リアルで美少女受肉した親友がVtuberを始めるようです 作:畑渚
「こ、殺された……?」
その言葉を脳が理解を拒んだ。
確かに有名になればなるほど、中傷コメントはつく。悪意のあるコメントはまるで税金を課すかのように増えていくものだ。
しかし、神話となるVtuberユキが、たかがそんな一因で活動を投げ出すわけがない。
「ど、どのコメントが原因になったんですか」
「最初は、確かに悪意のあるコメントからだったんです。私だって中身は人間ですから、少なからず傷つきながら、それでも活動を辞める気はなかったんです」
みゆきさんはコーヒーを啜って、一息つく。
「次第に、コメントを見ようとすると目が霞むようになってきました。最初は目の病気も疑って、精密検査にも通いました。でも結果は異常なし」
目に異常がないのに、その症状が現れるということは、一つの因果関係を導き出す。
「気がつけば、コメントを見れない配信が続きました。見ようとすると手が震えて、吐き気がこみ上げてきて、それでも世間は、ファンたちは、私に配信を望む」
それは単なる応援コメントだったのだろう。活動が少なくなっている彼女に対しての、ファンファーレ。
それが彼女の首を締めていることも知らずに。
「頑張らなきゃって、胃液を吐き切る思いで私は配信にすがりつきました。でも、ダメだったんです」
下を向いてしまったみゆきさんの表情は読めない。しかし、どんな顔をしているのかなど想像するまでもなかった。
「結局、私はあの形で活動を終えることしかできませんでした」
そして一週間、一ヶ月……1年と過ぎ……
「こうして私は、文字恐怖症を患った何もできない、何もない人間になってしまいました」
涙ぐんだ声で、みゆきさんはそう絞り出すように言った。
文字恐怖症。聞いたこともない病気だが、その症状は字面の通りなのだろう。
Vtuberというより配信者というものは、コメントという文字に真っ向から立ち向かっていく職業だ。文字が読めないというのは、活動に致命的な影響を与えてしまう。
「くすんだダイヤでしたっけ。その通りです。私はもう、輝けない」
ここでようやく、みゆきさんは顔を上げて微笑んだ。
「死んだような日々を送っているときでした。HIKARIちゃんに出会ったのは」
それは、運命のイタズラだった。
「ちょうどクラウドファンディングで燃えていたでしょう?あの時に見つけたんです」
今となっては懐かしい出来事だ。俺の名前が表に出てしまったあの事件のことだ。
「最初はかわいらしい声でなんてことを言うんだと思いましたよ。自分が男だなんて。でも次第に、そんなことすら信じてしまいそうになるほどに、彼女の世界に引き込まれていました」
それはHIKARI本人の魅力だ。
「その時でした。配信に浮かんでいた文字がうっすらと見えた気がしたんです」
それは例えばゲームの一背景だったのかもしれない。しかし、見えないものが見えたとき、筆舌し難い感情が湧き上がるものだ。
「気づけば、彼女の配信に張り付く日々が続きました。そしてその背後にいる仁くん、貴方の存在も次第に理解していきました」
みゆきさんは申し訳なさそうに、微笑んだ。
「どうして私には、貴方みたいな人が居なかったのかなって、そう嫉妬してしまっていたんです」
「嫉妬……ですか」
「HIKARIちゃんの普段の言動から、貴方の影響をひしひしと感じます。HIKARIという存在自体が、貴方の計画だと」
そこまで見通せるものなのかと絶句する。たしかに最近の光の言動は気にしていなかったとはいえ、コメント欄や掲示板の巡回ではその結論にたどり着いている人はいなかった。
「なぜわかるのかって顔をしていますね」
「……はい」
「答えは簡単です。私と貴方が似ているからですよ」
「に、似ている?たしかに活動を参考にはしていますが」
「そうじゃありません。人としてのあり方といいますか、物事への視点、客観的判断、合理的行動。それは真似しようとしてできるものじゃありません」
「はは、憧れの人にそう言われると、なんというかむず痒いですね」
「謙遜する必要はありませんよ。現にHIKARIちゃんは上手くやれている」
表情の読めない顔で、グラスの氷をカランと鳴らした。
早めのセミの鳴き声が、いやに耳に刺さる。
「はぁ。少し話しすぎましたね」
そう言って立ち上がるみゆきさん。
「とにかく私が言いたかったのは、『ありがとう』という一言です。私を、HIKARIちゃんに会わせてくれてありがとうございました」
ではこれで、と伝票を手に取ろうとするみゆきさん。
しかし、俺はその伝票をいち早く手に取った。
「まだだ、まだ話は終わってないはずだ」
「……ん?どういうことですか」
「一つ、HIKARIのファンでありながら、あの事故配信を繰り返し聞いている点」
「別にいいじゃないですか、何を聞いていようと」
「一つ、俺という伝手からHIKARIを探れるチャンスなのに、何も探ろうとしない点」
「……」
「一つ、こんな裏方の俺を認識し分析している点」
「何が言いたいんですか」
「結論は一つ。貴方は、俺に用があって今日呼び出した。違いますか?」
「……っ!」
「図星のようですね。どうです、もう少しお話していきませんか」
これは賭けだった。なんとでも言いくるめられる。しかし俺は直感にしたがってカマをかけて信頼をベットした。
結果は……勝ちだ。
座りなおしたみゆきさんは、無表情でこちらを見つめる。
「それで、お話とは?」
「みゆきさん、いえ、ユキさん。貴方、心のどこかでは、復帰したいと思っているのでは?」
「……だったら何と言うのですか。貴方には関係のない話ですよ」
「いいや、貴方ならこの先俺が何を言おうとしているのかもわかっているはずです」
それは悪魔の誘いだ。
だがそこは、俺の主戦場でもある。
「うちの会社でデビューしませんか」
<=>
「みゆきさんならわかっていますよね。自分の市場価値を」
引退したとはいえ、神話を作り上げた当人であるのは間違いない。例えばフラッと最大手のVtuber事務所のオーディションを受けたとして、当然の如く受かるだろう。
神話としてのユキは、各企業が垂涎の人材に違いない。
「ですが、私は活動がまともにできない。実際の価値はゼロですよ」
そういうみゆきさんを俺は笑い飛ばす。
「くすんだダイヤはどうすると思いますか?」
「いえ、それは例え話で――」
「くすんだダイヤは、磨き直せば良い」
「磨くって言ったって、なにをどうすれば」
「コメント欄を、閉じます」
「と、閉じる!?そんなことをすれば誰が配信を見るんですか」
「ROM勢です」
ROM勢。それはコメントやリアクションをとらず、ただ黙って配信を聞きに来ているだけの層だ。
「そんな……成り立たない」
「いいや、貴方なら、貴方のトークスキルならもつはずだ。現に貴方はそれをやりながら引退した」
「それはそうですけど……もうあの地獄を味わうのは……」
「本当に地獄だったのは、コメントのせいですか?」
「……っ」
「貴方が嫌っていたのは、悪意のコメントでも、ましてや善意のコメントですらない」
「じゃあ何!私は自分で自分の首を締めていたとでも言うの!?」
みゆきさんの頬を雫が伝う。
初めて、素の感情を見せた瞬間だった。
「貴方が嫌になったのはコメントじゃない!コメント欄を見れない自分自身だ。しかしそれでも、自分を愛したいと足掻いている」
紙ナプキンを差し出しながら、言葉を続ける。
「そんな愛を、俺に支えさせてくれませんか」
全てを救おうと思うな。そう心の中で何かが囁く。
わかっている。救えるものと救えないものがあることくらい。
だが、相手が頼りにしてきたのなら、俺は迷わずその手を取る。
「さぁどうします?俺という悪魔の手を取るか、それとも帰って虚無の日々に戻るか」
少しさまよったみゆきさんの手は、しかし確実に、俺の手を取ってみせた。