フンババ異端叙事詩 ~石板に刻まれなかった者達~   作:ヒツジ(ラム肉

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最終話 石板の向こう

『ギルガメッシュとエンキドゥはフンババを討った。

 

そして杉を切り倒した。

 

その名は後世まで語られた。』

 

――ウルク出土石板断片・現代語訳

 

語られた。

 

確かに語られた。

 

英雄譚として。

 

偉業として。

 

神話として。

 

何千年も。

 

だが。

 

語られなかったものもある。

 

たくさんあった。

 

春。

 

杉の森。

 

風が吹く。

 

杉が鳴る。

 

いつもと同じ。

 

そのはずだった。

 

フンババは倒れた。

 

森守は死んだ。

 

最後まで。

 

守護者のまま。

 

ギルガメッシュは勝った。

 

エンキドゥも勝った。

 

神話はそう語る。

 

そして。

 

杉は切られた。

 

最初は祝福された。

 

ウルク。

 

ラルサ。

 

ニップル。

 

神殿。

 

商人。

 

皆喜んだ。

 

怪物は倒された。

 

森は開かれた。

 

木材は自由だ。

 

そう思った。

 

一年後。

 

木材が届かない。

 

二年後。

 

さらに届かない。

 

三年後。

 

ほとんど届かない。

 

理由は簡単だった。

 

誰も知らなかった。

 

どこを切るか。

 

どこを残すか。

 

どこを休ませるか。

 

誰に話を通すか。

 

誰が橋を直すか。

 

誰が争いを止めるか。

 

全部。

 

フンババがやっていた。

 

商人達は困った。

 

橋が壊れる。

 

道が消える。

 

部族同士が争う。

 

荷車が襲われる。

 

木材は減る。

 

値段は上がる。

 

ある老人商人が言った。

 

「馬鹿なことをした」

 

若い役人が聞く。

 

「怪物は倒したではないか」

 

老人は首を振る。

 

そして答えた。

 

「怪物ではない」

 

短い沈黙。

 

「では何だった」

 

老人は遠くを見る。

 

杉の森の方角。

 

そして呟いた。

 

「あれは窓口だ」

 

それだけだった。

 

一方。

 

ウルク。

 

王宮。

 

エンキドゥは眠れない。

 

夜。

 

夢を見る。

 

何度も。

 

何度も。

 

丘。

 

焚火。

 

蜂蜜酒。

 

鹿肉。

 

笑う若者達。

 

昼寝する長老。

 

そして。

 

フンババ。

 

『飯を食え』

 

『酒はほどほどにせい』

 

『ちゃんと寝ろ』

 

いつもの言葉。

 

いつもの声。

 

目が覚める。

 

部屋には誰もいない。

 

静かだった。

 

ある日。

 

古い商人が訪ねてくる。

 

手には小さな箱。

 

木箱だった。

 

飾りは無い。

 

不器用な作り。

 

見覚えがある。

 

「預かっていました」

 

商人が言う。

 

「誰からだ」

 

エンキドゥは聞く。

 

商人は答える。

 

「守護者殿からです」

 

静かになる。

 

誰も動かない。

 

箱を開く。

 

中には。

 

木板が一枚。

 

短い文字。

 

『元気か』

 

『飯を食え』

 

『酒はほどほどにせい』

 

それだけ。

 

本当にそれだけ。

 

エンキドゥは笑う。

 

少しだけ。

 

そして。

 

泣いた。

 

声も無く。

 

ただ泣いた。

 

やがて。

 

病が来る。

 

神話は語る。

 

神々の怒り。

 

天罰。

 

運命。

 

色々な名がある。

 

だが。

 

エンキドゥ自身には。

 

違うものに思えた。

 

帰る場所を失った痛み。

 

友を失った痛み。

 

それが少しずつ。

 

胸を削っていた。

 

死の間際。

 

ギルガメッシュがいる。

 

友がいる。

 

王がいる。

 

エンキドゥは笑う。

 

弱々しく。

 

昔のように。

 

「長に怒られるな」

 

「何故だ」

 

ギルガメッシュが聞く。

 

エンキドゥは答える。

 

「飯を残した」

 

それだけ。

 

そして。

 

目を閉じた。

 

長い沈黙。

 

ギルガメッシュは動かない。

 

何も言えない。

 

英雄。

 

王。

 

勝者。

 

だが。

 

今はただ一人の男だった。

 

友を失った男。

 

やがて。

 

旅人が語る。

 

世界の果て。

 

大洪水を生き延びた者。

 

死なない者。

 

永遠の命。

 

そんな話。

 

昔なら笑った。

 

だが。

 

今は違う。

 

ギルガメッシュは立ち上がる。

 

王冠も。

 

王座も。

 

城壁も。

 

置いていく。

 

探しに行く。

 

永遠を。

 

失われたものを。

 

取り戻せると信じて。

 

だが。

 

本当は知っていた。

 

永遠の命など欲しくない。

 

欲しかったのは。

 

杉の森。

 

焚火。

 

蜂蜜酒。

 

鹿肉。

 

そして。

 

もう二度と会えない友だった。

 

石板は語る。

 

英雄達の偉業を。

 

王の旅を。

 

神々の物語を。

 

だが。

 

もし。

 

石板の余白に。

 

ほんの少しだけ。

 

書き足すことが許されるなら。

 

こう記されるだろう。

 

『森守フンババ』

 

『良く働いた』

 

『酒好き』

 

『少し頑固』

 

『だが良い男だった』

 

風が吹く。

 

杉が鳴る。

 

遠い昔の森で。

 

誰かが笑った気がした。

 

ギルガメッシュ神話 フンババ異端叙事詩 完

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