フンババ異端叙事詩 ~石板に刻まれなかった者達~   作:ヒツジ(ラム肉

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第十一話 森の話

『エンキドゥは語った。

 

杉の森は深く、

 

フンババの威光は強大であると。』

 

――ウルク出土石板断片・現代語訳

 

「威光」

 

フンババは石板を見た。

 

「威光らしい」

 

長老が酒を飲む。

 

「腰痛ではないのか」

 

「最近は膝も痛い」

 

「威光が増えたな」

 

二人は頷いた。

 

年齢という名の威光だった。

 

初夏。

 

杉の森。

 

雨が続いていた。

 

川が増える。

 

道がぬかるむ。

 

木は喜ぶ。

 

人間は喜ばない。

 

「長」

 

若者が来る。

 

「橋が流れました」

 

「直せ」

 

「三本目です」

 

「四本目も覚悟せい」

 

若者は頭を抱えた。

 

フンババは慣れていた。

 

森は人間に優しくない。

 

だから。

 

油断するな。

 

昔から言い続けてきた。

 

昼。

 

交易隊が到着する。

 

雨で遅れたらしい。

 

商人達は疲れていた。

 

だが。

 

石板だけは持ってきた。

 

最近の重要輸送品だった。

 

「長」

 

「なんじゃ」

 

「また森の話です」

 

沈黙。

 

フンババは受け取る。

 

読む。

 

そこには。

 

エンキドゥの言葉。

 

『杉は空を覆う』

 

『昼でも暗い』

 

『谷は深い』

 

『迷えば死ぬ』

 

『フンババは森そのものだ』

 

沈黙。

 

「盛ったな」

 

即答だった。

 

商人が吹き出した。

 

「盛りましたか」

 

「盛った」

 

「全部嘘ですか」

 

「全部本当じゃ」

 

沈黙。

 

「どっちです」

 

「盛ってるが本当じゃ」

 

さらに分からなくなった。

 

フンババは窓の外を見る。

 

雨。

 

杉。

 

霧。

 

確かに。

 

慣れていない者なら迷う。

 

死ぬ。

 

普通に死ぬ。

 

熊にも会う。

 

崖にも落ちる。

 

川にも流される。

 

怪物などいなくても死ぬ。

 

森とはそういうものだった。

 

夜。

 

焚火。

 

雨音。

 

酒。

 

石板。

 

静かな時間。

 

フンババは読み返す。

 

『フンババは森そのものだ』

 

そこだけ。

 

何度も。

 

「馬鹿者め」

 

笑う。

 

そんな訳がない。

 

森は森。

 

自分は自分。

 

いつか死ぬ。

 

森は残る。

 

それだけの話だ。

 

だが。

 

少しだけ。

 

嬉しかった。

 

覚えていた。

 

森を。

 

木々を。

 

川を。

 

雨を。

 

忘れていない。

 

それが分かった。

 

その頃。

 

ウルク。

 

王宮の一室。

 

ギルガメッシュは地図を見ていた。

 

山。

 

川。

 

街道。

 

そして。

 

杉の森。

 

王の目は輝いている。

 

遠征。

 

偉業。

 

伝説。

 

夢。

 

若い王らしい顔だった。

 

その向かい。

 

エンキドゥは黙っていた。

 

珍しく。

 

本当に珍しく。

 

酒も飲まない。

 

肉も食わない。

 

ただ地図を見る。

 

森を見る。

 

故郷を見る。

 

「まだ反対か」

 

ギルガメッシュが聞く。

 

沈黙。

 

長い沈黙。

 

そして。

 

エンキドゥは頷いた。

 

「反対だ」

 

「何故だ」

 

また同じ質問。

 

また同じ沈黙。

 

だが。

 

今回は少しだけ違った。

 

「そこには人がいる」

 

小さな声。

 

ギルガメッシュが眉をひそめる。

 

「人?」

 

「森の民だ」

 

さらに沈黙。

 

王は初めて気付く。

 

怪物の森ではない。

 

誰かの故郷なのだと。

 

だが。

 

それでも。

 

若い王は言う。

 

「それでも行く」

 

風が吹く。

 

遠い杉の森でも。

 

同じ風が木々を揺らしていた。

 

そして。

 

エンキドゥは目を閉じた。

 

最も聞きたくなかった答えを。

 

聞いてしまったから。

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