※本編とは一切関係ありません。
※鑑純夏との情報交信事故により、BETAが現代文化を誤学習した世界です。
※12月頃の全員生存ギャグIF時空です。
※207Bとまりもさんは、A-01に合流済みの前提です。
※本話には、他作品や現代ネット文化、動画文化などを元にしたパロディ要素が多く含まれます。
※原作の雰囲気とは大きく異なる完全ギャグIFです。
※パロディ・メタネタが苦手な方はご注意ください。
かわいい。
それは、人の警戒心を緩める概念である。
小さい。丸い。震えている。こちらを見ている。なんだか、かわいそうに見える。
ただそれだけで、人間は一瞬ためらってしまう。
引き金を引く指が止まる。
振り下ろす刃が鈍る。
踏み潰すべき足が迷う。
そして今回、BETAは学習してしまった。
かわいいとは、装甲よりも硬く。
レーザーよりも鋭く。
時に、人類の攻撃意思そのものを止める兵器なのだと。
* * *
12月某日 朝
横浜基地・香月副司令執務室
<< 神宮寺 真白 >>
「……神宮寺真白」
夕呼副司令の声は、低かった。
とても低かった。
自分は、副司令執務室の中央で直立していた。
いや、正確には、直立させられていた。
目の前には夕呼副司令。隣にはピアティフ中尉。部屋の端には霞。
そして机の上には、世界各地から届いた戦線報告が山のように積まれている。
嫌な予感しかしない。
「はい……」
「報告が来てるわ」
「……どのような報告でしょうか」
「前線で、攻撃遅延が増加している」
「攻撃遅延……」
夕呼副司令は端末を操作した。
画面に、戦術機の記録映像が映る。
荒れた戦場。崩れた建物。舞い上がる砂塵。
そこへ、丸くなった戦車級が、ててて、と近づいてくる。
いや、実際にはそんな可愛い効果音は鳴っていない。
だが、そう見えてしまう。
小さい。
丸い。
つぶらな目。
少し震えているようにも見える。
通信音声が流れた。
『敵小型種接近! 排除しろ!』
『りょ、了解!』
戦術機が銃口を向ける。
だが、撃たない。
『何をしている! 撃て!』
『隊長、こっち見てます!』
『見ているように見えるだけだ! 撃て!』
『でも、震えてます!』
『震えているように見えるだけだ! 撃て!』
次の瞬間。
丸い戦車級が跳ねた。
そして、普通に戦術機の足元へ群がった。
『うわあああああ! やっぱり食う!』
映像が停止する。
自分は、ゆっくりと目を逸らした。
「……申し訳ありません」
「まだ続きがあるわ」
「まだあるんですか……」
次の映像。
泣きそうな顔をした光線級が、遠くの丘にいた。
つぶらな目で、こちらをじっと見ている。
『光線級確認! 排除しろ!』
『え、あれがですか!?』
『目が丸いだけだ! 光線級だ!』
『でも泣いてます!』
『泣いているように見えるだけだ!』
『こっちを……見て……』
その直後、画面が真っ白になった。
照射だった。
自分は頭を抱えた。
「本当に申し訳ありません……」
夕呼副司令は、冷静な声で言った。
「恐怖反応は減ったわ」
「それなら、少しは……」
「でも、罪悪感反応と庇護欲反応が増えた」
「良くなってませんね……」
「全然良くなってないわ」
夕呼副司令は、端末の資料を指で叩いた。
「従来のBETAは、生理的嫌悪感と恐怖で兵士の精神を削っていた。今回の変異個体は、見た目の嫌悪感は一部軽減されたけど、代わりに別の負荷が出ている」
「別の負荷……」
「撃ちづらい。踏みづらい。斬りづらい。かわいそうに見える。つまり――」
夕呼副司令は、真顔で言った。
「かわいいは兵器よ」
自分は、その場に沈み込みそうになった。
「そんな嫌な結論、ありますか……?」
「実際に兵器として機能してるんだから仕方ないでしょ」
霞が、端末の横で小さく呟く。
「……罪悪感反応、上昇しています」
「霞、追い打ちをかけないでください……」
夕呼副司令は椅子にもたれ、腕を組んだ。
「対策が必要ね」
「対策……ですか」
「ええ」
そして、夕呼副司令は実に自然に言った。
「かわいいものを撃つ訓練をするわ」
自分は固まった。
「……今、なんて?」
「かわいいものを撃つ訓練よ」
「字面が最悪です……」
「最悪でも必要なのよ」
夕呼副司令は端末を操作する。
画面に、シミュレーター訓練の設定画面が表示された。
外見変異BETA対策訓練プログラム
通称:かわいいBETA射撃訓練
「通称が最悪です!!」
「分かりやすいでしょ」
「分かりやすければいいわけじゃないです!」
そこへ、まりもさんが入ってきた。
「副司令、お呼びでしょうか」
「ええ。神宮司軍曹、A-01と207Bを集めて。今日の訓練内容を変更するわ」
まりもさんは資料に目を通した。
そして、一瞬だけ眉を動かした。
「……かわいいBETA射撃訓練」
「必要でしょ?」
「必要です」
「まりもさん!?」
自分は思わず声を上げた。
まりもさんは真剣な表情だった。
「敵である以上、見た目に惑わされてはいけません。前線で攻撃をためらえば、その一瞬が命取りになります」
「正論すぎてつらいです……」
まりもさんは、こちらを見る。
「真白くん」
「はい……」
「原因を作った以上、あなたも最後まで見届けなさい」
「はい……」
自分は、深く頭を下げた。
人類は今から、かわいいものを撃つ訓練をする。
自分のせいで。
本当に、自分は何をしてしまったのだろう。
* * *
同日 午前
横浜基地・シミュレータールーム
<< 神宮寺 真白 >>
シミュレータールームには、A-01と207Bの面々が揃っていた。
伊隅大尉。水月中尉。遙中尉。宗像中尉。風間中尉。茜。柏木。
そして、A-01に合流済みの旧207B。
冥夜。千鶴。彩峰。たま。美琴。
まりもさんは教官として全体を見ている。
夕呼副司令は観察室。ピアティフ中尉は記録担当。霞は反応分析担当。
自分は、なぜか訓練責任者補佐のような位置に立たされていた。
肩身が狭い。
非常に狭い。
「今回の訓練目的は、外見変異BETAに対する攻撃遅延の克服です」
まりもさんの声が響く。
「敵性個体の外見に惑わされず、種別、挙動、脅威度に基づいて即時判断を行うこと」
千鶴が真剣に頷く。
「了解しました」
たまは、少し不安そうに手を上げた。
「あ、あの……外見変異BETAって、あの、丸い子たちですか?」
「子ではありません。BETAです」
「は、はいぃ……」
水月中尉がこちらを見る。
「で、真白」
「はい……」
「あんたがやらかした結果、今日はかわいいBETAを撃つ訓練ってことでいいの?」
「言葉にしないでください……」
宗像中尉が楽しそうに笑う。
「責任重大ね、真白少佐」
「その通りなので何も言えません……」
冥夜は、静かに目を閉じていた。
「敵である以上、斬らねばならぬ」
さすが冥夜。
真面目だ。
「……だが、あの目は卑怯ではないか?」
「冥夜まで揺れてる……」
彩峰がぽつりと言った。
「……かわいい」
「始まる前から負けないでください」
まりもさんが手を叩く。
「全員、集中!」
シミュレーターが起動する。
周囲の景色が変わった。
荒廃した市街地。崩れたビル。赤茶けた空。遠くから聞こえる、BETAの足音。
いつもなら、緊張感が高まる場面だ。
だが、今回は違った。
瓦礫の陰から、丸い戦車級が顔を出した。
つぶらな目。
小さな口。
ぷるぷる震えているように見える。
たまが叫んだ。
「む、無理ですぅ! こっち見てますぅ!」
「珠瀬、敵です!」
「で、でもぉ!」
その横で彩峰が、じっと戦車級を見つめている。
「……もちもち」
「彩峰!?」
千鶴が叫ぶ。
「敵よ! 敵なのよ!? どうしてみんな迷うの!」
美琴が少し困った顔で言う。
「でも、あれ、ちょっと小動物っぽくない?」
「小動物は人を食べないわ!」
「たぶん、食べる小動物もいるよ?」
「そういう話じゃない!」
その瞬間、丸い戦車級が一斉に跳ねた。
普通に速い。
普通に危険。
「来ます!」
自分が叫ぶ。
水月中尉が舌打ちした。
「見た目で油断させるの、腹立つわね!」
水月中尉の戦術機が突撃砲を構える。
発砲。
丸い戦車級が吹き飛ぶ。
たまが悲鳴を上げた。
「ひゃあああ!」
「珠瀬、悲鳴を上げない!」
「で、でも、倒れ方がかわいそうですぅ!」
「倒さなければ食われます!」
まりもさんの声は容赦なかった。
その横で、冥夜の武御雷が長刀を構える。
正面から、泣きそうな顔の要撃級が迫ってきた。
巨大な前腕。
丸くなった輪郭。
妙につぶらな目。
冥夜が低く呟く。
「敵である以上、斬る」
長刀が振るわれる。
要撃級が両断された。
だが、冥夜は一瞬だけ沈黙する。
「……やはり、あの目は卑怯だ」
「分かりますけど、分かっちゃ駄目です!」
観察室から夕呼副司令の声が入る。
『神宮寺、反応データを見なさい』
自分は端末を覗き込んだ。
恐怖反応:低下
罪悪感反応:上昇
庇護欲反応:上昇
攻撃判断遅延:平均一・七秒増加
「一・七秒……」
戦場では致命的な時間だ。
夕呼副司令が淡々と言う。
『恐怖が減った代わりに、判断が鈍ってる。最悪ね』
「本当に申し訳ありません……」
『謝罪は後でいいわ。次、泣き顔光線級を投入する』
「泣き顔光線級って言い方やめませんか!?」
だが、シミュレーターは止まらない。
遠方の丘に、光線級が現れた。
つぶらな目。
泣きそうな顔。
小さく震えるような挙動。
たまが、また叫ぶ。
「泣いてますぅ!」
千鶴が叫び返す。
「泣いてない! 撃ってくる!」
その通りだった。
光線級が照射姿勢に入る。
遙中尉の声が通信に乗る。
「照射、来ます!」
伊隅大尉が即座に命令する。
「遮蔽! 速瀬、狙撃!」
「了解!」
水月中尉が照準を合わせる。
一瞬だけ、眉をひそめた。
「……やりづらい顔してるわね!」
発砲。
泣き顔光線級が撃破される。
水月中尉は、通信越しに息を吐いた。
「最悪。撃ったこっちが悪いことした気分になる」
伊隅大尉が静かに言う。
「従来型とは別種の精神負荷だな」
「伊隅大尉にまでそう言われると、本当に問題ですね……」
宗像中尉が笑う。
「かわいいのに殺意はそのまま。なかなか悪趣味な敵ね」
風間中尉も苦笑した。
「かわいいと思った瞬間に攻撃されるのは、訓練としては厳しいですね」
まりもさんが頷く。
「だからこそ、必要な訓練です」
そして、シミュレーター内のBETAがさらに増えた。
手を振っているように見える兵士級。顔だけ丸い突撃級。泣きそうな要撃級。つぶらな目の重光線級。妙にもちもちした戦車級。
地獄だった。
別方向の地獄だった。
* * *
同日 午前
横浜基地・シミュレータールーム観察席
<< 神宮寺 真白 >>
訓練は続いていた。
たまは何度も攻撃が遅れた。彩峰は、一度だけ戦車級を見つめすぎてまりもさんに注意された。千鶴はずっと叫んでいた。
冥夜は斬れるが、そのたびに少し苦い顔をした。美琴は「図鑑に載せたら人気出そう」と言って、千鶴に怒られた。
A-01はさすがに対応が早い。
伊隅大尉は冷静。水月中尉は文句を言いながら撃つ。遙中尉は一瞬ためらってから確実に撃つ。
宗像中尉は嫌そうに笑いながら処理する。風間中尉は静かに状況を見極める。
茜と柏木は、最初こそ困惑したが、すぐにまりもさんの指示で持ち直した。
それでも、全体的な反応速度は落ちていた。
「……自分、人類に何をさせてるんですか」
自分は端末を見ながら呟いた。
隣にいた白銀武さんが、シミュレーター画面を見て腕を組む。
「いや、これゲームだったら絶対マスコット枠だろ」
白銀武さんは、少しだけ苦い顔をした。
「……俺さ、最初からこの世界で生きてたら、BETAを見てもあそこまで壊れなかったのかな」
その声は、いつもの軽い調子とは違っていた。
自分は、すぐには答えられなかった。
平和な世界から突然この地獄へ放り込まれた武さんと、生まれた時からBETAの存在を知っているこの世界の人たち。
恐怖の感じ方も、壊れ方も、きっと同じではない。
「……分かりません。でも、耐え方は違ったかもしれません」
「耐え方、か」
武さんは小さく笑った。
その直後、画面の中で泣き顔の光線級がレーザーを撃った。
「……いや、やっぱあれは無理だわ。かわいい顔で撃ってくるの、普通に腹立つ」
「そこは同意します……」
「現実です。しかも食べます」
「最悪だな!」
白銀武さんは本気で嫌そうな顔をした。
「俺の時代でも、こういう見た目の敵を倒すのはちょっと抵抗あるぞ」
「2003年基準でも駄目ですか」
「駄目だろ。見た目だけ可愛くして中身そのままって、普通に悪質だろ」
「正論です……」
隣で浪花千歳さんが、モニターを見ながら頷いた。
「かわいい顔して突っ込んでくるんは、反則やな」
「本当に反則です」
「せやけど、戦場で迷ったら終わりや。かわいいかどうかやなくて、食うか食わんかで判断せなあかん」
「急にすごくまともなことを言いますね」
「当たり前やろ。食うやつは敵や」
「分かりやすい……」
その時、シミュレーター内でたまの悲鳴が響いた。
「む、無理ですぅ! この子、首かしげてますぅ!」
まりもさんの声が飛ぶ。
「珠瀬! 首をかしげているように見えるだけです!」
「で、でもぉ!」
彩峰が小さく言う。
「……かわいい」
千鶴が叫ぶ。
「彩峰さんも同調しない!」
水月中尉が発砲しながら言った。
「もう、あんたたち! 可愛いかどうかじゃなくて、噛むかどうかで判断しなさい!」
千歳さんが頷いた。
「速瀬中尉、それ正解や」
「ですよね……」
自分は妙に納得してしまった。
かわいいかどうかではない。
噛むかどうか。
つまりBETAは噛む。
なら撃つ。
非常に単純だ。
だが、人間は単純な理屈だけでは動けない。
特に、目が合った時は。
* * *
同日 昼
横浜基地・シミュレータールーム
<< 神宮司 まりも >>
訓練終了後。
まりもさんは、全員を整列させた。
表情は厳しい。
だが、その厳しさの中には、どこか疲労も見えた。
「本日の訓練結果を伝えます」
全員が姿勢を正す。
「外見変異BETAに対し、ほぼ全員に一瞬の判断遅延が確認されました」
たまが小さく縮こまる。
「す、すみません……」
「珠瀬だけではありません。程度の差はありますが、全員です」
水月中尉が苦い顔をする。
「まあ、気持ち悪い方向にやりづらかったわね」
「はい。従来型のBETAに対する恐怖や嫌悪感とは異なり、今回の変異個体は、罪悪感や庇護欲を誘発します」
まりもさんはホワイトボードに文字を書いた。
かわいくてもBETA
小さくても戦車級
泣き顔でも光線級
かわいいは兵器
「今後、外見変異BETAへの対応訓練を継続します」
自分は、その言葉を聞いて青ざめた。
「継続するんですね……」
まりもさんは、こちらを見た。
「必要です」
「はい……」
「見た目に惑わされてはいけません。相手は敵性個体です。どれだけ小さく見えても、どれだけ泣いているように見えても、接近を許せば命に関わります」
たまが小さく頷く。
「はいぃ……」
彩峰も頷いた。
「……気をつける」
千鶴は強く拳を握る。
「次は迷いません」
冥夜は静かに目を伏せた。
「敵である以上、斬る。たとえ、あの目が卑怯であっても」
「冥夜、最後の一言でまだ揺れてるのが分かります……」
美琴が手を上げた。
「あの、教官」
「何ですか、鎧衣」
「かわいいBETA識別表みたいなの、作った方がいいと思います」
「識別表?」
「見た目が変わってるから、種類ごとに特徴を整理した方が現場も混乱しないかなって」
一瞬、沈黙が落ちた。
まりもさんは、少し考えてから頷く。
「……必要かもしれません」
夕呼副司令の声が観察室から入る。
『いいわね。それ、作りましょう』
自分は嫌な予感がした。
「まさか……」
夕呼副司令は楽しそうに言う。
『外見変異BETA識別ドリル。兵士向け教材として配布するわ』
「教材化された……」
まりもさんが真面目に頷く。
「訓練教材としては有効です」
「まりもさんまで……」
霞が端末を見ながら呟いた。
「……まるきゅうも、載りますか?」
「霞、それはぬいぐるみの名前だからね?」
「……でも、似ています」
「似せたんです……」
夕呼副司令が淡々と言う。
『商業展開もできそうね』
「しないでください!」
しかし、自分の叫びは誰にも届かなかった。
* * *
同日 午後
横浜基地・PX
<< 神宮寺 真白 >>
訓練が終わった後。
自分は、疲れ果てた足取りでPXへ向かった。
甘いものでも買おうと思ったのだ。
精神的に疲れていた。
ものすごく疲れていた。
だが、PXに入った瞬間、自分は足を止めた。
入口に、新しいポスターが貼られていた。
まりも教官監修
かわいいBETA対策講座
かわいくてもBETA。
小さくても戦車級。
泣き顔でも光線級。
見た目に惑わされるな。
「早い……」
思わず呟いた。
さらに、その横には新商品コーナーができていた。
・外見変異BETA識別ドリル
・まるきゅう訓練用ターゲット
・泣き顔光線級ステッカー
・かわいいBETA対策ポスター
・突撃級まんじゅう第二弾
・まりも教官標語カードセット
「商品化が早すぎます……」
水月中尉が隣に来た。
「まりも教官標語カードセット、ちょっと欲しいわね」
「速瀬中尉!?」
「冗談よ。半分くらい」
「半分本気じゃないですか……」
京塚のおばちゃんが、奥から大きな声で呼んだ。
「真白ちゃん! 新作できてるよ!」
「嫌な予感しかしません」
おばちゃんが持ってきた皿には、丸い饅頭が並んでいた。
前回よりも表情が増えている。
泣き顔。困り顔。笑顔。眠そうな顔。
「突撃級まんじゅう第二弾! 表情違いだよ!」
「ランダム商法みたいになってる……!」
「ちなみに、泣き顔が一番人気だね!」
「人類、もう駄目かもしれない……」
そこへ、霞がやってきた。
腕には、まるきゅう。
例の小型戦車級ぬいぐるみだ。
霞は、新商品コーナーをじっと見た。
そして、まるきゅう訓練用ターゲットの前で止まった。
「……真白さん」
「何、霞?」
「……まるきゅうを、撃つんですか?」
「違うよ。これは訓練用の的であって、霞のまるきゅうとは別物で……」
霞は、まるきゅうをぎゅっと抱いた。
「……だめです」
「霞……」
「……まるきゅうは、撃たないでください」
自分は言葉に詰まった。
横から水月中尉が小声で言う。
「真白、あんた責任取りなさいよ」
「責任の取り方が分かりません……」
そこへ、まりもさんが現れた。
「社」
「……はい」
「そのぬいぐるみは撃ちません」
霞が、少しだけ顔を上げる。
「……本当ですか?」
「本当です。ただし、訓練では見た目が似た敵性体を撃つ必要があります」
「……」
「区別しましょう」
霞は、少し考えてから頷いた。
「……区別します」
まりもさんは、優しくも厳しく言った。
「ぬいぐるみは味方ではありませんが、敵でもありません。BETAは敵です」
「……はい」
自分はその光景を見ながら思った。
この世界で、まさかまりもさんが「ぬいぐるみとBETAの区別」を教える日が来るとは。
本当に、自分は何をしてしまったのだろう。
* * *
同日 夜
横浜基地・香月副司令執務室
<< 神宮寺 真白 >>
「結果は?」
夕呼副司令は、訓練データを見ながら言った。
「全体的には改善傾向です」
ピアティフ中尉が淡々と報告する。
「初回接触時の攻撃遅延は平均一・七秒。訓練後は一・一秒まで短縮」
「まだ遅いわね」
「継続訓練が必要です」
「でしょうね」
自分は、部屋の隅で小さくなっていた。
「真白」
夕呼副司令がこちらを見る。
「はい……」
「この結果、どう見る?」
「……恐怖が減った代わりに、罪悪感が増えました」
「ええ」
「見た目が変わっても、BETAの本質は変わっていません」
「そうね」
「ただ、人間側の認識が変わってしまった。だから、訓練で再認識する必要がある」
夕呼副司令は、少しだけ満足そうに笑った。
「分かってるじゃない」
「分かりたくなかったです……」
霞が、端末を見ながら言った。
「……標語、効果ありです」
「標語?」
「……かわいいは兵器」
自分は頭を抱えた。
「それ、定着してるんですか……」
夕呼副司令が端末を操作する。
画面には、基地内掲示板の反応が表示されていた。
かわいいは兵器
泣き顔でも光線級
つぶらな目より照準確認
小さくても戦車級
見た目に惑わされるな
「標語としては優秀ね」
「優秀なのが嫌です……」
夕呼副司令は、しばらくデータを眺めていた。
そして、ふと口元を歪めた。
「ところで、神宮寺」
「はい」
「今回の件で分かったことがあるわ」
「嫌な予感がします」
「BETAは、人類側から送った概念に反応する」
「はい……」
「しかも、かなり妙な方向に誤解する」
「そうですね……」
「つまり、送る情報の種類を変えれば、もっと面白い反応が見られるかもしれない」
自分は固まった。
「……もっと?」
「ええ」
「まさか、また何か送るんですか?」
「当然でしょ。失敗データほど貴重なものはないって言ったでしょう?」
「失敗前提で話が進んでる……」
夕呼副司令は、自分の方を見た。
「あなたのスマホ」
自分の背筋が冷えた。
「……はい?」
「転生時に持っていた、あなたのスマホよ」
「それが、何か……」
「中に、色々入ってるんでしょ?」
「……入っていますけど」
「現代文化、動画、音楽、ゲーム、アニメ、映画、SNS、アプリ。そういう情報を、BETA側がどう解釈するのか」
「待ってください」
自分は思わず一歩前に出た。
「それは絶対に危険です」
「でしょうね」
「分かってるならやめてください!」
「でも、興味深いわ」
「興味で人類を危険に晒さないでください!」
夕呼副司令は楽しそうだった。
とても楽しそうだった。
「安心しなさい。すぐにはやらないわ」
「すぐには、なんですね……」
「まずは、今回の外見変異BETA対策訓練を継続する。その後、慎重に検討するわ」
「慎重に検討した結果、絶対にやるやつじゃないですか……」
霞が、小さく言った。
「……真白さんのスマホ」
「霞?」
「……少し、気になります」
「霞まで……!」
その時、自分は気づいた。
これは終わりではない。
始まりだ。
BETAは、小さくてかわいそうなものを学習してしまった。
次に何を学ぶかは分からない。
スマホ。
動画。
SNS。
通販。
ゲーム。
カード。
放送。
AI。
自分の元いた世界の文化が、BETAにどう誤解されるのか。
考えたくもない。
夕呼副司令は、最後にこう言った。
「次は、もっと広い情報を扱うわよ」
自分は、小さく呟いた。
「……自然に次の事故へ進まないでください」
* * *
翌朝
横浜基地・PX
<< 記録 >>
まりも教官監修の標語ポスターは、基地内の各所に貼られた。
かわいくてもBETA。
小さくても戦車級。
泣き顔でも光線級。
つぶらな目より照準確認。
かわいいは兵器。
一方、PXでは突撃級まんじゅう第二弾が完売した。
まるきゅうぬいぐるみも再入荷待ちになった。
霞は、まるきゅうを抱いたまま静かに言った。
「……まるきゅうは、撃ちません」
自分は、深く頷いた。
「撃たないよ」
その横で、夕呼副司令が別の端末を見ていた。
画面には、真白のスマホ内部データの一覧。
動画。
音楽。
アプリ。
ゲーム。
SNS。
通販。
メッセージ。
検索履歴。
夕呼副司令の口元が、わずかに上がる。
それは、BETAの見た目が兵士の引き金を止めた日。
恐怖が、罪悪感に変わった日。
そして――。
香月夕呼が、神宮寺真白のスマホを次の実験材料として見始めた日だった。
END
――本作用語メモ 番外編2――
■ かわいいは兵器
本話で夕呼副司令が出した結論。
かわいく見えることで、兵士が一瞬攻撃をためらってしまうため、BETAの外見変化が精神攻撃のように働いている。
■ 外見変異BETA
鑑純夏との情報交信事故により、見た目が小さく、丸く、かわいそうな姿に変化してしまったBETA。
外見はかわいくなっているが、中身や危険性は本来のBETAと変わらない。
■ かわいいBETA射撃訓練
外見変異BETAを相手にしても、迷わず攻撃できるようにするためのシミュレーター訓練。
「かわいくてもBETA」「小さくても戦車級」「泣き顔でも光線級」が基本方針。
■ A-01
横浜基地所属の特殊任務部隊。
本シリーズでは207Bも合流済みのため、ギャグ騒動にもまとめて巻き込まれている。
■ 207B
原作に登場する訓練小隊のメンバーたち。
本シリーズでは12月頃の全員生存ギャグIF時空なので、すでにA-01側に合流済みの前提。