アストレアファミリアの一部メンバーに激重感情を向ける輝夜の弟   作:なかりょた

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評価、感想くれた人ありがとうございます。オラリオには極東の話をしてから入るつもりです!


暗殺任務

ゴジョウノ家は、朝廷と古くから親交のある名家だ。表向きには「初代天皇と初代ゴジョウノ家当主に交流があったため」とされているが、実際の関係はもっと別のところにある。それは、ゴジョウノ家の“家業”だ。古くからゴジョウノ家は、暗殺・証拠隠滅・情報統制といった政治の裏側の仕事を担ってきた。それは今でも変わらず続いている。そのためゴジョウノ家の子どもは、政治について一通り学ぶことになる。――まあ、失敗作と言われた僕には必要ないらしいけど。その代わり父上は、僕に一足早く“仕事”を与えた。もうここまで来れば分かるだろう。暗殺だ。政治の裏側で処理される、汚い仕事。今日も僕は、父上に与えられた任務をこなしていく。

 

ゴジョウノ家の立場は、朝廷の裏の刃だ。そして表の刃として存在するのが軍部。さらにもう一つ、政治を神聖なものとし、ゴジョウノ家を卑怯と見下す貴族派――ツクヨミ家を筆頭とした勢力がある。つまりゴジョウノ家の政敵は、軍部と貴族派の両方だ。一応、軍部と貴族派も対立してはいるが、その対立はゴジョウノ家ほど深くはない。

 

そしてゴジョウノ家内部もまた、三つに分かれている。名誉を重視し暗殺家業の撤廃を掲げる理想派。姉さんを支持する派閥でもある。効率主義で暗殺を必要事項と割り切り、国の平和を優先する実利派――一応、僕が属しているのはこちらだ。そして既存体制を崩さず家の形を維持しようとする保守派。先代までは実利派が優勢だったらしい。だが姉さんが生まれてから状況は変わった。正面戦闘において圧倒的な戦闘能力を持つ姉さんの存在により、理想派が勢力を伸ばし、今では主導権を握りつつある。

 

話が逸れてしまった。今日の任務は、貴族派の重要人物の暗殺だ。その人物は貴族派の中でも比較的軍部の思想に理解があり、軍部と貴族派の結託を狙っている。もし軍部と貴族派が結びつけば、ゴジョウノ家に勝ち目はない。だからそれを阻止する必要がある。ゴジョウノ家実利派の最年長、深夜さんによれば、本来はツクヨミ家の重要人物を暗殺し、軍部との和平交渉そのものを潰したかったらしい。だが今は理想派の影響力が強く、あまり派手な動きはできない。

 

そして今日はツクヨミ家が主催する月読祭の前夜。この国において、軍部は「武力」を、ゴジョウノ家は「汚れ仕事」を、そしてツクヨミ家は「国家の正当性」を管理している。要するにこの国は神に認められているという空気を作っている。月読祭はツクヨミ家が行う行事の中でも特に大規模だ。表向きは国家安寧祈願や五穀豊穣などを願う行事だが、裏では政治交渉や婚約、権力誇示など権力が大きく動く場でもある。そして無血を掲げる貴族派のツクヨミ家は、大人数の護衛などは配置できない。だからこの時期が貴族派が軍部と交渉する絶好のタイミングであり、ゴジョウノ家にとっては暗殺を実行する絶好のチャンスというわけだ。

 

月読祭の前夜ということもあり、街は普段よりも騒がしかった。白木造りの屋敷には無数の灯籠が吊るされ、水路には月を模した灯りが流れている。行き交う貴族たちは皆、笑みを浮かべながら談笑していた。……まあ、その笑顔の裏でどれだけの腹の探り合いが行われているのかは知らないけど。屋根の上から街を見下ろしながら、小さく息を吐く。僕の役目は単純だ。今夜、軍部との接触を行う予定の貴族派実務官――ツクヨミ・晴明を消す。それだけ。

 

「……ったく、簡単に言ってくれるよな」

 

腰に差した刀へ視線を落とす。僕が使えるのは一つだけ。ゴジョウノ家の抜刀術、その一端。『一閃』。逆に言えば、それしかない。深夜さんは「お前にはそれで十分だ」と言っていたが、正直慰めにしか聞こえなかった。もし姉さんなら、もっと綺麗にやるんだろう。護衛を正面から叩き伏せ、誰もが認める形で勝利する。誰も文句を言えない圧倒的な強さで。

 

でも僕は違う。僕にできるのは、人目につかない場所で、人知れず誰かを斬ることだけだ。……本当に、ゴジョウノ家らしい。懐から紙を取り出す。そこには今夜の経路と時刻が記されていた。ツクヨミ・晴明は、祭礼準備終了後に護衛を最低限だけ連れ、月灯回廊を通って別邸へ移動する。理由は単純。軍部の人間と接触するためだ。本来なら祭礼前夜にそんな真似をすれば、貴族派から裏切り者扱いされてもおかしくない。だからこそ人目を避け、水路沿いの回廊を使う。そして、それこそが隙になる。

 

「……時間か」

 

空を見上げる。雲一つない夜空。月がやけに綺麗だった。こんな夜に人を殺すのか、と一瞬だけ思う。けれど、その感情はすぐに消えた。今さらだ。今までだってそうだった。これから先もきっと変わらない。僕は刀を軽く押さえ、音もなく屋根の上を駆け出した。

 

屋根の端でしゃがみ込み、水路の向こう側を見る。月灯回廊。白木で作られた細い渡り廊下が、水路の上を静かに横断している。欄干には月光石が埋め込まれていて、青白く淡い光を放っていた。

 

……趣味が悪いな。神聖さを演出したいんだろうけど、暗殺者からすると視界がはっきりしすぎて逆に動きやすい。

 

視線を巡らせる。護衛は四。予想通り最低限だ。無血を掲げるツクヨミ家は、祭礼中の過剰武装を嫌う。皮肉な話だ。“血を嫌う思想”が、こうして隙を生む。

 

その時、水路の奥から人影が現れた。白い狩衣。細身の体。月光石の光を受け、銀色に近い髪が揺れる、ツクヨミ・晴明。その後ろを護衛が追従している。僕は静かに息を止めた。すると、不思議なほど世界が静かになる。音が遠い。風も、水も、人の気配すら薄れていく。残るのは距離感だけ。何歩で届くか、どこを斬れば止まるか、どの角度なら血飛沫が最小限か。頭の中で勝手に計算が始まる。

 

……嫌になる。こういう時だけ、自分がゴジョウノ家の人間だと理解させられる。刀の柄に指を添える。あと三歩。

 

その瞬間だった。

 

「そこにいるのは誰かな」

 

声。

 

思わず視線を向ける。ツクヨミ・晴明は、真っ直ぐこちらを見ていた。

 

「隠れるのが上手いね。ゴジョウノの人間かな?」

 

穏やかな声だった。責めるでもなく、怯えるでもなく、まるで夜道で偶然知人を見つけたような口調。僕は答えない。答える必要がない。任務だから。そう思ったのに。

 

「君はまだ若いな」

 

その一言だけで、妙に胸の奥がざわついた。

 

「……若い?」

 

思わず小さく吐き捨てる。

 

護衛の一人が前に出た。

 

「晴明様、下がってください」

 

だが、ツクヨミ・晴明は静かに手を上げ、それを制した。

 

「いい。彼はまだ抜いていない」

 

この男はまだ忠実に貴族派の教えを守る。こんな状況になっても無血を優先する。

 

「ゴジョウノ家の者だろう?」

 

「・・・」

 

「答えなくていい。ただ少しだけ、話をしないか」

 

「……話すことなんてない」

 

ようやく口を開く。自分でも驚くほど冷たい声だった。

 

「そうか」

 

晴明は小さく笑った。

 

「だが、私はある」

 

護衛たちが困惑した顔を見せる。暗殺者相手に会話を始める貴族なんて普通はいない。

 

「君たちは、本当にこのままでいいと思っているのか?」

 

「……」

 

「軍部も、貴族派も、ゴジョウノ家も。互いを疑い、必要なら潰し合う。そんな均衡をいつまで続けるつもりだ」

 

綺麗事だ。そう切り捨てるのは簡単だった。でも、妙に言葉が胸に残る。この男は本気で、この国を変えようとしている。だからこそ、今夜ここで死ぬ。

 

「だが、朝廷はそれを望んでいる。この歪な三つ巴の維持を望んでいる。」

 

「・・そうかもしれない、でもこれはもっと慎重に話し合うべき事案だ。意見が対立したから消す、そんなの幼児の喧嘩と変わらない。」

 

「だいたい、君くらいの年齢なら、本来は剣を誇るべきだ」

 

晴明の視線が、僕の腰の刀へ向く。

 

「誰かを消すためではなく、守るために振るうべきだよ」

 

――守るため。その言葉に、姉さんの顔が浮かぶ。ゴジョウノ・輝夜。誰よりも強く、真っ直ぐで、正面から敵を斬り伏せる人。皆に認められ、剣士として称賛される存在。それに比べて僕はどうだ。暗闇に紛れ、人知れず人を斬る。死体すら表に残らない。僕の剣には、誇れるものなんて何もない。

 

「……綺麗事だな」

 

ようやく絞り出した声に、晴明は否定を返さなかった。

 

「そうかもしれない」

 

月光が水面に反射する。揺れる光が、白い狩衣を淡く照らしていた。不思議と隙だらけに見える。剣士として見れば、あまりにも無防備だった。でも、この男には“信念”がある。僕にはないものだ。

 

「……変わらないよ」

 

気づけば口にしていた。

 

「軍部も、貴族派も、ゴジョウノ家も。みんな自分の都合で動いてる。誰も国なんて見てない」

 

「君は見ているのか?」

 

即答できなかった。僕は何を見ている?姉さんの背中か、失敗作という言葉か、それともただ認められたいだけなのか。

 

「……分からない」

 

ぽつりと零れた言葉に、自分で驚く。任務中に、標的相手に何を話しているんだ。

 

その瞬間、背後で空気が裂けた。反射的に身体を捻る。金属音。火花が散る。いつの間にか水路脇の影から一人の男が踏み込んでいた。黒い軍装、細身の軍刀。軍部の人間。隠し護衛。

 

「交渉の場にゴジョウノが来ると思っていたが……本当に来るとはな」

 

低い声だった。男の視線が僕の刀へ向く。

 

「貴様らはいつもそうだ。正面から立つこともせず、裏から国を腐らせる」

 

胸の奥がざらつく。まただ。またその目だ。軽蔑、侮蔑、失望。姉さんには向けられない視線が、僕だけに向けられる。

 

軍人は剣を構える。

 

「晴明殿、下がれ。こいつはここで処理する」

 

晴明が一瞬だけこちらを見る。何か言いかけて、やめる。あの目は、助けるとか止めるとか、そういう種類じゃない。ただ、視ている。

 

軍人が踏み込む。重い。一撃目で分かる。格が違う。さっきの護衛とは違う、本職の“戦うための剣”だ。受けるたびに腕が痺れ、刀が弾かれそうになる。足が後ろに流れる。水路の柵が背に当たる。もう下がれない。

 

「どうした。ゴジョウノの暗殺者」

 

軍人が低く笑う。

 

「裏に隠れることしかできんか」

 

その言葉が刺さる。だが反論する余裕はない。押されている。純粋な力と技量の圧だ。呼吸が浅くなる。視界が揺れる。

 

(まずい)

 

頭のどこかで冷静に理解する。このままでは負ける。正面でやり合えば、確実に押し切られる。逃げ道はない。後ろも塞がっている。

 

軍人の刃が喉元に伸びる。避けきれない。そう思った瞬間だった。

 

音が落ちた。世界が一段、遠くなる。さっきまでの重さが消える。軍人の動きが“遅い”。いや違う。自分が余計なものを落としている。息、迷い、恐怖、全部が一瞬で剥がれる。

 

残るのは間合いだけ。

 

そう思った瞬間、体が勝手に動いた。言葉が先に出る。

 

「一閃」

 

踏み込む。抜刀。銀光。

 

それだけだった。軍人の動きが途中で止まり、何かを言おうとした口が開いたまま固まる。次の瞬間、膝が折れた。音が遅れて戻る。水音、金属音、風。全部が一気に押し寄せる。

 

軍人はその場に崩れ落ち、石畳に血が広がっていく。速すぎて誰も理解できていない。僕自身も、理解できていない。ただ“斬れた”という事実だけが残る。刀を握る手がわずかに重い。さっきまでの圧が消えているのに、体は軽くない。むしろ空っぽだ。

 

静寂。水の流れる音だけがやけに鮮明になる。晴明が倒れた軍人を見て、少しだけ目を細めた。

 

「……今のが、ゴジョウノの剣か」

 

僕は答えない。答えられない。刀を納める。鞘に収まる音がやけに響く。冷たい。

 

そして僕は、ゆっくりと晴明へ視線を向ける。

 

任務は、まだ終わっていない。




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