櫛田の中学に転校した   作:スクラップドラゴン

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Aクラスで…

 

 

1年Aクラス。それはこの高度育成高校において、最も優秀であると認められたエリートだけが集う最高峰の教室だ。

 

俺と櫛田が教室のドアを開けて中に入ると、すでに何人かの生徒が席についていた。皆、どこか張り詰めたプライドの高いオーラを纏っている。そんな中、俺たちは指定された席へと向かった。

 

櫛田はクラスの様子が見渡せる中央付近の席。そして俺は、全体を俯瞰できる後方の席へとついた。

 

机の上に手を置き、これからの学校生活の盤面に思いを馳せながら座って待っていると、カツンと軽い靴音がして、俺の左隣の席に一人の女子生徒が腰掛けた。

 

短いブレザーの袖から伸びる、女子にしては高い身長。そして制服の上からでもはっきりと分かる、抜群のスタイル。何より特徴的なのは、綺麗に切り揃えられた紫色のサイドテールの髪だ。

 

 

(神室真澄……!)

 

 

原作の知識が脳裏をよぎる。坂柳有栖の手駒として動かされることになる、あの神室真澄だ。

間近で見ると、整ったクールな顔立ちが恐ろしいほどに美しく、俺は思わず横目でチラリと彼女の横顔を盗み見てしまった。

 

すると、視線に気づいた神室が、不意にこちらに顔を向けた。

彼女の切れ長で冷ややかな瞳が、俺の顔をじっと見つめてくる。まるでその人間性を品定めするような、あるいは何かを探るような鋭い視線。俺の容姿が転生者補正で美形なせいなのか、それとも単に隣の席の男が気になっただけなのかは判別がつかない。だが、沈黙が続くのも不自然だ。

 

俺は表情を崩さないまま、低く落ち着いた声で話しかけた。

 

 

「……水野陽斗です、よろしく」

 

 

最低限の挨拶。神室は俺の声を耳にすると、僅かに目を見張り、それからふいっと視線を前方へと戻した。

 

 

「……神室真澄……よろしく」

 

 

ぶっきらぼうに、どこか突き放すようなトーンで彼女はそう返した。だが、完全に興味を失ったわけではないらしく、前を向いたまま、俺の様子を視界の端でチラチラと何度も伺っているのが分かった。

 

そんな二人の微細な空気感を、クラスの中央から鋭く察知した者がいた。

 

 

「陽斗君、お待たせ♪」

 

 

前方から、櫛田がこちらへと歩いてきた。その顔には、学校用の完璧な「誰からも愛される優しい少女」の仮面が張り付いている。

彼女はごく自然な動作で俺のデスクの横をキープし、俺に寄り添うようなポジションを取ると、左隣の神室に向けて満面の笑顔を咲かせた。

 

 

「初めまして! 私、櫛田桔梗って言います。陽斗君の隣の席だね、これからよろしくね、神室さん♪」

 

「……あ、ええ。よろしく、櫛田さん」

 

 

櫛田の放つ圧倒的な陽のオーラと、俺の横を絶対に譲らないという無言のプレッシャーに押されたのか、神室は少し気圧されたように言葉を返した。

 

その時だった。

 

――カツン、カツン、カツン。

 

静まり返りかけた教室の後方に、規則正しく、それでいて妙に存在感のある杖の音が響き渡った。

 

教室の入り口から入ってきたのは、周囲の視線を一瞬で奪い去るような、透き通るような銀髪を持った小柄な美少女。その右手に白い杖を携え、お人形のように整った顔立ちに、すべてを見透かすような不敵な笑みを浮かべている。

 

 

(坂柳有栖……!!)

 

 

Aクラスの絶対的女王。ついに本物が俺の右隣の席へとやってきたのだ。

 

坂柳が自分の席の前に立ち、手荷物の鞄を机に降ろそうとした、その瞬間。

 

 

「あ、どうぞ」

 

 

櫛田が驚くほど滑らかな動作で一歩前に出ると、坂柳の身体を気遣うようにして、彼女の席の椅子をすっと静かに引いてみせた。その気配りと、一切の嫌味を感じさせない完璧な優等生のムーブ。

 

坂柳は、引かれた椅子と、それを笑顔でサポートする櫛田の顔を、深海のように深い知性を宿した瞳でゆっくりと見つめた。

 

 

「お気遣いありがとうございます。ですが、大丈夫ですよ。これくらいは自分の力でできますから」

 

 

坂柳は柔らかく、だが明確な一線を引くような声音で桔梗に応じた。そして、ゆっくりと椅子に腰掛け、杖を机の横に立てかけると、今度はその視線を真隣に座る俺へと向けた。

 

彼女の口元が、フッと楽しげに、そして獲物を見つけたかのように歪む。

 

 

「初めまして。私、坂柳有栖と言います。見ての通り少し身体が弱いですが……それ以外のことに関しては、人並み以上の自信がありますの。もし学校生活で分からないことや、不便なことがあれば、何でも私に聞いてくださいね、水野君?」

 

 

鈴を転がすような美しい声。だが、その言葉の裏には、俺の力量を、すでに裏から察知しているかのような含みがあった。

 

俺は彼女の底知れない瞳を真っ直ぐに見返し、淡々と答える。

 

 

「水野陽斗だ、よろしく。こちらこそ、何か身体のことで不便なことがあったら手伝おう。遠慮なく言ってくれ」

 

「ふふ、頼もしいお言葉、感謝いたしますわ」

 

 

俺たちの会話の間に、俺の左横をキープし続けている櫛田が、すかさず滑り込んできた。

 

 

「私、櫛田桔梗です、 坂柳さん、陽斗君だけじゃなくて、私にも困ったことがあったら何でも言ってね! 女の子同士の方が話しやすいこともあると思うし♪」

 

 

クラスの誰もが声をかけるのを躊躇うようなオーラを放つ坂柳に対し、櫛田は物怖じ一つせず、完璧な聖母の距離感で懐に飛び込んでいく。

 

坂柳は、俺の横で微笑む櫛田と、そんな彼女の存在を当然のように受け入れている俺の様子を、楽しそうに交互に見つめた。

 

 

「お二人は……以前からの知り合いですか?」

 

 

小首をかしげ、探るように問いかけてくる坂柳。

 

 

「うん! 中学からの仲だよっ。ね、陽斗君♪」

 

 

櫛田は一切の迷いなく、むしろ周囲の生徒や神室、そして坂柳に対しても「水野陽斗は私のものだ」と言わんばかりの絶対的な特別感を滲ませて、明るく声を弾ませた。

 

 

「あら――」

 

 

坂柳はそう短く呟くと、扇子で口元を隠すようにして、クスクスと不敵に、そして最高に興味深そうに目を細めた。

 

 

「それはそれは……素晴らしいことですわね。この退屈な学舎で、入学初日からこれほど面白い『絆』を拝見できるなんて、本当に、Aクラスに来て正解でしたわ」

 

 

坂柳有栖の放つ、底知れない知略の気配。

俺と櫛田。そしてAクラスの絶対的女王・坂柳有栖。

最高峰のクラスの最奥で、この学校の運命を狂わせる最初の小さな火花が、静かに散らされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

1年Aクラスの最初のホームルーム。教壇に立つ大柄な担任、真嶋智也による学校の基本説明が終わりを告げようとしたその時、張り詰めた沈黙を破って一人の男子生徒が挙手した。

 

厳格な面持ちをした坊主頭の少年――葛城康平だ。

 

 

「先生、一つ質問をよろしいでしょうか。先ほど説明のあった毎月のポイント振込についてですが、我々は来月以降も、今月と同様に確実に10万ポイントを受け取ることができる、という認識で間違いないですか?」

 

 

葛城の、いかにも真面目な優等生らしい合理的な問い。だが、真嶋は表情を一切変えないまま、冷淡に言い放った。

 

 

「――その質問には答えられない」

 

「……何?」

 

 

葛城が微かに眉をひそめる。教室にざわつきが広がる中、今度は俺の右隣から、軽やかな、だが冷徹な鈴の音のような声が響いた。

 

 

「ふふ、では私からも一つ、よろしいですか、真嶋先生」

 

 

白い杖にそっと両手を添え、不敵な笑みを浮かべた坂柳有栖が、真嶋を真っ直ぐに見据える。

 

 

「この学園の最大の売りである『卒業時の希望進路の100%保証』という特権……これは、この学園に籍を置く『すべての生徒』に等しく与えられた権利、という解釈でよろしいのですか?」

 

 

一見、葛城と同じような確認の問い。だが、その本質は全く異なる。彼女は「10万ポイントの違和感」から、この学校の評価システムそのものの歪みに気づき、揺さぶりをかけているのだ。

 

だが、真嶋の答えは徹底していた。

 

 

「……その質問にも、答えることはできない」

 

「そうですか。意地の悪いことを聞いてしまって申し訳ありません」

 

 

坂柳は楽しげに目を細め、何事もなかったかのように深く椅子に腰掛けた。

クラスの生徒たちは「答えられないってどういうことだ?」と色めき立っていたが、俺は隣の坂柳を横目で見て、内心で深く感嘆していた。

 

 

(流石だな、坂柳有栖……)

 

 

俺と違って、彼女には原作知識などひとかけらも存在しない。ただ今配られた端末の仕様、10万という異常な額、そして教師の僅かな態度――それだけの材料から、この学校の本質を見抜いてみせたのだ。

 

やがてホームルーム終了のチャイムが鳴ると、葛城がすっと立ち上がり、クラス全体を促すように声を張り上げた。

 

 

「クラスの皆、少し時間をくれないか。我々はこれから3年間、同じAクラスとして苦楽を共にすることになる。まずは互いを知るために、ここで一人ずつ自己紹介をしないか?」

 

「私は彼に賛成だよ、私も皆の事知りたいから」

 

 

クラスの中央から、櫛田が誰よりも早く、そして明るい声で同調した。彼女の完璧なファインプレーに引きずられるように、他の生徒たちも「そうだな」「やろう」と口々に賛成の声を上げる。

 

 

「では、言い出しっぺの俺から始めさせてもらう。葛城康平だ。中学時代は生徒会に所属していた。規律を重んじ、クラスに貢献したいと考えている。よろしく頼む」

 

 

葛城の、硬質で頼りがいのある自己紹介。Aクラスに相応しいリーダーシップの提示だった。続いて、俺の右隣の坂柳が、杖を支えにゆっくりと立ち上がった。

 

 

「皆さん、初めまして。坂柳有栖と申します。ご覧の通り、生まれつき身体が不自由ですので、学校生活の中で皆さんのお手を借りることも多いかと思います。ですが……それ以外の事に関しては、人並み以上に何でもできる自負があります。困ったことがあれば、いつでも私を頼ってくださいね?」

 

 

お人形のように可憐な銀髪の美少女が、淑女のような完璧な一礼を見せる。その圧倒的な美しさと、儚げでありながら底知れない自信を覗かせるギャップに、教室の男子生徒たちは一瞬、息を呑んで見惚れていた。

 

自己紹介は円滑に進み、やがてクラスの中央、櫛田の番になった。彼女は椅子を引いて立ち上がると、クラス全員を見渡して、とびきり華やかな笑顔を咲かせた。

 

 

「皆さん初めまして、櫛田桔梗です! このAクラスのみんなとも、男の子女の子関係なく、全員と仲良くなりたいなって思ってます! 分からないことだらけだけど、一生懸命頑張るので、よろしくお願いします!」

 

「……っ、可愛い」

 

「櫛田さん、よろしく!」

 

 

その圧倒的な美女っぷりと全方位に放たれる親しみやすさに、男子生徒たちから一斉に歓声や「可愛い」という声が上がる。彼女は完璧にAクラスのアイドルとしての地位を秒で確立してみせた。

 

その後も順番は続き、俺の左隣、神室真澄の番が回ってきた。彼女はかったるそうに少しだけ腰を浮かせると、

 

 

「……神室真澄。よろしく」

 

 

それだけをぶっきらぼうに告げて、すぐにドサリと椅子に座り直してしまった。相変わらずのクールというか塩対応。だが、それが彼女のキャラクターをよく表していた。

 

そして、最後に俺の番が来た。後方の席から、俺は静かに立ち上がる。

 

クラス中の視線が、俺へと集まるのが分かった。神室がチラリと横目で俺を見つめ、右隣の坂柳は、エンターテインメントを楽しむような不敵な笑みを浮かべて俺を見上げている。

 

 

「水野陽斗です」

 

 

俺は低く、よく通る声で口を開いた。

 

 

「これと言って目立つ特技はありませんが……少しだけ、機械の扱いやプログラミングに通じています。もし皆さんの携帯端末やパソコン、その他電子機器が壊れたり、不具合を起こしたりした時は、遠慮なく俺に言ってください。大抵のものは、その場で直せると思います。よろしくお願いします」

 

 

そう言って、俺は軽く頭を下げた。

 

 

「おおっ、マジかよ」

 

「機械に強いやつがクラスにいるのは助かるな!」

 

 

スマホ一つで全てのポイントや生活を管理するこの学校において、電子機器の専門家が身内にいるというのは、生徒たちにとって想像以上の安心感だったようだ。クラスのあちこちから感嘆の声が上がる。

 

こうして、全員の自己紹介が無事に終了し、入学式にまつわる全ての公式行事が終わりを迎えた。

 

放課後。

生徒たちがそれぞれ部活動の勧誘を見に行ったり、カフェへと繰り出す中、俺は学校側から手渡された『国家特例・特別仕様室』のカードキーをポケットの中で弄りながら、自室がある場所へ向かおうと廊下へ出た。

 

すると、背後からタタタッと軽快な足音が近づいてきて、俺の腕に柔らかい感触が滑り込んできた。

 

 

「陽斗君、お疲れ様♪」

 

 

振り返ると、そこには学校用の優等生の仮面を少しだけ緩め、俺の顔を嬉しそうに見上げる櫛田の姿があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

廊下を二人で歩きながら、俺はポケットに手を突っ込み、少しだけ声を落として隣の彼女に問いかけた。

 

 

「なあ……中学と同じことをして、本当に大丈夫なのか?」

 

 

俺の言葉の意図を、櫛田は瞬時に察した。

 

クラス全員と仲良くなりたいと満面の笑顔で宣言した、さっきの自己紹介。それは、裏ブログの発覚といじめという最悪の地獄を招いた、あの中学時代と全く同じ『完璧な聖母』のムーブだったからだ。一度傷ついたはずのそのやり方を、再びこの学校で繰り返そうとする彼女の精神的な負担を、俺は誰よりも案じていた。

 

 

俺の問いかけに、櫛田は一瞬だけピクリと身体を強張らせ、いつもの笑顔を消して黙り込んだ。

 

廊下を行き交う他の生徒たちの雑音の中、彼女は小さく俯き、俺の制服の袖をぎゅっと握りしめる。だが、次に彼女が顔を上げた時、その瞳には中学時代のような怯えは一切なく、ひどく純粋で、どこか狂気的なまでに真っ直ぐな光が宿っていた。

 

 

「……陽斗君の隣にいるためだよ♪」

 

 

櫛田は、いたずらっぽく、だけど心からの親愛を込めてそう微笑んだ。

 

 

「私ね、分かっちゃったの。この学校で陽斗君は色んな意味でこれから、すっごく目立つし、いろんな人から注目されるでしょ? Aクラスの坂柳さんだって、さっそく陽斗君のことロックオンしてたみたいだし……」

 

 

彼女はそう言うと、俺の腕にいっそう強く、自分の身体をぴったりと絡めつけてきた。

 

 

「陽斗君の隣にいる女の子として、周りの女の子に絶対に負けたくないの。だから、私はこの学校でも、誰からも好かれる完璧な櫛田桔梗でいなきゃいけないんだよっ。……でもね、前とは違うの。だって、今の私には、裏の顔も全部知った上で守ってくれる、陽斗君が隣にいてくれるんだもん。だから、何があっても絶対に大丈夫!」

 

 

他人の承認欲求に狂っていた中学生の彼女は、もういない。今の彼女が完璧を演じるのは、世界で唯一の存在である俺の隣に並び立つため、その特等席を誰にも渡さないための、彼女なりの戦い方だった。

 

俺は少しだけ苦笑すると、腕を絡ませてくる櫛田の小さな手を優しく、そしてぎゅっと力強く握りしめた。

 

 

「っ……!」

 

 

櫛田は驚いたように息を呑んだあと、俺の手の温もりを確かめるように握り返してきた。言葉はなくても、俺が彼女のすべてを背負って共に歩むという覚悟は伝わったはずだ。彼女はそれだけで、本当に世界中の何よりも幸せそうな、混じり気のない笑顔を浮かべた。

 

 

二人の世界に浸りながらクラスの教室があるエリアを抜けると、階段の踊り場の壁に背を預け、腕を組んで待っている黒髪の少女の姿が目に飛び込んできた。

 

配属クラスがDクラスになってしまった堀北だ。

 

彼女は俺たちの足音に気づくと、ゆっくりと顔を上げ、いつも通りの凛とした声音で口を開いた。

 

 

「待ってたわよ、二人とも。随分と遅かったじゃない。Aクラスの居心地が良すぎて、放課後の約束を忘れてしまったのかと思ったわ」

 

 

少しだけ拗ねたような、トゲのある言い方。だが、その瞳には俺たちと合流できたことへの確かな安心感が滲んでいた。

 

 

「もう、鈴音ちゃんってば、待っててくれたんだね! ありがと。陽斗君とちょっとお話ししてただけだよ♪」

 

 

櫛田が手を繋いだまま、堀北の元へと駆け寄って親しげに笑いかける。堀北は俺たちの繋がれた手に一瞬だけ視線を落としたが、特にそれを咎めることもなく、「ふん」と鼻を鳴らした。

 

 

「別に、寂しかったわけではないわ。ただ、この学校の仕組みや部活動について、早いうちに情報を集めておくべきだと判断しただけよ。……行くわよ」

 

 

不器用な言い訳を口にしながら、先頭を歩き出す堀北。

俺と櫛田は顔を見合わせて小さく笑い、彼女の背中を追った。

 

クラスはAとDに離れてしまった。けれど、あの日、我が家の庭で培われた『3人の絆』は、この広大な高度育成高校の不条理な壁など、最初から物ともしていなかった。

 

俺たちはそのまま3人並んで、新入生たちが続々と集まりつつある学生寮へと向かった。2人を見送ってから俺は自分専用の部屋へと向かうのだった

 

 

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