マブラヴ・インサート IFルート集   作:きのこ大三元

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2026年6月3日 こちらも再度読みやすいように全文調整しました

※本話は完全ギャグ時空です。
※本編とは一切関係ありません。
※鑑純夏との情報交信事故により、BETAが現代文化を誤学習した世界です。
※12月頃の全員生存ギャグIF時空です。
※207Bとまりもさんは、A-01に合流済みの前提です。
※本シリーズでは、白銀武が原作オルタネイティヴ時空から、たまに混入することがあります。
※本話には、他作品や現代ネット文化、動画文化、グッズ文化などを元にしたパロディ要素が多く含まれます。
※原作の雰囲気とは大きく異なる完全ギャグIFです。
※パロディ・メタネタが苦手な方はご注意ください。


第3話 まるきゅう、基地を制圧する

マスコット。

 

それは、組織の顔であり、商品であり、癒やしであり、時に人の財布を静かに破壊する存在である。

小さい。丸い。覚えやすい。なんとなく名前を呼びたくなる。

そして、なぜか集めたくなる。

 

一度、名前がついたものは、ただの物ではなくなる。

それは記号になり。思い出になり。所有欲になり。

やがて、文化になる。

 

そして今回、横浜基地は学習してしまった。

 

まるきゅうは、ただのぬいぐるみではない。

基地を内側から制圧する、白くて薄紫色のもちもち兵器なのだと。

 

* * *

 

12月某日 朝

横浜基地・B19フロア付近

<< 神宮寺 真白 >>

 

「……霞」

「……はい」

「その子、ずっと持ってるね」

「……はい」

 

霞は、いつものように静かな表情で立っていた。

ただし、いつもと違う点が一つある。

 

胸元に、白くて薄紫色の丸いぬいぐるみを抱いていることだ。

 

小型戦車級BETAを元にした、完全に可愛いマスコットぬいぐるみ。

名前は、まるきゅう。

つぶらな黒い目。小さな「ω」みたいな口。短い足。少しだけ手だと分かる丸い手。

背中と側面には、薄紫色の丸い装甲パーツ。そして頭頂部には、小さくて可愛いデフォルメ砲塔がついている。

 

怖さはない。

グロさもない。

兵器感もほとんどない。

 

あるのは、ただひたすらに、もちもちした存在感だった。

 

「気に入った?」

「……はい」

 

霞は、小さく頷いた。

 

「……まるきゅうは、静かです」

「ぬいぐるみだからね……」

「……安心します」

 

その言葉に、自分は少しだけ黙った。

まるきゅうは、自分の失敗から生まれたものだ。

 

深夜テンションでBETAに妙な恐怖概念を送り込んだ結果、BETAの見た目がかわいくなり、前線で攻撃をためらう兵士が続出した。

その対策として、昨日はかわいいBETAを撃つ訓練まで行った。

冷静に考えなくても、最悪である。

 

それなのに。

霞がまるきゅうを大事そうに抱いている姿を見ると、胸の奥が少しだけ柔らかくなる。

 

「そっか。安心するなら……よかった」

「……はい」

 

霞は、まるきゅうを少しだけ抱き直した。

その仕草が、あまりにも自然で。

自分は思わず、目を逸らした。

 

「……でも、元ネタはBETAなんだよなぁ」

「……まるきゅうは、まるきゅうです」

「そうだね……」

 

反論できなかった。

名前がつくと、存在が変わる。

それはたぶん、本当なのだと思う。

 

霞にとって、この白くて薄紫色のもちもちしたぬいぐるみは、もうBETAの模造品ではない。

まるきゅうなのだ。

 

「……真白さん」

「何?」

「……まるきゅう、人気です」

「え?」

 

霞が、すっと端末を差し出した。

そこには、PXの商品在庫一覧が表示されていた。

 

まるきゅうぬいぐるみ。

在庫なし。

 

まるきゅうキーホルダー。

在庫なし。

 

まるきゅうストラップ。

在庫なし。

 

まるきゅう缶バッジ。

在庫なし。

 

まるきゅう饅頭。

本日分完売。

 

「……」

 

自分は、画面を見たまま固まった。

 

「……何これ」

「……人気です」

「いや、人気なのは分かったんだけど」

「……基地内で、広がっています」

 

広がっている。

何が。

まるきゅうが。

横浜基地内で。

 

「……BETAに勝つ前に、横浜基地がまるきゅうに制圧されてる……」

 

自分は、頭を抱えた。

 

* * *

 

12月某日 昼

横浜基地・PX

<< 神宮寺 真白 >>

 

PXは、異様な熱気に包まれていた。

いや、戦場へ向かう前の緊張感ではない。訓練後の疲労でもない。

これは、もっと別のものだ。

 

購買意欲。

物欲。

そして、癒やしを求める人間の本能だった。

 

「まるきゅうぬいぐるみ、次回入荷は未定でーす!」

「缶バッジはお一人様三個まででーす!」

「まるきゅう饅頭、本日分は完売しましたー!」

「再入荷通知は掲示板をご確認くださーい!」

 

「ここは戦時下の軍事基地ですよね……?」

 

自分は、目の前の光景を見ながら呟いた。

棚には、まるきゅう関連商品が並んでいる。

いや、並んでいた形跡がある。

 

実際には、ほとんど空だった。

 

まるきゅうぬいぐるみの棚は空。

まるきゅうストラップも空。

缶バッジの箱だけが、わずかに残っている。

まるきゅうクッションは展示品のみ。

まるきゅうミニタオルは、なぜか一番端のものだけ残っていた。

 

売れている。

めちゃくちゃ売れている。

 

「こ、これ……かわいいですぅ……!」

 

聞き覚えのある声に振り向く。

たまが、缶バッジの箱を両手で持っていた。

その横で、千鶴が腕を組んでいる。

 

「珠瀬、落ち着きなさい。相手はBETAモチーフよ」

「でも、ぬいぐるみですぅ!」

「ぬいぐるみでもBETAよ!」

「でも、まるきゅうですぅ!」

 

たまの理屈は強かった。

いや、強いのか。

分からない。

 

でも、千鶴が一瞬言葉に詰まったので、たぶん強いのだろう。

 

彩峰は、無言でまるきゅうクッションの展示品を触っていた。

 

「……もちもち」

「彩峰さん、買う気満々じゃない」

「……展示品は、売らない?」

「売らないわよ!」

「……残念」

 

冥夜は、まるきゅうキーホルダーの台紙を真剣な顔で見ていた。

 

「これは……戦意を削ぐ危険な意匠だな」

「冥夜、そう言いながら手放してないわよ」

「む……」

 

冥夜は、手に持っていたキーホルダーを見下ろした。

そして、少しだけ眉を寄せる。

 

「だが、この小さな砲塔の造形は、なかなかよくできている」

「そこを褒めるんですか……」

 

美琴は、まるきゅうシールの見本を見ていた。

 

「これ、シリーズ化したら全部集めたくなるね!」

「鎧衣、やめなさい」

 

千鶴が即座に言った。

 

「そういうことを言うと、本当に出るわ」

「もう出てるよ?」

 

美琴が指差す。

そこには、小さな張り紙があった。

 

新商品予定。

まるきゅうコレクションシール第二弾。

近日入荷予定。

 

千鶴が頭を抱えた。

 

「遅かった……!」

 

自分も頭を抱えた。

 

「早すぎます……!」

 

そこへ、背後から水月中尉の声が聞こえた。

 

「まったく。こんなの買うやつの気が知れないわね」

 

振り向く。

水月中尉が立っていた。

表情は呆れ顔。腕は組んでいる。いかにも興味がなさそうな顔だ。

 

ただし、その手には小さな紙袋があった。

 

「速瀬中尉」

「何よ」

「その手に持っているのは……」

「遙へのお土産よ!」

 

即答だった。

早かった。

あまりにも早かった。

 

「別にあたしが欲しかったわけじゃないわ」

「そうですか……」

「遙がこういうの好きそうだから買っただけよ」

「なるほど……」

 

その横に、遙中尉がいた。

遙中尉は、水月中尉の紙袋を見て、柔らかく微笑んでいる。

 

「ありがとうございます、水月。かわいいですね」

「ま、まあ……遙がそう言うなら」

 

水月中尉は、少しだけ照れたように目を逸らした。

その様子を見て、宗像中尉が笑う。

 

「速瀬、あなたも欲しかったんじゃないの?」

「違うわよ!」

「じゃあ、なぜ二つ買ってるの?」

「予備よ!」

「予備の概念が早いわね」

 

風間中尉は、展示品のまるきゅうクッションを見ながら穏やかに言った。

 

「訓練後に少し眺めるくらいなら、気分転換にはなりますね」

「風間中尉まで……」

 

伊隅大尉は、まるきゅうぬいぐるみの入荷予定表を真面目な顔で確認していた。

 

「兵士の精神安定に一定の効果があるなら、休憩室に置く価値はある」

「隊長」

 

水月中尉が言う。

 

「それ、真面目な顔でぬいぐるみの入荷表を見ながら言うことですか?」

「必要な検討だ」

「必要なんですか!?」

「必要です」

 

まりもさんが背後から現れた。

 

「教官まで!?」

 

自分は思わず声を上げた。

まりもさんは、いつものように真面目な表情で言った。

 

「休憩時間に癒やしを得ることは否定しません」

「いいんですか?」

「精神を落ち着ける手段は必要です。ただし、戦場でBETAを見て迷うことは許しません」

「さすがまりもさん……」

「まるきゅうは癒やし。BETAは敵です」

 

まりもさんは、きっぱりと言い切った。

 

「かわいいものと敵を区別しなさい」

 

すごい。

正論だ。

正論なのに、言っている内容がものすごくおかしい。

 

自分は、改めてPXの中を見回した。

207Bが欲しがっている。A-01もこっそり買っている。まりもさんは教育的観点から容認している。霞はすでに抱いている。

 

完全に広がっている。

まるきゅうが。

 

「真白ちゃん!」

 

その時、PXの奥から、京塚のおばちゃんの元気な声が響いた。

 

「まるきゅう饅頭、今日も売り切れだよ!」

「売り切れたんですか……」

「売り切れたよ!」

 

おばちゃんは満面の笑みだった。

 

「おかわり作ってるよ!」

「おかわり方式なんですね……」

「こういうのはね、可愛いと思ったら勝ちなんだよ!」

「何に勝ってるんですか……?」

「商売だよ!」

 

強い。

京塚のおばちゃんは強い。

戦場とは違う方向で、人類のたくましさを体現している。

 

「兵隊さんだって、甘いものと可愛いものくらい必要さ!」

 

その言葉に、自分は何も言えなくなった。

おばちゃんは豪快に笑いながら、厨房の方へ戻っていく。

 

「次は表情違いを増やすからね!」

「表情違い……」

 

嫌な予感がした。

 

まるきゅう饅頭。

泣き顔。

困り顔。

眠そうな顔。

にっこり顔。

レア表情。

 

そこまで想像して、自分は震えた。

 

「ランダム商法……前世の記憶が警鐘を鳴らしています……」

「真白?」

 

千鶴が不思議そうにこちらを見る。

 

「何でもありません……」

 

自分はそっと目を伏せた。

この世界に、まだランダム商法の概念は早い。

早すぎる。

 

でも、たぶん来る。

人類の商魂は、BETAより強い。

 

* * *

 

12月某日 午後

横浜基地・帝国斯衛軍控室前

<< 月詠 真那 >>

 

「……神代」

「はっ」

 

月詠真那中尉は、机の上に置かれた小さなぬいぐるみを見つめていた。

白くて薄紫色。丸い身体。つぶらな目。小さな口。頭頂部の小さな砲塔。

 

まるきゅう。

 

PXで爆発的に流行している、小型戦車級BETAモチーフのぬいぐるみである。

 

「この、まるきゅうなるものを、冥夜様の控室に置くべきだと思うか」

 

神代少尉は、一瞬だけ沈黙した。

 

「……中尉、本気でお考えですか?」

「精神安定効果があるという報告がある」

「ですが、BETAモチーフです」

「そこが問題だ」

 

月詠中尉は真剣だった。

あまりにも真剣だった。

控室の空気が、軍議のように重くなっている。

 

巴少尉が控えめに口を開いた。

 

「冥夜様は、こういった可愛らしいものに対して、表には出さずとも関心を示される可能性があります」

「そうか」

「ただし、BETAを模したものを近くに置くことが、精神面にどう影響するかは未知数です」

「もっともだ」

 

戎少尉は、少し視線を逸らしていた。

月詠中尉の目が動く。

 

「戎」

「はっ」

「なぜ目を逸らす」

「いえ、何も」

「その手に持っている包みは何だ」

「……私物です」

「中身は」

「……まるきゅうキーホルダーです」

 

沈黙。

 

戎少尉は、非常に気まずそうだった。

神代少尉も巴少尉も、無言で視線を逸らしている。

月詠中尉は、その反応で察した。

 

「神代、巴」

「はっ」

「まさか、お前たちもか」

 

神代少尉は、ほんの少しだけ目を伏せた。

 

「……訓練後の精神安定効果を検証するため、購入いたしました」

 

巴少尉も続ける。

 

「私も、比較用に一つ」

「比較用……」

 

月詠中尉は、机の上のまるきゅうを見た。

そして、長い沈黙の後、言った。

 

「……これは任務上必要な検討だ」

 

三人は、何も言わなかった。

言わなかったが、全員が分かっていた。

 

中尉も欲しいのだと。

 

そこへ、廊下を通りかかった真白が、偶然その光景を見てしまった。

 

「……」

 

月詠中尉と目が合う。

机の上のまるきゅう。

近衛組の沈黙。

真剣な空気。

 

真白は、そっと視線を逸らした。

 

「……近衛まで侵食されてる……」

「神宮寺少佐」

 

月詠中尉が低い声で呼ぶ。

 

「はい」

「これは、冥夜様の精神安定に関する検討です」

「はい……」

「決して、個人的な興味ではありません」

「はい……」

「何か言いたげですね」

「いえ、何も」

 

真白は全力で首を横に振った。

月詠中尉は、しばらく真白を見ていたが、やがて小さく息を吐いた。

 

「……真白さん」

「はい」

「このまるきゅうは、冥夜様の控室に置くべきでしょうか」

 

真剣な質問だった。

あまりにも真剣だった。

 

真白は、少しだけ考えた。

 

「冥夜が気に入るかどうかは、分かりません」

「はい」

「でも、置くなら……BETAと混同しないように説明した方がいいと思います」

「まるきゅうは癒やし。BETAは敵」

「まりもさんの標語ですね」

「実に分かりやすい」

 

月詠中尉は頷いた。

 

「では、護衛室に一体、冥夜様の控室に一体。予備として一体を確保します」

「予備があるんですね……」

「備えは必要です」

 

真白は、もう何も言わなかった。

 

* * *

 

12月某日 夕方

横浜基地・司令部

<< パウル・ラダビノッド >>

 

「……これは何の報告だ」

 

パウル・ラダビノッド司令は、机の上に置かれた資料を見下ろしていた。

表紙には、こう書かれている。

 

横浜基地PXにおける、まるきゅう関連商品の売上推移および基地内士気への影響報告。

 

ラダビノッド司令は、眼鏡の奥でゆっくりと瞬きをした。

 

「なぜ、これが私のところに上がってくる」

 

報告担当の士官が、やや緊張した面持ちで答える。

 

「基地内士気に明確な影響が出ているためです」

「士気に」

「はい。休憩室にまるきゅうぬいぐるみを配置した区画では、訓練後のストレス報告がわずかに低下しています」

「……」

「また、PX利用率、食堂利用後の滞在時間、隊員間の会話量にも増加傾向が見られます」

「まるきゅうによってか」

「はい」

 

ラダビノッド司令は、資料の次ページをめくった。

そこには、まるきゅうぬいぐるみの写真があった。

 

白くて薄紫色。

丸い。

もちもち。

小さな砲塔つき。

 

ラダビノッド司令は、しばらくその写真を見つめていた。

やがて、深く息を吐く。

 

「若者を死地へ送る基地で、ぬいぐるみが少しでも彼らを支えるなら……笑うことはできんな」

 

その声は、静かだった。

 

横浜基地の最高責任者として、彼は多くの命令を出してきた。

多くの若者を前線へ送り出してきた。

戻らなかった者もいる。

戻っても、何かを失った者もいる。

 

心を削りながら、それでも戦い続ける者たちがいる。

そんな彼らが、たとえ一瞬でも笑えるのなら。

その理由が、BETAを元にした奇妙なぬいぐるみであったとしても。

 

それを否定することはできなかった。

 

だが、次のページをめくった瞬間、ラダビノッド司令の表情が止まった。

そこには、追加発注案が並んでいた。

 

まるきゅう特大クッション。

まるきゅう訓練用ターゲット。

まるきゅう抱き枕。

要撃級もちもちアームレスト。

要塞級抱き枕。

 

ラダビノッド司令は、静かに資料を閉じた。

 

「だが」

 

報告担当が背筋を伸ばす。

 

「要塞級抱き枕の発注承認は、私に回すな」

「はっ」

「香月副司令に回せ」

「よろしいのですか?」

「彼女なら、何かしら悪用方法を考えるだろう」

 

そう言って、ラダビノッド司令は疲れたように椅子へ背を預けた。

 

「……横浜基地は、今日も平和なのか、末期なのか分からんな」

 

その呟きに、誰も答えられなかった。

 

* * *

 

12月某日 夜

横浜基地・香月副司令執務室

<< 神宮寺 真白 >>

 

「……基地内の士気が上がってるのが、余計に腹立つわね」

 

夕呼副司令は、心底納得いかないという顔で言った。

自分は、執務室の中央で小さくなっていた。

 

机の上には、まるきゅう関連商品の売上資料。

基地内ストレス値の推移。

PX利用率。

休憩室滞在時間。

訓練後アンケート。

さらには、隊員間コミュニケーション量の変化まで並べられている。

 

本格的すぎる。

まるきゅうの調査に、そこまで本気を出さないでほしい。

 

「上がってるんですか……?」

「ええ」

 

夕呼副司令は、端末を指で叩いた。

 

「休憩時間の緊張緩和。訓練後のストレス値低下。兵士間の会話増加。PX利用率の向上。食堂滞在時間の増加」

「……」

「全部、微妙に改善してる」

「役に立ってるんですか……?」

「腹立たしいことにね」

 

夕呼副司令は、眉間にしわを寄せた。

 

「戦術的には失敗。心理支援としては一部有効。結論としては、ものすごく腹立たしい成功ね」

「成功扱いなんですか……」

「認めたくないけど、データは嘘をつかないわ」

「自分の失敗が、微妙に役立ってるのが一番つらいです……」

「神宮寺。あんたの愚策、微妙に使えるわ」

「褒められてる気がしません……」

「褒めてないもの」

 

ですよね。

 

霞は、部屋の隅でまるきゅうを抱いている。

その表情は相変わらず静かだが、ほんの少しだけ満足そうに見えた。

 

「……まるきゅう、人気です」

「霞、それは嬉しい?」

「……はい」

「そっか……」

 

自分は、少しだけ笑った。

夕呼副司令がこちらを見る。

 

「何笑ってるのよ」

「いえ……失敗ばかりだと思っていたので」

「失敗でしょ」

「はい。失敗です」

 

即答する。

それは間違いない。

 

BETAの見た目を変えたせいで、前線で攻撃をためらう兵士が出た。

かわいいBETA対策訓練まで必要になった。

まるきゅうが流行して、横浜基地のPXは謎の商品展開に突入した。

 

どう考えても、失敗だ。

 

でも。

 

「それでも、少しだけ誰かの気持ちが軽くなったなら……全部が駄目だったわけではないのかなって」

 

自分がそう言うと、夕呼副司令は一瞬だけ黙った。

それから、面倒くさそうに息を吐く。

 

「そういうこと言うから、あんたは厄介なのよ」

「厄介ですか?」

「ええ。失敗を失敗のまま終わらせない。周囲も、なぜかそれに付き合う」

「そんなつもりは……」

「ないでしょうね。だから厄介なの」

 

夕呼副司令は、端末を閉じた。

 

「とにかく、まるきゅう関連商品については一部容認。戦闘訓練とは明確に区別。休憩室への配置は、部隊長判断で許可」

「本当に許可するんですね」

「効果があるなら使うわ」

「合理的ですね……」

「ただし」

 

夕呼副司令の目が鋭くなる。

 

「戦場でかわいいBETAを撃てなくなるようなら、即刻禁止」

「はい」

「まりもにも徹底させる」

「分かりました」

 

霞が、まるきゅうを抱き直す。

 

「……まるきゅうは、撃ちません」

 

夕呼副司令が、少しだけ呆れたように言う。

 

「霞。あなたのそれは撃たないわ」

「……はい」

「でもBETAは撃つのよ」

「……はい」

 

霞は頷いた。

自分は、そのやり取りを見ながら、胸の奥が少しだけ温かくなるのを感じた。

 

ギャグみたいな事故だった。

いや、実際にギャグみたいな事故だ。

 

でも、この基地にいる人たちは、みんな戦っている。

毎日、訓練して。毎日、緊張して。

いつ死ぬか分からない世界で、それでも前を向いている。

 

そんな人たちに、まるきゅうが少しでも息をつく時間をくれるなら。

それは、完全な間違いではなかったのかもしれない。

 

そう思いかけた、その時だった。

 

ピコン。

 

夕呼副司令の端末が鳴った。

室内の空気が止まる。

 

夕呼副司令が、眉をひそめて画面を見る。

 

「……何よ、これ」

 

嫌な予感がした。

非常に嫌な予感がした。

 

夕呼副司令が端末の画面を読み上げる。

 

「差出人、不明。件名、配送予定通知」

「配送……?」

「本文」

 

夕呼副司令は、ゆっくりと読み上げた。

 

「βmazonよりお知らせです。ご注文の商品を、明日お届け予定です」

 

沈黙。

長い沈黙。

 

自分は、冷や汗を流した。

 

「……βmazon?」

 

夕呼副司令が、ゆっくりとこちらを見る。

 

「神宮寺」

「はい……」

「あんたのスマホに、通販アプリって入ってた?」

「……入ってます」

「そう」

 

夕呼副司令は、深くため息をついた。

 

「次は、配送事故ね」

「自然に次の事故へ進まないでください……」

 

霞が、まるきゅうを抱いたまま小さく首を傾げる。

 

「……荷物、届くんですか?」

「届かなくていいです……」

 

ピアティフ中尉が端末を確認しながら、少し困った声で言う。

 

「副司令。基地外周の監視システムに、未確認の輸送物らしき反応があります」

「早いわね」

「早すぎませんか!?」

 

夕呼副司令の口元が、わずかに歪む。

 

「面白くなってきたじゃない」

「全然面白くないです!」

 

自分の叫びは、執務室にむなしく響いた。

 

* * *

 

翌朝

横浜基地・PX前

<< 記録 >>

 

まるきゅうは、横浜基地を制圧した。

 

休憩室には、まるきゅう。

PXには、まるきゅう。

207Bの私物棚にも、まるきゅう。

A-01の休憩スペースにも、まるきゅう。

近衛の控室にも、なぜか一体のまるきゅう。

 

まりも教官の新しい標語は、基地内各所に貼られた。

 

まるきゅうは癒やし。

BETAは敵。

休憩室では抱け。

戦場では撃て。

かわいいものと敵を区別しろ。

 

横浜基地の兵士たちは、少しだけ笑うようになった。

 

戦場は変わらない。

BETAは相変わらず人類の敵だ。

明日も誰かが出撃し、誰かが傷つくかもしれない。

 

けれど、それでも。

白くて薄紫色の小さなぬいぐるみは、ほんの少しだけ、基地の空気を柔らかくした。

 

それは、横浜基地がまるきゅうに制圧された日。

失敗だったはずの愚策が、なぜか兵士たちの心を少しだけ軽くしてしまった日。

 

そして――。

 

香月夕呼の端末に、差出人不明の配送通知が届いた日だった。

 

END




――本作用語メモ 番外編3――

■ まるきゅう
霞が名付けた、小型戦車級BETAモチーフのぬいぐるみ。
白〜薄紫色の丸いもちもちボディと、小さな砲塔が特徴の横浜基地マスコット。元ネタはBETAだが、まるきゅう自体はただの可愛いぬいぐるみ。

■ PX
基地内にある購買・売店のこと。
本話では、まるきゅうぬいぐるみ、キーホルダー、饅頭などが販売され、横浜基地内で謎の大流行を起こしている。

■ 京塚のおばちゃん
横浜基地の食堂で働く、明るく元気な女性。
本シリーズでは、まるきゅう饅頭や突撃級まんじゅうなど、BETA由来の謎商品を次々と作っている。

■ 月詠真那
帝国斯衛軍の衛士で、御剣冥夜の護衛を務める人物。
真面目で厳格な軍人だが、本話ではまるきゅうを冥夜の控室に置くべきか真剣に悩んでいる。

■ パウル・ラダビノッド司令
横浜基地の最高責任者。
若者を戦場へ送る立場として重い責任を背負っており、本話ではまるきゅうが兵士の精神安定に役立つなら否定できないと判断している。
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