リアルで美少女受肉した親友がVtuberを始めるようです 作:畑渚
「なぁ、仁、起きてよ」
「ん、んんぁ」
「起きてよ、起きろよ!」
「んむぁ、休日だろ、寝かせろよ……」
「それどころじゃないんだって!」
俺は眠たい目をこすって体を起こす。
目の前では不安げな表情の美少女……じゃなかった、光が、スマホを手に顔を覗き込んできていた。
「なんだよ光」
「助けてくれよ。大変なんだ」
「大変?何がだよ」
光は少し言い淀み下を向いたが、すぐに決心したかのようにこちらを見つめて言い放った。
「炎上した」
「……は?」
<=>
飛び起きた俺は、PCを立ち上げてHIKARIのSNSアカウントを開く。
光は確かに俺と同じバカだが、変なこと言って炎上するようなポカをやらかすほど愚かだとは思えなかった。
「これは……確かに」
炎上対象は、クラウドファンディングの告知ツイートだった。
お気に入り数の伸びはイマイチだが、それに比べて引用呟き数が……500件を超えている。しかもまだ増えてるらしく、光のスマホは通知で震えっぱなしだった。
「なんだよ、ただの告知の呟きじゃないか」
「そうなんだけどさぁ」
ずいっと光が見せてきたスマホの画面には、クラウドファンディングのサイトが出ている。
「仁、お前の名前で炎上してるんだよ」
「……は?」
クラウドファンディングの代表者名。そこには堂々と俺の本名が載っていた。
「いや、だとしてもどういうボヤだよ」
「そ、それは……」
「なんだよ、言い淀んで」
「えーっと」
光は頬をポリポリとかきながら、ボソリとつぶやいた。
「俺の彼氏ってことになってる」
「はぁぁぁぁ!?」
どう考えたらそうなんだよ!男の名前がでたら彼氏?想像力豊かすぎんだろ!
「アハハ」
「笑い事じゃねえだろ!」
「だって笑えるぜ、彼女より先に彼氏ができたなんて……」
「彼氏じゃねえだろ!しっかりしろ!」
肩をぶんぶんと揺さぶって正気に戻そうとする。
きっと初炎上で混乱しているだけだ!
「アハハ……ハハッ」
「しっかりしろぉ!」
光が正気に戻るまで数分かかった。
<=>
「とにかく、なんとかしないと」
俺は焦りに焦っていた。
別に炎上自体は活動していく上でいつかはするかもと心構えをしていた。
しかし今は時期が悪すぎる。
クラウドファンディングのやり始めという、一番大事な時期だ。
光の印象が悪くなれば、それだけクラファンの初動も伸び悩んでしまう。
「……おい光、何しようとしてんだ」
「何って配信だよ」
光はこの炎上に対して、思うところがあるようだった。
しかし、思い切りだけの行動は火に油を注ぐだけだ。
「やめとけ、今は悪手だ。こういうのは火が収まるまで大人しく――」
「あ、もうマイク点けるから黙って」
「――っ!」
ほんとに光は配信を開始しやがった。
同時接続者数はみるみるうちに最高記録を超え、1000人に届こうとしていた。
「――すぅ」
光は大きく息を吸う。
これからいう言葉を聞くように、そう指し示すかのように。
そして……
「俺は男だ!彼氏なんかいねえし、作る気もねぇよ!」
音割れギリギリの声量で、そうマイクに叫んだ。
<その声で男は無理でしょ>
<性自認とかそういう難しい話をしようとしてる?>
<彼氏バレしたからって適当言ってて草>
「だから男だって言ってるだろ!」
<じゃあ証拠を見せろよ>
<カメラつけない時点でお察し>
<どうせこの配信も彼氏が見てんだ>
「んなっ!」
そう言われると光はどうしようもない。
カメラをつけなければ男であることを疑われるし、
つければ、今の女の体が物言わぬ証拠となってしまう。
「くそ……どうしたらいいんだ」
<男でその声ってこと?>
<両声類とかは確かにあるけど……>
<ボイチェン切ってみろよ>
「えっと、ボイチェンとか声つくってるとかでもなくてだな……」
まずいな。光が追い詰められてきた。
しかし、ここで俺が出張ってしまえば、全てが終わる。
マイクが切れるまで、俺は物音一つ立てることはできない。
「じ、実は俺……」
<ゴクリ……>
<実は?>
<改まってなんだよ>
「ある日気がついたら、女になってたんだ」
ああ、言ってしまった。
俺は頭を抱えながら、コメント欄を願うように見つめた。
<は?>
<あさおん?>
<これもう脳の病気だろ>
<TSっ娘キターーー!>
<妄言吐き始めたか>
<結局女じゃんか>
コメント欄が一気に加速する。
信じる愚か者。疑う馬鹿者。ここぞとばかりに叩く痴れ者。
「だから女じゃなくて!」
<身体は正直>
<真面目に聞いてたのに>
<この場合どうなるんだ。性同一性障害?>
「……っ」
ほら言わんこっちゃない。
「ちがうんだよ……ほんとなんだ……」
泣きそうな声で、光は訴えかける。
しかし画面の向こうの奴らは、良いおもちゃを見つけたと手を叩く。
俺は静かに立ち上がり、光の肩に手を置く。
まったく、馬鹿野郎め。
震えて泣きそうになるくらいならこんなことするなよ。
「ここからは俺が話そう」
このマイクで何かを相手取るのは何時ぶりだろうか。いや、こんな人数を前に話すのなんて初めてか。
「皆も知っての通りだと思うが、俺が今回矢面に立たされた、九条仁だ」
<本人登場で草>
<やっぱ後ろいて草>
<デキてんだ!>
「まずこれだけは言わせてくれ。俺とHIKARIはそういう関係ではない」
<じゃあ何だって言うんだ>
<説明してもらおうか>
<男女の関係しかないだろ!>
「だから違う。俺はいわば……」
今の俺は光にとって何かと言われれば、俺はこう答える。
「HIKARIの最初のビジネスパートナーだ」
<ビジネスパートナー?>
<どういうことだよ>
<ビジネス(意味深)>
「HIKARIは俺が見出した原石だ」
嘘を話すとき、真実を混ぜて話す。詐欺師も使う、常套手段だ。
「HIKARIの才能を見出した俺はHIKARIに配信環境を整えた。HIKARIが今こうして配信しているPCもマイクも、全部俺が用意したものだ」
<ビジネス……?>
<いや、え?>
<ほんとに……?いや嘘?>
「そしてHIKARIの配信の切り抜きを作っていたのも俺だ」
<プロデューサーでクリエイター?>
<どおりで素人クオリティーな動画なわけだ>
<仁Pだ>
「配信している部屋も俺名義だし、銀行だって俺名義だ」
<いやアイドルとPでもこうはならんやろ>
<パトロン?>
<籍入れてる?>
「そんな俺の目的は一つしかない」
つばを飲み込んで、言葉を紡ぎ出す。
「HIKARIがもっと多くの人に見られるようにすることだ」
あくまで俺は、光の引き立て役であると理解してもらう。
こんなのでボヤ騒ぎが収まるとは思わなかったが、こうなってしまった以上やれることをやるしかない。
「俺の存在意義はそれ以上でもそれ以下でもないし、HIKARIと特別な関係になることも絶対にない」
もう一度しっかりと断言しておく。
光と俺は親友だ。それ以外の何者でもない。
「約束しよう。もう二度と表に俺が出てくることはない。今日だけだ」
ここは光のチャンネルだ。俺という異物はいらない。
「今後もHIKARIを応援してほしい。俺も全力でサポートする」
だからこれは俺のわがままだ。
「HIKARIがHIKARIで有り続ける限り、俺は脇役で居続ける」
だから……
「だからHIKARIを肯定してくれ。その声を、性格を、存在を」
一人でも多くの人に存在を認識されること。
それが今の光に一番必要なのだから。
「以上だ」
俺は配信をそこでぶち切る。
千人超えのオーディエンスがパッと消え、2人だけのワンルームが静寂に包まれる。
俺は未だに震えている光の頭にポンと手を置いた。
「大丈夫。なるようになるさ」
「……」
「そうだ。通知は消しとけ。どうせいいことないからな」
「……」
「今日は美味いものを食おう。出前でも取ろうか」
「……なんで」
「ん?」
「なんで仁はこうまでして、俺なんかを助けてくれるんだ?」
「……俺なんか、ね」
パシンと軽く、光の背中を叩く。
「そう自分を卑下するなよ」
「だって……」
「唯一無二の親友を助けるのに、理由なんて必要か?」
「……っ」
バッと顔を下げる光。
「ピザでも食おうぜ。今の俺達には燃料が必要だ」
生き続ける限り腹が減る。
腹が減り続ける限り、生きたいと身体は叫び続けている。
「何食おうかな~」
鼻歌混じりに、ピザの出前サイトを開いた。