フンババ異端叙事詩 ~石板に刻まれなかった者達~   作:ヒツジ(ラム肉

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第十四話 契約の森

『杉の森は神々の領域である。

 

フンババはその門を守る者である。』

 

――ウルク出土石板断片・現代語訳

 

「門番か」

 

フンババは石板を読む。

 

「門番じゃな」

 

長老が酒を飲む。

 

「門あったか?」

 

沈黙。

 

「無いな」

 

「無いな」

 

二人は頷いた。

 

杉の森に門は無い。

 

そもそも塀も無い。

 

森だからだ。

 

ただし。

 

境界はある。

 

それは確かだった。

 

翌日。

 

朝。

 

フンババは若い衆を連れて森を歩いていた。

 

見回り。

 

守護者の仕事だった。

 

木を見る。

 

川を見る。

 

獣道を見る。

 

そして。

 

境界を見る。

 

「長」

 

若者が聞く。

 

「なんじゃ」

 

「ここですか」

 

「うむ」

 

若者は周囲を見回す。

 

森。

 

杉。

 

草。

 

岩。

 

何も無い。

 

「境界が分かりません」

 

「分からんで良い」

 

「え?」

 

フンババは笑う。

 

「分かる奴だけ分かれば良い」

 

実に守護者らしい説明だった。

 

全然分からなかった。

 

少し歩く。

 

大きな岩。

 

古い印。

 

石に刻まれた文字。

 

風雨で削れている。

 

だが読める。

 

『南第三伐採区』

 

古い文字だった。

 

「これは?」

 

若者が聞く。

 

「契約じゃ」

 

「契約」

 

「昔のな」

 

フンババは岩を撫でる。

 

冷たい。

 

長い年月を感じる。

 

「都市国家は木が欲しい」

 

「うむ」

 

「儂らは塩が欲しい」

 

「うむ」

 

「だから取引する」

 

「うむ」

 

「だが全部切られたら困る」

 

「困りますね」

 

「だから決める」

 

伐採区。

 

本数。

 

期間。

 

運搬路。

 

税。

 

休養林。

 

全部。

 

決まっている。

 

何百年も前から。

 

若者は驚いていた。

 

「そんな昔から?」

 

「昔からじゃ」

 

「誰が決めたんです」

 

フンババは肩をすくめる。

 

「知らん」

 

即答だった。

 

「知らんのですか」

 

「昔過ぎる」

 

それもそうだった。

 

昼。

 

川辺。

 

一行は休憩する。

 

水を飲む。

 

干し肉を食う。

 

平和だった。

 

そこへ。

 

老人が現れる。

 

別の部族の長だった。

 

隣の谷を管理している。

 

長い付き合い。

 

「まだ生きとったか」

 

フンババが言う。

 

「お前もな」

 

老人が返す。

 

いつもの挨拶だった。

 

二人は酒を飲む。

 

若者達は話を聞く。

 

「最近どうじゃ」

 

「都市が増えた」

 

「増えたな」

 

「木も欲しがる」

 

「欲しがるな」

 

沈黙。

 

二人とも同じことを考えていた。

 

「遠征の話は聞いたか」

 

老人が聞く。

 

フンババは頷く。

 

「聞いた」

 

「どう思う」

 

長い沈黙。

 

川の音だけが聞こえる。

 

そして。

 

フンババは答えた。

 

「若い」

 

老人は笑った。

 

「違いない」

 

本当に若い。

 

若い王。

 

若い英雄。

 

若い野心。

 

若い名誉。

 

全部若い。

 

夕方。

 

帰り道。

 

若者が聞く。

 

「長」

 

「なんじゃ」

 

「契約は絶対ですか」

 

沈黙。

 

フンババは少し考える。

 

そして答える。

 

「絶対ではない」

 

若者が驚く。

 

「そうなんですか」

 

「破れる」

 

「簡単に?」

 

「簡単にじゃ」

 

戦争。

 

飢饉。

 

王の代替わり。

 

欲。

 

怒り。

 

理由はいくらでもある。

 

「だから守る」

 

フンババは言う。

 

「守らんと消える」

 

それだけだった。

 

若者は黙る。

 

少しだけ理解した。

 

契約とは紙ではない。

 

石板でもない。

 

守る者がいるから続く。

 

それだけなのだと。

 

夜。

 

守護者の家。

 

フンババは古い契約書を見ていた。

 

王印。

 

神殿印。

 

部族印。

 

全部揃っている。

 

何百年も続いた約束。

 

そして。

 

最近届いた石板。

 

『杉の森遠征』

 

その文字。

 

長い沈黙。

 

やがて。

 

フンババはため息をついた。

 

「頼むから話し合え」

 

切実な願いだった。

 

風が吹く。

 

杉が鳴る。

 

だが。

 

英雄譚は。

 

話し合いでは終わらない。

 

だからこそ。

 

後世まで残るのだから。

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