リアルで美少女受肉した親友がVtuberを始めるようです   作:畑渚

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ああ、ダメだ

「お待たせしました、ココ先生」

 

 光を連れて奥の席へと戻ると、ココ先生は立ち上がって出迎えてくれた。

 

「君がHIKARIちゃんだね。はじめまして、半田ココです」

 

「あ、ども」

 

 光はそう会釈すると、ヒュンと俺の後ろに隠れてしまった。

 

「おいちょっと光、何隠れてんだよ」

 

「だってなんか、嫌な視線を感じるんだよ」

 

 小声でそう返す光。

 たしかにココ先生は目を輝かせて光の姿を見つめている。

 

 それは初対面の人に対するものというよりかは、芸術品を目に焼き付けようとする観光客のようなねっとりとしたものを含んでいた。

 逃げたくなる気持ちもわかる。

 

 まあ座ったら隠れらんないけどな。

 

「うぅ」

 

「ふむふむ、ほーう」

 

「ココ先生。あまりじろじろ見ないであげてください。こいつメンタル貧弱なんで」

 

「あれだけ配信しておいて貧弱かい?」

 

「表に出してないだけっすよ」

 

 それとモデレーターによる適切なコメント欄整備もある。

 

「いやいや、それも才能のうちだよ」

 

「才能、ですか」

 

「ああ」

 

 ココ先生はポンと手を叩く。

 

「そうだ。HIKARIちゃん。フリーランスとして独立するつもりはないかい?」

 

「独立?」

 

「ここまで軌道にのった活動だ。その収益を独り占めすれば、金に困ることはなくなると思うがね」

 

 光はしばらく考える。

 

 言ってはなんだが、光は金に困っている側の人間だ。医療費すら払えず、俺の親に借りているような始末。

 

 だがしかし――

 

「お断りだね。俺は仁の案に乗っかって、仁についていくって決めたんだ」

 

 その程度じゃ、光は動かない。

 

「はー。まあそういうところが尊いってやつかなぁ」

 

「尊い?」

 

「おっと、なんでもないよ。聞き流してくれ」

 

「しかしなんでまた俺に独立なんて話を持ちかけたんだ?」

 

 光の疑問はもっともだ。

 しかしココ先生は、あっけらかんと言い放った。

 

「だってそうすれば仁君のリソースを僕に全部割けるだろう?」

 

「なっ!仁は渡さねぇよ!」

 

「はいはいごちそうさま。じゃあからかうのはこの辺にして本題に入ろうか」

 

 ココ先生は存分に笑ったあと、真面目な顔をしてさっきのラフを差し出してきた。

 

「君たちの案に、僕の要素を混ぜ込んだ、これが最初の原案だ」

 

「これで完成じゃないってことか?」

 

「もちろん。これを完成形にするには、そうだね、HIKARIちゃん、君のイメージが必要だ」

 

「イメージ?」

 

「待ってくださいココ先生。Vtuberのガワに現実の要素を含まないって話でしたよね?」

 

 最初の草案の時点で、その要素を取り除くことに心血を注いだのだ。今更入れられるわけにはいかない。

 

「そうかい?こんなにも可愛いのに」

 

 光は少し複雑そうな顔をしながらコーラを飲み干した。

 そして逃げるように、ドリンクバーへと向かっていってしまった。

 

「おや、逃げられたかな」

 

「獲物を見る目をしてるからですよ」

 

「リアル美少女は貴重だからね、つい」

 

「あいつはあまりそういう目に慣れてないんです。やめてください」

 

「わかった、気をつけるよ」

 

 そう言いながらも、ココ先生はラフに線を書き加えていく。

 乱雑というほどではないが、すこしゴチャついてきた。

 

「でも髪の長さくらいは揃えてもいいだろう?」

 

「どうしてそこまで、現実との一致にこだわるんですか」

 

「なに、簡単な話だよ」

 

 ココ先生はペンをくるくると回しながら、天井を見上げる。

 

「短髪のVtuberが長い髪の毛特有の悩みを語っていたら、萎えるじゃないか」

 

「な、萎える……」

 

「おっと侮ってはいけないよ。その小さな違和感から、ブラウザバックにつながる。Vtuberというのはそういう世界さ」

 

「違和感……か……」

 

 たしかに一理ある。中には、中の人は中の人、ガワはガワと分けている人たちもいるが、それはあくまで、それ以外の他の部分で顧客をキャッチしているからできる芸当だ。

 

 順当に攻めるなら、リアリティは大事な要素になりえる。

 

 しかし、懸念もある。光が今の自分とVtuberの姿を重ねてしまわないかだ。

 最近は落ち着いてきたとはいえ、まだ自分の姿を意識して嫌な顔をする様子をみせている。せっかくのガワが現実での姿を想起させて嫌な気持ちになるというのは、光のための活動という原則を崩してしまいかねない。

 

「なあ仁」

 

 ドリンクバーから帰ってきた光が、どかっと椅子に座る。

 

「お前はどうしたほうが良くなると思う?俺はお前に任せるよ」

 

「……わかった」

 

 光は覚悟を決めた様子。じゃあこっちだって、乗るしかない。

 

「ココ先生、その方向でお願いします」

 

「撤回は認めないからね」

 

 ココ先生は紙に大きく丸を描き、カバンにしまいこむ。

 

「じゃあ今日はここらでお開きにしようか」

 

「わかりました。お会計を――」

 

「ああ、もう済ませたよ」

 

「い、いつのまに」

 

 ココ先生はピラピラとレシートを見せてくる。

 

「まあ散々からかった謝礼だと思ってくれていい」

 

 そういうココ先生は、とてもスマートに見えた。

 

 まったく、敵わないな。

 

 

<=>

 

 

「それじゃあ、次の配信でな~」

 

 光が日課の配信を終えたのを確認し、コーラを差し入れる。

 

「おつかれ」

 

「おう、ありがと」

 

 ごきゅごきゅと喉を潤す光を横目に、予定表を確認する。

 

「そういやさ、仁」

 

「なんだ?」

 

「ボイトレ、どうしよう」

 

「それなんだよなぁ」

 

 それほど急ぎではないが、考える必要がある。

 

 今の光は、確かに良い歌を歌う。だが、あくまで『カラオケで高得点がとれる』程度だ。ミックスだってほぼ素人同然でやってるわけで、正直、何かが足りない歌声になってしまっている。

 

 ゆくゆくはミックスは外注するつもりだ。素人が片手間にやるよりも、その道のプロに作ってもらった方が絶対に良いものが作れる。

 

 それと同時に、光の歌声もアップグレードしたい。せっかくミックスに金をかけても、ベースとなる光の歌声がそれに見合わなければ、宝の持ち腐れだ。

 

 ただ、問題は一つ。

 

 ボイトレは基本1on1。そして相手は性転換だとかなんだとか気にせず、光に『女の歌声』であることを求める。

 

「まあもう少し考えてからでもいいぞ」

 

「いや、せっかくならお披露目までに1回くらいはレッスンを受けときたくないか?」

 

「……まあそれができるならいいんだが」

 

「何を悩んでんだよ」

 

「あのなぁ」

 

 ボイトレの先生は、ココ先生とは違う。

 

「光、お前、女の子扱いで耐えられるのか?」

 

「へ?」

 

「お前がなんと言おうと、なんと思っていようと、相手はお前を女の子扱いするんだぞ」

 

「女の子……」

 

「耐えきれるのか?」

 

「……正直」

 

 光は俯いたまま、コーラのボトルを両手で握りしめる。

 

「わかんない。今でも俺は俺が男なのか女なのかわからなくなる」

 

「光……」

 

「でも一つ、最近になってようやくわかったことがある」

 

「なんだ?」

 

「俺は俺だ。例え周りが何と言おうと、現実が変わろうと、俺は光で、仁の親友だ」

 

 光は明るく笑いながら、言葉を続ける。

 

「仁が俺の親友であってくれるうちは、俺は俺を見失わないでいられる」

 

 服の裾を掴んでくる光。

 

「だから……親友でいてくれよ、仁」

 

「ああ、もちろんだ」

 

 俺は約束を違えるつもりはない。

 

 俺達は永遠に、親友でありつづける。

 

「じゃあ、光」

 

「ん?なんだ改まって」

 

「ボイトレに通うにあたって、もう1個超える壁があるよな」

 

「……ん?」

 

「服を買いに行こう」

 

「ふ、服?べ、べつに外行きは持ってるし」

 

「1着だけだろ」

 

「……」

 

「毎回同じ服で通うつもりか?」

 

「だ、だめかな」

 

「社会復帰の一環だと思って諦めろ」

 

「……だ、だめかなぁ」

 

 俺は光の肩に手を置き、笑顔で答える。

 

「ああ、ダメだ」

 

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