フンババ異端叙事詩 ~石板に刻まれなかった者達~   作:ヒツジ(ラム肉

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第二章 王と英雄
第七話 英雄の最初の一歩


『ギルガメッシュとエンキドゥは共に歩んだ。

 

彼らは多くの困難を退け、

 

人々はその名を語るようになった。』

 

――ウルク出土石板断片・現代語訳

 

「語られるようになったか」

 

フンババは石板を置いた。

 

長老が酒を飲む。

 

「良いことじゃろう」

 

「良いことじゃな」

 

沈黙。

 

「たぶん」

 

「たぶんか」

 

「名声というやつは面倒じゃ」

 

長老は頷いた。

 

若い頃。

 

誰もが欲しがる。

 

歳を取ると。

 

案外そうでもない。

 

「儂は鹿肉の方が好きじゃ」

 

「儂もじゃ」

 

平和な結論だった。

 

旅立ちから二年。

 

杉の森。

 

夏。

 

木々は青い。

 

川も穏やか。

 

今年も豊作だった。

 

「長」

 

若者が走って来る。

 

「なんじゃ」

 

「石板です」

 

沈黙。

 

フンババの眉が動く。

 

石板。

 

最近増えた。

 

やたら増えた。

 

そして。

 

大体エンキドゥだった。

 

交易商人が笑っている。

 

嫌な予感しかしない。

 

「今度は何を壊した」

 

「今回は違います」

 

「牢屋か」

 

「違います」

 

「王宮か」

 

「違います」

 

「王か」

 

「違います」

 

沈黙。

 

「全部ありそうじゃな」

 

「私もそう思います」

 

商人は石板を渡した。

 

そこには。

 

新しい記録。

 

盗賊退治。

 

街道警備。

 

隊商護衛。

 

都市の治安維持。

 

エンキドゥの名前が並んでいる。

 

「ほう」

 

フンババは少し驚いた。

 

仕事をしている。

 

ちゃんと。

 

本当に。

 

仕事をしている。

 

「信じられん」

 

「そこですか」

 

商人が吹き出した。

 

石板には続きがあった。

 

『旅人達は彼らを称えた』

 

『子供達はその名を知った』

 

『人々は英雄と呼んだ』

 

沈黙。

 

英雄。

 

その言葉は重い。

 

森にはあまり無い概念だった。

 

誰か一人が偉い訳ではない。

 

木を植える者。

 

木を切る者。

 

狩る者。

 

守る者。

 

皆がいて森が成り立つ。

 

だから。

 

フンババは少し不思議だった。

 

英雄。

 

エンキドゥ。

 

結び付かなかった。

 

「長」

 

若者が聞く。

 

「英雄って何ですか」

 

沈黙。

 

フンババは考える。

 

長く。

 

真面目に。

 

そして答えた。

 

「よく働く馬鹿者じゃ」

 

会場が笑った。

 

「それ英雄ですか」

 

「儂はそう思う」

 

本気だった。

 

夕方。

 

森の見回り。

 

若木の様子を見る。

 

川を見る。

 

獣道を見る。

 

いつもの仕事。

 

その途中。

 

子供達が遊んでいた。

 

棒を振る。

 

走る。

 

叫ぶ。

 

そして。

 

一人が叫んだ。

 

「俺がエンキドゥ!」

 

「じゃあ俺ギルガメッシュ!」

 

「負けるな!」

 

「やっつけろ!」

 

沈黙。

 

フンババは立ち止まる。

 

長老も止まる。

 

子供達は気付かない。

 

必死に遊んでいる。

 

英雄ごっこ。

 

「有名になったな」

 

長老が言う。

 

「そうじゃな」

 

フンババは頷く。

 

少しだけ。

 

誇らしかった。

 

本当に少しだけ。

 

夜。

 

焚火。

 

酒。

 

静かな時間。

 

フンババは石板を読む。

 

『英雄』

 

その文字を見る。

 

昔。

 

木から落ちた。

 

川へ飛び込んだ。

 

猪に乗った。

 

蜂に刺された。

 

そんな馬鹿者だった。

 

今は英雄らしい。

 

信じられない。

 

だが。

 

悪い気はしなかった。

 

その頃。

 

ウルク。

 

市場。

 

エンキドゥが歩いていた。

 

周囲の子供達が集まる。

 

「英雄様!」

 

「本当に盗賊を倒したのか!」

 

「王様の友達なんだろ!」

 

エンキドゥは困った顔をした。

 

少しだけ。

 

そして笑う。

 

「飯を食っただけだ」

 

子供達は笑った。

 

だが。

 

その夜。

 

一人になった時。

 

ふと。

 

杉の香りを思い出した。

 

川の音。

 

焚火。

 

昼寝する老人。

 

「元気かな」

 

小さな声。

 

誰にも聞こえない。

 

そして。

 

空を見上げる。

 

遠い。

 

本当に遠い。

 

だが。

 

帰る場所はまだそこにある。

 

エンキドゥはそう信じていた。

 

まだ。

 

何も失われていない。

 

だから。

 

安心して笑えた。

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