フンババ異端叙事詩 ~石板に刻まれなかった者達~   作:ヒツジ(ラム肉

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第八話 王の悩み

『ギルガメッシュは安らがなかった。

 

その心は常に新たな偉業を求めていた。』

 

――ウルク出土石板断片・現代語訳

 

「面倒じゃな」

 

フンババは石板を閉じた。

 

長老が酒を飲む。

 

「何がじゃ」

 

「安らがない」

 

「うむ」

 

「偉業を探す」

 

「うむ」

 

沈黙。

 

「暇なら木でも植えれば良い」

 

「それで解決するなら世に戦は無い」

 

フンババは頷いた。

 

それもそうだった。

 

杉の森。

 

秋。

 

風が強い。

 

葉が舞う。

 

木々が鳴る。

 

フンババの好きな季節だった。

 

虫が減る。

 

涼しい。

 

飯も旨い。

 

最高だった。

 

「長」

 

若者が走って来る。

 

「なんじゃ」

 

「石板です」

 

「またか」

 

最近多い。

 

本当に多い。

 

英雄というものは暇なのだろうか。

 

商人は苦笑していた。

 

「今回は少し妙です」

 

「妙とは」

 

「王の話です」

 

沈黙。

 

「王が何をした」

 

「何もしていません」

 

「では何故石板になる」

 

「悩んでいます」

 

長老が吹き出した。

 

「悩みで石板になるのか」

 

「王だからでしょう」

 

妙な納得感があった。

 

石板を読む。

 

そこには。

 

ギルガメッシュの話。

 

勝った。

 

治めた。

 

築いた。

 

戦った。

 

全て持っている。

 

それなのに。

 

満足していない。

 

『永く語られる名が欲しい』

 

そう刻まれていた。

 

沈黙。

 

フンババは石板を裏返した。

 

もう一度読む。

 

やはり同じだった。

 

「変わっとる」

 

素直な感想だった。

 

「理解できんか」

 

長老が聞く。

 

「できん」

 

即答だった。

 

「飯はある」

 

「ある」

 

「家もある」

 

「ある」

 

「友もおる」

 

「おる」

 

「なら十分ではないか」

 

沈黙。

 

長老は酒を飲む。

 

そして答える。

 

「王だからじゃろう」

 

フンババは首を傾げた。

 

やはり理解できない。

 

その夜。

 

焚火。

 

静かな時間。

 

フンババは考える。

 

名。

 

名声。

 

後世。

 

永遠。

 

どれも遠い話だった。

 

森の民は違う。

 

今年木を植える。

 

十年後に育つ。

 

子供が使う。

 

孫が使う。

 

それで十分だった。

 

だが。

 

ふと思う。

 

もし。

 

エンキドゥが隣にいたら。

 

何と言うだろう。

 

きっと。

 

「面白そうだ!」

 

と言う。

 

絶対言う。

 

間違いなく言う。

 

フンババは笑った。

 

容易に想像できた。

 

その頃。

 

ウルク。

 

王宮。

 

夜。

 

ギルガメッシュは城壁の上にいた。

 

巨大都市。

 

灯火。

 

人々。

 

全てが見える。

 

自分が築いたもの。

 

守っているもの。

 

だが。

 

満足できない。

 

もっと何か。

 

もっと大きな何か。

 

それを求めていた。

 

隣にはエンキドゥ。

 

酒を飲んでいる。

 

肉も食っている。

 

相変わらずだった。

 

「お前は悩みが無さそうだな」

 

ギルガメッシュが言う。

 

「あるぞ」

 

「何だ」

 

沈黙。

 

エンキドゥは空を見る。

 

遠くを見る。

 

そして答えた。

 

「故郷の蜂蜜酒が飲みたい」

 

王は笑った。

 

大笑いした。

 

「何だそれは」

 

「旨いんだ」

 

本気だった。

 

「都の酒よりか」

 

「たぶん」

 

「たぶんか」

 

「覚えてない」

 

二人は笑った。

 

だが。

 

その後。

 

エンキドゥは少しだけ黙る。

 

思い出していた。

 

森。

 

杉。

 

川。

 

焚火。

 

そして。

 

昼寝をしている老人。

 

ほんの少しだけ。

 

胸が懐かしくなった。

 

だが。

 

今はまだ帰らない。

 

まだ見るものがある。

 

まだ知るものがある。

 

だから。

 

その想いを酒と共に飲み込んだ。

 

遠い森では。

 

フンババが同じ夜空を見上げていることも知らずに。

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