櫛田の中学に転校した   作:スクラップドラゴン

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騒動の後

 

 

あの放課後の公園での騒動から、数週間が経った。

 

警察に教育委員会、そして学校側との度重なる面談や事情聴取の日々は、精神的にも肉体的にもひどく気だるいものだった。だが、俺が事前に完璧に仕込んでおいた虫型ドローンの記録データは、大人たちを沈黙させるのに十分すぎるほどの決定打だった。

映像には、村上たちが組織的に俺たちを包囲し、明確な殺意と恐喝の意図を持って襲いかかってきた瞬間が、毛穴の先まで鮮明に記録されていた。俺が受けた数発の被弾は「不可避の暴行」として処理され、その後の俺の反撃は、過剰防衛の余地を一切挟まない完璧な『正当防衛』として法的に認められた。

 

結果、クラスを支配していたカーストは一瞬で崩壊した。

櫛田を精神的な崖っぷちまで追い詰め、体育の授業やトイレでボロボロに傷つけた主犯格の女子たち、そして彼女たちに加担して暴力を振るった村上をはじめとする男子メンバーは、一人残らずこの学校を去ることになった。罪状の重さや家庭の環境に応じて、ある者は事実上の強制転校、そして主犯の村上など特に悪質な数名は、少年院へと送致されるという形で、俺たちの目の前から永久に排除された。

 

誰もいなくなった教室の彼らの席を見つめながら、学校の連中は「水野陽斗を敵に回すと人生が終わる」とでも言いたげな、怯えきった視線を俺に送ってくるようになったが、そんなものはどうでもよかった。

 

 

 

俺たちを縛っていた地獄のような数週間からやっと解放され、日常が戻ってきたある日の夜。櫛田は、すっかり自分の特等席となった俺の部屋のベッドに腰掛け、机の上に置かれた一台の機械をじっと見つめていた。

 

 

「ねえ、陽斗。私にもそれ、使わせてよ」

 

 

彼女が指差したのは、あの公園の戦いでクラスメイト全員の運命を狂わせた、俺のチートスペックの結晶――自作の虫型ドローンだった。

 

俺は少しの間、沈黙して考え込んだ。

あの公園で飛ばしていた実戦用のドローンは、俺のハッキング技術や特殊な知覚同調システムが組み込まれており、常人が操作すれば一瞬で制御を失って墜落するか、最悪の場合は機密データが漏洩するリスクがある。

 

だが、自分のすべてを救ってくれた俺に対して、一歩でも近づきたいと、その技術に興味を示してくれる櫛田の真っ直ぐな瞳を無下にすることはできなかった。

 

 

「……本番用のは少し扱いが難しいから、こっちにしよう。失敗しても損失が少ないし、構造も比較的シンプルだから」

 

 

俺は引き出しから、試作段階で余っていたパーツを組み上げて作った、別の練習用小型ドローンを取り出した。カモフラージュ機能や通信妨害といった物騒な機能はオミットされているが、基本性能は市販品を遥かに凌駕する俺の自作品だ。

 

 

「ありがとう……! どうやって動かすの?」

 

 

嬉しそうに目を輝かせる櫛田に、俺は専用のコントローラーを手渡し、操作の基本を教え始めた。

だが、俺にとっては手足のように動かせるドローンも、普通の女子中学生である彼女にとっては、想像以上の難物だったようだ。

 

 

「きゃっ!? ちょっと、待って、陽斗! どっちに行けばいいのこれ!?」

 

 

ラジコンのように単純な前後左右の移動だけでなく、3次元の高度維持や反転、風の抵抗を計算に入れた微調整が必要になる。櫛田の操作するドローンは、離陸した直後にまるで酔っ払いのようにふらふらと空中を彷徨い、壁のカーテンに突っ込みそうになっては、彼女が「あわわわ!」と声を上げてパニック気味にプロペラを逆回転させていた。

 

 

「焦らなくていい。右のレバーはホバリングの維持に集中して、左のレバーで少しずつ角度を変えるんだ」

 

「む、難しいよ……陽斗はこれをあの時、何台も同時に、しかも誰にも気づかれないように動かしてたの? やっぱり頭の出来が違いすぎるよ……」

 

 

櫛田は少しだけ悔しそうに唇を尖らせながらも、諦めることなく何度もレバーを握り直した。

普段、学校で見せる「完璧な美少女」としての余裕の仮面はどこへやら、前髪を少し乱しながら液晶画面と機体を交互に見つめるその姿は、年相応の少女そのもので、どこか愛らしかった。

 

俺が後ろから彼女の手元を覗き込み、時にその小さな手に自分の手を重ねるようにしてレバーの感覚を教えていく。その度に、櫛田の耳たぶがほんのりと赤く染まるのを視界の端で捉えたが、俺はあえて指摘しなかった。

 

 

「……あ、浮いた。安定してる……!」 

 

 

練習を始めてから一時間ほど経った頃、コツを掴んだ櫛田のドローンが、部屋の中央でピタリと静止した。彼女の手の震えは消え、滑らかな軌道を描きながら、学習机の周りを八の字に旋回していく。

 

 

「できた! 見て陽斗、私、ちゃんと動かせたよ!」

 

 

コントローラーを胸に抱きしめ、櫛田は満面の笑みを俺に向けた。

これまで彼女が見せていた笑顔は、どこか周囲の歓心を買うための、あるいは自分の本性を隠すための「計算された笑顔」だった。だが、今この部屋で俺にみせている笑顔は、混じり気のない、心の底から湧き上がった純粋な喜びの表情だった。

 

 

「ああ、上手いもんだ。これならもう、いつ実戦に出しても問題ないな」

 

「本当!? 嬉しい……。これで私も、少しは陽斗の隣に立つ資格ができたかな」

 

 

そう言って、櫛田はふふっと柔らかく微笑んだ。

 

あの一件以来、櫛田は特にこれといった用事がなくても、俺の家によく来るようになった。

 

以前なら、裏ブログの愚痴を吐き出すためや、周囲のいじめから逃れるための「避難所」として俺の部屋を訪れていた。しかし今の彼女は、ただ俺が読書をしているのを隣で眺めていたり、今日学校であった他愛のない話をしたり、あるいはこうしてドローンの練習をするためだけに、当然のように俺の空間に溶け込んでいる。

 

何かが、彼女の中で決定的に変わったのかもしれない。

 

かつては他人の承認欲求に飢え、クラスの全員に好かれていなければ気が済まなかった少女が、今ではクラスの連中が自分をどう見ようと、完全に興味を失っていた。彼女の歪んだ承認欲求の矛先は、あの公園の夕暮れを境に、世界で唯一の存在である「俺」という男一人へと、完全に、そして狂気的なまでに集約されていた。

 

 

そんな、櫛田との静かで奇妙な平穏が定着しつつある学校生活の中だった。

 

 

 

俺は最近、教室内、あるいは廊下で、ある特定の『視線』を頻繁に感じるようになっていた。

 

 

 

その視線の主は…

 

 

他クラスの女子生徒――堀北鈴音だった。

 

 

原作知識を持つ俺からすれば、彼女がどのようなキャラクターであるかは百も承知だ。兄である堀北学の後を追い、Aクラスを目指して独りよがりに突き進んでいる、冷徹でプライドの高い黒髪の美少女。

 

マンモス校であるこの学校で彼女のクラスと俺のクラスは階層も異なり、本来であれば接点など万に一つもないはずだった。にもかかわらず、彼女はすれ違いざまや、食堂、あるいは図書室の片隅から、じっと射抜くような鋭い視線を俺に送ってくる。

 

その理由は、おそらく一つしか思い当たらなかった。

 

 

――定期筆記試験の成績。

 

 

俺は自分のチートスペックを特に隠すつもりもなく、中学の退屈な筆記試験においては、毎回のように学年トップ、それも全ての教科で『満点』を取り続けていた。原作の綾小路清隆のように、目立たないようにあえて50点を取るような面倒な調整をする気はなかったし、自分の実力を誇示することで、教育委員会や学校側に「優秀な生徒である」という固定観念を植え付け、櫛田を守るための盾にする必要があったからだ。

 

だが、常に自分が最高に優秀であると信じて疑わない堀北鈴音からすれば、他クラスの、それも一見すればただの容姿が整った陰キャに見える水野陽斗という男が、涼しい顔で毎回満点を取り、学年の頂点に君臨し続けている事実が、どうしても許せないのだろう。

 

 

「……目障り、というわけか」

 

 

俺は廊下で再びすれ違った際、彼女の硬く険しい横顔を視界に収めながら、心の中でそう推測した。

 

堀北としては、自分の上に立つ存在が目障りで仕方がないのか、あるいは俺の「底知れなさ」に本能的な警戒心を抱いているのか。

 

いずれにせよ、あの地獄の中学生活を経て、俺と櫛田の絆は誰にも壊せないものになった。例え他クラスの堀北鈴音が俺をどう睨みつけようと、これから始まるであろう高度育成高校の未来がどう変動しようと、俺の隣にいる櫛田を脅かす者が現れるなら――俺はそのすべてを、あの公園の村上たちと同じように、冷酷に排除するだけだった。

 

そんな俺の背後から、放課後の廊下を小走りで追いかけてくる櫛田の、軽やかな足音が聞こえてきた。

 

 

今は平穏を楽しもう…

 

 

 

 







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