マブラヴ・インサート IFルート集   作:きのこ大三元

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※本話は完全ギャグ時空です。
※本編とは一切関係ありません。
※鑑純夏との情報交信事故により、BETAが現代文化を誤学習した世界です。
※12月頃の全員生存ギャグIF時空です。
※207Bとまりもさんは、A-01に合流済みの前提です。
※本シリーズでは、白銀武が原作オルタネイティヴ時空から、たまに混入することがあります。
※本話には、他作品や現代ネット文化、動画文化、グッズ文化などを元にしたパロディ要素が多く含まれます。
※原作の雰囲気とは大きく異なる完全ギャグIFです。
※パロディ・メタネタが苦手な方はご注意ください。



第4話「BETA愛護団体、爆誕」

愛護。

 

それは、本来なら弱いもの、傷ついたもの、守るべきものに向けられる優しさである。

 

小さい。

丸い。

震えている。

泣いているように見える。

 

それだけで、人は相手にも事情があるのではないかと考えてしまう。

 

しかし、忘れてはならない。

 

小さくても戦車級。

泣き顔でも光線級。

かわいくても、BETAはBETAである。

 

そして今回、人類の後方は学習してしまった。

 

映像越しのかわいさは、前線の現実を簡単に上書きしてしまうのだと。

 

* * *

 

12月某日 朝

横浜基地・香月副司令執務室

<< 神宮寺 真白 >>

 

「……神宮寺」

 

夕呼副司令の声は、低かった。

 

これは駄目な時の声だ。

 

すでに何度か聞いたことがある。

 

深夜テンションでBETAに変な概念を送った時。

かわいいBETAを撃つ訓練が必要になった時。

まるきゅう関連商品の売上報告が、司令部にまで上がった時。

 

その時と同じ声だった。

 

「はい……」

 

自分は、執務室の中央で小さく返事をした。

 

机の上には、一枚の報告書が置かれている。ピアティフ中尉が、少し困った表情でその横に立っていた。霞は部屋の端で、まるきゅうを抱いている。

 

まるきゅうは、今日も白くて薄紫色でもちもちしていた。

 

「報告が来てるわ」

 

夕呼副司令は、その報告書を指で叩いた。

 

「……何の報告でしょうか」

「読めば分かるわ」

 

嫌な予感しかしない。

 

自分は、恐る恐る表紙を見る。

 

そこには、こう書かれていた。

 

外見変異BETAに対する一部後方世論の変化について。

 

「……後方世論?」

「ええ」

 

夕呼副司令は、非常に不機嫌そうに頷いた。

 

「どうやら、かわいくなったBETAの映像と、まるきゅう関連商品の流行が、後方にまで広がったらしいわ」

「広がったんですか……」

「広がったのよ」

「……それで、何が」

 

夕呼副司令は、報告書を開いた。

 

そして、無言でこちらに差し出す。

 

自分は受け取って、本文に目を落とした。

 

数秒後。

 

自分は固まった。

 

そこには、後方市民や一部関係者の発言例がまとめられていた。

 

『あの子たちにも事情があるのでは?』

 

『小型戦車級を保護すべきでは?』

 

『泣き顔光線級を撃つのは心が痛む』

 

『まずは対話から始めるべきでは?』

 

『かわいいBETAとの共存を考える時期に来ている』

 

『もちもち生命体にも生存権を』

 

自分は、ゆっくりと報告書から目を離した。

 

「……何ですか、これは」

 

夕呼副司令は、冷たく言った。

 

「こっちが聞きたいわ」

「自分のせいで人類の認識がバグってる……」

「正確には、あんたのせいで発生した事故を、後方がさらに変な方向へ解釈した結果ね」

「結局、自分のせいじゃないですか……」

「まあ、発端はあんたね」

「否定してください……」

「無理ね」

 

夕呼副司令は、容赦がなかった。

 

ピアティフ中尉が、申し訳なさそうに補足する。

 

「現在確認されている団体名としては、『かわいいBETAを考える市民の会』、『小型戦車級保護協会』、『BETAにも事情があるのでは連盟』などがあります」

「最後の名前、疑問形のまま団体名になってるんですか……?」

「はい」

「そこは断言してほしかったです……」

「断言されても困るわよ」

 

夕呼副司令が言う。

 

「それで、どうされますか?」

 

ピアティフ中尉が尋ねる。

 

夕呼副司令は即答した。

 

「食われてから言いなさい」

「副司令、即答が強すぎます……」

「当たり前でしょ。あいつら、かわいい顔で普通に人を食うのよ」

 

その通りだった。

 

まるきゅうは可愛い。

ぬいぐるみだからだ。

 

変異小型戦車級BETAは、見た目が少し可愛くなっただけで、中身はBETAだ。

 

人を食う。

戦術機に群がる。

衛士を殺す。

基地を破壊する。

 

それは何も変わっていない。

 

「かわいい顔をしていようが、BETAはBETAよ」

 

夕呼副司令は、報告書を机に放った。

 

「あいつらは泣いてるんじゃない。そう見えるだけで、普通に殺しに来てるの」

「はい……」

「同情する対象を間違えないことね」

 

その言葉は、ギャグの中にあっても、妙に重かった。

 

霞が、まるきゅうを抱きしめたまま小さく言う。

 

「……まるきゅうは、悪くないです」

 

自分は、霞の方を見た。

 

「うん」

 

自分は頷いた。

 

「まるきゅうは悪くない」

 

霞は、少しだけ安心したようにまるきゅうを抱き直した。

 

けれど、すぐに続ける。

 

「……でも、BETAは危険です」

「そうだね」

 

そう。

 

そこを分けなければならない。

 

まるきゅうは、ぬいぐるみだ。誰かを傷つけない。霞の安心になる。兵士たちの休憩時間を少しだけ柔らかくする。

 

でも、本物のBETAは違う。

 

守るべきなのは、まるきゅうそのものではない。

 

まるきゅうを抱いて、誰かが少しだけ笑える時間だ。

 

BETAを守ることではない。

BETAに怯えなくていい明日を守ることだ。

 

「……副司令」

「何?」

「啓発が必要かもしれません」

 

夕呼副司令は、わずかに目を細めた。

 

「へえ。あんたにしてはまともなことを言うじゃない」

「褒められてる気がしません……」

「半分くらいは褒めてるわ」

「半分……」

 

夕呼副司令は椅子にもたれ、指を組んだ。

 

「いいわ。まりもに協力させましょう。『かわいくてもBETAです』って教育資料を作る」

「タイトルが直球ですね……」

「直球じゃないと伝わらないのよ」

 

夕呼副司令は、端末に何かを打ち込み始めた。

 

「ピアティフ。戦場記録から、外見変異BETAの攻撃映像を抽出して」

「了解しました」

「霞。まるきゅうと本物の変異BETAの比較画像を作って」

「……はい」

「神宮寺」

「はい」

 

夕呼副司令は、自分を見た。

 

「あなたは、原因として監修しなさい」

「原因として監修って何ですか……」

「発案者責任よ」

「重いです……」

 

自分は、また頭を抱えた。

 

* * *

 

12月某日 午前

横浜基地・ブリーフィングルーム

<< 神宮司 まりも >>

 

「本日の臨時講義の内容は、外見変異BETAに対する認識の再確認です」

 

まりもさんの声が、ブリーフィングルームに響いた。

 

A-01。

207B。

そして一部の基地要員たちが集められている。

 

前方のスクリーンには、大きくこう表示されていた。

 

かわいくてもBETAです。

 

まりもさんは、いつものように真面目な表情だった。

 

その横に、自分が立っている。

 

なぜか、監修者として。

 

本当に、なぜなのか。

 

「近頃、外見変異BETAの映像や、まるきゅう関連商品が後方にも広がっています。その影響で、一部に誤った認識が生まれているとの報告があります」

 

水月中尉が腕を組んで言った。

 

「誤った認識って、BETAを守れとかいうアレ?」

「はい」

 

まりもさんは頷いた。

 

たまが、小さく手を上げる。

 

「あ、あの……」

「何ですか、珠瀬」

「BETAが危ないのは、分かってます。でも……見た目がかわいいと、やっぱり少しだけ、かわいそうに見えちゃうことがあって……」

 

たまは、申し訳なさそうに視線を落とした。

 

たまは優しい。

 

それは悪いことではない。

 

むしろ、この世界では貴重なくらいの優しさだ。

 

でも、戦場ではその優しさが命取りになることもある。

 

まりもさんは、たまを責めなかった。

 

ただ、静かに言った。

 

「珠瀬。優しさは大切です」

「はい……」

「ですが、敵と味方を見誤ることは、仲間を殺すことになります」

 

たまが息を呑む。

 

まりもさんは続けた。

 

「まるきゅうはぬいぐるみです。BETAは敵です」

 

スクリーンが切り替わる。

 

左には、まるきゅう。

 

白くて薄紫色。

もちもち。

小さな砲塔つき。

 

右には、外見変異した小型戦車級BETA。

 

丸くなっている。

つぶらな目もある。

でも、その口は戦術機の装甲を噛み砕ける。

その身体は、群れで衛士を食う。

 

「見た目が似ていても、まったく別物です」

 

まりもさんの声は、厳しかった。

 

「まるきゅうは、休憩室で抱いても構いません」

 

一部の隊員が少しだけ反応した。

 

「ですが、BETAは接近を許してはいけません」

 

次の映像。

 

泣き顔光線級。

 

遠目に見ると、泣いているようにも見える。

 

けれど数秒後、レーザー照射で画面が白く染まった。

 

「泣いているように見えても、光線級は光線級です」

 

千鶴が、真剣な顔で頷いた。

 

「はい」

 

彩峰がぽつりと言う。

 

「……まるきゅうは、ぬいぐるみ。BETAは敵」

「その通りです、彩峰」

 

冥夜も静かに目を伏せる。

 

「姿に惑わされ、刃を鈍らせるわけにはいかぬ」

 

美琴が少し考え込む。

 

「でも、後方の人は映像だけ見てるから、現場の怖さが分からないのかもね」

 

水月中尉が、苦い顔で言った。

 

「一回、戦場で追いかけられてみれば分かるわよ」

「水月」

 

遙中尉が柔らかく窘める。

 

「言い方……でも、前線の人たちのことも考えてほしいですね」

 

伊隅大尉が静かに口を開く。

 

「同情は否定しない。だが、戦場判断に持ち込めば死ぬ」

 

その言葉は、とてもA-01らしかった。

 

感情を否定しない。

 

けれど、戦場での判断は曇らせない。

 

水月中尉が、もう一度スクリーンを睨んだ。

 

「ただ、厄介なのはそこよね」

「速瀬?」

「理屈では分かるのよ。BETAは敵。そんなの、前線に出てる人間なら嫌ってほど分かってる」

 

水月中尉は、画面の中で丸く震えている小型戦車級を指差した。

 

「でも、実戦中の網膜投影でこれを真正面から見せられたら、一瞬迷う奴は出るわ」

 

その言葉に、部屋の空気が少しだけ重くなった。

 

遙中尉が、静かに頷く。

 

「一瞬の迷いでも、戦場では致命的ですからね」

 

伊隅大尉も、表情を変えないまま言った。

 

「教育だけでは限界がある。見え方そのものへの対策も必要かもしれん」

 

見え方。

 

その言葉が、自分の中に引っかかった。

 

映像。

記録。

網膜投影。

戦術機の中で、衛士が見るもの。

 

BETAを直接見るのではなく、外部カメラとセンサーが処理した映像として見る。

 

そこに、何かがある気がした。

 

けれど、この時の自分は、まだ答えまで辿り着けなかった。

 

ただ、小さな違和感だけが胸の奥に残った。

 

まりもさんは、スクリーンに標語を表示した。

 

まるきゅうは癒やし。

BETAは敵。

 

かわいそうに見えても、接近禁止。

泣いているように見えても、照射確認。

同情する前に、距離を取れ。

 

「本日以降、この標語を各区画に掲示します」

 

自分は、横で小さく呟いた。

 

「教育ビデオの内容が地獄です……」

 

まりもさんが、こちらを見た。

 

「必要です」

「はい……」

「真白くん」

「はい」

「あなたも、まるきゅうとBETAを混同しないように」

「混同はしていません。ただ、責任で胃が痛いです……」

「それは反省してください」

「はい……」

 

水月中尉が小声で言う。

 

「まあ、発端はあんただしね」

「言わないでください……」

 

宗像中尉が面白そうに笑った。

 

「でも、ここまで大事になると、ある意味すごいわね」

「すごくなりたくなかったです……」

 

風間少尉は、少しだけ優しく言った。

 

「けれど、こうして整理する機会になったのは良かったのではないでしょうか」

「風間少尉……」

「まるきゅうは癒やし。BETAは敵。分かりやすいですし」

「その標語が定着していくの、少し怖いです……」

 

その時、霞が小さく手を上げた。

 

「……まるきゅうは」

 

全員の視線が霞に向く。

 

霞は、胸元のまるきゅうを抱きながら、静かに言った。

 

「……まるきゅうは、ここにいます」

「霞……」

「……BETAは、戦場にいます」

 

霞も、小さく頷いた。

 

「……区別します」

 

まりもさんは、静かに微笑んだ。

 

「それでいいんです」

 

そこで、夕呼副司令が端末を操作した。

 

「ついでに、比較用の試作品も見ておきましょうか」

「……試作品?」

 

嫌な予感がした。

 

ピアティフ中尉が、机の上に小さな箱を置く。

 

中から出てきたのは、丸くデフォルメされた兵士級マスコットだった。

 

小さい。

丸い。

もちもちしている。

短い手足がついていて、つぶらな目でこちらを見上げている。

 

単体で見れば、確かに可愛い。

 

ただし、複数並んでいる。

 

一匹ではない。

三匹。

五匹。

十匹。

 

小さな兵士級たちが、ちまちまと机の上に群れていた。

 

「……なぜでしょう」

 

まりもさんは、丸くデフォルメされた兵士級マスコットを見つめながら呟いた。

 

「見た目は可愛いはずなのに、妙に背筋が冷えるのですが」

 

自分は、そっと目を逸らした。

 

「……気のせいだと思いたいです」

 

思いたかった。

 

真白の中にある、白銀武由来の因果が。

 

そして、自分が原作で見てしまった“あの光景”の記憶が。

 

兵士級という存在にだけ、妙な影を落としている気がしたからだ。

 

夕呼副司令は、楽しそうに口元を歪めた。

 

「へぇ。面白い反応ね。まりも、もう少しそのぬいぐるみを見てみなさい」

「嫌です」

 

即答だった。

 

「まだ何も言ってないじゃない」

「嫌です。理由は分かりませんが、嫌です」

 

まりもさんは、兵士級マスコットから一歩距離を取った。

 

霞が、静かにそのマスコットを見つめる。

 

「……へいきゅう、です」

「名前をつけないでください、社」

「……へいきゅう小隊です」

「小隊にしないでください」

「……むれむれセットです」

「商品展開もしないでください」

 

夕呼副司令は、端末に何かを打ち込みながら笑った。

 

「なるほどね。兵士級は、可愛くしても群れた瞬間に不快感が戻る、と」

「分析しないでください」

「重要なデータよ。まるきゅうは単体でも複数でも癒やし寄り。でも、へいきゅうは複数になると本能的嫌悪感が出る」

「嫌悪感というより、危機感です」

 

まりもさんは真顔で言った。

 

「これは、机の上に置いておくべきものではありません」

「まりもさんがここまで拒否するの、珍しいですね……」

「私にも理由は分かりません。ただ、これを増やしてはいけない気がします」

 

その言葉に、自分は何も言えなかった。

 

分かってしまうからだ。

 

兵士級は、群れる。

 

小さくても群れる。

 

可愛くされても群れる。

 

そして、群れた兵士級は――笑えない。

 

夕呼副司令は楽しそうに言った。

 

「じゃあ商品名は、兵士級マスコットぬいぐるみ『へいきゅう小隊パック』かしら」

「香月副司令」

 

まりもさんの声が低くなった。

 

「それだけは、やめてください」

 

その言葉に、場が少しだけ静かになった。

 

まるきゅうはここにいる。

 

休憩室にいる。

霞の腕の中にいる。

誰かの机の上にいる。

誰かの心を少しだけ軽くする。

 

でも、BETAは戦場にいる。

 

人を殺すために。

人類を押し潰すために。

 

そこを間違えてはいけない。

 

自分は、深く頷いた。

 

「うん。区別しよう」

 

霞も、小さく頷いた。

 

「……区別します」

 

まりもさんは、静かに微笑んだ。

 

「それでいいんです」

 

* * *

 

12月某日 昼

横浜基地・食堂

<< 神宮寺 真白 >>

 

「真白ちゃん!」

 

食堂に入るなり、京塚のおばちゃんの元気な声が飛んできた。

 

「今日も顔色悪いねぇ!」

「第一声がそれですか……」

「悩みがあるなら食べな! 大盛りにしてあげるから!」

「ありがとうございます……」

 

ありがたい。

 

ありがたいのだが、今日の胃には重い。

 

自分はトレーを受け取り、席に座った。

 

すぐ横には、白銀武さんがいた。

 

いつの間にいたのだろう。

 

「聞いたぞ、真白」

「何をですか」

「BETA愛護団体ができたって」

「言葉にしないでください……」

 

武さんは、頭を掻きながら言った。

 

「いや、俺の元いた世界でも、映像とか雑誌の記事だけ見て、変な方向に盛り上がる奴はいそうだけどさ」

「元の世界の感覚でもいますか……」

「いるんじゃないか? 兵士向けの娯楽誌とか、投書欄とか、噂話とかでさ。妙に感情移入して、現場を知らないまま盛り上がるやつ」

「……なるほど。娯楽と噂話の方向ですね」

「でも、BETAは無理だろ。普通に食うし」

「ですよね」

「かわいい顔してても、食うやつは駄目だ」

 

隣にいた浪花千歳さんが頷いた。

 

「せやな。かわいいと危険は両立するんや」

「名言っぽいですけど、嫌な名言ですね……」

「食われたら終わりやからな」

 

千歳さんは、まるきゅう饅頭を見ながら言った。

 

ちなみに、食堂には今日もまるきゅう饅頭が並んでいる。

 

ただし、まりもさん監修の注意書きが追加されていた。

 

まるきゅう饅頭は食品です。

BETAではありません。

本物のBETAを食べようとしないでください。

 

「最後の一文、必要ですか……?」

 

自分が呟くと、京塚のおばちゃんが笑った。

 

「念のためだよ!」

「念のためで済む世界なんですか……」

 

その時、食堂の大型掲示板に、基地内告知が流れた。

 

『かわいいBETAを考える市民の会』による声明への対応について。

 

食堂内がざわつく。

 

水月中尉が箸を止めた。

 

「本当に声明出してるの?」

 

遙中尉が困ったように眉を下げる。

 

「後方では、実際の戦場映像を見る機会が少ないですから……」

 

伊隅大尉は、淡々と言った。

 

「前線との認識差は常にある。今回は、外見変異によってそれが極端に出ただけだ」

 

冥夜は、静かに告知を見つめていた。

 

「姿に惑わされることの恐ろしさ、か」

 

千鶴が頷く。

 

「私たちも最初は迷ったものね」

 

たまは、小さく肩を落とす。

 

「はい……」

 

彩峰が、たまの横でまるきゅう饅頭を見た。

 

「……まるきゅう饅頭は、食べていい」

「うん、それは食べていいよ、彩峰さん」

 

美琴が笑う。

 

「でも、本物のBETAは食べないし、守らない」

「それでお願いします……」

 

自分は深く頷いた。

 

もう標語にしたい。

 

まるきゅう饅頭は食べていい。

本物のBETAは駄目。

 

いや、駄目だ。

 

何の標語なのか分からなくなる。

 

京塚のおばちゃんが、トレーを置きながら言った。

 

「でもねぇ、真白ちゃん」

「はい」

「後ろにいる人たちが変なことを言うのも、少しは分かるよ」

「え?」

 

おばちゃんは、少しだけ声を落とした。

 

「怖いものを、怖いまま見続けるのはしんどいんだよ」

 

自分は、何も言えなかった。

 

「戦場に出る子たちは、BETAがどれだけ怖いか知ってる。でも後ろの人たちは、映像や噂でしか知らない。だから、少しでも怖くない理由を探しちまうんだろうね」

「……」

「でも、それでも駄目なものは駄目だ。BETAは人を食う。そこは間違えちゃいけない」

 

京塚のおばちゃんは、いつもの明るい笑顔に戻った。

 

「だから、ご飯を食べて、ちゃんと戦えるようにしないとね!」

「……はい」

 

自分は、箸を取った。

 

食堂のご飯は、今日も温かかった。

 

その温かさを守るために、BETAとまるきゅうを間違えてはいけないのだと、改めて思った。

 

* * *

 

12月某日 午後

横浜基地・司令部

<< パウル・ラダビノッド >>

 

「後方世論か」

 

パウル・ラダビノッド司令は、報告書を机に置いた。

 

表情は重い。

 

そこには、外見変異BETAに対する一部後方市民の反応がまとめられていた。

 

かわいいBETAを保護すべき。

小型戦車級にも事情があるのでは。

泣き顔光線級に心が痛む。

BETAとの対話を。

 

どれも、前線の軍人からすれば現実離れした言葉だった。

 

だが、ラダビノッド司令は笑わなかった。

 

「後方の者が、戦場の恐怖を知らぬことは責められん」

 

彼は、静かに言った。

 

「人は、見たいものを見る。見たくないものから目を逸らす。それは弱さであると同時に、心を守るための反応でもある」

 

報告担当の士官は、黙って聞いていた。

 

ラダビノッド司令は、窓の外を見る。

 

横浜基地。

 

人類の切り札。

 

そして、多くの若者が命を削る場所。

 

「だが、前線の若者たちは、その“かわいそうなBETA”に食われている」

 

その声には、静かな怒りがあった。

 

「我々が守るべきは、BETAではない。BETAに怯えず眠れる人間の明日だ」

 

沈黙が落ちる。

 

誰も、すぐには言葉を返せなかった。

 

しばらくして、ラダビノッド司令は報告書の最後のページをめくった。

 

そこには、基地内の精神安定策として、まるきゅう饅頭とまるきゅうぬいぐるみの継続運用案が書かれている。

 

彼は、少しだけ眉を動かした。

 

「ただし」

 

報告担当が身構える。

 

「まるきゅう饅頭の追加発注を止める必要はない」

「……よろしいのですか?」

「兵士たちが笑えるなら、それは必要な補給だ」

 

ラダビノッド司令は、疲れたように息を吐いた。

 

「ただし、BETA愛護団体への配布はするな」

「はっ」

「誤解がさらに広がる」

「承知しました」

「それと」

「はい」

「要塞級抱き枕の件は、まだ承認していない」

「……香月副司令から再提出されています」

「却下だ」

 

即答だった。

 

「せめて要撃級クッションまでにしておけ」

 

報告担当は、何とも言えない表情で敬礼した。

 

ラダビノッド司令は、椅子に背を預ける。

 

「……この基地は、今日も戦争をしているのか、商売をしているのか、分からなくなるな」

 

それでも、彼は知っていた。

 

笑える時間も。

温かい食事も。

くだらない商品も。

 

それらを守るために、若者たちは戦場へ向かうのだと。

 

* * *

 

12月某日 夕方

横浜基地・香月副司令執務室

<< 神宮寺 真白 >>

 

「とりあえず、後方への啓発資料は流したわ」

 

夕呼副司令が言った。

 

「反応は?」

「半分は納得。三割は沈黙。二割はまだ何か言ってる」

「二割……」

「そんなものよ」

 

夕呼副司令は、面倒くさそうに端末を見ている。

 

画面には、啓発資料への反応が表示されていた。

 

かわいくてもBETAです。

 

そのタイトルの下に、まるきゅうと本物のBETAの比較画像。

実際の戦場映像。

まりもさん監修の標語。

夕呼副司令の解説。

 

内容はかなり直球だった。

 

特に、泣き顔光線級がレーザー照射する映像は、かなり効果があったらしい。

 

「泣いているように見えても、照射します」

 

という字幕が出た時点で、多くの人が黙ったそうだ。

 

「……教育資料としては正しいんでしょうけど、絵面が地獄でした」

「必要な地獄よ」

 

夕呼副司令は即答した。

 

「誤認で死ぬくらいなら、映像で現実を叩き込む方がマシ」

「はい……」

 

霞は、まるきゅうを抱いたまま端末を見ていた。

 

「……まるきゅうは、悪くないです」

「うん。悪くないよ」

「……でも、BETAは危険です」

「うん」

「……区別します」

 

霞は、静かにそう言った。

 

自分は、それが少し嬉しかった。

 

霞はまるきゅうを大事にしている。

でも、それでも本物のBETAと混同していない。

 

それでいい。

 

それが大事なのだ。

 

「真白さん」

「何?」

「……守るのは、まるきゅうですか?」

 

少し不思議な問いだった。

 

自分は、少し考えた。

 

「まるきゅうそのものというより……」

「……」

「まるきゅうを抱いて、少し安心できる時間を守りたいんだと思う」

 

霞が、じっとこちらを見る。

 

「……時間」

「うん。霞がまるきゅうを抱いて落ち着ける時間とか、食堂で誰かがまるきゅう饅頭を見て笑える時間とか。そういうのを守りたい」

「……はい」

 

霞は、まるきゅうをぎゅっと抱いた。

 

「……守ります」

「ありがとう」

 

夕呼副司令が、少しだけ呆れたようにこちらを見た。

 

「ほんと、あんたって厄介ね」

「今日も厄介判定ですか……」

「ええ。BETAをかわいくするなんて馬鹿なことをしたくせに、結局、兵士の精神安定策に繋げる。普通なら怒鳴って終わりの失敗を、変な形で使えるものにする」

「自分としては、ずっと胃が痛いだけなんですが……」

「それも込みで厄介なのよ」

 

夕呼副司令は、端末を閉じようとした。

 

その時、自分は午前中のブリーフィングで引っかかった言葉を思い出した。

 

見え方。

 

網膜投影。

 

戦術機の中で、衛士が見るBETA。

 

「……副司令」

「何?」

「教育資料で後方はある程度納得しても、前線の問題はまだ残っていますよね」

 

夕呼副司令の目が、少しだけ細くなった。

 

「続けなさい」

「戦術機に乗っている衛士は、BETAを直接肉眼で見ているわけじゃなくて……センサーやカメラの情報を処理した映像として見ているんですよね」

「そうね」

「だとしたら、見え方そのものに何かできるかもしれないなって……」

 

そこまで言って、自分は言葉を止めた。

 

まだ形になっていない。

 

ただの思いつきだ。

 

でも、確かに何かが引っかかっている。

 

夕呼副司令は、こちらをじっと見ていた。

 

「……今の、覚えておきなさい」

「え?」

「明日、ちゃんと形にして持ってきなさい。使えるかもしれないわ」

「え、あ、はい……」

「逃げるんじゃないわよ。発案者責任」

「また責任が増えた……」

 

自分は小さく呻いた。

 

その瞬間。

 

ピコン。

 

また、端末が鳴った。

 

自分の背筋が、ぞわっとした。

 

「……まさか」

 

夕呼副司令が画面を見る。

 

眉が動く。

 

「神宮寺」

「はい……」

「あんた、前回の配送通知、覚えてる?」

「忘れたかったです」

「届いたみたいよ」

「何がですか……」

 

夕呼副司令は、端末をこちらへ向けた。

 

そこには、基地正門の監視映像が映っていた。

 

横浜基地正門前。

 

そこに、巨大な段ボール箱が置かれている。

 

あまりにも大きい。

 

人間が入るどころではない。

 

小型車両くらいある。

 

そして、箱の側面には、見慣れないロゴが描かれていた。

 

βmazon。

 

「……本当に届いてる……」

 

自分は、青ざめた。

 

ピアティフ中尉が、別端末を確認する。

 

「副司令。基地外周の監視システムにも、同一物体を確認。熱源反応はありません。爆発物反応も現時点では検出されていません」

「中身は?」

「不明です。ただし、箱表面に記載があります」

「読んで」

 

ピアティフ中尉は、一瞬だけ言葉に詰まった。

 

そして、読み上げた。

 

「お届け先、全人類様」

 

沈黙。

 

執務室の空気が止まった。

 

「……全人類様?」

 

自分の声が裏返った。

 

ピアティフ中尉は続ける。

 

「数量、全人類分」

「全人類分!?」

 

夕呼副司令は、ゆっくりと椅子にもたれた。

 

そして、片手で額を押さえる。

 

「……やってくれたわね」

「自分じゃないです!」

「発端はあんたのスマホでしょ」

「それはそうですが!」

 

霞が、小さく首を傾げた。

 

「……箱、大きいです」

「霞、そこじゃないです……!」

 

夕呼副司令は、口元を歪めた。

 

嫌な笑みだった。

 

非常に嫌な笑みだった。

 

「面白くなってきたじゃない」

「全然面白くないです!」

「βmazon。通販。全人類分。つまり、次は物流事故ね」

「自然に次の事故へ進まないでください……!」

 

自分の叫びは、執務室に虚しく響いた。

 

* * *

 

翌朝

横浜基地・正門前

<< 記録 >>

 

BETA愛護団体騒動は、一応の落ち着きを見せた。

 

かわいいBETAを守るべきだという声は、啓発資料によって大部分が沈静化した。

 

まるきゅうは癒やし。

BETAは敵。

 

その標語は、横浜基地内だけでなく、一部後方施設にも共有された。

 

まるきゅうは悪くない。

 

だが、BETAは危険である。

 

その線引きは、何とか守られた。

 

だが、それはあくまで、後方世論への説明が済んだというだけだった。

 

前線で。

 

戦術機の網膜投影に映る、丸くて、震えていて、泣いているように見えるBETA。

 

それを一瞬でも見てしまう衛士の迷いまでは、まだ消せていなかった。

 

その未解決の問題に、真白が本当の意味で向き合うのは、もう少し後のことである。

 

そして、もう一つ。

 

横浜基地の正門前には、巨大な段ボール箱が置かれていた。

 

箱の側面には、こう書かれている。

 

βmazon。

 

お届け先、全人類様。

数量、全人類分。

配送区分、最優先。

返品不可。

 

中身は、まだ分からない。

 

ただ一つだけ分かることがある。

 

この箱は、間違いなく次の事故だった。

 

それは、かわいさが人類の認識を狂わせた日。

 

まるきゅうとBETAを、もう一度区別しなければならなくなった日。

 

そして――。

 

横浜基地の正門に、βmazonと書かれた巨大な箱が届いた日だった。

 

純夏交信事故シリーズ①

IFルート「まんじゅう怖い…?」編

第4話「BETA愛護団体、爆誕」 END




――本作用語メモ 番外編4――

■ BETA愛護団体
かわいくなったBETAの映像を見た一部の後方市民や関係者が生み出してしまった謎の運動。
「BETAにも事情があるのでは」「小型戦車級を保護すべきでは」といった主張をするが、BETAは普通に人類を襲うため、夕呼副司令には即座に切り捨てられている。

■ 後方世論
前線にいない市民や関係者の間で生まれる意見や空気。
本話では、映像越しのかわいさだけが広がったことで、BETAの本当の危険性が見えにくくなっている。

■ まるきゅうは癒やし、BETAは敵
まりも教官たちが整理した本シリーズの重要な線引き。
まるきゅうはぬいぐるみなので兵士の癒やしになるが、本物のBETAは人類を襲う敵である、という意味。

■ かわいくてもBETAです
夕呼副司令たちが作成した啓発資料の題名。
外見がかわいく見えても、BETAの危険性は変わらないことを後方や基地内に周知するためのもの。

■ βmazon
BETAが通販文化を誤学習した結果、発生した謎の配送サービス。
本話ラストで横浜基地正門前に巨大な箱を届け、次の騒動への前振りとなっている。
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