リアルで美少女受肉した親友がVtuberを始めるようです 作:畑渚
Vtuber界における神話の話をしよう。
Vtuber黎明期。まだ配信者の一部が実験的な質の低いモデルを量産していた頃――
「やっほーこんにちは!皆の心にシンシンと降り積もる白雪、Vtuberのユキだよ!」
――それは流星のように突然現れた。
素人を感じさせないトーク力、圧倒的な歌声、バリエーション豊かな企画。
そしてそのどれもを個人でやり遂げる行動力。
登録者はうなぎ登りに上がり、100万の壁を悠々と突破。数カ月後には200万を飛び越して300万の壁に到達するかの勢いを見せた。
ある者は、彼女こそがVtuber界に生まれた唯一の本物だと言う。
ある者は、冬のような繊細な声から出る夏のような陽気が脳を焼くのだと言う。
そしてある者は――
Vtuber界では知らない人はいない、そんな絶対的な太陽のような存在。
そんな彼女が神話だと言われるのはただ一つ。
彼女はもういないからだ。
「私は今日この日を持って、活動を無期限休止とさせていただくことを発表します」
ある日上がった一本の動画は、様々な憶測を呼んだ。
活動に飽きた説、ストーカーなどの迷惑行為説、しまいには企業による陰謀説まで。
しかしそのどれもに確証はなかった。
最初の一週間は、どっきり企画だとか引退詐欺商法だとか、嘘だと誰もが思っていた。
しかし1か月もすればそれが冗談ではないことを認識し、半年も経てば本当に彼女がいなくなったのだと皆涙した。
そして1年も経った頃には、皆次の推しを見つけて、彼女を忘れた。
だからVtuberユキとは、知る人ぞ知る神話なのだ。
なぜそんなに俺が詳しいかと言えば、HIKARIを作り上げる上で、彼女の活動について研究したからに過ぎない。でなければ俺が知ることは無かった。そういう人物だ。
じゃあなぜ俺が今こんな風に思い返しているのかといえば。
「ごめんなさい遅れちゃって!えっと、仁くんって呼んでもいいですか?」
「自分も今来たところですよ。中に入りましょうか、もう暑いですし」
目の前の女性、みゆきさん。
人相、そしてその名前は、以前裏掲示板で見たユキの中の人と完全に一致しているからだ。
扉を開けてみゆきさんに続いて店内へと入る。これでもかと効いている冷房が汗で湿った肌を冷やす。
すれ違いざまに見えた瞳の奥深く。そこには、光に勝るとも劣らない闇を見た気がした。
通されたのは小さな2人用のボックス席。足が当たってしまいそうな距離で、俺は神話に相対していた。
<=>
「仁くんは学生さんなんですね」
「ええ。普通の大学生ですよ。みゆきさんは?」
「昔は仕事してましたけど、今はニートですね」
「まだお若いのに、大変な思いしてるんですね」
「はは、お若いなんて言葉が上手ですね」
ちゃんと会話できているのか不安だった。ふぅと意識して空気を吸わないと、呼吸すら忘れてしまいそうなテンポ感。これが神話のトークスキルかと舌を巻く。
「仁くんは最近の子ですし、動画サイトとかも見ますか?」
「え、えぇ。まあ人並みには」
「人並み……。それじゃあVtuberっていうのは知ってますか?」
「Vtuber……ですか?」
「知りませんか?」
「詳しくはないですけど、あれですよね、イラストが動く」
「まあそういう認識で合ってますかね」
みゆきさんはストローで氷をいじりながら、言葉を続ける。
「最近ハマってる子が居まして。その子がもう可愛くて可愛くて」
何が言いたい?カマかけ?何のために?
「そ、そうなんすね。ちなみに何て子なんですか?」
「えっとそれはね」
それは想定通りだった。
だったのだが、思わず息を呑んでしまった。
「HIKARIちゃんって子です」
一体いつから俺が関係者だと勘づいていた?店頭で名前を呼びあった時?コーヒーをかけられたのは本当に偶然か?
「へ、へぇ、知らないなぁ」
「まだ新し目の子ですし。けどこの調子だときっと……至りますね」
「至る?」
「全てのVtuberの夢。10万人に」
10万人は一つの壁とも言われている。実際、動画サイトから公認として景品を送られる最初のラインだ。
まあユキはその壁を一瞬で飛び越した化け物だったわけだが。
「10万……」
もしそれだけの人に肯定される世界があるのならば。
俺は迷いなく、その狂気に身を投じられるだろうか。
「見てみたいと思いますか?」
「……俺には関係ない話ですよ」
「本当に?」
すっとみゆきさんの目が細まる。嫌というほどわかる。これは、攻めるときの目だ。
「HIKARIのプロデューサー、仁くん」
「……まさかとは思ってましたが、いったい何時からですか」
「疑り深いところ申し訳ないですけど、あの時ぶつかったのは本当に偶然ですよ?でもあの配信は何度もアーカイブを見ていたから、一発で君の声に気がついた」
「気づいたからといって近づいてきた理由がわかりません。俺に取り入ろうと、HIKARIには近づけませんよ」
「HIKARIちゃんに近づくつもりはないです。あくまで推しは推しなので」
「……じゃあまたなんで」
「言わないとわかりませんか?」
顎に当てていた手を離し、こちらに指を指す。
「貴方を見込んでいるんです」
「……は?」
「今をときめく敏腕プロデューサーから見て、私がどのように映るのかが気になったんです」
「どのように……?」
「はい、ただの興味本位です」
そうは口で言っているものの、瞳は表情に反して笑っていない。
「……ははっ」
思わず笑いがこみ上げてくる。みゆきさんは俺の度量を試そうとしている。
だがそれは、不公平というものだろう。
「どう見えるか。それはダイヤモンドですよ」
「ダイヤモンド……、そんなに魅力的に見えましたか?」
「確かにダイヤモンドですよ。しかし……」
ちょっとした意趣返しのつもりだった。
「煤にまみれて、輝きを失ってしまった、ね」
みゆきさんの目が見開かれ、その奥の闇が顕になる。
目には見えないその場のプレッシャーで押しつぶされそうだ。
「輝きを……」
「小手調べはそのくらいにしませんか、みゆきさん……、いえ、ユキさん」
「……最初から知っていたんですね」
「あなたと同じですよ。俺も声で気がついた」
だって、その声は……
「俺が一番聞いたVtuberの声、間違えるわけがないでしょう」
かつて俺が配信者に夢を抱いた発端、Vtuberユキなのだから。
<=>
「嬉しいこと言ってくれますね」
「本人とわかった以上、俺はどうしても貴方に聞きたいことがある」
「何かしら。頂上の景色?どうやって一人でやっていたか?」
「……貴方が、辞めた理由です」
「……」
それはとてもとても、冷たい目だった。さっきまでの穏やかそうな笑みはどこへやら、じっとりとした視線が俺に突き刺さる。
「それは言えません。ファンだったのなら余計に」
「言えない?」
「ええ。神話は、神話でなければいけないから」
その言葉でハッとする。
目の前の女性は、それはひどく小さく見えたから。
「Vtuberユキは界隈の神話、伝説となって消えた。まるで神が世界から消えたかのように」
「そこだ。俺が一番気になっているのは」
「どういうことですか?」
「貴方の引退、あれは計画的でしたね」
「……」
「案件や他社とのコラボ、あの勢いの状態で突然辞めて後腐れ無しだなんて、そうとしか思えない」
「それは……」
「それにだ。貴方は散々、ストーリーを強調していた」
そんなユキが最後に選んだのは、孤独な神が天に帰っていく悲しい歌だった。
「それだけ判断材料があればファンならわかる。実際に掲示板にはそういった考察がたくさん載ってる」
掲示板の画面をスマホでみせると、それを避けるかのようにみゆきさんは目をそらした。
「あなたはあの日引退することを、ずっと前から決めていた」
「ふふふ、なぜだと思います?」
「なぜ?」
「昔の私もバカですね。こんな、気づいてもらいたいからって、わかりやすいことをして」
みゆきさんは悲しそうに笑った。
「あの頃の私は……、視聴者をすでに視聴者と見えなくなっていました」
それは、頂上に至ったものだからこそ見える景色だ。
「そのただの数字に、ただの文字に、私は殺されたんです」