若返った老騎士、落ちこぼれ公爵令嬢の使い魔になる   作:ですわお嬢様スキー

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感想と評価、お気に入り等本当にありがとうございます。
とんでもない伸び方に腰を抜かしましたが、まさかランキングに載っているところを見られるとは……。

偏に皆様のおかげでございます。
何卒これからもお願いします‼


第4話 元老騎士、かくして異世界での一日を終える

 ラングリッドは隣で俯くレティシアを、急かさずに見守った。

 

 長年、多くの者たちを見てきた男である。言い出しにくい話を抱えた者を相手にするには、何よりも焦らずに時間をかけることこそが肝要であると知っている。ここで「言え」と急かせば、出てくるのは取り繕った言葉だけだ。沈黙は気詰まりではあろうが、その気詰まりを最後に破るのは、急かされた者ではなく、自ら口を開くと決めた者でなければならない。

 

「……パーティが」

 

 やがて、長い沈黙の底から、絞り出すような声が漏れた。

 

「組めなかったのですわ」

 

 顔は伏せたまま。その声は震えてこそいないものの強張っており、どれ程の思いで話しているのかを窺わせた。膝の上で揃えられた指先が、ドレスの生地をきつく握り込んでいる。

 

「ダンジョンへの挑戦には条件が?」

「単独でのダンジョン挑戦は不可、かつ冒険者や家臣などの外部からの手助けは禁止、という二つですわ」

「なるほど」

 

 つまるところそれは、予科の同期とパーティを組んで挑め、ということ。

 

 先の事情を鑑みれば同期の数が多くないという事は察せられるが、それを差し引いても一人も組んでくれないというのは、いささか異常である。

 汚い話をすれば、万が一不合格になったときに公爵家から顰蹙を買うなどのリスクを天秤にかけた上でなお、公爵家に恩を売る絶好の機会といえるだろう。公爵家との縁を、これほど安く結べる場はそうそうない。

 

 なればこそ、レティシアに何かしらの問題や事情があって、そのメリットをデメリットが上回ってしまっているのでは――という結論に、ラングリッドは行き着いてしまった。

 

 だが彼は、それ以上踏み込まなかった。

 

 目の前の少女がどれほどの覚悟でこの場に座っているのか。それを思えば、無遠慮に傷の奥を覗き込む真似などできないだろう。

 

「ただ、人語を解して召喚主以外の人間からの指示も理解が出来る知性を持つ、一定等級以上の使い魔を連れている場合には、例外となりますわ。強力でもただの予科生では協働の難しい種もいますので」

 

 言い終えて、レティシアはほんの少しだけ顔を上げた。

 

 そうして彼女が選んだのが、召喚魔法という事だ。

 事情は想像こそ出来るも、事実としてどういうものかは分からない。しかし、ここまで話してみて、この少女が生半可な覚悟でその選択をしたわけではないという事は、ラングリッドにも容易に分かったのだ。

 

 誰の手も借りられず、家にも言えず、ただ一人寮の自室で人生を賭けた大博打に臨む。それがどれほど心細い夜であったか。気位の高さの裏でこの少女が抱えていたであろう孤独の重さを思うと、ラングリッドの胸の奥に、静かに灯るものがあった。

 

 ならば年長者として、人として、騎士として、そして何よりも命を救ってもらった恩人への言葉は、決まりきっている。

 

「レティシア嬢」

「は、はい」

「貴女のその行動に、心からの感謝を」

 

 ラングリッドはそう言った。

 

 優しい声ではなかった。むしろ、淡々とした、どこか厳かささえ感じさせる声だった。だからこそ、その言葉には世辞や慰めの軽さがなく、まっすぐな重みがあった。

 

「は……?」

「突然ですまないね。ただ、レティシア嬢が召喚魔法を使わなければ、私は今頃、竜の血と共に大地に還っていた身だ」

 

 ラングリッドは跪き、軽く胸に拳を当てた。

 それは、彼の祖国における騎士の最敬礼であった。背筋を伸ばし、深く頭を垂れるその所作は、ボロボロの装いには不釣り合いなほどに堂に入っている。

 

「無謀であった事は、クラウディア先生のお説教の通りなのだろう。だが、その無謀がなければ、私は救われなかった。やはり私からレティシア嬢には、感謝以外無いのだよ」

「で、ですが、それは偶然で……」

「それは承知している」

 

 ラングリッドは穏やかに頷いた。

 

「貴女が望んだのは、戦の助けとなる強き存在であった。出てきたのが浮浪者染みた男一人であったことは、レティシア嬢にとっては想定外であり、落胆でもあっただろう」

「そ、そんなことは……今は、思っておりませんわ」

 

 レティシアが慌てて口を挟んだ。

 

 頬がほんのりと赤い。先程まで沈んでいた表情が、今は別の理由で忙しなく動いている。その慌てぶりがどこか可笑しくて、ラングリッドは口元を緩めた。

 

「結構。私の方も、想定外ではあったが、悪い縁とは思っておらぬ。故に改めて申し上げる。レティシア・フォン・グランヴェル嬢」

「は、はい」

「そのダンジョン攻略、この老いぼれに手伝わせてくれまいか? そこでの働きを見て、使い魔とするかを決めてほしい」

 

 応接室に、しばし沈黙が落ちた。

 

 夕暮れの最後の光が、窓から斜めに差し込んでいる。その橙の光の中で、レティシアは目を見開いてラングリッドを見ていた。その赤い瞳が、わずかに揺れている。何か言いかけて、しかし言葉が出てこないらしく、唇だけが小さく動いた。

 

 信じてよいのか、と。

 また裏切られるのではないか、と。

 その瞳の奥に、そんな逡巡がよぎったのを、ラングリッドは見逃さなかった。

 

 だが、彼はあえて何も言わず、ただ静かに少女の答えを待った。

 やがて、彼女は深く息を吸い、姿勢を正した。

 

「……期待していますわ」

 

 声は小さかったが、震えてはいなかった。

 強がりではない。覚悟を決めた、公爵令嬢としての表情と答えだった。

 

 ……やはり、本当に良い表情をするご令嬢だな。

 

 ラングリッドは満足げに頷き、それから視線をクラウディアに向けた。

 

「と、まあ、当事者同士の話はこれで片付いた。あとは学園としての話だな、クラウディア先生」

「……」

 

 クラウディアは、少し疲れたように息を吐いた。

 

 もっとも、その口元は微かに緩んでいる。呆れと感心と、それからどこか安堵の色が、その表情には混ざっていた。当事者二人の間で勝手に話が進んでいくのを、半ば諦めたように、半ば微笑ましく見守っていたのだろう。

 

「では、学園としての話をさせていただきましょう」

 

 クラウディアは姿勢を正した。

 

「進級試験において使い魔の同行が認められているのは、先程レティシア様がご説明された通りでございます。ただし、エシュタール卿は人間、それも異世界から召喚された方です」

「うむ」

「これは、学園どころかこの世界にまったくの前例がございません。学園長やレティシア様のご実家であるグランヴェル家への報告、念の為の卿の素性の精査、そして実力の把握。様々な手続きや確認を経て、使い魔として認めるか否かを判断すべきところでございます」

「ふむ。だが、試験は迫っている、と」

「左様でございます」

 

 クラウディアは頷いた。

 

「進級試験の期限まで、あと二週間。これは正式な手続きを踏むには、いささか短すぎる時間でございます」

「そうだなぁ。格好を付けた手前、せめてこのダンジョン攻略だけでも手伝わせていただければいいのだが」

「……正直に申し上げます」

 

 クラウディアは、わずかに眉根を寄せた。

 

「これは、私の一存で決められる話ではございません」

「ほう」

 

 クラウディアは一度言葉を切り、それからまっすぐにラングリッドを見据えた。

 

「ですので急ぎ、学園長に判断を仰ぎます」

「学園長、とな」

「はい。王立のこの学園を預かる学園長は、相応の裁量を有しておりますので、その許可があれば幾らかの手続きを飛ばし、一時的な特例措置も可能かと」

 

 クラウディアの言葉は、慎重でありながら、揺るぎがなかった。

 

 己の権限の及ぶ範囲と、及ばぬ範囲。それを正確に弁え、安請け合いをしない。引くべきところは引き、しかし手は尽くす。その線引きの確かさに、ラングリッドは内心で好感を深めた。

 

「ただし」

 

 クラウディアは、声の調子を少しだけ変えた。

 それまでの教師然とした硬さの中に、ほんの僅か、人としての色が滲む。

 

「一つだけ、お約束させていただきます。エシュタール卿、そしてレティシア様。お二人を、決して悪いようには致しません」

「ほう」

「卿は、レティシア様の召喚に応じてくださった。経緯がどうあれ、結果として一人の生徒が救われようとしている。それを、学園の都合や手続きの煩雑さを理由に、無下に扱うつもりは毛頭ございません」

 

 クラウディアは、深く頭を下げた。

 

 教師が、来歴の知れぬ召喚体に向かって頭を下げる。それがどれほど異例なことか、ラングリッドにも分かる。立場で言えば、彼女がここまでする義理はないのだ。

 

「どうか、しばしの時間をいただきたく。学園長の裁可が下りるまで、卿の処遇は『学園預かり』とさせていただきます」

「学園預かり、か」

「はい。本日より、卿には来賓用のお部屋にお移りいただきます。客人として、相応の待遇でお迎えいたします。監視がつくことはご承知おきいただきたいですが、囚人のような扱いをするつもりはございません」

 

 ラングリッドは、ふむ、と顎を撫でた。

 

 悪くない話である。

 来歴の知れぬ男を、いきなり野に放つわけにはいかない。かといって牢に放り込むのも乱暴に過ぎる。客人として迎えつつ、目は離さない。落とし所として、これ以上に穏当な形はないだろう。

 

「結構。私としては異存ない。どこの馬の骨とも知れぬ男だ。監視がつくのは当然のことだろう」

「ご理解、痛み入ります」

 

 クラウディアの表情が、わずかに引き締まった。

 

「学園長は多忙な御方ではございますが、こうした事案を放置なさる方ではございません。私から、最優先で取り次ぎます。数日のうちには、何らかの場が設けられるはずでございます」

「承知した。クラウディア先生、ご高配、心より感謝申し上げる」

 

 目の前の教師に、ラングリッドも深く礼を返す。

 

 立場、職務、そういったものだけではない。一人の人としてレティシアを思いやり、ラングリッドの事情にも最大限の配慮をしてくれた彼女は、とてもよく出来た人物なのだろう。出会って僅かではあるが、まさに善人と言って差し支えのないクラウディアの人となりは、とても好ましいものであった。

 

 戦場でも、宮廷でも、こういう人間にはなかなか出会えぬものだ。立場に流されず、手続きに溺れず、それでいて人としての温度を失わぬ者。長く生きた分だけ、その得難さがよく分かる。

 

「では、本日のところは、これにて」

 

 クラウディアが立ち上がった。

 

「エシュタール卿は、来賓室へご案内いたします。レティシア様は、寮室へお戻りください」

「は、はい」

「グランヴェル家へは私から書状を送らせていただきます。これは、お分かりですね」

「……はい、クラウディア先生」

 

 レティシアの肩が、また少し沈んだ。

 

 使い魔の件は、ひとまず保留という形で前に進んだ。だが、家への報告という最も重い話が、確実に残っている。説教を越え、使い魔の道筋をつけてなお、安堵しきれぬ少女の横顔だった。

 

 ラングリッドは、そんなレティシアに軽く声をかける。

 

「レティシア嬢」

「……何ですの」

「今日できることは、もう済んだ。後のことは、後で考えればよい」

「……難しいですわね」

「そうだろうとも。だが、心配事を一度に背負わぬコツというやつだ。それくらいの心持ちでいれば良い」

 

 レティシアは、何か言い返そうとして、結局やめた。

 

 代わりに、ほんの小さく、息だけで笑ったようだった。張り詰めていたものが、ほんの少しだけ緩んだ、そんな笑みだった。

 

「……ありがとうございます」

「うむ。では少し早いが、良い夢を、レティシア嬢」

 

 そうして、応接室での長い一夜は、ひとまずの幕を下ろした。

 

 *

 

 クラウディアに案内された来賓室は、教員用の宿舎の一角にあった。

 

 調度は品が良く、寝台も広い。グローバウム王国で褒章を賜る際に賓客として迎えられた折に通された部屋と比べても、遜色のない設えである。窓には厚手の帳が掛けられ、卓には水差しと硝子の杯まで用意されている。来歴の知れぬ男への「客人扱い」としては、十分すぎるほどの厚遇だった。

 

 扉の外には、案の定、見張りらしき人影が一つ。

 

 ラングリッドは気にも留めなかった。当然の措置である。むしろ、この程度で済ませてくれる学園側の度量に、いささか感心していたくらいだ。

 

「……さて」

 

 一人になった部屋で、ラングリッドは長く息を吐き、寝台に腰を下ろした。

 

 自分で思っている以上に疲れていたらしい。柔らかな寝具の誘惑のままに寝転び、そのまま泥のように眠ってしまいたくなる。

 

「長生きは、してみるもんだなぁ」

 

 ラングリッドは、自分の手のひらを見つめる。

 

 皺の浅い、若い手。だがその握りには、確かに長年剣を握り続けた者の硬さがある。老いた魂と、若い肉体。その奇妙な取り合わせを、彼はまだ持て余していた。

 

 二度目の人生。

 

 突然に降って湧いた望外の幸運に、未だに現実味が薄く感じてしまうが、それも仕方のない事だろう。

 

 日に日に思うように動かなくなっていく身体は、常にどこかしらが痛み、自らの生の意味とした騎士としての生き方が出来なくなっていくことに、情けない話だが正直、恐怖もあった。剣を握れぬ自分に、何の値打ちがあるのか。酒を嗜み煙草を燻らせながらそう自問する夜が、晩年にはいくつもあった。

 

 だが、それが蓋を開けてみればどうだ。

 

 我ながら最高に格好が付けられたと感じる最期の戦いを超えた先にあったのは、若返って異世界で始まろうとする、第二の人生である。

 

 感情豊かながら、どこか陰を感じさせる召喚主の公爵令嬢は、不思議と支えてやりたくなる魅力のある人物であった。恩人でもある彼女の使い魔となることに、あの場で話した通り否はない。

 

 ただ、その傍らで、ふと考えてしまうのだ。

 

「自分の幸せ、か」

 

 いつか言われたその言葉を、ラングリッドは反芻する。

 

 この世界には、ラングリッドを形作った物は何もない。仕えた国も、命を懸けて守った民も、時に意地で塗り固めた貴族、騎士としての誇りも。

 

 ただのラングリッドという一人の男として、この場所にいる。

 

 決して、かつての自分の生が不幸であったなどとは思わない。むしろ、十分に、十二分に満ち足りた人生であったと、胸を張って言うことができる。しかし、それはそれとして、また違う形での幸せを追ってみるというのも良いのではないだろうか。

 

 肩書きを脱いだ男に、果たして何が残るのか。

 国も民も誇りもない場所で、ただの一人の男として、何を望み、何を掴むのか。

 

 考えても、答えはすぐには出ない。

 七十年かけても見つけられなかったものだ。一夜で答えが出るほうが、よほどおかしいというものだろう。

 

 ラングリッドは小さく笑い、窓辺へと歩み寄った。帳の隙間から、夜の学園を見る。

 

 無数の窓に、ぽつりぽつりと灯りが点っている。あの一つ一つに、若者たちの暮らしがあるのだろう。学び、悩み、笑い、時に泣き、明日を思って眠れぬ夜を過ごす者もいる。レティシアもまた、あのどこかの灯りの下で家への報告に怯えながら、それでも明日を見据えているのだろうか。

 

 守るべき民も、仕えるべき主も、もういない。

 だが、目の前には、強がりで未熟で、それでも逃げぬ一人の少女がいる。

 

 ……ふむ。

 

 まずは、あの娘のことからか。

 

 幸せ探しなどという大仰なものは、追々で良い。今はただ、拾ってもらったこの命を、拾ってくれた相手のために使う。それだけでも、二度目の人生の始まりとしては、上等すぎるくらいだ。

 

 ラングリッドは帳を閉じ、寝台へと戻った。

 

 慣れぬ寝具に身を沈めれば、若い肉体は驚くほど素直に休息を求めてくる。瞼が重い。痛みのない眠りなど、いつ以来だろうか。

 

「……若いとはいいものだなぁ」

 

 まどろみの淵で、彼は小さく呟いた。

 窓の外で、夜の鳥が一声鳴いた。

 学園の敷地に、静かに夜が降りていく。

 

 二度目の人生の、最初の夜であった。

 

 




元々のプロローグを分割したらここまで話数が伸びてしまいました……。
そして最早ほぼ原形がないという。反省はしているが後悔はない。

というわけでここから書き直しレベルでの執筆になりますが、絶対に書き上げますので少々お待ちくださいませ!
どうぞこれからもよろしくお願いします!
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