リアルで美少女受肉した親友がVtuberを始めるようです   作:畑渚

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だが断る

「なあ、まずは聞いてみてくれよ」

 

「ん?何をだ」

 

「いいからさ」

 

 手渡されるがままに俺はイヤホンを耳につけた。

 

 流れてきたのは歌声だった。凛と澄んでいて、夏のさわやかな空気を感じるそんな曲調だった。

 

「なぁ、これ」

 

「どうだ?第一作目だ」

 

「光、お前が歌ったんだよな?」

 

「サプライズだ。仁がいない時間を使ってこっそり作ってみた」

 

「お前……」

 

 驚いた、いや、しかしそれもそうか。

 

 声帯が変わったところで、本人の音楽センスが変わるわけじゃない。

 思えば光は、カラオケでは高得点を取るタイプだった。

 

「すごいな……」

 

「わかってくれるか、仁!」

 

「1作目でこのクオリティは考えてなかった」

 

 そして、だからこそ……

 

「じゃあ仁!これ投稿してもいいよな!?」

 

「……だが駄目だ」

 

「なっ!?」

 

「確かによ、音色もビブラートも良くできてるぜ?」

 

「そうだろ!?だから……!」

 

「だがダメなんだよそれじゃあ」

 

「何がダメなんだよ」

 

 やばい光が不貞腐れてきた。怒ったフグのようにぷくーっと頬を膨らましている。

 俺は光から目を背けて、スマホの画面に目を戻した。

 

「お前この曲、何をもって選曲した?」

 

「そりゃ……再生ランキングから上の方で」

 

「この曲の歌詞を気にしたか?」

 

「歌詞?」

 

「世界観は」

 

「世界……?」

 

「言ってみろよ光。これはどんな曲だ?」

 

「そりゃ女の子の可愛らしい恋の歌で」

 

「そうだよ!そこだよ!」

 

 俺は光の瞳をじっと覗き込む。

 

「お前は可愛らしい女の子か!?」

 

「ち、ちがう……」

 

「そうだ、お前の中身はいつだって男のはずだ」

 

「そ、そうだ!」

 

「だったらもっと、自分らしさを出せ」

 

 実際、歌ってみたを手当たり次第に出すのは一つの戦法だ。バズり曲の人気に乗っかって再生数を伸ばす小手先の技である。

 

 しかしその小手先で手に入れた視聴者は、光の中身を見に来てくれない。

 

 光に手に入れて欲しいのは、光という存在に興味を持ってくれる視聴者だ。

 

 だから歌ってみたに世界観やストーリーを持たせようと思っている。

 そんな1つ目の曲に相応しいのは、女の子らしい声なんか気にならないくらい熱い漢の歌だ。

 

「光、もう一本録れる余力はあるか?」

 

「任せてくれよ。すぐにまたお前の度肝を抜く歌を録ってみせるさ」

 

 俺と光は拳を突き合わせて、各々の作業に戻る。

 

 俺と光は親友で、ビジネスパートナーで、クリエイターだ。

 

 最近は心が緩んでいた。それを忘れないために、俺は今目の前の作業に集中するのだった。

 

 

<=>

 

 

ピコン

 

 スマホの通知で俺は目を覚ます。どうやら作業途中に寝落ちしてしまっていたようだ。

 

「……ココ先生からか」

 

 目をこすりながら通知をタップして、DMを開く。

 

「……っ!?」

 

 そこには、美少女のイラストが描かれていた。

 

『作業でお疲れな君たちに、大人の僕から差し入れだよ』

 

 ただそれはあまりに……

 

「ココ先生、ありがとうございます。ところでコレは何か参考にしたものとかありますか?」

 

『さあね。僕の記憶に朧気ながら残っている、どこかで会ったかもしれない美少女さ』

 

「……そうですか」

 

 栗色の髪がくるりと巻いて、肩にかかっている。大きめのフードのついたパーカーを羽織っており、どこか中性的な雰囲気を感じる。

 

 いや、どうみたって今の光だ。

 

 まさかファミレスであったあのときに勘付かれたか?

 

『気に入ってくれたかい?』

 

「素敵なイラスト、ありがとうございます」

 

『君の要望があれば、この娘をHIKARIのガワとして書き直したっていいんだよ』

 

 それは、とても魅力的な提案だった。この美少女をガワにしてVtuberをすれば、そのガワだけでかなりの集客が見込めるだろう。プロデューサーとして、この勝機に乗らない手はない。

 

 だが断る

 

「HIKARIのガワは別で考えています。金銭等の用意が整い次第こちらからイメージを提示します」

 

『え~いい案だと思ったんだけどねぇ』

 

「たしかに素晴らしいイラストです。そこは間違いなく」

 

 だが用意したガワを使うのは光だ。

 光に、今の光に似た身体を与えて活動してもらうなんて、精神衛生上ありえない話だ。

 

 Vtuberは親しみやすいキャラクターでなければいけない。

 

 Vtuberになる以上、光にも演技をしてもらわなければいけなくなるだろう。

 HIKARIとして活動している時間はHIKARIでなくちゃいけない。そんな身体が今の現実の問題を直視させてくるようでは、境目が曖昧になる。

 

 精神的に不安定な時期に、その曖昧さは毒となり身体に回る。

 

 光をこれ以上壊すわけにはいかない。

 これは俺の覚悟であり、光に対する約束だ。これを曲げるつもりはない。

 

『クラウドファンディングはどうなんだい?』

 

「近々、新たな動画があがります。それ次第といったところでしょうか」

 

『そうかい。じゃあその時を楽しみに待っておくよ』

 

 そう言ってもう一枚画像が送られてくる。それは、さっきのキャラクターのミニキャラがバイバイと手を振っている姿だった。

 

 くそっ、かわいいな

 

 さすがはココ先生だ。絵がうまい。

 

「お~い仁、何見てんだ」

 

「っ!ただの業務連絡だ」

 

 そのイラストを見られないように、俺はスマホを消して、光の方に振り返る。

 

「……そんなエプロン持ってたか?」

 

「ああ、前のやつ、こう、魚捌くときにやっちゃって」

 

 だとしてもだろ……。

 

 端のほうにハートのワンポイントが入ったエプロンをはためかせながら、光は見せびらかしてくる。

 

「あっ」

 

 光はハートマークに気が付き、顔を赤くしながら目を背けた。

 

「買ったときは気付かなかったんだよ」

 

「ははっ、まあ可愛いらしくていいじゃんか」

 

「誰が可愛いだ!」

 

 光にぽかぽか叩かれながら、食器の準備をする。

 今日はラザニアだった。いや、料理上手いな。

 

 

<=>

 

 

 俺の最近の生活リズムは終わりを迎えていた。

 

 日中は普通に大学に通っている。優良学生なので俺は欠席しないし、授業で寝るなんて言語道断だ。

 授業が終わるとバイトの時間だ。3時間と短いが、店の閉め作業があるので重宝されている。

 

 バイトでくたくたになった後に帰宅。ここで料理を用意してくれる同居人ができたのが効いてくる。

 

 美味い手料理を食べてチャージしたら、俺達2人の活動時間がやってくる。

 

「今日もやってくぜ~」

 

<やった~新鮮な配信だ~>

<こんちわ~>

<今日も可愛いね>

 

 この時の俺は、スマホでポチポチとコメント欄を警備している。常になにかしらで火がついているような状態だ。コメント欄も明らかな荒らしは消して自衛しなければいけない。

 

 配信はだいたい3時間くらい続く。こうなってくるともう深夜帯に片足を突っ込もうとするくらいなわけだが、ここから俺はエナドリを決める。

 

 今日の配信アーカイブをダウンロードし、配信中に別途つけていたメモを参考に切り抜き動画を作成する。

 動画編集にはもう慣れてきた。尺も2~3分と短いショート動画なため、メモさえ上手くできていれば手間取ることはなくなってきていた。

 だとしても、数時間はかかる。

 

 そこから風呂に急いで入って、飛び込むようにベッドに入る。

 

 そしてその数時間後には、また学校に向かっている。

 

「なあ仁」

 

「んあ、っと配信終わってたか、すまん」

 

「いや、配信は終わってない」

 

 うとうとして落ちかけていた頭に、サーと冷たいものが流し込まれた感触がした。

 

「な、何してんだ!?」

 

「ああ待って待って。ちゃんとミュートはしてる。連絡とってくるって名目で」

 

「……そうか」

 

「それで、ちょっと聞きたいんだけど……」

 

「ああ、ちょっとまてくれ、エナドリのんで目を覚ますから」

 

 そう言って立ち上がった瞬間、世界が回った。

 

「あ、あれ?」

 

「仁!」

 

 倒れ込んだ先は、偶然にも光が寝床にしてる、素置きのマットレスの上だった。

 

「あはは、寝ぼけすぎだな俺」

 

「仁!大丈夫か!?」

 

「大丈夫。意識もはっきりしてるし、どこも痛めてない」

 

「仁、びょ、病院いこ!?」

 

「大丈夫だって」

 

「お、お願いだ」

 

「そんな金あったらVtuber化プロジェクトにもっとだな」

 

「……わかった」

 

 光は俺の側にかがみ込んできて、スマホの画面をぽちぽちといじり、それを俺に見せつけてきた。

 

 それは、配信サイトの収益の、引き出し画面だった。

 

「この金、俺の自由にしろって仁言ったよな!」

 

 それは、多くはないが、決して少なくもない、光の最初の努力の証だった。

 

「これでお前を病院に連れて行く!」

 

 光は高らかに、そう宣言した。

 

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