若返った老騎士、落ちこぼれ公爵令嬢の使い魔になる 作:ですわお嬢様スキー
そして誤字脱字報告も本当に感謝です!自分ではなかなか気付かないものですね……。
プロローグ以来の戦闘描写という事でなかなか納得がいかず、消しては書きを三度繰り返しました……。
遅くなり申し訳ございません!!!!!!
明くる日、ようやく陽も昇ろうかという早朝。
学園の敷地に設けられた幾つもの訓練場の一つに、簡素な革鎧を纏ったラングリッドの姿はあった。
円形に整えられた闘技場である。踏み固められた地面、石造りの低い観覧席、壁際には木剣や革鎧の架けられた棚が並ぶ。春先の早朝の冷えた空気が、まだどこか眠りの名残を留めていた。
ラングリッドは、手にした木剣を軽く振る。
重さも、長さも悪くない。練習用とはいえ、しっかりと整えられた一振りだった。
「お待たせいたしました」
声に振り向けば、マルグリットが歩み寄ってくるところだった。同じく木剣を提げ、革鎧と籠手を身につけている。これまで目にしてきたのは教師としての姿だったが、なるほど、とラングリッドは一つ頷く。
王立騎士団とやらがどれほどのものか知らずとも、全身に静かな闘気を纏う今の彼女を見れば、その剣の腕に期待が高まろうというものだ。
「いやいや、こちらこそ早朝から付き合わせてすまんな」
「とんでもございません。私の方こそ、楽しみにしておりました」
やはり、どんな立場になろうと武人である。ラングリッドは胸の高鳴りのまま、笑みを深めた。
そんな二人を見守るように、観覧席の一段高い場所に、既にルーヴェリアの姿があった。膝を抱えた行儀の悪い座り方は、学園長室で見たそのままである。
「おはよぉ、二人とも。良い朝ねぇ」
「学園長殿もご足労いただき、感謝申し上げる」
「いいのいいの。わたしが見たくて来たんだものぉ」
ふわふわと手を振る白銀の彼女の傍らに、もう一つ、見慣れた赤がある。
レティシアだった。観覧席の手すりに手を添え、どこか不安げな表情でこちらを見下ろしている。
無様は晒さんよ。
声には出さない。情けない姿は見せぬ、とだけ視線で告げる。
伝わったらしい。彼女は小さく頷き、唇を引き結んだ。
*
「ルールの確認を」
マルグリットが向き直り、木剣を提げたまま告げる。
「まず確認です。魔法は使えますか?」
「いや、残念ながらからっきしでね」
「であれば、剣のみでの手合わせとなります」
「うむ。異論はないよ」
ラングリッドとマルグリットの間に、言いようのない緊張感が満ちる。
もはや、これ以上の言葉はいらない。後はその手の剣で語るだけである。
マルグリットは柄を両手で握り、正眼に構えた。一夜漬けでは決して作れない、長い年月をかけて骨身に刻んだ構えである。
対して、ラングリッドの構えは、まるで違った。
木剣を提げた右腕は、だらりと下げたまま。剣先は地を指し、肩の力は抜け、一見すれば構えてすらいないように見える。隙だらけ、と評する者もいよう。
だが、マルグリットの目は欺けなかった。
その自然体のどこから剣が伸びてくるのか、まるで読めない。型に嵌まらぬ構えとは、すなわち、いかなる型にも移れる構えである。正しさの極致と、正しさを通り越した果ての自在。二つの異なる剣が、向かい合っていた。
「じゃあ、準備もよさそうだしぃ」
察したルーヴェリアが、開始を告げる。
「始めっ」
瞬間、マルグリットが地を蹴った。
速い。そして、鋭い。
ラングリッドは初撃を受け流した。乾いた音が、闘技場に響く。二の太刀、三の太刀。打ち込みは基本に忠実で、しかし基本だけではない。拍を変え、振り抜く勢いを制御して剣筋をずらすその剣は、相手の『慣れ』への警戒があり、それは多大なる研鑽と実戦を経て磨いてきたものなのだろう。
本当に、良い剣だ。
打ち合いが十合を超えた頃、ラングリッドの胸には素直な賞賛があった。
体格で劣るならば、足さばきと重心移動で重さを補う。しかも、しなやかさを失わない。これほどの使い手は、彼の知る騎士団でも上澄みの中の上澄みである。
マルグリットの剣が肩を狙う。半歩下がってかわし、返しに脇を打ちにいく。捻ってかわされる。
そうして続けられた幾合かの末、マルグリットが距離を取った。
肩で息をしている。額には汗が滲んでいた。だが、その眼から闘志は失われていない。
「エシュタール卿。一つ、伺っても」
「何かな」
その目が、すっと細められる。
「相当な手加減を、されておられますね」
「……ほう」
ラングリッドは、眉を上げた。
「卿は、一度も攻めに転じておられない。私が打ち、卿が受ける。その繰り返しでございます。それでは、卿の本当の力は見えません」
マルグリットの声に、隠しきれぬ不満が滲んでいた。
正論の裏にあるのは、武人として相手の底を引きずり出せぬことへの、純粋な歯がゆさ。
なるほど、とラングリッドは内心で頷いた。
確かに、その通りだった。彼はこの数合、ただの一度もこちらから仕掛けていない。相手の剣を見極め、受け、いなし、隙あらば返す。徹頭徹尾、後の先に徹していた。
だが、それは。
「すまない。侮っていた訳ではないのだ。先生の剣が、あまりに見事でな」
ラングリッドは、正直に返した。
「久方ぶりに良い剣に出会えて、つい味わってしまった」
「……それは、光栄でございます」
マルグリットの眉が、ほんの僅か、不服そうに寄る。
「ですが、それでは困ります。この場は、卿の実力を測る場でございますので」
「ははっ、ごもっとも」
ラングリッドは、声を立てて笑った。
それから、ふと表情をあらためる。
「ならば、こちらからも参ろう」
「望むところでございます」
マルグリットが、再び正眼に構えた。
その構えに、先程までの硬さはない。底を引きずり出せるという確信が、彼女の剣に芯を通している。
ラングリッドもまた、だらりと下げていた剣先を、わずかに持ち上げた。
*
仕切り直しの一合目は、ラングリッドから動いた。
マルグリットの目が、見開かれる。
……これは。
消えたと錯覚するほどの踏み込みの力強さは、その体捌きも相まって、先程までとは明らかに別物だった。
咄嗟に受け止めるが、その尋常ならざる重さに手が痺れる。そして、轟、という木剣が空を切る音とは思えぬ勢いで振るわれる一振り一振りは、受け流してなお、マルグリットの体勢を根こそぎ崩しにくる。まさに、嵐と呼ぶべき猛攻だった。
攻守が、完全に入れ替わっていた。
ラングリッドの剣には、いわゆる型というものがない。上段から薙ぎ、返しに突き、引いたと見せて踏み込む。基本こそ修めているはずだが、長い戦いの中で研がれたそれは、もはや面影を残していなかった。
「く……っ」
マルグリットの足が、後退する。
一歩、また一歩。じりじりと、闘技場の縁へ追い詰められていく。
何とか防げてはいるが、最早限界は近い。焦りを浮かべるマルグリットとは対照的に、ラングリッドの表情には笑みすらあった。
……いやはや。
剣を交えるうち、彼の胸の奥で、何かが静かに沸き立っていた。
やはり、楽しいものだ。
この感覚を、どれほど忘れていたことか。命のやり取りではない、強者とただ技と技をぶつけ合う、純粋な手合わせ。まだ何も背負っていなかった若い時分に味わった、剣を握ることそのものの喜びが、若返った身体の奥から蘇ってくる。
「よく耐える。では、これはどうか」
ラングリッドは、その感情の赴くまま地を蹴った。
その一歩が――。
「はぁい、そこまでぇ!」
涼やかな声が、闘技場を貫いた。
ラングリッドの足が、止まる。
既に振り上げられかけていた木剣が、宙で静止した。
……む。
ラングリッドは、宙で止めた己の腕を、しばし見つめた。
今の一歩。地を蹴った瞬間に覚えた感覚は、若返り、存分に動くようになった身体というだけでは説明のつかない、言い様のないものだった。
はて。
奇妙な感触だけが、手のひらに残っている。だが、それが何なのかは、形にならない。
ラングリッドは、ゆっくりと木剣を下ろした。
*
「ふぅ~、危ない危ない」
観覧席から、ルーヴェリアが降りてくる。腰まで流れる白銀の髪が、朝日を受けて揺れた。ふわふわとした足取りは、まるで幼子が花畑を駆けるようである。
「もー、やりすぎだよぉ。手合わせなんて話じゃ済まなくなるところだったわぁ」
「すまぬなぁ。あまりにも楽しかったもので」
「うん。でも、いいものを見せてもらったわぁ」
ルーヴェリアの若葉色の瞳が、ラングリッドを舐めるように検分する。
それは昨日学園長室で向けられた、珍しい玩具を見つけた子供のような純粋な好奇の色の奥に、ラングリッドの覚えた違和感の正体が何なのかを見るかのような、深く静かな眼差しを秘めていた。
ラングリッドは、何も言わなかった。
いや、言えなかった、というのが正しい。今この場で気にすることは、それではない故に。
*
マルグリットが、木剣を下ろした。
縁際まで追い詰められた体勢のまま、しばし肩で息をしている。それから背筋を正し、ラングリッドに向き直ると、深く一礼した。
「……見事な剣でございました」
迷いのない声だった。
「お恥ずかしながら、手も足も出ませんでした」
「それはいささか、謙遜が過ぎるな」
ラングリッドは木剣を肩に担ぎ、苦笑した。
「先も言ったが、マルグリット先生の剣は見事だったとも。それは慰めなどではなく、事実だよ」
「……そう言っていただけるのは、光栄です」
マルグリットは静かに答えた。
だが、それ以上は語らない。悔しさも、驚きも、胸の内で揺れているものも、すべて一度、呼吸の奥へ押し込める。
彼女はこの場においては、敗れた剣士である前に、レティシアの進級試験に関わる判断を下す者だった。
私情を表に出す場ではない。
そう弁えているからこそ、マルグリットは乱れた息を整え、教師としての顔へ戻った。
「エシュタール卿」
「ああ」
「最早、その実力に疑いはありません」
「うん、わたしもしっかり見させてもらったわぁ。これなら、ダンジョンについて行っても大丈夫ねぇ」
その口調はいつも通り間延びしている。
しかし、その言葉には、学園長としての重みがあった。
彼女の一言で、ラングリッドの立場は大きく変わる。
得体の知れぬ異界の男から、学園長の認めた使い魔へ。もちろん監視や制限は残るだろうが、それでもレティシアが彼を進級試験へ連れていく道は、確かに開かれたのだ。
「ほら、レティシアちゃんに報告してあげなきゃねぇ」
「うむ。では、行ってくる」
ラングリッドは木剣を棚へ戻すと、観覧席の方へと歩き出した。
その先では、赤い髪の少女が、手すりに手を添えたまま、こちらの様子を窺っている。
*
遠ざかっていく老騎士の背を、ルーヴェリアは見送っていた。
その傍らで、マルグリットもまた、同じ背を見ている。
「……それで、マルちゃん」
ルーヴェリアが、ふと口を開いた。
「はい」
「悔しい?」
あまりに軽く、あまりに真っ直ぐな問いだった。
マルグリットは、一瞬だけ黙る。
先程ラングリッドへ向けていた教師としての顔とは違う。長く仕え、あるいは導かれてきた相手にしか見せぬ、ほんの僅かな素の表情が、そこに滲んだ。
「……悔しくないと申し上げれば、嘘になります」
「うん」
「剣には、自信がありました。王立騎士団にいた頃も、学園に移ってからも。少なくとも、生徒たちに教える者として恥じぬだけのものは、持っているつもりでした」
それは、報告のような口調だった。
けれど、そこには形式だけでは隠しきれない苦みがあった。
「ですが、今日、思い知りました。私の知らない剣があり、届かない高みがある。自分の届く範囲を、いつの間にか世界の広さと、見誤っていたのかもしれません」
「そっかぁ」
ルーヴェリアは、にこにこと笑った。
「いいことじゃない」
「良いこと、でしょうか」
「良いことよぉ。まだ悔しがれるんだもの。まだ上を見られるんだもの。マルちゃん、教師になってから、ずいぶん上手に自分を隠していたでしょう?」
「……学園長」
「生徒の前では先生、そしてその保護者の前では礼節を弁えたランチェスター子爵家の娘。どれも大事だけど、それだけじゃ、息が詰まるわぁ」
ルーヴェリアは、マルグリットの手元に残る木剣を見た。
「今日のあなたは、久しぶりに剣士の顔をしていたわよ。楽しかったのね、マルちゃん」
「……はい」
マルグリットは、小さく息を吐いた。
それから、ルーヴェリアの若葉色の瞳に、ふと別の色がよぎった。
「……ところでねぇ、マルちゃん」
「はい」
「あの子の、最後の一歩。どう見たぁ?」
マルグリットの表情が、すっと引き締まる。
追い詰めた側ではなく、追い詰められた側にしか分からぬものが、その沈黙にはあった。
「……人の出せる速さでは、ございませんでした」
絞り出すような声だった。
「あの一足だけ、明らかに何かが違いました。それでまでとは比較にならない、まるで別の生き物が一瞬だけ顔を出したような」
「でしょぉ?」
ルーヴェリアは、歌うように呟いた。
「本人は、まぁだ気付いていないみたいだけどねぇ」
その視線の先で、老騎士は、少女のもとへたどり着こうとしている。
*
ラングリッドが歩み寄ると、レティシアは観覧席から降りてきた。
まだどこか、夢から醒めきらぬような顔をしている。だが、その赤い瞳には確かな光があった。不安と驚きの奥に、ほんの僅かな安堵と期待が混ざっている。
「使い魔の承認、正式に得られたよ」
「……はい。見ておりましたわ」
レティシアは頷いた。それから、何かを言いかけて、もごもごとする。
微笑みながら見守るラングリッドに耐えかねて、口を割る。
「それと……褒めて差し上げます」
「ははっ、それは光栄だ」
「本当に強かったのですわね」
「まぁ、それなりに年季もいっているしなぁ。これくらいは出来ねばこの歳まで生きていないさ」
「そう、ですわね」
言いかけた何かを呑み込んで、彼女はそう結んだ。
ラングリッドは、それを追及しなかった。
「それでだ、レティシア嬢」
「何ですの?」
「次は君の番だ」
その一言に、レティシアの表情が固まった。
「わ、私の番、ですの?」
「うむ。進級試験を受けるのは、私ではなく君だ。私の実力は見てもらった。次は、君が何をできて、何をできぬのかを、見せてもらう必要がある」
「……それは、分かっていますけれど」
視線がわずかに泳ぎ、それからラングリッドへ向く。
助けを求めるような目だった。
ラングリッドは、とんでもなく底意地が悪そうにこりと笑う。
やはりコイツ、大概の人間性である。
「逃げ道はないぞ」
「上等ですわ! やってやりますわよ!?」
「いい返事だ。では楽しみしておこう」
「とんでもない使い魔ですわね!」
レティシアの声が、闘技場に響く。
だが、その緊張は消えていない。むしろ、ラングリッドの実力を見たからこそ、自分の拙さを晒すことへの恐れが、強くなっているのだろう。
「……失望するかもしれませんわよ」
小さな声だった。
公爵令嬢としての声音ではない。誰にも見せまいとしてきた弱さが、ふと漏れたような声だった。
ラングリッドは、少しだけ表情を和らげる。
「それはない」
「どうして言い切れますの」
「今の君の魔法の如何で左右されるほど、生易しい期待を君にしていないからだとも」
「と、とんでもなく重いですわね」
「そうだろうとも。若者にはこれから先がある。その可能性に、年寄りは期待したくなるものなのだ」
レティシアは、困ったように眉を寄せた。
それから、深く息を吸い、ゆっくりと背筋を伸ばす。
「分かりましたわ」
声は、少し震えていた。
それでも、彼女は顔を上げる。
「私の実力、お見せいたします。ただし、笑ったら許しませんからね」
「笑わんよ」
「本当に?」
「……たぶん」
「あれだけ格好付けたのですからそこは言い切りなさいませ!」
レティシアの抗議に、ラングリッドは声を立てて笑った。
冷たかった朝の空気は、いつの間にか薄れ始めている。陽はすっかり昇り、訓練場の地面に明るい光が差していた。木剣を打ち合わせた跡が、踏み固められた土の上に、いくつも残っている。
使い魔としての資格は、得た。
だが、本当に始まるのは、ここからだ。
ダンジョンを攻略し、正式な使い魔として目の前の少女に認められる。
だが、その攻略も自らの手だけで終わらせるつもりはない。
きっとこれは、彼女が乗り越えるべき試練故に彼は「手伝う」と言ったのだ。であればまずは、彼女の実力を知り、その成長の手助けするのもその一環だろうと彼は考えていた。
こんだけ書き直してこれかよ!!!と思われたらすいません!
戦闘描写は細かくし過ぎるとスポーツ中継の文字起こしみたいな文章になるんですね(二敗)