リアルで美少女受肉した親友がVtuberを始めるようです 作:畑渚
届いたピザを頬張りながら、俺はSNSアカウントを眺めていた。
「はは、『死ね』だの『きもい』だの、あんまりじゃないか」
「……仁、ごめん俺」
「馬鹿野郎だよほんとに」
別に尻拭いするはめになったこと自体に怒っているわけではない。
俺らが怒りを向けるべき方向は、身内ではなくネットの敵たちだ。
「しかし、どうするかな」
「何か考えがあるのか?」
「ないといえば、嘘になるが……」
炎上は、チャンスだ。特に今回のような、こちらに恥じる点のない炎上は。
「どうすればいい?なんだってやる!」
「なんだって……か」
しかし、俺の考えはあまりにも、当事者の負担を考慮していなかった。
俺は最悪、SNSを断つという選択ができる。距離を置けば、誹謗中傷なんて見なくて済む。
だが光はどうだ。
光が活動を続ける選択を取る限り、コメント欄という無秩序の塊に直接触れ合う必要がある。コメント欄を全く見ない配信者なんていないし、そんな機械みたいな配信を、光にさせるわけにもいかない。
「まあでも今日は何もできることないよ」
「そうか……」
「あんまり気落ちすんなよ」
俺はまた光が不安定にならないかちょっと心配だった。
「……明日も」
「ん?」
「明日も配信してもいいか?」
「俺はもう庇ってやれないぞ?」
「わかってる」
意思を持った瞳で、俺のほうを見つめてくる光。
この状態で配信をして、何が起きるか想像していないわけではないようだ。
「でも、やりたいんだ」
奇しくもそれは、俺が考え出し、そして光の負担を考え却下した案だった。
「この炎上を、チャンスに変える」
「光、どういうことかわかってるのか。コメント欄とか酷いことになるぞ」
「わかってる。覚悟の上だ」
「……どうしてそこまで」
「仁が身バレのリスク冒してまで俺の背中を押してくれたんだ」
光はコーラを一気に飲みきって、言葉を続ける。
「じゃあ俺は、俺の人生を賭ける」
覚悟は、決まっているようだ。
<=>
次の日もその次の日も、光は配信をし続けた。
コメント欄は酷いものだった。リアルタイムで運営対応が入るのなんて初めてみた。
内容は、光の性別への言及が7割、俺への殺害予告が3割、といったところ。
SNSもそんな感じで、おもしろがって言ってくるやつから、気が狂ってるような発言を繰り返すやつまで千差万別だ。
だから、それに気がつけたのはほとんど奇跡のようなものだった。
『はじめまして。私漫画家をさせてもらっています、半田ココと言うものです。配信及びクラウドファンディングについて拝見させていただきましたところ、是非ご助力させていただきたいと思い連絡した次第でございます。引いては――』
詐欺か?
そう疑ってしまうのも仕方のないことだ。
そして相手のSNSのプロフィールを読んで腰が抜けそうになる。
フォロワー30万人。
1万行けば泣いて喜ぶようなSNSで、その30倍……。
とんだ化け物クラスの人から、DMが来ていた。
「仁、どうかしたか?」
配信を終えた光に、俺はDMの画面をみせる。
「あ、俺この人見たことあるかも」
「まじか、どんな人だ?」
「んーと、その……」
「なんだよ、そんなに変なのか?プロフ見た限りだと漫画家のようだが」
「その、書いてるのが……な?」
「ん?」
「R18なんだ。エロ漫画家だよその人」
「……」
ずっこけなかった俺を褒めてほしい。
しかしそれでこのフォロワー数か。末恐ろしいな。
「あ、安心してくれ。ちゃんと健全絵も描いてるから」
「別にそこに恐れを抱いていたわけじゃねえよ」
光の頭にチョップを食らわして、俺はDMの続きを読み直す。
「なるほどな」
このDMは、いわゆる営業というやつだった。
<=>
某所のファミレスで、俺は人を待っていた。
もともとは待ち合わせて入るつもりだったが、少し電車が遅れたとのことで、先に入ってる形で待つことになっていた。
「赤いシャツ赤いシャツ……あっ!」
店内に入ってきた女性が、キョロキョロとして俺を見つけ、まっすぐ進んでくる。
「君が、仁くんだね」
「な……」
「あ、自己紹介からしたほうがいいかな。僕が半田ココだよ」
俺の待ち人……それは、半田ココ先生だ。
が、まさか女の人だとは思わなかった……。
「ドリンクバーにしよー。取ってくるね~」
後ろ姿をまじまじと眺める。
見た目は30前後の優しいお姉さんといった感じ。セミロングの髪が無造作にハネておりズボラさを感じるも、それでも隠しきれない美人さが漏れ出ている。
「ふー、最近暑くなってきたよね~。インドア派には酷な環境だよまったく」
「……直球に聞かせてください。なぜ俺と会うことに了承したんですか」
「そりゃあ君たちを応援する一員としてねぇ」
「貴方が好きなのは俺らじゃなくてHIKARIのはずだ。違うんですか」
「……」
すっと目が細くなる。値踏みをするかのようなじっとりとした視線に、居心地が悪くなる。
「もし、両方好きだよと言ったら?」
「嘘ですよね。むしろ俺のことを嫌いなはずだ」
「……何を根拠に言っているんだい?」
「貴方の過去作を読みました」
全部ではないが、傾向がわかるまで何作品も。
「まさか僕の漫画が僕の分析に使われるとはね」
「あなたは成人漫画家だ。それも重度の、TS好きだ」
「そのとおり」
ココ先生の作品は、その大半が、男の子が女の子になってしまう、いわゆるTSもの、性転換ものと呼ばれるジャンルの話だ。
そしてその主人公は知り合いだった女の子に『女のことを教えてもらう』という名目でいちゃいちゃする、純愛TSもの百合もの。
つまり今の俺は、TS美少女のHIKARIに言い寄る悪徳プロデューサーだ。
「良い目だ。というより頭かな。君頭良いだろ」
「どうでしょうか。テストはいつもギリギリですよ」
「まずこれだけは先に言っておこう。別に僕は君のことを嫌ったりしてないよ」
ふんわりと微笑むココ先生。嘘をついている様子はない。
「僕もね、しびれたんだよ。HIKARIちゃんのTSロールプレイに」
「しびれた?」
「ああ、もう。運命のようにビビッと来たね。まるで本当に男であるかのような言動。あれを演技の素人がやっているというリアリティ。最高のコンテンツだと思ったよ」
コンテンツ扱いにすこし嫌な顔をしてしまったが、なんとなく言っていることは理解できる。
「もし、本当にHIKARIが男だったらどうします?」
「今日2人で会うって言ったのはそれを確定させないためかい?」
「ええ。パンドラの箱を開けたくはないでしょう」
「まったく、ゾクゾクさせるねぇ」
お気に召したようでなによりだ。
「前座はここまでにして、本題に入ろうか」
コホンと咳払いをして、ココ先生は改めていう。
「会ってからじゃないと話せないことってなんだい?」
俺がココ先生を呼び出した理由。それは、営業メールへの回答だ。
「まず金銭的支援ですが、ココ先生、あなたもうクラファンの最高額に突っ込んでますよね?」
「バレたかい?まあそのとおりなんだが」
「ですからそれ以上は求めません」
「じゃあ僕に何を求めるんだい」
「あの営業文への回答は一つ。HIKARIのママ候補になりませんか?」
ココ先生は驚いたかのように一瞬目を見開き、そしてすっとすぐに細める。
しばらく静寂が俺達の間を支配していた。
「それは……」
「面白いと思いませんか?TS作品の漫画家によって、TSしたと訴えるVtuberが産まれるのは」
「……」
ダメか……?
好印象を持たれていたとはいえ、相手は30万人のファンを抱える大御所の漫画家だ。
仕事には何事もリスクを考慮する必要がある。
炎上中の配信者のガワを担当するというのは、どう考えてもリスクの塊だ。
「仁くん……君」
ココ先生は急に立ち上がった。