リアルで美少女受肉した親友がVtuberを始めるようです 作:畑渚
「そしたら仁のやつが大声で笑い始めて」
「そんなことがあったのね」
和気あいあいとしていた食卓。並ぶのはいつもより少し豪華な夕飯。
そこで自分の分だけそそくさと食べ終わった父さんが、一言だけ口にする。
「仁、あとで書斎に来なさい」
「ん?ああ、了解」
父さんは寡黙な人で、口数は最低限なことが多い。
酒を飲んでも変わらずな堅物ということで、仕事場では有名らしい。
「それじゃあ私は仕事に戻る。ごちそうさま」
父さんは席から立ち上がり、書斎へと去っていってしまった。
特段気にすることでもない。いつものことだった。
「なぁ仁、俺お前のお父さんに何かしちまったかな」
「気にするな光。あの人はいつもあんな感じだ」
「ならいいんだが……」
だが光にとっては気が気でなかったようだった。
まあ、初対面の人からしてみれば、少し不機嫌そうに見えるのも無理はない。
本人も悪気があるわけではないのだが、本来の性分は変わらないもので、よくもまあこれで出世できたものだと、身内ながらに思う。
「待たせるのも何だし、俺も行くよ」
食器をささっと片付けて、食卓から立ち上がる。
光は……少し驚いているようだが、母さんにはもう慣れたのか、捨て猫のような目線は向けてこなかった。これなら大丈夫だろう。
「それじゃ、ごちそうさま」
俺は廊下を通り書斎へと向かう。夜風が、まるで抵抗するかのように吹き込んで来ていた。
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「来たか」
「父さん、何の用?」
ノックをして書斎に入れば、書類の束に囲まれた父さんがこちらにギロリと睨むかのように視線を向けてくる。
「用があるのは私ではない。仁、お前の方だろ」
「……それでわざわざ呼び出したの?」
「仕事が終わってなくてな」
仕事をしながら聞いてやる。そういうことだった。
「じゃあ聞くけど、1夜にして男が女になるなんてこと、ありえる?」
親子2人。面倒な前置きなんていらない。
俺は直球にそう尋ねた。
「ありえない。少なくとも現代医学の範疇ではな」
「そうか……そうだよなぁ……」
しばらく、父さんが書き物をする音だけが書斎に響く。
その静寂を絶ったのは、父さんだった。
「この前の医療費の件。光といったか、彼女のことだろう」
「あ、あぁ」
「しかし、以前の帰省で話したときは、光とはお前の大学の同級生で、男友達だったはずだ」
「ああ、そうだ」
父さんがメガネをキラリとひからせて、値踏みするようにこちらを見つめてくる。
「本当に、そんな馬鹿げたことが起きたというのか」
「……ああ」
父さんの手が止まる。しばらくの静寂。何か考えを巡らせているようだ。
「それなら、身分証も戸籍もない女の子をお前が病院に連れて行ったという状況に説明がつくと思った。それだけだ」
ボールペンでトントンと頭を軽く叩いた。
「それだけだが、そんなことが本当に……?ありえない」
「俺だって、未だに男の光がヒョコッと出てくるんじゃないかって思ってるよ」
「だがそうはなっていない……」
「そういうこと」
父さんは立ち上がり、窓を開け放つ。まだ冷涼な夜の風が、淀んだ書斎の空気を上塗りしていく。
「検査を、受けてみないか?」
「検査?いっとくが大抵の精密検査は受けたぞ?」
「検査は検査でも……DNA検査だ」
「たしかにそれは受けてないけど、どうしてだ?」
「あくまで仮説だが、男性として構成していた要素が突然女性と置き換わった、という状況の場合、人のルーツを示すDNAは変化しているのか。そこに興味がある」
「まあそりゃ研究者からしてみればそうだろうけど」
「なに、結果によってはそちらにもメリットがある話だ」
「メリット……?」
DNAを検査して光が得られるメリットと言えば……人のルーツ……。
「そうか、男の光と女の光が同一人物だと断定できないか考えてるのか」
「そうだ」
「でも前の光のDNAなんて用意できないぞ?部屋に髪の毛でも転がってないか探してみるとか?」
「そこは簡単だ」
父さんはあっけらかんと言い放った。
「ご両親にご助力願う」
「そんなの無理だ!」
その理論は破綻しているように見えた。
「あっちは一人息子が行方不明になって、代わりに女の声で息子を語る詐欺電話がかかってきたなんて思ってるんだぞ?」
「わかっている。何も、今の未確定の状態で正直に全てを話して会わせるようなことはしない」
「じゃあどうやって……」
「聞いたところ、2人とも企業勤めらしいじゃないか」
「ああ、そうだ」
「企業勤めの人間なら、例え健康でも年に1回、避けられないイベントがあるだろう」
「健康診断でDNA採取を?」
「ああ。わざと再検査対象に入れて、病院で詳細な検査という名目で行う」
確かにそれなら、DNAは取れるだろうが……。
「父さん、管轄外だろ」
「ここまで偉くなれば管轄なんて些細な問題さ」
寡黙な父さんの、意外な豪胆さを見た気がした。
「どうしてここまでしてくれる?息子の戯言かもしれないのに」
「……そうだな」
父さんは窓の外の夜空を見上げながら呟いた。
「息子を信じるのに理由が必要か?」
うちの父さんは、最高に頼りになる身内だ。
<=>
ゲストルームを使うように言う母さんたちに断って、光は俺の部屋に布団を敷いて寝ることにした。
「……お」
「どうかしたか?」
「どうもこうも」
寝る間際で、スマホをしきりにチェックしていた光は、その画面を俺の目の前に突き出してきた。
その画面は、クラファンの管理画面だった。
100.34%
その数字は、俺達の目標が達成されたことを表していた。
「やったぞ仁!」
「ああ、いったな!」
俺達は肩を組んでその画面を眺めた。
始めた当初は、最悪の結果も覚悟していた。夢に見た日だってある。
しかし、蓋を開けてみれば、勢いこそ衰えた時もあったが、前に進まないときはないほど好調だった。
「これでココ先生との話も進められる」
「なぁ、いつ頃お披露目できるかな」
「わからん」
ココ先生の筆の速さは界隈では有名らしいが、今回はVtuber化。普通のイラストとは違うパーツ分けという作業がある。それに完全オリジナルなキャラデザインも頼むわけだから、作業期間はそこそこかかる予測だ。
「ここで止まってられないぞ」
「ああ、何をすればいい?」
やることは盛りだくさんだ。
だがまずやることは一つ。
「早く寝る」
「は?」
「今日はどちらにせよ配信は休みなんだ。休めるときに休むのも必要な才能だ」
「まぁ、そうかもしれないけどさ」
「コレからやることを聞きたいのか?」
「うーんまあ、一応」
「じゃあ触りだけ話すか」
俺達が準備するのは……
「お披露目であり、そしてデビュー配信だ」
「デビュー?」
「これまでの活動とこれからの活動を切り分ける。光、お前は配信者HIKARIから、VtuberHIKARIに転生するんだ」
「転生?」
こういったアプローチは少なくない。Vtuber化を一つの活動の区切りとして、お披露目をかねた再デビューをする。それが俺達がやるべきことだ。
「そのためには配信デザインの刷新、決め事、ブランディング。それを確定させる必要もある」
「でもそこら辺は仁のする範疇だろ?」
「あのなぁ、まあ俺任せでもいいが、後悔しないか?」
「しないさ」
「ならいいけど。そして光、お前にお披露目で一つ課題を出そう」
お披露目には、お披露目を飾る一大イベントが必要だろう?
「なんだ?何でも言ってくれ」
「お披露目で、生歌を披露する。そのためにボイトレを始めよう」
「ぼ、ボイトレ?」
「お前の歌に、魂を乗せる」
そしてお披露目という人目を引く場で、それで一気に引き込む。