櫛田の中学に転校した 作:スクラップドラゴン
アンケートに答えてくれた方々ありがとうございます。
散々悩んだ結果こうなりました。
入学
桜の蕾がほころび始めた、四月の入学式当日。どこか張り詰めた、それでいて期待に胸を膨らませた新入生たちで溢れかえる駅の改札口。その人混みの中に、見紛うはずのない、凛とした美しさを放つ黒髪の少女の背中があった。
堀北鈴音。
彼女が自動改札機に切符を通そうとした、その瞬間だった。
「――鈴音ちゃんっ!」
人混みをかき分けるようにして、弾んだ、心底嬉しそうな声が彼女の背中に掛けられた。
堀北が驚いたように足を止め、ゆっくりと振り返る。そこには、いつもの完璧な、だが今回はどこかいたずらっぽく微笑む櫛田桔梗と、その隣にいつもと変わらず淡然と佇む俺――水野陽斗の姿があった。
「櫛田さん……!? それに、水野君も……どうして、ここに……」
堀北の切れ長の瞳が、これ以上ないほどに丸くなる。
来ないと言っていたはずの二人。地元の県立高校へ進むと断言していたはずの俺たちが、なぜ自分と同じ日、同じ駅の、高度育成高校へと続く改札口に立っているのか。彼女の明晰な頭脳をしても、目の前の光景をにわかには処理しきれていないようだった。
「ふふっ、私達も高校に行くんだよっ。鈴音ちゃんと同じ、高度育成高校にね♪」
櫛田が満面の笑みで種明かしをすると、堀北はしばらく唖然としたまま固まっていた。
しかし、やがてその言葉の意味――自分を一人きりにさせないために、二人があの最高峰の学び舎へ進む決意をしてくれたのだという事実を理解したのだろう。
いつもは頑なに他者を拒絶していた堀北の口元が、ふっと綻び、自然と柔らかな笑みを象った。
「そう……。貴方たちが来てくれるなら、この学校生活も、少しは退屈せずに済みそうね」
「もう、相変わらず一言多いんだから! ほら、電車が来ちゃうよ、行こう!」
櫛田が堀北の腕を軽く引き、俺たちは三人並んで改札を通り、滑り込んできた電車へと乗り込んだ。車内でも、櫛田と堀北はこれまでの数週間のブランクを埋めるように、楽しげに言葉を交わしている。その様子を眺めながら、俺は胸の内で静かに闘志を燃やしていた。
電車を降り、学校へと直行する専用のバスへと乗り換える。
原作のタイムラインであれば、堀北はバスの座席に腰掛けていたはずだった。しかしこの世界線では、俺たち三人が一塊のグループとして行動しているため、彼女も含めて三人ともドアの近くの手すりにつかまり、立って乗車していた。
エンジン音が響く車内。バスがいくつかの停留所を過ぎた頃、突如として前方の座席付近から、車内の空気をピリつかせるような鋭い声が聞こえてきた。
「席を譲ってあげようと思わないの?」
冷徹で、どこか棘のある大人の女性の声。そちらへ視線を向けると、一人のOL風の女性が、優先席に堂々と腰掛けている一人の男子生徒に向かって、不快感を露わにしながら話しかけていた。
その男子生徒の姿が目に入った瞬間、俺の心臓がドクリと跳ねた。
金髪の長い髪をいじりながら、中学生はおろか高校生離れした肉体を誇示するように、傲慢極まる態度で座っている男。
――当然、高円寺六助だ。
高円寺はOLの非難を浴びても、眉一つ動かさずに特有の朗々とした声で応じた。
「実にクレイジーな質問だねレディー、何故この私が老婆に席を譲らなければならないんだい? 何処にも理由は無いが」
「君が座っているのは優先席よ、お年寄りに譲るのは当然でしょう?」
女性が語気を強めて正論を突きつける。しかし、高円寺という男に常識など通用するはずもなかった。彼は大真面目に、心底おかしそうにフッと笑ってみせた。
「理解できないねえ。優先席は優先席であって法的な義務は何処にも存在しない。この場を動くかどうか、それは今現在この席を有している私が判断する事なのだよ。若者だから席を譲る? ははは、実にナンセンスな考え方だ」
堂々たる自己中心主義。周囲の乗客たちが呆れ、あるいは不快そうに視線を逸らす中、初めて見るタイプの「規格外の変物」を前に、隣にいた堀北が不快そうに眉をひそめた。
「なんなのあの人、本当に高校生? 自分の欲望にどこまでも忠実というか、あまりに幼稚で傲慢だわ……」
呆れたようにそう呟く堀北。しかし、その言葉を聞いた櫛田が、クスッと含み笑いを漏らしながら、親指で隣にいる俺のほうを無言で指差した。
櫛田の視線の意図を瞬時に察した堀北は無言になって視線を俺に固定した。確かに、俺も、高円寺とはベクトルが違うだけで、十分に常識外れの存在だった。
だが、そんな二人のやり取りが、今の俺の耳にはほとんど入っていなかった。
俺の視線は、優先席で不敵に笑う高円寺に、そしてこのバスの車内の空間に完全に釘付けになっていた。
(……間違いない。紛れもなく、原作の会話だ……!)
頭の中で何度も読んだ、あの『よう実』の始まりのセリフ。高円寺の尊大な口調、OLのヒステリックな声、そして車内に漂う独特の緊迫感。そのすべてが、今、俺の目の前でリアルタイムの現実として進行している。
凄い。本物だ。
俺は今、間違いなく『ようこそ実力至上主義の教室へ』の世界の、その物語の起点に立っている。
国家特例の超VIPとして、そして俺に完全な依存と信頼を寄せる進化した櫛田桔梗、そして丸くなりながらも確かな絆で結ばれた堀北鈴音。この二人と味方になろうがライバルになろうが、俺はこの世界の、この物語の主役として、すべての盤面を、可能な限り蹂躙していく。
湧き上がってくる圧倒的な高揚感を必死に抑え込みながら、俺は冷徹な、だが興奮に満ちた瞳で、これからはじまる高度育成高校の幕開けを静かに見ていた。
OLが高円寺に言い負かされた。
高円寺はすでに彼女への興味を完全に失っており、ふいっと鏡に視線を戻して自分の前髪をいじるルーティンに戻ってしまっている。周囲の乗客たちも、関わり合いになりたくないと言わ言わんばかりに露骨に目を逸らし、車内には気まずい、沈み込むような沈黙だけが残された。
完全に言い負かされた女性は、悔しさに顔を真っ赤に染めながら、それ以上言葉を紡ぐことができずに俯いてしまった。
原作のタイムラインであれば、ここから櫛田桔梗という少女が「優等生」の仮面を完璧に機能させ、この険悪な空気に自ら割って入ったはずだった。高円寺に対して「社会貢献になると思うんです」と優しく語りかけ、それでも彼が譲らないと分かると、今度は車内の乗客たちに向かって「どなたか、席を譲っていただける方はいませんか?」と健気に声を張り上げ、自分の好感度をクラスマッチ前に爆上げする政治的ムーブをかましていた。
だが――この世界線の彼女は、違った。
俺の隣に立つ櫛田は、その泥沼の言い争いを、まるで退屈な昼ドラでも眺めるかのような冷ややかな、そして完全に無関心な瞳で見つめていた。彼女の表情には、原作のような「可哀想なお婆ちゃんを助けたい」という偽善の欠片もなければ、「ここで良い子を演じて周囲の点数を稼ごう」という承認欲求の兆候すら見当たらない。
中学のいじめを俺と共に潜り抜け、俺の前で本性を曝け出し、そして俺という「絶対的な承認の依り代」を手に入れた今の彼女にとって、他の中学生やバスの乗客たちの評価など、文字通りどうでもいいゴミ同然だった。誰にどう思われようが、陽斗が自分の隣にいて全肯定してくれるなら、それで世界は完結しているのだ。
当然、俺たち3人はドア付近の狭いスペースで手すりにつかまって立っている身だ。物理的に自分たちの席があるわけでもないため、老婆に譲ってやる席など最初から持っていない。
櫛田が動かない以上、誰もその後に続く者は現れず、OLに促された老婆は、小さく震える足のまま、吊り革に必死にしがみついて立ったままでいるしかなかった。
(まあ、あと少しで高度育成高校の敷地に着く。それまでの辛抱だろ……)
俺は吊り革を握る手に少しだけ力を込めながら、淡々とその光景を横目で見ていた。
今の俺の優先順位の最上位は、何があっても隣の櫛田、可能なら堀北の平穏を守ることだ。見ず知らずの老人に無駄なリスクを冒してまで手を差し伸べるほど、俺は甘いお人好しではない。
ガタゴトと小刻みに揺れるバスの窓の外には、やがて高度育成高校の象徴である、あの巨大な敷地と並木道が見え始めていた。
「もうすぐ着くわね。……それにしても、色んな意味で、本当に前途多難な学校になりそうだわ」
堀北が先ほどの高円寺の一件を頭から追い出すように頭を振り、小さくため息を漏らす。
「大丈夫だよ、鈴音ちゃん。どんな変な人がいても、私達には陽斗君がいるんだから♪」
櫛田が俺の腕にそっと自分の腕を絡めながら、いたずらっぽく、だが絶対的な信頼を込めて微笑んだ。
「そうね。……彼のあの呆れるほどの技術と知能があれば、大抵の不条理は力技でねじ伏せられるでしょうね」
堀北もまた、あの日、我が家の庭でプライドを砕かれ、そして優しく教えられた日々を思い出したのか、諦めたような、だがどこか誇らしげな苦笑を浮かべた。
バスが高度育成高校の敷地内へと滑り込み、重いドアが開いた。
新入生たちの波に押されるようにして、俺たち3人はロータリーへと降り立つ。目の前に広がるのは、国営が誇るあまりにも巨大で近代的な学舎の全貌だった。
「まずは自分のクラスを確認しに行きましょう。体育館の近くに大きな掲示板があるはずよ」
堀北がパンフレットを片手に先導する。彼女の足取りは、これから始まる「兄を追うための高校生活」への期待からか、どこかいつもより軽やかだった。櫛田は俺の隣にぴったりと寄り添い、周囲の生徒たちの様子を冷静に観察している。
やがて見えてきた巨大なクラス分けの掲示板の前には、すでに人だかりができていた。歓声や落胆の声が入り乱れる中、俺たちは人混みの隙間から自分たちの名前を探し始める。
原作の知識をベースに考えるなら、俺たちの行き先はDクラス。あの欠陥品が集められる奈落の底のはずだった。だが――俺の視線は、まずDクラスの欄をなぞる。
(……いない。俺の名前がない)
堀北鈴音の名前は、Dクラスの下段付近に確かに刻まれていた。しかし、俺の名前も、櫛田の名前も、そこには見当たらない。
ならばCクラスか。いや、ここにもない。Bクラスの欄を上から下まで念入りに見つめるが、やはり俺たちの名前は弾かれていた。
嫌な予感が確信へと変わり、俺は掲示板の最も左側――本来であれば、この学校が認めた最高峰の天才やエリートたちだけが足を踏み入れることを許される高みへと視線を移した。
――Aクラス。
その下段に、堂々とその名前が刻まれていた。『水野陽斗』そしてその遥か上の段に、『櫛田桔梗』。
「え……嘘、でしょ……?」
隣で掲示板を見上げていた堀北が、小さく息を呑む音が聞こえた。
彼女の視線は、Dクラスにある自分の名前と、Aクラスの段に並ぶ俺たちの名前を何度も往復している。その瞳には、隠しきれない動揺と、言いようのないショックが浮かんでいた。
(やはり、そういうことか……)
俺は心の中で、生徒指導室でのあの異例の面談を思い出していた。
学校側、いや国家が提示してきた『水野陽斗を買い取るための特例待遇』。あの時、条件の一部として提示されていた「櫛田桔梗の推薦入学の確約」。
国からの超法規的な推薦扱いを受けたのは俺自身だ。そして、あの時俺の隣にいて、俺がこの学校に行くための絶対条件として引き上げた櫛田もまた、その凄まじい国家のバックアップという『恩恵』をそのまま受ける形になったのだ。結果として、俺たち二人は最初からDクラスという檻を飛び越え、最高峰のAクラスへと配属されることになった。
対して、誰の力も借りず、ただ自分の孤独な実力(と他者との協調性の欠如という欠陥)だけで勝負した堀北は、原作のタイムライン通りにDクラスへと振り分けられた。
「そんな……私と、貴方たちが、別のクラス……?」
堀北は拳を小さく握りしめ、ひどく残念そうに、そして今にも泣き出しそうなほど寂しげな表情で俯いてしまった。この数ヶ月間、俺の家で毎日家族のように過ごし、ようやく掴みかけた二人との「3人の学校生活」。それが、入学初日のクラス分けという残酷な現実によって、いきなり引き裂かれてしまったのだ。彼女の受けている孤独感は、想像するに余りあった。
その様子を見ていた櫛田が、ふっと表情を和らげ、堀北の前に一歩踏み出した。
学校用の仮面でもなく、裏の顔で嗤うのでもない。あの日、ドローンの操作を教えて不器用な彼女に情が湧いた時の、あの等身大の優しい笑顔だった。
「何暗い顔してるの、鈴音ちゃん」
櫛田は堀北の手を優しく包み込むようにして握ると、悪戯っぽく微笑みかけた。
「クラスが離れたからって、私達の関係が終わりになるわけじゃないでしょ? 大丈夫だよ。授業が終わったら、放課後、絶対にすぐに会いに行くから。また陽斗君の部屋に集まって、一緒に美味しいケーキ食べよ?」
「櫛田さん……」
櫛田のその温かい言葉と、中学時代から変わらない「放課後の約束」を聞いた瞬間、堀北の強張っていた肩の力が、ふっと抜けていくのが分かった。
クラスが違っても、自分は一人ぼっちじゃない。この二人は、自分を置いていったりはしない。それを理解した堀北の表情は、途端にいつもの凛とした、だがどこか安心したような穏やかなものへと和らいでいった。
「ええ……そうね。放課後、貴方たちの部屋に押し掛けてあげるわ。待っていなさい」
「うん、待ってる! ほら、陽斗君も早くAクラスの教室に行こ!」
櫛田が今度は俺の腕をぐっと引っ張り、嬉しそうに歩き出す。俺たちの後ろ姿を見送る堀北の視線には、もう寂しさはなかった。
国家特例の特別待遇を引っ提げ、最初から『Aクラスの支配者』として君臨することになった俺と櫛田。
そして、離れた場所から俺たちを追いかける強固な仲間となったDクラスの堀北鈴音。
原作の勢力図を根底からひっくり返した俺たちの高度育成高校生活が、今、幕を開けようとしていた。
ご一読頂きありがとうございます。
2人ともDクラスルートが一番多かったのですが第十話のストーリー考えると両方共Aクラスじゃないとおかしくなりそうなのでこうなりました。
他のクラスに投票してくれた方々も含めて満足させられるように頑張ります。