若返った老騎士、落ちこぼれ公爵令嬢の使い魔になる   作:ですわお嬢様スキー

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感想、評価、お気に入りありがとうございます!
少しでもお楽しみいただけるよう全力で執筆しておりますが、やはり難しいものですね・・・。


第8話 元老騎士、魔法を知る

 ルーヴェリアとマルグリットを見送り、訓練場にはラングリッドとレティシアの二人だけが残された。

 

 先ほどまで木剣の打ち合う音が響いていた闘技場は、今では嘘のように静まり返っている。

 春先の冷えた空気は陽の温もりに少しずつほどけ、石造りの観覧席にも淡い光が差し込んでいた。

 

 踏み固められた地面には、ラングリッドとマルグリットが刻んだ足跡がいくつも残っている。振るわれた木剣の軌跡までは見えずとも、乱れた土だけが、先ほどまでここで行われていた手合わせの激しさを物語っていた。

 

 レティシアはその跡を見つめた。

 

 赤い瞳には、まだ驚きが残っている。ラングリッドが強いということは、これまでの話から理解していたのだろう。竜を討った騎士。王国唯一の独立騎士。口にすれば物語の中の英雄のような肩書きである。だが、言葉として聞くのと、実際に目の当たりにするのとでは、重みがまるで違う。

 

 マルグリットは強い。

 

 それはレティシアにとって、疑う余地のない事実だった。厳しさばかりが先に立つが、実技の授業で見せる身のこなし、魔法を使わずとも生徒を圧倒する剣技、そして何より教師たちから向けられる信頼。それらを見ていれば、彼女がただの教師ではないことくらい、レティシアにも分かる。

 

 そのマルグリットが、押し切られた。

 

 しかも、ラングリッドは最後までどこか楽しそうで、まだ余力を残しているようにさえ見えた。

 

「さて」

 

 ラングリッドは木剣を棚へ戻し、軽く肩を回す。

 

 手合わせで熱を帯びた身体は、まだわずかに戦いの余韻を残していた。

 若い身体というものは、実に始末に負えない。老いてからならば、あの程度の手合わせでも息を整えるのに幾らか時間を要しただろう。しかし今の身体は、次を求めるように軽く、奥底に残った熱がなかなか冷めようとしなかった。

 

 それを少し惜しく思いながら、ラングリッドはレティシアへ向き直る。

 

「私の実力は、先ほど見てもらった通りだ。次はレティシア嬢の番だな」

「……私の、番」

 

 レティシアの声が、わずかに硬くなる。

 

「うむ。ダンジョンへ挑むのだろう。であれば、連携のためにも、君が何をできて、何を不得手とするのかを知っておく必要がある」

 

 ラングリッドの口調は穏やかだった。だが、そこには有無を言わせぬ響きもあった。

 これは励ましでも慰めでもない。まして、彼女の未熟を暴くためのものでもない。共に危地へ赴く者として、互いの手札を把握しておく。ただそれだけの、きわめて実務的な話である。

 

 レティシアも、それは分かったのだろう。

 

 彼女は一度、深く息を吸った。胸を張り、顎を上げる。その所作は公爵令嬢として見事なものだったが、横顔には隠しきれない硬さが滲んでいる。己の未熟を見られることへの怯えと、それでも見せねばならぬという覚悟。その二つの重しが彼女の肩を僅かながらに下がらせる。

 

「……分かりましたわ」

 

 レティシアは訓練場の中央へ進み出る。

 

「的は、あれでよろしくて?」

「うむ。好きにやってみるといい」

 

 ラングリッドは、訓練場の端に据えられた木製の的を顎で示した。

 魔法の鍛錬用なのだろう。人の胴ほどの大きさがあり、表面にはいくつもの焦げ跡や裂け目、浅く抉れた痕が残っていた。これまで多くの生徒たちの魔法を受け止めてきた、年季の入った的である。

 

 レティシアは右手を持ち上げ、手のひらを的へ向けた。

 

 目を閉じる。唇が、聞き取れぬほど小さく何かを紡いだ。詠唱というほど長くはない。ほんの一呼吸。だが、その一呼吸の中に、息遣いと意思とがぴたりと重なる気配があった。

 

 次の瞬間、彼女の指先に火が灯る。

 拳ほどの火球が手のひらの先に生まれ、宙を滑るように飛んだ。火球は真っ直ぐに的へ向かい、乾いた音を立てて命中する。表面に新たな焦げ跡が一つ刻まれ、淡い煙が細く立ち上った。

 

「……これが、私の火魔法ですわ」

 

 平坦な声だった。

 誇るでもなく、恥じるでもなく、ただ感情を押し殺したような声である。まるで、試験官に求められた課題を淡々と提出するかのような声音だった。

 だが、ラングリッドは内心でわずかに眉を上げていた。

 

 ……ほう。

 

 今のは、何だ。

 

 魔術師ではない彼に、術理の細かな違いが分かるわけではない。

 だが、戦場で魔術師と肩を並べ、時には敵として相対してきた経験はある。

 

 詠唱に要する独特な呼吸、力が集まる時の空気の変化。それらは、剣を握る者にとっても無縁ではなかった。

 敵の術を読むことが生死を分ける場など、いくらでもあったからだ。

 

 だからこそ、レティシアの魔法には違和感があった。

 

 彼の知る魔術は、もっと手間のかかるものだった。大気や土地に漂う目に見えぬ力を、呪文と術式で集め、整え、目的の形へと変える。

 火には火の、水には水の性質があり、術者はその性質を扱う。土地に火の力が薄ければ火術は鈍り、乾いた荒野で水を得るには高位の術者でさえ相応の準備を要した。

 

 しかしレティシアは、一呼吸でそれをやった。

 

「レティシア嬢。一つ、聞いてもよいか」

「何ですの」

「この世界の魔法とは、どうやって使うものなのだ?」

 

 レティシアは、不思議そうに眉を寄せた。

 

「どう、と申されましても……自分の内にあるマナを、詠唱や魔法陣を用いて望む形に変じ、行使する。それが魔法ですわ」

「周囲から火のマナを集めるわけではないと」

「周囲から?」

 

 今度は、レティシアが首を傾げる。

 

「マナは己の内にあるものですわ。もちろん場の魔力が濃ければ影響を受けることもありますけれど、基本は術者自身のマナを用います」

「なるほどなぁ」

 

 ラングリッドは顎を撫でた。

 

 似ているようで、まるで違う。

 この世界の魔法は、術者自身が力の源であるらしい。

 

 彼の故郷の魔術が、外にあるものを集めて形にする技だとすれば、この世界の魔法は、内にあるものを引き出して形にする技のイメージか。

 

「私の故郷の魔術とは、ずいぶん勝手が違う。魔術では、今のように杖も触媒もなしに火を熾すなど、まずできんよ」

「まあ。それは……随分と不便ですわね」

「違いない」

 

 ラングリッドは笑った。

 

 不便。

 

 実に率直な感想である。だが、この世界の魔法を当然として育ったレティシアからすれば、そう感じるのも無理はない。ラングリッドの物差しで見れば、この世界の魔法はあまりに自由で、いっそ理外の力にすら映る。

 

 もっとも、ここで術理の違いを深く掘り下げたところで、今すぐ役に立つわけではない。

 

「さて、話を逸らしてしまったな。他の属性の魔法も使えるのかな?」

「ええ。初級魔法なら、一通りは」

 

 レティシアは左手を持ち上げた。

 今度は、先ほどより少し長い詠唱だった。指先に水の珠が生まれる。火球と同じほどの大きさをした水の塊は、真っ直ぐに的へ飛び、表面で弾けた。焦げ跡の隣に、濡れた痕が広がる。

 

 続けて、風。

 見えぬ刃が的の表面を削り、一筋の裂け目を刻む。

 

 続けて、土。

 足元から生まれた小さな岩の槍が、的を浅く穿った。

 

 火、水、風、土。魔術において四大元素と言われる属性のすべてを、年若い少女がこれほど安定して扱う。ラングリッドの故郷であれば、それだけで魔術師たちが目を剥くだろう。

 

 だが、器用であることと戦場で強いことは必ずしも同じではない。

 

 見せてもらった魔法は人間や弱い魔物が相手であれば当たり所によっては十分な成果を望めるだろうが、やはりレティシアが口にした初級魔法の通りそのいずれもに物足りなさを感じてしまうのだ。

 

「これより強力な魔法は扱えるのかな?」

「……私は、初級魔法しか使えませんの」

 

 そう答える口ぶりには、明らかな翳りがあった。

 

「その、初級を扱えるだけでは芳しくないものなのか」

「お分かりにならないのも、無理はありませんわね」

 

 レティシアは、自嘲するように小さく笑う。

 

「この学園の予科は、王国中から選りすぐられた者だけが集う場ですわ。将来を嘱望された貴族の子息令嬢ばかり。その中では、中級魔法を扱えてようやく人並み。優れた者になれば、予科のうちから上級にすら手が届きますの」

「ほう」

「私は初級が精一杯。それも、四属性すべて初級止まり」

 

 言葉を切り、レティシアは的を見た。

 

「名門たるグランヴェル公爵家の名を継ぐ者が、初級魔法しか扱えない。……笑い話でしょう? 名門の令嬢が、ただの一つも人並みの域に届かないのですから」

 

 その声には今まで覆われていた彼女の、その胸の奥から来る本音の響きがあった。

 長く抗い、しかし現実の無情さに心をすり減らしてきた者特有の、諦観を多分に含むそれ。

 

 ……なるほど。

 

 ラングリッドの中で、いくつかのものがようやく繋がった。

 

 器用に四属性を扱う娘。だが、そのどれもが初級止まり。彼の物差しでは桁外れに見えたものが、この世界の、ましてこの学園の物差しでは「落ちこぼれ」と断じられるものなのだろう。昨日、廊下ですれ違った生徒たちの、あのよそよそしい視線の理由の一つがこれなのかもしれない。

 

 だが、とラングリッドは思う。

 

 話を聞けば聞くほど、彼の見立ては変わらなかった。むしろ、確信が深まる。

 彼女は、落ちこぼれなどではない。

 

「魔法の鍛錬とは、本来どう進めるものなのだ?」

 

 レティシアは、少し考えてから答えた。

 

「……多くは、一つか二つの属性を重点的に修めますわ。得意な属性を見定めて、そこを深く掘り下げる。そうして中級、上級へと進むものですの」

「では、レティシア嬢はその得意が見つからないと?」

「違いますわ」

 

 レティシアは、きっぱりと強くそれを否定する。けれど、その強さは自信から来るものではない。踏み込まれたくない場所に触れられた者が、とっさに張った壁のようなものを感じさせる声音だった。

 

 

「公爵家の人間として完璧にならねばなりませんの。得意、不得意を言い訳にどれか一つに定めるなど許されませんわ」

「それは、また……」

「言わずとも分かっておりますわよ。お父様やお姉様とは比べることすらおこがましい凡才の、その意地の結果がこれですので」

「凡才、か」

 

 ラングリッドは、口の中でその言葉を転がした。

 

 才能というものが存在することは、嫌というほど知っている。戦場に立てば、同じ年数だけ剣を振っていても、届く者と届かぬ者がいる。教えればすぐに呑み込む者もいれば、何度叩き込んでも身体に染み込むまで時間のかかる者もいる。そういう差は、確かにある。

 

 だが、凡才と呼ばれる者の中にも、歯を食いしばって積み上げた者がいた。

 

 天才と呼ばれる者が一足で越える場所を、泥にまみれながら十歩も百歩もかけて越えようとする者たちを、ラングリッドは何人も見てきた。そうした者が、必ずしも歴史に名を残すとは限らない。だが、戦場で隣に立つ者として信頼できるのは、案外そういう連中だったりする。

 何故ならば、彼もまた意地と見栄でここまで登って来た身故に。

 

「レティシア嬢」

「何ですの」

「まず一つ言っておくが、私は君の考えそのものを愚かだとは思わんよ」

 

 レティシアが、わずかに目を見開いた。

 

 叱責か、あるいは呆れた言葉でも返ってくると思っていたのだろう。その反応が少しばかり面白くて、ラングリッドは口元を緩めかけたが、すぐに抑えた。今ここでからかうのは、いくらなんでも性格が悪すぎる。

 いや、自分の性格が良いなどとは思っていないが、それでも限度はある。

 

「高みを目指すことは、立派なことだ。己の生まれに恥じぬよう、足りぬものから目を逸らさず、不得手も含めて磨こうとする。口で言うほど容易いことではない。まして、それで結果が出ぬと分かっていても続けてきたのだろう。ならば、それは意地であると同時に、覚悟でもある」

「……覚悟」

「うむ。少なくとも私は、そういう意地は嫌いではない。むしろ好ましいと思うよ」

 

 レティシアは、何も言わなかった。

 

 ただ、先ほどまで強く張っていた肩から、ほんの少しだけ力が抜けたように見えた。認められると思っていなかったものを認められ、どう受け取ればよいのか分からない。そんな顔だった。

 

「だがな」

 

 ラングリッドは、そこで声の調子を少しだけ変えた。

 

「それと、今のまま試験に挑んで良いかどうかは別の話だ」

 

 レティシアの表情が、再び引き締まる。

 ラングリッドは的に刻まれた四つの痕を見た。

 

 火の焦げ跡。水の濡れ痕。風の裂け目。土の抉れ。

 

 どれも初級止まりだという。レティシア自身がそう言い、ラングリッドの目にも、ダンジョンという場所へ挑むには心許ない威力であることは分かった。

 

「君がいずれ全てを修めたいというなら、それでいい。父上や姉上に並びたいというなら、なおさら結構。そこに口を出すつもりはない」

「……では」

「ただし、それは長い道だ。半年、一年、あるいはもっと先を見据えて歩む道だろう。少なくとも、二週間の進級試験期間は、あまりにも短すぎる」

 

 レティシアは、返す言葉を持たなかった。

 彼女自身、分かっているのだろう。

 

 父や姉のように全ての魔法を万能に鍛えようとしてきた。その結果、ここにいるのは四属性を一通り扱えるようにこそなれど、どれも中級にすら届かぬ半端者。自分の意地が何をもたらしたのか、彼女は誰よりも理解しているはずだった。

 

 だからこそ、ラングリッドは言葉を選ぶ。

 

 ここで彼女の意地を折る必要はない。だが、目の前の現実から目を逸らさせるわけにもいかない。

 

「レティシア嬢、理想は大事だ。誇りも大事だ。だが、それらを抱え込み、身動きができなくなっては意味がない」

「貴方に何が……!」

「詳しくは分からんとも」

 

 ラングリッドは静かに、しかし真っ直ぐに彼女の言葉を受け止めた。

 

「だが、君がその魔法の才を磨き、より高みに持っていきたいと思うならば、まずは上級課程へ進み、学び続ける場所を手に入れねばならんことは分かる。ならば今回に限っては、理想への最短ではなく、試験を越えるための最善を選ぶべきだ」

 

 レティシアの視線も、自然と的へ向いた。

 

 その先にあるのは、四つの痕。

 けれど、彼女が見ていたのは、おそらくその中の一つだ。

 

 他の痕より、わずかに深く黒い焦げ跡。

 

「……火魔法」

「良い選択だ」

 

 ラングリッドは頷いた。

 

「見せてもらった限り、詠唱も短く、放つまでの迷いも少ない火の魔法が合っていると私も考えていた」

「……ですが」

 

 レティシアは、唇を噛む。

 

「攻略のため、ですのね」

「うむ」

「私が上級課程へ進むため。そして、更に上を目指すため」

「そうだ」

 

 レティシアは、深く息を吸った。

 

 胸の奥にあるものを、すべて飲み込むような呼吸だった。納得したわけではない。割り切れたわけでもない。だが、それでも選ばねばならない時があることくらい、彼女も分かっている。

 

「分かりましたわ」

 

 声は小さかったが、震えてはいなかった。

 

「ダンジョン攻略までの間、私は火魔法を軸にします。けれど、勘違いなさらないでくださいませ。目標を諦めるつもりはございません。これはあくまで、試験を越えるための選択ですわ」

「ああ、それでいい。それでこそだ」

 

 ラングリッドは満足げに頷いた。

 

「全く、お節介な使い魔ですわね。そして容赦もない」

「まだ仮、だがな。この私の主人となるのだ。これくらい飲み込んで、越えてみせたまえよ」

 

 レティシアは呆れたように言ったが、その口元にはほんの少しだけ力が戻っていた。

 ラングリッドは訓練場の端に置かれていた木剣を一振り拾い上げる。

 

「では、方針も決まったところで早速訓練だな!」

「……いきなり何ですの」

「君の魔法を存分に振るってくれたまえ」

 

 レティシアの顔が、嫌な予感を覚えた者のそれに変わった。

 

「具体的には?」

「私が動く的になろう」

「おばか!危ないですわよ⁉」

「安心したまえ。先ほどのあれなら、まず当たらん」

 

 ラングリッドの挑発ともとれる一言に、レティシアは頬を引きつらせる。

 

「……言いましたわね?」

「事実だ」

「やってやりますわ!覚悟なさいませ!」

 

 ああ、やはり。

 

 この子はこうして存分に感情を表に出している姿が良く似合う。

 ラングリッドは眼前に迫る火球を前にそんな事を考えていた。

 




ようやくダンジョン攻略に向けて大きく進み始めました!!!!!!!
自分の中で一つの区切りにしている山場ですので、今でも下書きこねこね中です。

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