リアルで美少女受肉した親友がVtuberを始めるようです 作:畑渚
「……ここだな」
俺はクラウドファンディングの進捗バーを見つめながらそう呟いた。
「光、準備してた歌ってみた、今上げよう」
「お、おう」
不慣れながらに動画フォームに入力していく光。
「……何か顔色悪いぞ」
「うーん、なんか腰の奥の方が痛くてさぁ」
「腰痛?まあ座り仕事だしな。ストレッチしな」
「そうだな、そうするよ」
マウスカーソルが投稿の文字へと重なる。
これは俺たちの最後のクラファン戦略となる一大仕事だ。
「よし、投稿するぞ」
「ああ」
動画のアップロードが始まる。
あとは上手く動画の再生数が回ってくれることを願うばかりだ。
「仁、どうしよう俺、不安になってきた」
「ばっか。ここで行動するのにメリットしかないって結論だったろ」
今回の曲選は俺も関わっており、へんなボヤ騒ぎにならなそうである程度人気、そしてHIKARIの歌みた第一弾としてブランディングに良い影響を与える、そんな曲を目指している。
「今日はさっさと寝ようぜ」
「ああ……」
どこかまだ不安そうな光の頭をぽんぽんと軽く叩き、俺はベッドに向かった。
「電気消すな?」
「うん」
「……夜ふかしすんなよ」
スマホを見っぱなしの光にそれだけ話して、部屋の電気を消した。
「……はぁ」
暗闇に光のスマホのヒカリだけが浮かび上がる。
ため息をつきながら俺は目を瞑る。思ったよりも早く睡魔がやってきて、淡い光など気にならずにすぐに寝息を立て始めてしまったのだった。
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「ヒッ」
それは小さすぎる叫び声だった。しかし俺は、何の予感がしたのかしらないが、すぐに飛び起きた。
「じ、仁……」
「光、どうした?」
光の手元に電気を点けるリモコンはない。俺は手元のリモコンで代わりに電気をつけてやることにした。
「光、いったいなにが……」
それ以上言葉を続けるのは難しかった。
立ち上がった光の足を伝って、赤い液体がマットレスに付着する。
「な、なにこれ」
「いいから風呂場いくぞ!」
動けなくなっている光を抱えて、風呂場に突っ込む。
「光、どこか痛むか?」
「腰……奥の方」
「他には」
「なんか気持ち悪い……」
「……光、とりあえず落ち着こう、な?」
「仁、いったい俺どうして」
「大丈夫だ。死にゃあしないさ」
「じゃあ、なんで突然血なんて出てくるんだよ!」
「……わかってるだろ」
「ち、ちが……」
俺は光が頑なに目を背ける事実を、無情にも告げる。
「生理ってやつだろ」
別に俺もそれに詳しくはない。ただ定期的に来て、血が出て、体調も悪くなる。それくらいの認識だ。
「せい……り?」
風呂場に座り込みながら、光は信じられないような顔でこちらを見た。
生理が来るというのは、一つの身体的事実を意味している。
それは、赤子を孕めるメカニズムが、身体に出来上がっているということだ。
それは、自分を未だに女だと受け入れきれていない光にとって、あまりにも厳しい現実を直視させるものに違いなかった。
「その……なんだ、とりあえず着替え持ってこようか」
「ま、まってくれ……」
光は俺の袖をつかんで引き止めた。
「もうちょっと……側に居てくれないか……?」
「ああ、わかった」
今の光のメンタルは不安定もいいところだ。
ただでさえあの時を思い浮かべる出血の様子だというのに、その正体は生理という受け入れがたい事実。そりゃ不安にもなるか。
「なあ仁……」
「なんだ」
「俺って……女なんだな……」
「……」
その時の俺は上手い返しも思い浮かばず、ただ天井を見つめることしかできなかった。
ただ沈黙のみが、風呂場を支配する。
どちらからでもなく握った手だけが、2人の間で体温を共有していた。
<=>
なんとか落ち着きを取り戻した光を置いて、俺はコンビニに走っていた。
さっきスマホで調べた情報によると、コンビニにも多少生理用品が売っているらしい。
気の抜けた入店音がなり、クーラーの効いた店内で俺は生理用品を探す。
……ちょっと不審か?男が生理用品だなんて。
いや、そんなこと考えるな。今は光のことだけ考えろ。
他に何か買うものがないか店内を見回す。そうだ、食欲が出なかったときのためにゼリーとかヨーグルトとか、スポドリとかも良さそうだな。おっと期間限定のチョコか、ちょっと高いが光の好物だし……。
そんなこんなしていると、結構な量の買い物になってしまった。
「……あざした~」
無気力な店員の、何かを怪しむ目線を感じつつ、俺は帰路につくのであった。
「ただいま」
だがいつもの返事がしなかった。
「……シャワー中か」
風呂場からは水の流れる音がしていた。
「光?買い物してきたの置いとくからな~」
脱衣所で声だけかけるも、返事がない。
俺は、あの始まりの日の出来事がフラッシュバックしていた。
「光?お~い」
ジャアアとシャワーから水が出る音のみが風呂場を制していた。
ゴクリと喉が鳴る。
俺は意を決して、軽くノックする。
「光?ふざけてるのか?」
返事がない。
仕方があるまい。
俺は風呂場の扉を開け放った。
「なんだ光……」
「な、なっなっ」
ちょうど髪の毛を流している光がいた。
いつものぶかぶかのパーカーがない一糸まとわぬ、魅惑的な身体を前に俺は笑顔で良い放つ。
「良かった、無事で」
「なに覗いてんだよ、バカ!」
俺はほっと一息ついて、そして甘んじてその平手打ちを受け入れた。
<=>
「ご、ごめん」
「はは、気にしてないさ」
ちゃぶ台を囲むのは、縮こまっている光と、顔に真っ赤な紅葉の咲いた俺である。
「まったく、ひやひやさせるぜ」
「ちょうど頭流してたから、ノックも聞こえて無くて」
「いいんだ。無事だったから」
何はともあれ、何事もなくて良かった。
「……見たんだよな」
「そりゃな」
あそこまでマジマジと見てしまったのだから、いまさら隠す気はない。
しかし初めて光の裸を見てしまったわけだが、なんだろうこの……、裏切られたかのような気持ちは。
俺も未だに光が女になったことを受け入れられてなかったということなのだろうか。
いや、それもそうだ。男が女になるなんてどういうことだよ。
「見られた……」
「そう気にするなよ」
「気にするだろ!てかお前がしろよ!」
「うーんまぁでも親友の裸だしな」
「……興奮してない?」
「ああ、断じてしてない」
「そ、そうか……」
光はなんだか複雑そうな表情でうつむいてしまった。
性別に関しては、そろそろ決着をつけなければいけないかもしれない。
光の戸籍の問題もあるし、社会復帰も考えてほしいと考えている。
「ああ、そうだ」
気をそらすために、俺はわざと大声でそう言ってスマホを開いた。
「歌ってみた、どうなったかな」
再生数は……、意外と行ってるな。悪くない。むしろ好調とまで言ってもいいかもしれない。
「コメントはっと」
「あっ待て」
「かわいい。声と曲があってない。綺麗な声してる。まあ想定どおりか」
この違和感こそが、HIKARIの売りになるはずだ。俺のプロデュースに間違いはないと信じたい。今は信じて突き進むしかないが。
「ん?この声、爻(こう)じゃない?爻に似てる。爻のサブ垢……」
知らない名前が、コメント欄でちらほらと見かける。
「なあ光。この爻って知ってるか?」
「い、いや、断じて知らないなぁ」
「そうか」
俺はぽちぽちと操作して、同じ動画サイト内で爻という名前を探す。
すぐにそれだとわかった。
真っ暗な画面のみの、静かな一本の動画。その歌は、少し前に流行った悲しい恋の歌。
「なあ光」
「ひゅっひゅひゅー」
吹けない口笛で横を向いている光。
「身に覚えがねえとは言わせねえぞ?」
俺はにっこりと全力で微笑んだ。