櫛田の中学に転校した   作:スクラップドラゴン

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孤独な戦い

 

 

――それからしばらくの間。櫛田は制服に極小のカメラとマイクを仕込んだ状態で、地獄のような学校生活を送り続けた。

 

虫型ドローンによる広域監視と、彼女自身の目線から送られてくるリアルタイムの映像。それらを自宅のマルチモニターで分析して分かったのは、クラスの連中が驚くほど狡猾に、そして臆病に動いているということだった。

 

あの日、教室で俺が放った「同じ人間とは思えない強者の気配」を、男子生徒たちは本能的に恐れていた。だからこそ、奴らが櫛田を狙うのは、決まって俺が彼女の隣にいない時間――すなわち、男女が完全に分かれる『体育の授業』や『女子トイレ』、あるいは放課後の女子更衣室の周辺だった。

 

 

「――キャハハ! ちょっと桔梗、何突っ立ってんのよ!」

 

「ほら、ボール行くよ! ちゃんとレシーブしなさいよ!」

 

 

自宅のスピーカーから、耳を塞ぎたくなるような女子生徒たちの陰湿な笑い声と、バレーボールが肉体に激しく衝突する鈍い音が何度も響く。 

体育の授業中、女子カーストの上位に君臨する連中は、露骨に櫛田をハブにするだけでなく、わざと至近距離から強烈なスパイクの一撃を彼女の顔面や腹部に向けて打ち込んでいた。カメラの映像は激しくブレ、彼女の苦しげな呼吸音がマイクを通じて俺の耳に届く。 

トイレに駆け込めば、上からバケツで水をかけられそうになったり、陰口の嵐を浴びせられたりする音声が、すべて俺のサーバーへと自動的に記録・蓄積されていった。

 

 

「……っ、つ……」 

 

 

放課後。俺の自宅のソファで、櫛田は痛みに耐えるように小さく 息を漏らした。 

俺は冷たいタオルと消炎の軟膏を手に、彼女の赤く腫れ上がった二の腕や、打撲の痕が残る白皙の肌に優しく手当てを施していた。

 

 

「すまない、櫛田。俺が女子のエリアにまで踏み込めないばかりに、何度も痛い思いをさせて」

 

「ううん、大丈夫……。水野くんがこうして、私のために怒って、お家に帰れば優しく看病してくれるって分かっているから……私、全然平気だよ♪」 

 

 

彼女は痛むはずの身体を揺らし、健気な、それでいてどこか妖艶な笑みを浮かべた。 

俺という絶対的な拠り所、そして「証拠を集めて奴らをハメる」という裏の目的があるからこそ、今の彼女は精神を崩壊させずに耐えきっている。

 

俺は彼女の手当てを終えると、すぐさまデスクへと向かい、片手でキーボードを叩きながら集まった映像や音声データを整理した。 

モニターには、嫌がらせを主導している女子たちの顔、発言、そしてLINEのトーク履歴(虫型ドローンが傍受したもの)が、動かぬ証拠として完璧にタイムライン化されている。国家機密を扱う俺の編集技術だ。裁判に持ち込んでも100%勝てる代物が出来上がっていた。

 

 

「……よし、データの整理は終わった。これをしかるべき場所に提出すれば、君を攻撃しているカースト上位の女子たちは、一発で停学、あるいは強制的な転校処分に追い込める」

 

 

画面を見つめながら俺が言うと、櫛田はソファから身を乗り出し、冷徹な目でモニターを見つめた。

 

 

「でも……これだけじゃ、女子しか片付かないよね。クラスの男子たちがまだ残ってるよ……?」

 

「ああ、そうだな。女子を排除したところで、残った男子たちが『桔梗がハメたんだ』と騒ぎ立てれば、君へのヘイトは消えない。根本的な解決にはならないな」 

 

 

俺は顎に手を当て、しばらく思考を巡らせた。 

男子生徒たちを一度に沈めるための、最も効果的な『繋がり』は何か。虫型ドローンが収集した膨大な通信ログと、クラスの人間関係の相関図を頭の中でリンクさせる。

 

 

「……なぁ、櫛田。今お前を陰湿に攻撃している女子グループに、本気で気がある男子、あるいはそいつらの機嫌を取ろうとしてる男子って誰か心当たりはあるか?」 

 

 

その問いに、櫛田はふっと、すべてを見透かしたような黒い微笑を浮かべた。

 

 

「あ……うん。分かりやすいよね。今私を率先して叩きそうになってる男子のリーダー格たち……あいつら、全員その女子たちのことが好きなんだよ。カッコいいところを見せたいのか、それともお零れに預かりたいのか知らないけど……いつもその女子たちの周りを犬みたいにうろちょろしてるもん」

 

「なるほど、繋がったな。女子への制裁をトリガーにして、そいつらもまとめて炙り出せる」 

 

 

俺は不敵に笑うと、整理したデータを入れた暗号化USBメモリを、櫛田の手元へと差し出した。

 

 

「よし、取り敢えずこれを【教育委員会】に全部提出しよう。……ただし、これを提出するのは、俺じゃなくて君だ。櫛田、お前の名義で出すんだ」

 

「え? 水野くんが直接出してくれた方が、話が早いんじゃないの?」

 

「いや、ダメだ。俺がこれだけの映像や音声を揃えて提出したら、教育委員会や学校側は、俺のことを『四六時中クラスメイトを監視しているストーカー、あるいは異常者』だと疑う可能性が高い。俺が庇っていることが公になれば、大人たちは俺たちの関係を邪推して、証拠の信憑性自体を疑いかねないからな。

だけど、被害者である君が『耐えかねて、隠しカメラで自衛のために記録していました』と言って提出すれば、大人たちは100%君の味方になる」 

 

 

感情論に流されやすい教育委員会や世論の仕組みを、俺は冷徹に理解していた。 

悲劇のヒロインが命がけで集めた証拠――その構図こそが、最も大人の心を動かし、敵を完膚なきまでに叩き潰す最大の武器になる。

 

 

「分かった、水野くんの言う通りにする」

 

 

翌日、櫛田は俺の指示通り、放課後に教育委員会の窓口へと足を運び、その大量の証拠を提出した。 

応対した教育委員会の職員たちは、提示された映像の「あまりにも生々しい暴力的内容」と「言い逃れのできない圧倒的な量」に、文字通り息を呑み、顔を真っ青にして驚愕したという。裏では、学校側への緊急監査と、該当生徒の処分に向けた手続きが極秘裏に、かつ超高速で動き始めていた。

 

 

 

 

――しかし、破滅を察知したネズミたちの足掻きは、予想よりも早かった。

 

教育委員会が動き出したことで、学校の上層部から該当の女子生徒たちへ、内々に事情聴取の打診がいったのだろう。 

自分たちの退学や転校という絶対的な危機を察知した女子たちは、パニックになり、同時に猛烈な逆恨みを抱いた。

 

数日後の放課後。 

俺と櫛田が校門を出てしばらく歩いたところにある、人気のない寂れた公園。 

その中央に、数人の影が待ち伏せていた。

 

 

「おい、櫛田。……それから、水野」 

 

 

低い、威嚇するような声が響く。 

そこにいたのは、教育委員会への告発によって追い詰められ、顔を般若のように歪めたカースト上位の女子たち。そして、彼女たちの前に付き従うようにして立つ、クラスの男子生徒たち――櫛田の言う通り、女子たちの気を引こうと躍起になっている、クラスの男子のリーダー格とその取り巻き連中だった。

 

男子生徒の一人が、ポケットに手を突っ込んだまま、俺たちを睨みつけながら一歩前に歩み出てきた。

 

 

「お前らさ……あんまり調子に乗るなよ? 女子たちを裏から強請って、教育委員会に変なデマ流したらしいじゃねえか。おい、桔梗。お前、自分が何したか分かってんのか?」

 

 

女子たちが、自分たちの絶対的な味方(すなわち、櫛田の敵)として、クラスの暴力装置である男子を呼び出したのだ。 

数にして、男子だけでも十人近く。完全な多勢に無勢。夕暮れの公園という閉鎖空間で、彼らは勝ち誇ったような、下劣な笑みを浮かべて俺たちを包囲し始めた。

 

だが、彼らはまだ気づいていない。 

その包囲している頭上の木々や電柱の影から、無数の「虫型ドローン」のレンズが、彼らの恐喝の瞬間を克明に記録し、リアルタイムで警察と教育委員会のサーバーへ転送し始めていることに。

 

俺は背後にいる櫛田の気配を感じながら、冷たい、どこまでも冷徹な笑みを唇に浮かべた。 

 

 

「調子に乗っているのは、どっちだ?」 

 

 

自ら破滅の罠に飛び込んできた哀れな道化たちを前に、俺の、本当の『仕事』の最終フェーズが幕を開けようとしていた。

 

 

 

 

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