憑依した山内春樹   作:太陽サンサン

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山内春樹が、やらかしてしまう話


3 入学編

バスの揺れに身を任せながら、俺は窓の外をぼんやり眺めていた。

 

朝靄の残る街並みを、バスは一定の速度で進んでいく。 時間が早いせいか車内はかなり空いていて、エンジン音だけが静かに耳に残る。

 

周囲を軽く見渡してみても、高度育成高等学校の制服を着ている人間は見当たらない。

 

「まぁ、そりゃそうか」

 

入学式にはまだかなり早い時間だ。 わざわざこんな時間帯に乗る物好きなんて、そうそういない。

 

いや――。

 

原作知識を持ってる転生者なら、むしろ“あのシーン”を見たがるかもしれない。

 

綾小路清隆と、 堀北鈴音の最初の会話。

 

櫛田桔梗の愛想の良さ。

 

そして――。

 

高円寺六助とOL女性のやり取り。

 

原作ファンなら「生で見たい」と思う名場面だ。

 

だが――。

 

「別に興味ないんだよな」

 

俺は小さく呟く。

 

正直、イベント回収みたいな感覚は無かった。

 

ここはもう“アニメの世界”じゃない。

 

現実だ。

 

失敗すれば本当に退学する。

 

人間関係を間違えれば人生が狂う。

 

だから俺は、“原作の名シーンを見る”ことより、自分がどう生き残るかの方が重要だった。

 

それに――。

 

「ジロジロ見て、不審がられる方が面倒だしな」

 

もし綾小路や堀北を見つけて、「本物だ……」なんて反応をしたら終わる。

 

観察しているつもりが、逆に観察される。

 

特に綾小路は危険だ。

 

あいつは、人の視線や違和感に異常なほど敏感な気がする。

 

だからこそ、俺は決めている。

 

関わりすぎない。

 

――そう、決めていたのだ。

 

「あ」

 

不意に、バスが停車する。

 

開いた扉から、一人の少女が乗り込んできた。

 

長い黒髪。 鋭い目つき。 どこか他人を寄せ付けない空気。

 

……堀北鈴音だった。

 

「……は?」

 

思わず、心の中で間抜けな声が漏れた。

 

何でこんな時間に堀北鈴音が乗って来るんだよ……!

 

写真と原作で見慣れていたはずなのに、実際に目の前へ現れると破壊力が違いすぎる。

 

マジで心の準備が出来てねぇ。

 

俺の心臓は、バクバクと嫌になるほど暴れ回っていた。

 

ゆっくりと通路を歩いてくる堀北。 ただ普通に歩いているだけだというのに、その瞬間だけ車内の空気が変わったように感じる。

 

長く綺麗な黒髪。 凛とした横顔。 近寄りがたい雰囲気すら、逆に魅力になっている。

 

……いや、待て待て。

 

「可愛すぎだろ……」

 

危うく声に出しかけ、慌てて口を押さえた。

 

堀北はそんな俺を一瞬だけチラリと見た。

 

それだけ。

 

ただ視線が一度交わっただけなのに、俺の脳みそは軽く爆発しかける。

 

そのまま堀北は何事もなかったように前の席へ座った。

 

だが、俺はもう駄目だった。

 

落ち着かない。

 

視線を向けちゃダメだと思うのに、気付けば見てしまう。

 

横顔が綺麗すぎる。 姿勢も綺麗。 髪を耳に掛ける仕草すら絵になる。

 

原作知識とか、Dクラスの危険性とか、そんなものが頭から吹き飛びかける。

 

「……もう堀北の奴隷でもいいかもしれん」

 

いや良くない。

 

良くないはずなんだが、脳が正常な判断を放棄し始めている。

 

これがヒロイン補正ってやつか? いや、違うな。

 

単純に堀北鈴音が強すぎる。

 

俺が勝手に悶えている間にも、バスは静かに進み続け――。

 

やがて、大きな門が見えてきた。

 

未来を約束されたエリート育成機関。

 

高度育成高等学校。

 

「……着いたか」

 

胸の高鳴りを誤魔化すように、小さく息を吐く。

 

これから始まる学園生活への緊張よりも、 数メートル先に座っている堀北鈴音の存在の方が、今の俺には遥かに問題だった。

 

バスが静かに停車する。

 

プシューッ――という音と共に扉が開いた。

 

俺はゆっくり立ち上がり、肩に掛けたバッグを持つ。

 

そして、バスを降りた。

 

朝の空気は少し冷たい。

 

だが、それ以上に――。

 

目の前の光景が、俺の呼吸を止めた。

 

「……でか」

 

思わず声が漏れる。

 

高度育成高等学校。

 

テレビやネットで見た時とは、圧迫感がまるで違った。

 

巨大な校舎。

 

整備された敷地。

 

高級ホテルみたいな設備。

 

“学校”というより、一つの都市だ。

 

いや――。

 

俺には別のものに見えた。

 

「……地獄の門、だな

 

ここには天才がいる。

 

と同時に、どうやらオレの視線が気に入らなかったのか、堀北が横から声をかけてきた。

 

「ちょっと、あなた。さっき私の方を見ていたけれど、なんなの?」

 

原作でも見たことのある、あの冷たい第一声。

 

 横を振り返ると、不機嫌そうな顔をした堀北が俺の橫からこちらを見ている。

 

朝日を背にしているせいか、妙に絵になる。

 

……いや、感心してる場合じゃない。

 

「え、あー……」

 

ヤバい。 頭が真っ白だ。

 

さっきまで“あまり関わらない”とか決意してた男とは思えないくらい動揺している。

 

だが、このまま黙っているのも不自然だ。

 

俺は必死に脳を回転させる。

 

原作の綾小路なら、ここで淡々と返す。 だが俺は綾小路じゃない。

 

コミュ力もメンタルも一般人だ。

 

「いや、その……」

 

言い訳を考えろ。 変態認定だけは回避しろ。

 

「同じ新入生っぽい人がいたから、つい気になっただけだ」

 

……よし。 ギリギリセーフなはず。

 

堀北はじっと俺を見る。

 

鋭い視線。 まるで相手の内面を見透かそうとするような、冷たく真っ直ぐな瞳。

 

普通なら、その迫力に気圧される場面だ。

だが――。

(……顔、小さっ)

俺の脳は別方向へ暴走していた。

近くで見ると、本当に整いすぎている。

肌は綺麗だし、 まつ毛は長いし、 黒髪もさらさらだし、 何より距離が近い。

 

(ヤバい……可愛すぎるだろ……)

心臓がうるさい。

しかも無表情気味なのが逆に破壊力を上げていた。

 

クール系美少女って現実に存在したんだな、とどうでもいい感想まで浮かんでくる。

 

そして、思考はさらに危険な方向へ滑っていく。

(……キス、とかしたらどんな感じなんだろ)

――終わっていた。

完全に終わっていた。

入学初日の俺の理性は、もう限界だった。

もちろん、そんなこと口に出せるわけがない。 出した瞬間、学校生活どころか人生が終わる。

 

だから俺は必死に無表情を装う。

だが。

「……あなた」

堀北が怪訝そうに眉を寄せた。

「今、失礼なことを考えていなかった?」

「!?」

ギクリと肩が跳ねる。

な、何で分かる!?

エスパーか!?

俺の反応を見た堀北は、さらに警戒を強めたようだった。

「……図星みたいね」

「ち、違う!」

半分くらい違わない。

「とにかく、あなたは感情が顔に出やすすぎるわ」

呆れたようにそう言って、堀北は小さく息を吐く。

その仕草すら綺麗なのが腹立たしい。

「入学初日から問題を起こしたくないなら、もう少し自制したらどう?」

 

興味を失ったような声。

 

だが、そのまま会話を切るかと思った瞬間、堀北は校門へ視線を向けながら言った。

 

「でも、あまりジロジロ見ない方がいいわ。不愉快だから」

 

冷たく言い放ち、堀北は校門へ視線を向ける。

 

普通なら、ここで謝って終わりだ。 むしろ、それが正解だろう。

 

だが――。

 

緊張と動揺でテンパっていた俺の口は、理性より先に動いてしまった。

 

「……仕方ないだろ」

 

「?」

 

堀北の眉がわずかに動く。

 

俺は半ばヤケになりながら言った。

 

「お前が、あまりにも可愛すぎるから……つい見ちまったんだよ」

 

――言ってしまった。

 

終わった。

 

人生終了のお知らせである。

 

一瞬、空気が止まる。

 

堀北は無言だった。

 

その表情は変わらない。 だが逆に、それが怖い。

 

数秒後。

 

「……は?」

 

ものすごく低い声だった。

 

ヤバい。 完全にヤバい。

 

俺の脳内警報が、過去最大音量で鳴り響く。

 

(何言ってんだ俺ぇぇぇぇ!?)

 

入学初日。 開始五分。

 

女子に見惚れて、 注意されて、 勢いで口説き文句みたいなことを言った。

 

冷静に考えて、ただの危険人物である。

 

堀北はじっと俺を見つめていた。

 

逃げたい。

 

今すぐこの場から走って逃げたい。

 

だが足が動かない。

 

そして――。

 

「あなた」

 

堀北が静かに口を開く。

 

「初対面の女子に、誰にでもそういうことを言っているの?」

 

声音は冷静。 だが目は全然冷静じゃない。

 

鋭い。

 

完全に警戒されている。

 

「ち、違っ――!」

 

「どうでもいいけれど、軽薄な人は嫌いよ」

 

バッサリだった。

 

致命傷。

 

堀北はそれだけ言うと、俺の横を通り過ぎて歩き出す。

 

ふわりと髪が揺れ、シャンプーの匂いが一瞬だけ鼻を掠めた。

 

そして彼女は、一度だけ立ち止まる。

 

「……それと」

 

振り返らないまま、堀北は小さく言った。

 

「可愛い、なんて言われ慣れていないから反応に困るわ。次からはやめて」

 

そう言い残し、今度こそ校舎の方へ去っていく。

 

俺はその背中を見送りながら、しばらく固まっていた。

 

「……え?」

 

今のって。

 

もしかして。

 

完全拒絶、では――なかったのか?

 

いや、でも警戒はされてる。 むしろかなりされてる。

 

だが最後の一言は、ほんの少しだけ――。

 

「……照れてた?」

 

その瞬間。

 

遠くを歩いていた堀北の肩が、ピクリと揺れた気がした。

 

俺はふと気付く。

 

これ、ある意味では綾小路ポジションを奪ってないか?

 

原作なら、さっきの会話は綾小路とのイベントだったはずだ。

 

つまり俺はいま、知らず知らずのうちに原作へ干渉している可能性がある。

 

その事実に気付いた瞬間――。

 

「……マズくね?」

 

高度育成高等学校の入学式が始まる前から、 俺の平穏な学園生活は、すでに少しずつ狂い始めていた。

 

 

 

高度育成高等学校。

 

ここは実力主義の学園であり、 天才たちの戦場であり――。

 

下手な発言一つで、ヒロインとの距離感が致命的に変わる危険地帯なのだと。

 

 




色々案が浮かんで書き直しが、多くなってます
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