リアルで美少女受肉した親友がVtuberを始めるようです   作:畑渚

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よし、この話は無かったことに――

「またいつでも帰ってくるのよ~」

 

 母さんの見送りを背に受けつつ、俺達は駅に戻りつつあった。

 

 結局3日間滞在し、うちの1日は家の手伝いで終わってしまった。

 しかし、久々の遠出は良い刺激になったようで、来る前よりも明るくなった光は、にこにこしながら帰り道用の酒を選んでいる。

 

「仁はいつものビールか?」

 

「いや、俺は今はいいや」

 

「ん、そうなのか」

 

 帰り道、移動時間。それは空白時間ではない。

 クラウドファンディングが完了した今、俺は早急に手を打たなければいけなかった。

 

 それはVtuberのパパ・ママとなるクリエイターへの発注依頼だった。

 本来は数ヶ月を要するこの作業を、なんとか1か月に短縮する。そのための前準備が必要だった。

 

「……ちょっとまて仁、仕事やるってことか?」

 

「ああ、そうだが?」

 

「……」

 

 光は無言のまま、酒の缶を棚に戻した。

 

「別にお前は飲んでてもいいんだぞ」

 

「いや、仁が我慢するなら俺もそうするよ」

 

「どういう風の吹き回しだ」

 

「お前と俺は一蓮托生。お前が仕事するなら俺もなんか手伝わせてくれよ」

 

「うーん、そうだな」

 

 まあガワの準備にこいつを一枚噛ませても悪くはないか。

 

「じゃあ俺は事務的な話を進めるから、光は自分のガワの構想について練ってくれ」

 

「ガワかぁ。何か制約とかはあるか?」

 

「いや、特にはないな。まあなりたい姿とか、憧れとかか?」

 

「……性別は?」

 

「見た目は女性だ」

 

「見た目は?」

 

「実際の性別は不詳にする。そっちの方が美味しいからな」

 

「美味しいねぇ」

 

 これは当初から決めていたことだ。ガワの性別は不詳、だがどうみても女の子。そして本人は自分を男と自称している。この不安定さが、考察の余地となり、視聴者の想像力を掻き立てる。性転換を記号ではなく、マーケティングのポイントにするのだ。

 

「不服か?」

 

「いや、方針を考えるのは仁の仕事だ。俺はそれにのっかって配信するのが仕事。そこを違えるつもりはないよ」

 

「……何かあったらすぐ言えよ」

 

「何を心配してんだよ」

 

 マーケティングだのウリだの言っているが、その実態は光の精神力を削った産物である。

 確かに売れてほしい気持ちもあるが、それ以上に光に無理をしてほしくない。

 

「別に。っと新幹線が来たな。乗るぞ」

 

「おう」

 

 俺達は帰り道の数時間、ほぼ話さずに、自分の作業に集中して過ごしたのだった。

 

 

<=>

 

 

「ふーん、こんな感じか」

 

「どうですかココ先生」

 

 ファミレスの一角、店員に頼んで一番奥にしてもらった席で、俺はココ先生と相対していた。

 ネットだけのやりとりで済ませても良かったのだが、何よりこのキャラ案を見せた時のココ先生の反応が気になっていた。そこで頼み込んで会ってもらうことにした。

 

「うーん、君はどういう意見が聞きたいんだい?」

 

「それはもう、容赦ない、大漫画家半田ココの率直な意見です」

 

「はぁ……、そうかい」

 

 ココ先生は頭をぽりぽりと掻き、グラスを傾けて飲み物を一気に喉に流し込んだ。

 

「没、だね」

 

「没ですか……」

 

 なんとなく、そう言ってくる気がした。

 

「ココ先生。一つ確認です」

 

「なんだい?」

 

「その没は、『もっと良くなる』と見込んだ没ですか。それとも別の案もみたいという没ですか?」

 

「ふむ。そうきたか」

 

 ココ先生は今日初めて、笑みを浮かべた。

 

「さすがは仁君だ。修正点ではなく、こちらの意図を探りにくるか」

 

「回りくどい話は無しにしましょう」

 

「そうだね。そういう意味では……『もっと良くなる』のほうかな」

 

「そうですか」

 

「君は一つ、見落としているよ」

 

「見落としている……?」

 

 ココ先生の方を見上げると、いたずらそうに微笑んで返される。

 これは、答えに自分で行き着けというメッセージだ。

 

 俺が見落としている物。

 

 マーケティングの話ではない。トレンドや売り方を計算した上でこの草案は書かれている。

 

 演者本人の話でもない。これは光が直々に考案したデザインを元に進めた案だ。

 

 だとして、じゃああと、何を見落としているか……。

 

「……ココ先生の、意思」

 

「正解!さすが、優秀だね」

 

 このキャラデザの草案に含まれていないものは、ココ先生という存在だ。

 失念していた。ココ先生という最大の起爆剤を忘れるだなんて、企画立案失敗も同然だ。

 

「例えば私なら、ここをこうする」

 

 ココ先生はどこからともなくペンを取り出すと、ガシガシと線を引いた。

 

「そしてここをこうだ」

 

 ペンがまるで意思を持ったかのように動く。線1本1本が意味を持って、形を成す。

 

「す、すごい……」

 

「雑なラフだけどね」

 

 確かに細かいところは書き込んでいない、ラフの範疇を超えない絵だった。

 しかし俺から見れば、それでも立派な一つの作品だった。

 

「すみませんでした、ココ先生。貴方の力を借りるつもりでありながら、失礼なことを」

 

「もっと深くの部分で君とはわかりあえていると思っていたのだけれどね」

 

「すみません」

 

 思わず視線がテーブルに落ちる。まだまだ反省点ばかりだな俺も。

 

「なーんてね」

 

「へっ?」

 

「僕からのちょっとしたイジワルさ。本気にしないでくれよ」

 

「なっ!」

 

「君は真面目で出来すぎているからね。ちょっとおちょくったのさ」

 

「……ココ先生!」

 

「どうどう。それに、僕の言ったことは外れでもないだろう?」

 

 確かに、俺たちのキャラデザにココ先生の強みを入れる余地を考慮していなかったのは事実だ。

 そこだけのために一芝居打ったというのかこの人は。

 

「テへ」

 

 いや、本当にビビった。機嫌を損ねてしまったのではとヒヤヒヤした。

 

「さて、冗談はさておいて」

 

「本題に入りましょうか」

 

「君は確かに、Vtuberらしさ、そして女の子らしさを全面に出したいと言ったね」

 

「はい。それが俺の考え出した最適解です」

 

「ふむ……。君は僕に頼むことを軽視しているね」

 

「そんなつもりは……ないんですけど」

 

「僕が何だか忘れたかい?」

 

「それは、フォロワー30万の大人気漫画家で……」

 

「いや、ちがうね」

 

「違う?」

 

「僕は大人気漫画家ではない」

 

 ココ先生はビシッと指を指しながら、誇らしげにそう言った。

 

「大人気、成人向け漫画家さ」

 

「……は、はぁ」

 

「ピンときてないようだから答えも言ってしまうがね。君たちの案には、エロが足りない」

 

「エロ……ですか?」

 

「まさかだけど仁君、君は僕とエロを引き離して考えていなかったかい?」

 

 それは確かにそうだ。俺は今まで一度も、ココ先生をエロ漫画家だなんて認識して話したことが無かった。ただのフォロワー数の多い絵が描ける人としか、カテゴライズしていなかった。

 

 しかしそれでは、ココ先生のブランディングに関わる。

 

 何も露出度マシマシのエロいVtuberを作れというわけではない。しかし、こういった先生たちのファンが絵を見たときにまず見るのは、その絵にどれほどのフェチが含まれているかだ。

 

「つまりこの案を没と言ったのは」

 

「この案は確かに完成度が高い。しかしここで僕の筆がちょっと乗れば……」

 

 ひたすらに動いていたペンが、とうとう止まる。

 ラフというには完成度の高すぎる何かが、紙に描かれる。

 

「さぁ、どうだい」

 

 脇や太もものこだわり、謎のスリット。意味のあるようでない謎のベルト。

 そこには、一体の、Vtuberの姿があった。

 

「驚いた……」

 

「ああ、もう一つ。どうしても聞きたいことがあるんだ」

 

「はい?なんですか」

 

「HIKARIちゃんは今日、ここに来ているかい?」

 

「……来てませんよ」

 

「よし、この話は無かったことに――」

 

「来てます、来てますよ!」

 

 くそっ、言わされた。

 

「でもどうしてそんなに会いたがるんですか」

 

「そりゃ、自分の娘になる人には会ってみたいだろう?」

 

「それだけの理由ですか」

 

「僕のモチベーションの問題さ」

 

「……わかりました。本人に聞いてきます」

 

「頼むよ」

 

 一旦席を立って、少し離れたボックス席で呑気にコーラを呑んでるやつに話しかける。

 

「おい、光。お呼びだ」

 

「おー、案の定か」

 

 今回は、こうなる展開を予測して光に先に話を通しておいた。まさかココ先生が本当に強硬手段に出てくるとは思わなかったが、備えていて良かった。

 

「行けるか?」

 

「へへ、ちょっと緊張するな」

 

「……」

 

 俺は少し心配だった。

 ココ先生が光を見て何を言うのか、それをうけて光が何を感じるのか。その未知数な未来に賭ける気にはならなかったというのが、俺が頑なに会わせなかった理由だ。

 

「さ、案内してくれよ」

 

「……ああ」

 

 俺は光を連れて、奥の席へと戻っていった。

 

 あわよくば事態が好転しますように。そう心で願いながら。

 

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