感の籠った語り口だった上に、強敵たちとの戦いを振り返る時などボロボロの服を「丁度いい! ほらこの傷だ。いやぁ、あ奴は強かった」等と鍛え上げられた身体に刻まれた古傷の一つ一つをエピソードと併せて見せ付けてくるのだから、下手に疑う方が難しくなってくるのだ。
しかもなんなんだ、70過ぎて伝説に語られる竜種を単身で瞬殺するって。こいつ本当に人間か?
「と、とんでもない人を召喚してしまったのかもしれませんわね」
「だからそう言っているではありませんか、レティシア様……!」
「どうしましょう……!?」
「どうするも何も、責任を持って使い魔にするしか。本人もそう言っておりますし」
「せめて、せめて実力をこの目で見てからですわ……!」
一通り、特にかつての強敵たちとの思い出を思う存分語れた事で当時に思いを馳せるラングリッドは、二人のそんな相談を気にも留めない。
酒場で長々とかつての武勇伝を繰り返す老人を見てああはなりたくないと思っていたし、だからこそ多くを語ることはしなかったが、彼らも宝物を愛でるこんな気持ちだったのかな、とラングリッドは一つ学びと気付きを得たのだった。
早くレティシアちゃんの可愛いとこ書きてぇなぁ…………。
ですわ口調で感情豊かな若干様子のおかしい美少女お嬢様って良くないですか?????私は好きです。