USJでの一件から数日が経ち、ようやく日常が戻りつつあった。とはいえ、教室の空気は以前とは少し違っていた。
「なぁなぁ、北風! お前ほんとにあの脳無ってやつと殴り合ったのかよ!」
朝の教室に入るなり、上鳴電気が興奮気味に駆け寄ってきた。周囲のクラスメイトたちも、こちらの様子を窺うようにちらちらと視線を送ってくる。
「殴り合った、というほど格好いいものじゃないけどな。正直、最後はかなり追い詰められてた」
「いやいや、それでも十分すごいよ! オールマイトが来るまで持ちこたえたんだから!」
尾白猿夫がそう言いながら、興奮した様子で頷いている。教室のあちこちから、似たような反応が返ってきた。あの日の一件を経て、クラスの中での自分の立ち位置が、少しだけ変わったのを感じる。
「けっ、脳無と互角って言ったって、結局オールマイトに助けられたんだろ」
そう憎まれ口を叩いてきたのは、爆豪だった。だがその声色には、以前のような純粋な見下しではなく、どこか苛立ちの混じった響きがあった。
「そうだな。あの化け物には、まだ全然力が及ばなかった」
素直にそう答えると、爆豪は意外そうに片眉を上げたが、それ以上は何も言わずに鼻を鳴らして席に着いた。
「北風くん、あの状況で臆さず前に出るというのは、なかなかできることではない」
きっちりとした所作でそう告げてきたのは、飯田天哉だった。眼鏡の奥の目を細め、感心したように頷いている。
「クラス委員としても、君の行動力にはすごい思う。だけど、無茶な単独行動はやめるんだ」
「……肝に銘じておく」
真面目な口調で釘を刺され、俺は思わず苦笑した。すると、その隣から蛙吹梅雨がひょこりと顔を覗かせる。
「けろ。北風くんって、意外と無鉄砲なところあるよね。危ないことするなら、ちゃんと言ってね」
「善処する」
「その返事、絶対忘れそう」
淡々とした口調で的確に突っ込まれ、周囲からくすくすと笑いが漏れた。
「おいおい、北風! お前、脳無相手にビビらなかったのか? 俺だったら足がすくんじまうかもしれねぇ」
がっしりとした体格の切島鋭児太が、豪快な笑みを浮かべながら肩を叩いてくる。
「正直、最初は怖かった。だけど、目の前で誰かが傷つくのを見過ごす方が、もっと嫌だっただけだ」
「――かっこいいこと言うじゃねぇか! 男らしいぜ、それ!」
切島は感激した様子で何度も頷き、隣にいた麗日も控えめながら笑顔で頷いていた。
「北風くん、爆豪くんと戦った時もそうだったけど、本当に強いよね。私も、もっと頑張らなきゃって思ったよ」
「麗日さんの透明化を見破る判断力も、大したものだったと思うけどな」
そう返すと、麗日は少し照れたように微笑んだ。
「北風くん、みんなに囲まれて大変だね」
隣の席から、葉隠さんがくすくすと笑いながら声をかけてくる。
「葉隠さんだって、透明化で核を奪取した実力者だって話題になってたぞ」
「えへへ、まぁね」
照れくさそうに頭の後ろに手をやる仕草が伝わってくる。そんなやり取りをしていると、教室の後ろの方から緑谷久が控えめに近づいてきた。
「あ、あの、北風くん。少し聞いてもいいかな……。脳無と戦った時、どうやって攻撃を捌いてたのか、教えてもらえたりする……?」
熱心にメモ帳らしきものを構える緑谷の様子に、俺は思わず苦笑した。
「別に構わないけど、ノート取るほどのことでもないと思うぞ」
「い、いやいや! こういう情報の積み重ねが大事なんだよ! 例えば個性の出力調整とか、相手の攻撃パターンの見極め方とか……」
早口でまくし立てる緑谷の勢いに気圧されながらも、俺はどこか懐かしいような気持ちになった。誰かに自分の戦いを興味深く聞いてもらう、というのは、今までの人生ではあまりない感覚だった。
そうして質問攻めに答えているうちに、始業のチャイムが鳴り響いた。生徒たちが慌ただしく席に着く中、教室の扉が開いて相澤先生が姿を現した。
「先生! USJでの怪我、もう大丈夫なんですか!?」
心配そうに尋ねたのは、麗日だった。先生は包帯の巻かれた腕を軽く持ち上げながら、いつも通りの淡白な調子で答える。
「問題ない。それより、伝えることがある」
そう言うと、先生は黒板に大きな文字で何かを書き始めた。教室の空気が、一瞬にして張り詰める。
『体育祭』
「今年もこの時期がやってきた。雄英名物、全校生徒参加の体育祭だ」
「た、体育祭って……今年もやるの!?」
誰かがそう声を上げると、教室がにわかにざわめき始めた。
「その通りだ。全国のスカウトマンたちが、次世代のヒーローを見極めるために食い入るように見ている。ヒーローとしての第一歩を、自分の力で証明する場になる」
淡々と告げる相澤先生の言葉に、俺は思わず息を呑んだ。
――ここからが、また新たな正念場になる。
隣を見れば、葉隠さんも拳を軽く握りしめ、真剣な表情でこちらを見つめていた。
「北風くん、負けないよ」
「ああ。俺もだ」
小さくそう言葉を交わすと、教室のざわめきの中、俺たちは互いに小さく笑みを浮かべた。
USJでの死闘を経て、俺たちの日常はまた一歩、新しい段階へと進もうとしていた。