元アストレアファミリアの拗らせ末っ子のクソデカ感情 作:なかりょた
僕のいる国は、すべての民がアマテラス様の恩恵を受けている。
つまりこの国そのものが、一つの巨大なファミリアだ。
そして現在の天皇は、現アマテラスファミリアの団長でもある。
この構造は初代から続いている。
初代天皇――すなわちアマテラスファミリア初代団長は、九人の子を残した。
その九人をそれぞれ始祖とするのが「九王家」だ。
長男から順に一条家、二条家……そして九条家へと続く。
今では呼び名や立場は変質しているが、五条家――ゴジョウノ家はその五番目の血筋にあたり、形式上は王家の一つに数えられる。
ただし、王家であることと権力の強さは一致しない。
例えば二条家は王家でありながら貴族派に属し、さらにその下にツクヨミ家のような貴族派筆頭すら存在する。
また六条家は王家の血を持ちながらも、特定の陣営に属さず、政治力そのものを武器とする独立勢力として振る舞っている。
つまりこの国では、「王家=支配者」という単純な構図は成立していない。
むしろ重要なのは、どの勢力に属しているかだ。
主な勢力は三つ。
軍部、貴族派、そして五条家を含む王家勢力の混合構造で、それぞれが互いに牽制し合いながら均衡を保っている。
さらにこの国では、戦闘に関わる者すべてに共通の制度がある。
五歳と十歳の時、神の加護による「ステイタス更新」を受ける権利だ。
それは個人の才能や適性を可視化する儀式であり、実質的に人生の方向を決定づける。
そして僕は、今日そのステイタス更新を受ける。
姉さんは、十歳の更新時にレベル2へと昇格した。
それは極東でも異例の速度での成長だった。
姉さんは特別だった。
それは、誰もが知っている事実だった。
同じ家に生まれたはずなのに、同じ血を引いているはずなのに、どうしてこうも違うのかと思うほどに。
十歳のステイタス更新で、姉さんはすでに“レベル2”へと到達した。
その事実は、家の中の空気を変えた。
期待は確信に変わり、視線は賞賛に変わった。
そしてその中心に、姉さんは当然のように立っていた。
僕はそれを、遠くから見ていた。
嫉妬なのか、憧れなのか、自分でもよく分からない感情だった。
ただ一つだけ分かるのは――追いつけないという確信だけだ。
ステイタス更新の日。
僕は白い布で目を覆われ、神殿へと連れて行かれた。
「ここから先は、視てはならない」
そう告げられる声は淡々としていて、拒否を許さないものだった。
足音が石床に響くたびに、空間が少しずつ冷たくなっていく。
やがて誰かが扉を開けた気配がした。
その瞬間、空気が変わる。
重いというより、“見られている”という感覚。
肌の奥にまで視線が刺さるような、異質な圧。
――アマテラス様。
その存在が、そこにいる。
しばらくして、
「終了だ」
布が外される。
眩しさに目を細めながら、立ち上がる。
結果を告げられるまでの間は、妙に静かだった。
期待があったわけじゃない。
でも、完全にないとも言い切れなかった。
姉さんと同じ場所に立てる可能性を、ほんの少しだけ――
「結果を告げる」
声が落ちる。
短い沈黙。
そして。
「ランクアップはなし」
その一言で終わった。
ああ、そうか。
やっぱり、そういうことなんだ。
姉さんとは違う。
比べることすら、間違っているのかもしれない。
僕は姉さんのなんだ?
ゴジョウノ家の離れに戻って、もらったステイタス用紙を羽釜に放り投げ、燃やす。気分転換に庭で素振りでもしようかと思い庭に出ると、塀の上で姉さんが退屈そうに待っていた。
「あら、ようやっと帰ってきたな。ステイタス更新の結果はどうだった?」
姉さんは興奮を抑えきれない様子で僕に聞いてきた。本人に悪気はなかったのだろうけど、僕の中で何かが切れた。
「いや、輝夜様には敵いませんよ。レベルは1のままでした。」
「・・・・?」
「・・・今、なんて?」
声が出るまでに間があった。いつもの軽さはもうどこにもない。
僕は視線を逸らしたまま続ける。
「姉さんじゃなくて、その方がいいと思ったので」
沈黙。
庭の音だけがやけに大きい。
風の音。葉の擦れる音。全部が耳に刺さる。
姉さんは一歩も動かないまま、僕を見ていた。
その目が、少しずつ形を失っていく。
「……どうして」
掠れた声だった。
怒りじゃない。問いでもない。
ただ、理解できないものを見た時の声。
「どうして、そんなこと言うの」
僕は答えない。
答えたら戻ってしまう気がしたからだ。
姉さんはゆっくりと息を吸って、それから一歩だけ近づく。
でも途中で止まる。
踏み込めないまま、そこで立ち尽くす。
「……私、何かした?」
その言葉に、胸の奥が少しだけ軋む。
違う。そうじゃない。
でも、それを言葉にしたらもっと崩れる気がした。
「してないです」
短く返す。
姉さんの指が、ほんの少しだけ動く。
握りかけて、やめる。
「じゃあ……なんで」
声が、少しずつ壊れていく。
「なんでそんな呼び方するの」
その瞬間、姉さんの顔が初めて崩れた。
いつもの強さが抜ける。
戦場で一度も見せない種類の顔。
――勝てない相手を前にした顔じゃない。
もう取り戻せないものを見てしまった顔だった。
「……やだ」
小さく漏れる。
ほとんど息みたいな声。
「いやだ」
姉さんはそこで初めて、ほんの少しだけ声を荒げかけて――それを飲み込む。
喉の奥で止めている。
感情が外に出るのを、必死に押さ!えている。
それでも目だけは隠せていない。
焦りでも怒りでもなく、もっと奥のもの。
――置いていかれる恐怖。
「輝夜様って……」
姉さんが言葉を探す。
でも見つからない。
見つけたら終わると分かっているみたいに、途中で止まる。
僕はもう一度だけ言う。
「その方がいいです」
その一言で、姉さんの表情が完全に止まった。
理解した顔だった。
でも、理解したくなかった顔でもある。
「……あ」
小さく声が漏れる。
その瞬間、姉さんの中で何かが崩れたのが分かった。
怒りじゃない。悲しみでも足りない。
もっと深い、どうしようもないもの。
姉さんは一度だけ目を伏せて、それからゆっくり息を吐く。
「・・・そう」
声が震えている。
それを隠そうとして、余計に不自然になる。
姉さんは笑おうとして――できなかった。
口元がわずかに動くだけで、形にならない。
塀に飛び乗る動作も、いつものように軽くない。
少しだけ遅い。
ほんの少しだけ、重い。
上に立ってから、姉さんはもう一度だけこちらを見る。
その目は戦う目じゃない。
勝つ目でもない。
ただ、壊れそうなまま立っている人の目だった。
「……ねえ」
声が出る。
でも続かない。
何か言おうとして、全部飲み込む。
そして最後に、絞り出すように。
「それでも私は、お前の姉だから」
あぁ、やっぱり僕のこころは矛盾だらけだ。
「・・・その、それでレベルは1のままだったのか?」
僕は視線を逸らす。
庭の木の枝が、風に揺れていた。どうでもいい景色だ。今はそれしか見ていられない。
「そうですよ。期待外れで申し訳ないですね」
自分でも驚くほど、冷たい声が出た。
沈黙。
塀の上の姉さんは、しばらく動かなかった。
やがて、ゆっくりと降りてくる。音も立てずに地面へ着地するその動きだけが、やけに鮮明だった。
「……誰に、そう言われたの」
「別に。事実です」
「事実じゃない。私はそういう意味で聞いてない」
姉さんの声が少しだけ硬くなる。
でも、それが逆に腹立たしかった。
まるでまだ僕に期待しているみたいで。
まるでまだ、同じ場所にいるみたいで。
「姉さんはいいですよね」
気づいたら口が動いていた。
「全部持ってるから」
姉さんの目が揺れる。
「……蒼真」
「剣も、才能も、評価も。全部最初からあった。僕は最初からなかった。」
言ってはいけないことだと分かっていた。
でも止まらなかった。
胸の奥に溜まっていたものが、形を持って溢れていく。
「努力すれば追いつける? 冗談じゃない。姉さんと同じ場所に立てるなら、とっくに立ってる」
姉さんは一歩近づこうとして――止まった。
その動きが、妙に怖かった。
「……誰が、そんなことを言ったの」
「みんなですよ」
僕は笑った。
笑えているかどうかも分からないまま。
「家の人間も、他の奴らも、結果さえも。全部。僕はそういう存在だって」
姉さんの呼吸が、わずかに乱れる。
「私は……」
何かを言いかけて、やめる。
その沈黙が、余計に痛かった。
僕は続ける。
「姉さんは違う。姉さんは“剣士”だ。でも僕は違う」
「違わない」
即答だった。
あまりにも早くて、逆に嘘みたいだった。
姉さんの声が、少しだけ震えている。
「そんなの、勝手に決めるな」
その言葉に、胸の奥がきしんだ。
でももう遅い。
一度出たものは戻らない。
「じゃあ、どうすればいいんですか」
僕は姉さんを見る。
初めて、真正面から。
「姉さんみたいになれない僕は、何になればいいんですか」
沈黙。
庭の音だけがやけに大きい。
そして姉さんは、ゆっくりと息を吐いた。
「……蒼真」
「私は、お前をそういうふうに見たことは一度もない」
その言葉が、優しすぎて。
だからこそ、一番残酷だった。
僕は一歩下がる。
「……嘘だ」
「嘘じゃない」
「なら、どうして僕はこうなんですか」
声が少しずつ崩れていく。
それでも姉さんは目を逸らさなかった。
「それは……」
言葉が続かない。
そしてその沈黙の中で、僕は理解してしまう。
姉さんですら、答えを持っていない。
僕はただ、
最初から、ここにいなかったみたいな存在なんだ。
「……もういいです」
その言葉は、投げ捨てるような強さじゃなかった。
むしろ、力を抜いた声だった。
諦めが終わったあとの静けさみたいな声。
姉さんの喉が、小さく動く。
「……何が」
「全部です」
僕は視線を庭に落とす。
もう、姉さんを見る必要がない気がした。
見るほど、戻れなくなる。
「嫉妬も、期待も、全部」
姉さんの指が、ほんの少しだけ震える。
「……全部って」
声が少し掠れる。
初めて、戦場じゃないところで声が崩れていた。
僕は静かに続ける。
「姉さんは姉さんのままでいいです」
「……」
「僕も、僕のまま、“輝夜様”を支えます」
その瞬間、姉さんの表情が止まる。
怒りじゃない。悲しみでもない。
もっと静かで、重いもの。
――切り離されたことを理解した顔だった。
「……そう」
面白かったら、感想じゃんじゃんください!話に関係あるものならなんでもいいです!!