リアルで美少女受肉した親友がVtuberを始めるようです 作:畑渚
あれからも光は配信するたびに、確かな手応えを感じているようだった。
実際の数字も、増加傾向。急に伸びるような成長は見せていないものの、チャンネル登録者が多く、定着率の高い配信を維持し続けている。
「何見てるんだ?」
「っと、なんでもない」
エプロン姿の光が、PCを使ってる俺の背後に立った。俺は慌ててブラウザを閉じて、動画編集ソフトの画面に戻す。
「変なやつ。晩飯、煮込んだら完成だからな〜」
そう言って俺の母さんのごとく背中をバンと叩き、台所へと戻っていく光。特に気にしてなさそうだった。
危ない、まだ提案するか迷っている段階なものを見せるのは早すぎる。
俺は再びブラウザを立ち上げ、検索欄にキーワードを打ち込む。
『Webカメラ』
俺は今の配信環境に、カメラを導入しようとしていた。
正直に言って、今の光はめちゃくちゃにかわいい。顔だけでなく体のバランスに至るまで、世の中の美少女の平均値を取ったかのような整い方をしている。
俺はせっかくの光のビジュアルを、配信に活かせないかと考えていた。
配信者として重要な要素だし、光もわかってくれるだろう。
あとはどのタイミングで提案するかだ。
あの光が相手だ。タダで引き受けてくれるとは思っていない。美味い物程度でも釣れるかわからないな……。
俺は対価というそろばんを弾くことに夢中になりすぎていて、大事なことを見落としてしまっていた。
しかしそれに気がつく頃には、すでに手遅れだった。
<=>
「おーい仁、なんか荷物届いたぞ?」
「ああ、それ。俺からのプレゼントだ」
「なんだそりゃ」
光はそう言いながらカッターで恐る恐る段ボールを開ける。
中に入ってたのは松阪牛のステーキだ。
「な、なんだこれ」
「見ての通り、賄賂だ」
「賄賂ってあのなぁ……」
そういいつつもいそいそと台所に向かう光。要冷凍だからな。
「で、仁は何をもってこれを俺に?」
「折り入って頼みがある」
俺はスマホの画面を見せる。そこには、Webカメラの選定が書かれていた。
「顔出し配信をしてみないか?」
これが悪魔の誘いだってことはわかっている。しかし今の光は言ってみれば身バレのリスクがゼロの無敵状態。この手に乗らないわけにはいかないと考えていた。
だから大切なことを忘れていた。
――ガリガリ
「ど、どういうことだよ。顔出し?」
光の瞳が揺れる。迷いではなく、戸惑いで。
――ガリガリ
「この顔で人前に出ろっていうのかよ」
光は腕に力が無意識に入っているようだった。
掻きむしる腕に血が滲む。せっかく塞がった傷口を覆う白い包帯が、赤く染まり初めていた。
「仁……お前は、お前だけは違うと思っていたのに」
光は苦虫を噛み潰したかのような顔をした。
その言葉でハッとさせられる。
光は未だに、自分の精神と身体の差異に苦しめられているのだ。
だから俺を心の拠り所にして、俺だけが光を男のときのままで接せる存在だとして、安心していた。
それを俺は、俺自身の手でぶち壊してしまった。
――ガリガリ
「仁……必要なことなのか?じゃあ俺はやるよ……?」
「ま、まて光」
「居候させてもらってるし、迷惑ばかりかけてるし……」
「光……?光!」
「なぁ、それでいいだろ?だから……俺のこと捨てないでくれよ……」
光は、一夜にして身分を失った。家族ですら、光を光であると認識できなくなった。
そんな中で唯一光の言う事を信じた俺は、光の目にどう映っていたのだろうか。
「ばかやろう。捨てるわけないだろ」
親友の狭くなった肩を抱きしめ、手を止めさせる。
体温が高く、温かい。男らしさを感じさせない丸みを帯びた柔らかさを感じる。
しかし、それは全部見た目の変化だ。
中身は光のままで、何も変わっちゃいない。
俺が忘れていた大事なこと……、それは光の心だ。
「もう二度とこんな提案はしない。約束する」
「じ、仁……」
ジタバタとしていた光が抵抗を諦め、俺の腕の中で大人しくなる。
「すまない……」
光の腕についた傷が、俺を責め立てるもののように見えた。
俺はそれを戒めとして、目に焼き付ける。
光を消費コンテンツのように、自分の資源であるかのように錯覚していた。
違う。
光は俺の唯一無二の親友だ。
そう確かめるように、俺はもう一度ぎゅっと、腕に力を入れた。
<=>
俺は男だった。
過去形なのは何も、自分から女になることを望んだわけじゃない。
あの晩、俺は、俺というアイデンティティの全てを失った。
全てが嫌になって、何にも信じてもらえなくて、何も信じられなくなって……。
俺はあの日、全てを捨てるつもりで包丁を手に取った。
結果からすれば、俺は仁に救われた。
仁というのは、大学に入ってから出来た、一番仲良くしてる親友だ。俺と同じでテストの点数は振るわないバカだが、頭の回転が早く、俺にはない機転の良さがある不思議なやつだ。
そんな仁だけが、俺のことを認識してくれた。
それだけで、俺は救われた気がした。
まだこの世界に俺は居ても良いんだと、そう言われた気がした。
だから、暇になった時間になんとか光の役に立つよう、家事から始めることにした。
なんとなく家内みたいで嫌だったが、美味そうに俺の飯を食う仁を見て、必要とされていることに安心を覚えていた。
夜の時間だけは、いつまで経っても慣れなかった。
何も考えないようにしても、腕の傷が疼いて、何度も掻きむしりそうになった。寝ている間に無意識で掻いて血まみれになってた時ばかりは悲鳴を上げてしまった。
そんな俺に仁は、特に何でもないように接してくれた。
ゲームでもやってみれば、なんて言ってくれた。
もともとゲームが好きだったのもあったが、やってみれば現実逃避が出来て、時間も潰せた。
傷口は治りつつあった。
ひょんなことから配信を始めた時、実は自分にとてつもない才能があるんじゃないかと期待してしまった。だから最初の数字を見たときに、自分には奇跡なんて起きないのだと突きつけられた気がして、泣きそうだった。
そんな数字でも仁は喜んでくれた。
動画にもすると張り切っている仁を前に、伸びないだろうし辞めたいだなんて言えなかった。
数字は確かに伸びている。しかし右を見れば同接3000、左をみれば同接5000、配信界隈というのはそういう、人気の人に視聴者が集まるシステムをしている。
<おもんな>
<声きも>
<下手すぎ>
ほぼほぼ底辺な配信だというのに、そういうネガティブなコメントばかりが容赦なく目に入ってくる。
対戦ゲームはメンタルに悪いと、ストーリー重視のRPGにタイトルを変える。
逃げるななんてコメントがつく。何を求めているのか本当にわからない。
でも小さい数字の増減に一喜一憂する仁を見て、辞めたいとは言えなかった。
次第に、日課のように配信する日が続いた。
そしてその日が来た。
「顔出し配信をしてみないか?」
その提案をされたとき、目の前が真っ暗になったように感じた。
それまでも確かにコメントで声を褒められたり、カメラをつけるよう迷惑なアドバイスをされたりすることはあった。女の子は女の子であるというだけで、そういった内容に関係ないところで需要が生まれる。
コメントはあくまで『文字』だ。だからいままで受け流せた。無視ができた。
しかし『仁の口』から言われてしまえば、今の俺に逃げ道など無かった。
無意識に腕を掻きむしりながら、俺は了承の言葉を紡ぎ出す。それが俺にできる精一杯の肯定だった。
仁に抱きしめられて謝られた時、俺はほっとしてしまった。
何も仁だって、俺に悪意があってそう言ったわけではない。俺に可能性を感じてくれてて、その一貫で『提案』をしてくれただけなのだ。
ああ、よかった。
ぎゅうと抱きしめられた俺は、仁のゴツゴツとした身体との体格差を実感しながら、安堵の息を漏らした。掻きむしる手は、自然に止まっていた。
でももし……、
仁が『必要』というのだったら……、
顔でも身体でも何でも、『使われた』って構わない。
たとえそれが自分を壊す結果になろうとも……。