リアルで美少女受肉した親友がVtuberを始めるようです   作:畑渚

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……まさかね

「そんなの最高じゃないか!」

 

 立ち上がったココ先生は高らかにそう叫んだ。周りの喧騒がピタリと止み、視線がココ先生に集中する。

 

 しかしそんなことも気にせずに、ココ先生は俺の手を取った。

 

「むしろ僕なんかでいいのかい?」

 

「僕なんかって……」

 

 フォロワー30万人の大人気漫画家だぞ?これ以上ない良物件じゃないか。

 

「でもココ先生。あなたはVtuberのママになったことがないはずだ。本当に一人目の娘がHIKARIでいいんですか?」

 

 多少見られるようになってきたとはいえ、HIKARIの知名度はまだまだ発展途上の段階にある。

 絵を描く人間にとって大事な第一子が、こんなヘンテコ性別の野郎でいいのかという疑問がある。

 

「そこはもう、惚れた弱みとでも思ってくれ。僕はHIKARIにゾッコンだよ」

 

「……売れると思いますか、TSVtuber」

 

 ココ先生の目がスッと細くなる。俺の背中をヒヤリとしたものが走る。

 

「いつもは創作に関しては需要のそろばんを弾かないんだがね」

 

 ココ先生の一挙一動が、ヘビを前にしたカエルのように、俺の動きを鈍くさせる。

 

「売れる。しかし上手くやればだ」

 

「上手く?」

 

「異物感というものは強烈な武器であるのだが、時間経過で人は簡単に慣れてしまう」

 

 ココ先生はグラスを傾ける。カランと氷のぶつかる音が凛と響く。

 

「視聴者を慣れさせないということですか?」

 

「いや、視聴者もだが何より……配信する本人さ」

 

「本人?」

 

「本人が、『女女言われるのも慣れてきたなハイハイ』とならないかが心配ということだよ」

 

「そこは問題ないかと」

 

 光が光である限り、あいつは口うるさく自分が男であることを主張し続けてくれるだろうという期待がある。

 

「やっぱ逸材だね、彼女。いや、彼といった方がいいのか」

 

「どっちでも好きな方でいいですよ」

 

「僕と彼を会わせることはないからってことかい?君ひどいねぇ」

 

「あくまでプロモーションの一環ですから」

 

「まあ今はあくまで1ファンだから僕もそれで構わないけどね」

 

 ココ先生はドリンクバーでおかわりしてくるよと言って席を立った。

 

 この際に思考を巡らせておく。

 思った以上にココ先生から好感触を得られている。ココ先生自体がそういう自分の面白いと思ったことにのめり込むタイプのようだし、HIKARIの今を受け入れてくれる逸材でもある。

 

 問題は、ココ先生の仕事に影響がでないかと、ココ先生のファンという今までとは違った層が配信にくることで光の精神的負担が増えるかもしれないことだ。

 

 光は今、不安定なバランスだ。

 

 俺が手放してしまえば、簡単に壊れることは想像に難くない。

 今の光を救えるのは俺だけだ。俺だけでもしっかりとしていないと、共倒れになってしまう。

 

「ねえねえ」

 

「あぁ、ココ先生。戻られたんですね」

 

「あのさ……」

 

「はい?」

 

「ドリンクバーで、HIKARIちゃんに似た人見かけたんだけど、もしかして仕組んでたりする?」

 

「……はい?」

 

 

<=>

 

 

「なんだぁ、他人の空似かぁ」

 

「そりゃそうですよ。ここまで会わせないって言っておいてそんなことするわけないじゃないですか、アハハ」

 

 ココ先生曰く、ドリンクバーでぶつかってしまった女の子の声がHIKARIの声だったらしい。

 俺はなんとなく嫌な予感を感じつつも、全力で誤魔化すことにした。ここで光とココ先生が邂逅することなんて計算外だ。

 

「い、一応聞くんですけど、どんな見た目でした?」

 

「うーん、男物のオーバーサイズのパーカーを被っていたからよくわからなかったけど、栗色の髪は見えたかな。まあまあ長いね」

 

 光だ。絶対光だ。

 

「じゃー違うんじゃないですかねー?」

 

「そうかい?こう自分を男だと思ってる女の子が男物の服をダボダボに着ている姿とか結構萌えないかい?」

 

「ソレハソウカモシレマセンケド……」

 

 想像の世界に入り込んでしまったココ先生はそれから30分もの間、性転換ものの良さを語ることになるのだが、俺は話が逸れたことに安堵していて、半分くらいしか聞いていなかった。

 

 

「それじゃあそろそろ僕は帰るよ」

 

「あ、会計いいですよ、こちらで」

 

「ここは大人の格好をさせてくれよ。まだ君、学生だろ」

 

「……いいんすか」

 

「もちろんだとも。その代わりと言っちゃなんだが……」

 

 ココ先生はいたずらそうに笑いながら言った。

 

「絶対に僕にも一枚かませてくれよ」

 

「……はい。約束します!」

 

「それじゃあ、楽しいミーティングだったよ」

 

 後手に手を振りながら去っていくココ先生。その背中がしっかりと店外に出たのを見て、俺はほっと安堵の息をはく。

 ココ先生に頼むというのは間違っちゃいなかった。あの人なら最高のママになってくれるだろう。

 

 

 あとは……

 

 

「なあ仁、今の人誰なんだ?」

 

 

 このバカになんと言おうか……。

 

 

<=>

 

 

 確かに今日出かける前に、光に行き先だけ伝えて誰と会うかまでは言ってなかった。

 ココ先生にイラストを担当してもらえるかわからない以上、このイラストレーター選定は水面下で動かして、光に一喜一憂させないつもりだったのだ。

 

 しかし蓋を開けてみればどうだ。

 

 光は着いてきたどころか、事故から身バレまでしかける始末。

 

「どういうことだ、光。俺は1人で出かけるって言ったよな」

 

「そ、それは……何を隠しているのか気になって……」

 

「はぁ。まったくお前ってやつは」

 

「で、でも意外だったな」

 

「何がだ?」

 

 ココ先生が女だったことか?イラストレーターを担当してくれそうなことか?

 

「仁が……あんな年上の女性が好みだったなんて」

 

「……は?」

 

「お前って結構いい趣味してんのな。大人びててミステリアスな感じが良いのか?」

 

「何を言っているんだ光」

 

「顔つきも可愛い系よりかは美人って感じだったし、ああいうのがタイプなのか?」

 

「おい、光」

 

「なぁ仁、どこまで進んでるんだ?今の俺ってめちゃくちゃ2人の関係を邪魔しちゃってるんじゃないか?」

 

「光、待て」

 

「ま、待てないよ。なあ教えてくれ。あの人は一体……」

 

「待てといっている。あの人は……ママ候補だ」

 

「ママ……そういう趣味だったのか……知らなかった……」

 

「……ん?いや違う!語弊だ!」

 

 何を俺は混乱して誤解を生むようなことを言っているんだ。落ち着け。

 

「俺とあの人はそういう関係じゃねえよ!単なる……ビジネスパートナーだ!」

 

「でも最初はそういっておきながら……」

 

「ねえよ!あのな、あの人は、あの人が、半田ココ先生だ!」

 

「仁……そんな高嶺の花を射止めていたなんて」

 

「あーもう!なんでそうなるんだよ」

 

 俺はがしっと光の肩を握る。

 

「俺とあの人はそういう関係になることはない!わかるだろ!」

 

「し、信用できないよ……」

 

「そこはしろよ!それに第一なぁ」

 

 もうそこまで行くと勢いだった。

 

「美人系よりも可愛い系の童顔のほうが好きだよ俺は!」

 

「……そ、そうか」

 

「ああもう、帰るぞ!いろいろ準備しなきゃなんねえんだから」

 

 そういって光の手を引っ張って店の外へと連れ出した俺は気付かなかった。

 

 光が窓ガラスに反射する自分の顔を確かめるかのように、もう片方の手で頬を抑えていたのは。

 

 

<=>

 

 

「ふーん」

 

 このファミレスの近くは入り組んだ路地が多くて助かる。

 僕はさっと身を隠しながらも、店から出てきた2人の姿をバッチリと目に収める。

 

「僕の目、というより耳?も衰えたかな」

 

 HIKARIにTSっ娘の素質を感じたというのは本当のことだ。まるで漫画の出来事が現実で起きたかのようなリアリティの深さは、僕を溺れさせるのに十分だった。

 

 しかし蓋を開けてみれば、HIKARIはただの女の子だった。

 

 いや、ただのというのは彼女を尊重していないか。

 

 見てくれだけは、普通の女の子だった。中身はわからなかったが、ボソッとした声で謝罪してきた彼女が、男であるというのはまず無理がある。

 

「しかし、なんだろうな」

 

 顔を少しだけ見たときのあの違和感。それはまるで、2次元のキャラに抱くような感情を抱いたようだった。

 不気味の谷を超えた機械的な造形美の行く末。それを垣間見た気がした。

 

「売れるためだけならあのビジュアルを使えばいいはず……。そうしないところに理由を見出すのならば、いや、まさかな」

 

 性転換なんていうのは、創作上の出来事でしかない。ホルモンバランスですら説明のつかない一晩の性転換は、現実で起こりうるわけがない。

 

「……まさかね」

 

 このときの僕の頭には、『事実は小説より奇なり』という言葉が脳裏をよぎっていた。

 

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