フンババ異端叙事詩 ~石板に刻まれなかった者達~   作:ヒツジ(ラム肉

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第三章 帰る場所
第十三話 神に任じられし者


『エンリル神はフンババを任じた。

 

杉の森を守らせるために。』

 

――ウルク出土石板断片・現代語訳

 

「任じたらしい」

 

フンババは石板を置いた。

 

長老が酒を飲む。

 

「任じられたな」

 

沈黙。

 

「いつじゃ」

 

「知らん」

 

「儂も知らん」

 

二人は頷いた。

 

本当に知らなかった。

 

秋。

 

杉の森。

 

木々は色付き始める。

 

風も涼しい。

 

働きやすい季節だった。

 

フンババは倉庫にいた。

 

古い木箱。

 

さらに古い木箱。

 

その奥。

 

石板。

 

契約書。

 

帳簿。

 

部族連合の記録。

 

何百年分もある。

 

「長」

 

若者が来た。

 

まだ二十歳。

 

最近読み書きを覚えた。

 

好奇心旺盛。

 

つまり面倒だった。

 

「何じゃ」

 

「本当ですか」

 

「何がじゃ」

 

若者は石板を掲げる。

 

『神に任じられた守護者』

 

その文字。

 

「これです」

 

沈黙。

 

フンババは考える。

 

長く。

 

真面目に。

 

そして答えた。

 

「知らん」

 

若者が固まる。

 

「知らん?」

 

「知らん」

 

「神に選ばれたのでは」

 

「知らん」

 

「守護者では」

 

「守護者じゃ」

 

「どっちです」

 

「知らん」

 

話が進まなかった。

 

若者は諦めなかった。

 

若かった。

 

「では何故守護者になったのです」

 

フンババは木箱を漁る。

 

古い石板を取り出す。

 

さらにもう一枚。

 

さらにもう一枚。

 

全部同じ名前。

 

父。

 

祖父。

 

曾祖父。

 

守護者。

 

守護者。

 

守護者。

 

沈黙。

 

「死んだからじゃ」

 

「え?」

 

「前の守護者が死んだ」

 

「だから儂がなった」

 

「……それだけ?」

 

「それだけじゃ」

 

若者は頭を抱えた。

 

もっと神秘的な何かを期待していた。

 

その日の夕方。

 

広場。

 

酒。

 

焚火。

 

いつもの時間。

 

若者は長老へ聞く。

 

「本当に神に選ばれたんですか」

 

長老は笑う。

 

「昔はそう言われとった」

 

「昔?」

 

「もっと昔じゃ」

 

酒を飲む。

 

火を見る。

 

そして話し始めた。

 

昔。

 

都市国家同士が争っていた頃。

 

杉は貴重だった。

 

船。

 

神殿。

 

城門。

 

全部杉が要る。

 

だから。

 

皆欲しがった。

 

森へ来た。

 

勝手に切った。

 

争った。

 

殺した。

 

燃やした。

 

森も荒れた。

 

人も死んだ。

 

そこで。

 

昔の守護者が怒った。

 

部族をまとめた。

 

交易路を管理した。

 

伐採場所を決めた。

 

境界を決めた。

 

通行税も決めた。

 

都市国家も認めた。

 

「その時の石板がこれじゃ」

 

長老は古い契約書を見せた。

 

王印。

 

神殿印。

 

部族連合印。

 

全部ある。

 

若者は息を呑む。

 

「本物ですか」

 

「本物じゃ」

 

「神の契約ですか」

 

長老は笑った。

 

「王と商人の契約じゃ」

 

沈黙。

 

「では何故神が出るのです」

 

「そっちの方が格好良いからじゃろ」

 

会場が笑った。

 

夜。

 

守護者の家。

 

フンババは契約書を見る。

 

何代も前の守護者。

 

知らない名前。

 

知らない字。

 

だが。

 

皆同じだった。

 

森を守る。

 

交易を守る。

 

争いを減らす。

 

それだけ。

 

ふと。

 

最近の石板を見る。

 

ギルガメッシュ。

 

エンキドゥ。

 

杉の森遠征。

 

その文字。

 

沈黙。

 

長い沈黙。

 

やがて。

 

フンババは酒を飲んだ。

 

「面倒なことになりそうじゃな」

 

誰に言うでもなく呟く。

 

風が吹く。

 

杉が鳴る。

 

契約は古い。

 

だが。

 

まだ生きている。

 

少なくとも。

 

フンババはそう思っていた。

 

まだ。

 

遠征隊が本当に来るまでは。

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