リアルで美少女受肉した親友がVtuberを始めるようです 作:畑渚
大学の連中が完全に見えなくなった後で、光はようやく顔を上げた。
あいつらは、俺の知り合いであると同時に、光の顔なじみでもあった。
「はは、お嬢さんだってよ」
「光、あんま気を落とすな」
「わかってるさ。俺が俺と認識されてないなんて」
光は下を向きながら、言葉を続ける。
「わかってはいるんだが、わかっててもやっぱ直面すると、傷つくんだ」
「光、あまり気を落とすな」
「ああ、わかってる。俺が俺に見えないことも、俺であると仁だけが信じてくれていることも」
こちらのことを伺うかのような目で、光はこちらを見つめてくる。
「なぁ、仁。お前だけだよ、俺の味方は」
その目は純粋な信頼というよりかは、狂信に似た何かを含んでいた。
「ばかいえ」
俺はそれから目を背けつつ、ジンジャーエールを飲み干した。
「俺の父さんと母さんだって味方だろ」
父さんも母さんも、光の性転換を戯言だと流さずに、親身になって聞いてくれた。父さんに至っては、DNA検査というカードを切ってまで、光が光であることを突き詰めようとしてくれている。
「父さんの計画が上手く行けば、お前は晴れて光のままでいられる」
同一人物であると証明さえできれば、戸籍の性別の変更権を得られて、それで光の公的身分の問題を一気に解決する手立てとなりうる。
そうなれば、光は、もう自分が何者なのかなんてことで悩まずに居られる。大学だって復帰できるし、就職にも困らない。性別は女のままだが、完全なる社会復帰ができる。
「もう少しの辛抱だ」
「……べつにおれは社会復帰なんて……仁さえ……」
「ん?なんだって?」
「いや!なんでもねえよ」
なにかもごもごと言っていた気がするが、よく聞こえなかった。
「今日はちょっと疲れたし思考が下寄りなんだろ。そろそろ帰ろう」
「おう……、そうだな」
ショッピングもそこそこにして、帰路に着くのであった。
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課題のレポートをしながら、時計を何度も確認する。
今日は光の初めてのボイトレレッスンの日だった。といっても無料の体験レッスンだが。
俺は結構心配していた。
ボイトレの先生に、光は自分が男であるなんて明かせない。そんなことを言い始めたら頭がおかしい生徒だと思われてしまう。外の人間との関わりを避けてきた光にとって、自分が女だと偽る初めての相手になるのであった。
だから、心配していた。
「うう……仁」
「お、おかえり、光」
ほら、今にも泣こうとばかりの面して、光が帰ってきた。
「ど、どうだった」
「俺、今後やっていける気がしないよ……」
「せ、先生が合わなかったか?」
「……」
俺は心の中で頭を抱える。先生との相性は、死活問題だ。
一人目で当たりを引く可能性は低いとは思っていたが、まさか泣くほど嫌だとは。
「だってさ……先生が言うんだぜ。『貴方の曲選びにはセンスがない。自分の声というものを理解してない。いや、しようとしてない』って」
「うん……ん?」
「最初は何言ってんだこのおばさんって思ってたんだ。でも先生が持ってくる曲をさ、ちょっと歌ってみて、それを撮って聞き直して思ったんだよ」
光は拳を太ももに叩きつける。
「あの先生が選ぶ曲はどれも、俺の声が活きる曲ばかりだった……」
さすがはプロと言うべきか。初日にして光の声の強みを理解し、曲を選んでみせたというのか。
「アドバイスも的確で、声の伸ばし方がわかってるんだ。何もかも正しいんだ、先生の言っていることは」
「光。正しいことを言えるのはプロとして、こちらの要求するものとして当然のことだ。ただ人となりは合う合わないがどうしてもある」
「わかってるさ」
「お前のメンタルが一番大事だ。無理そうなら先生を変えてみてもいいんだぞ」
「ありがとう。でも……でもさ……」
たかが一度のレッスン。されど、初めてのプロに見てもらったレッスン。
「何か、確信じみたものがあるんだ。この先生なら、俺の歌をもっと上に引き上げてくれるって」
その感触は、ハズレではなく、むしろアタリ。
「俺、やっぱもう1回レッスン受けてみるよ」
光がそう決めたのならば、俺が言う事はない。
「わかった。この件に関しては、俺は止めることはない。歌に関してはお前に任せる」
「ああ、任せてくれ!」
光の自立は、思ったよりも早く訪れたのだった。
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「ココ先生、俺だけ呼び出して何のつもりですか」
もはや定番となったファミレスにて、俺はこっちの先生――半田ココ先生と向き合って座っていた。
今日は光は2回目のレッスン日で、つまりは本当にココ先生と2人きりで会う初めての日でもあった。
「なに、仕事の話に彼女は必要ないだろう?」
「まあそうですが」
ココ先生はカバンから資料を取り出し、机の上に広げる。
それは、HIKARIのガワの提案イラストだった。AからCまでの3案が、今回ココ先生が準備したデザインのようだ。この短期間でこのクオリティ、さすがはココ先生だ。
「ですけどね先生」
「なんだい?」
「なんで資料に下着まで細かく指定されているんですか」
「はっはっは、漫画家のサガというやつかな」
「不要です。そういう売りをする気はないし、この資料を出すわけにもいかない」
「本当かい?似合ってると思うんだけどね」
「似合ってるから困ってるんですよ」
たしかに下着姿のイラストは、まるでそれ一つが芸術品かのように似合っている。しかし、よりにもよって通常イラストで一番良いと思ったデザイン案が、一番際どい下着を身につけているのだ。
「とにかく、その構想はココ先生の中だけでしてください」
「ふふ、健全な男子大学生をからかうのは楽しいねぇ」
「やめてください。ここにはHIKARIのプロデューサーとして来てるんです」
「まあそうだね。話を進めよう」
デザインの詳細を詰めていく。何も3つの案からどれかを選べという話ではない。それぞれの良いところを融合させたり、逆に属性を切り離したり。そうしたパッチワーク的に最終案が決まっていく。
「ココ先生は筆が早いと思ってましたが、これほどとは」
「お褒めに預かり光栄だよ。もし変更があったら早めに言ってくれよ」
「ええ、もちろん」
しかし変更なんてないであろう程度には、話は固まった。これで本作業にゴーサインが出せる。
「ココ先生、締め切りなんですが……」
「君たちの思惑はわかっているつもりさ。もちろん締め切り内に上げるさ」
「助かります」
こればっかしはお願いするしかない。
それなりに金を弾ませてるとはいえ、作業能力には限界がある。それにこの件に注力した結果ボロボロになってもらっては、今後に響く。
無理はしないように、ギリギリのスケジュールで。それが今回の要求だ。
「さてと」
資料をカバンにしまったココ先生は、アイスコーヒーを飲む。そしてグラスを置き、またカバンに手をいれる。
出てきたのは、さっきの倍はある資料の束だ。
「今日呼んだのは他でもない。こっちも進めてもらうためだよ」
「……?何か他にお願いしてましたっけ?」
「おや、忘れたのかい?」
資料の束を丁寧に広げる。
そこには少女からお姉さん、大人と様々なキャラクターがこれでもかと言わんばかりにココ先生らしい絵柄で描かれていた。
そのキャラクター詳細は先程のHIKARIのガワに迫るほどに細かく設定されており、クオリティも高い。HIKARIのガワと並行で作業を進めていたとなると、相当な作業量だったはずだ。
「ま、まさか……」
「そう。私の、ガワの相談さ」
そういえばそうだった。
俺はココ先生のVtuber化のプロデューサーも任されているんだった。
「さあ敏腕プロデューサー、仁くん。君は私に、どのガワを着せて遊ぶかい?」
ココ先生は、不敵な笑みを浮かべながらそう言った。