『ゴベーン!!というわけで、ゴホ、本当に、すごく、とっても、ぐず、残念だけご、ごほ!ごほ!ゴホッ!!』
「わーった!わーったよ!わかったから泣きながら咳するんじゃねぇ!ったく……じゃあ切るからな。大事にしろよ」
『えぇ!?そんなあっさり!?ここから秋美ちゃんの慰め看病イベンt……』
電話を切って周囲の景色に引き戻されると、ガヤガヤと、いつも以上に浮かれた空気の漂うゲームセンター。
「どうでござったか京介氏」
心配そうにこちらを見降ろしているのはグルグル眼鏡にチェックのシャツといつものようなオタクファッションに身を包んだ沙織・バジーナ……。
俺が首を横に振るとあ~と、察してくれたのか口をωからへの字にした。
「風邪だってさ。まぁ病状自体は大したことないみたいだぜ。随分元気そうだったしな」
「なるほど、それを聞いて安心したでござるよ。しかし、そうなりますと……」
「はーい、エントリーの受付。まもなく終了しまーす!」
そう言って係員の人が声を上げているのが聞こえてくる。
何を隠そう今日は俺達が練習して集まっていたガンダムの格ゲー……その大会当日だった。
チーム戦であり、3人以上でエントリーしなければいけないという条件があるので、まぁ正直櫻井が居なくなったといって本来ならば大きな問題はないのだが……。
と、そこで俺の手に持っていた緑色の携帯から電子音が鳴り響き始める。名前の表示には先ほど何度電話してもかからなかった”黒猫”の二文字。
「もしもし!黒猫か今どこに……」
『あ、もしもーし!おにーさんの携帯であってる~?』
「その声……日向ちゃんか!?」
黒猫の電話に出たのは、黒猫の上の妹あり、ブリジットの友達でもあるちょっとおませな少女、日向ちゃんだった。
『うん!あってるよ~!いや~いつも姉共々お世話になってま~す。って、今はそんなこと言ってる場合じゃないか』
「えっと、黒猫は……」
『それがさ!聞いてよ!お姉ちゃんったら携帯も財布も忘れて出て行っちゃってさ!!』
「なぁ!?」
んな!馬鹿な!?
アイツは身なりは「ああ」だが、俺なんかよりよっぽど生真面目でそう言ったドジっ子属性なんて持ち合わせていなかったはずなんだが!?
『え~っと、一応理由はあるみたいなんだけど……。と、とにかく!今こっちの最寄り駅まで届けに行ったんだけど、もう電車に乗っちゃったみたいで……そろそろそっちの駅にはついてるはずだから迎えに行ってあげてくれない!?』
「わ、わかった!!すぐに行く!」
そう言って電話を切るとおろ?と事情を説明してほしそうな沙織の肩に手を置いてまくしたてる様に説明をする。
「ちょっと黒猫を迎えに行ってくる!事情は後で話す!」
「きょ、京介さん!?んん、了解でござる!」
一心不乱に最寄り駅まで走ると、黒猫の姿を探し始める。
金がねぇのに電車にのったってことは電子マネーか何かを使ったのか?だとしたら、金額くらい表示されているだろうし、残額が残っているのなら普通に降りることだって、って…………!?
「黒猫!」
すると、長い黒髪に、特徴的な泣きぼくろ、見知った顔の人物が改札の向こう側にいるのが目に付いた。
……駅員二人に取り囲まれるという姿で!?
「に……兄さん?」
いつものようにゴスロリ服に身を包んだ黒猫は俺の姿に気が付くと、捨てられた猫のような俯いた泣きそうな表情から一変、ぱっと表情が明るくする。
少しだけ通してくださいと、カウンター駅員に声を掛けて半ば強引に改札を通り抜けると、すぐに黒猫は俺の背中に隠れる様に張り付いた。
さっきまで黒猫を取り囲んでいた駅員の人達がこちらの方を観察するようにじろじろと見回す。
「君は?」
「すんません、こいつ俺の連れで……」
「ん~?ん~、そうですか。先ほどから改札付近をうろついていたので声を掛けたんですが、黙り込んでしまっていてね」
こいつ、何となくそうなんじゃないかとは思っていたが、やっぱり重度のコミュ障だったのか……!駅員の方も、改札を通らずに黒猫みたいな恰好のやつがうろついていたら普通は声を掛けるわな。
「あーこいつ、財布忘れちゃったみたいで、あは、あはは、すみません!もう大丈夫なんで」
「あぁ、そういうこと。まぁそういう時はあまり大きな声では言えないけど、相談してくれたら何とかするから」
「あ、ありがとうございます。気を付けさせますんで……」
そう言って、係員の人たちは納得したように奥へと消えていく。
はぁっと、ため息をつくと、後ろで未だに申し訳なさそうに服の端っこを摘まんで俺の様子を伺っている黒猫に声を掛ける。
「はぁ~~。ほら、金なら貸すからさっさと出ようぜ?早く行かねーと大会のエントリーが」
「……して」
「黒猫?」
「…………どうして、あなたはいつも……そう私を……」
「?とにかく一旦出るぞ、ゲーセンで沙織も待たせちまってるしな」
そう言って俺は、立ち尽くしている黒猫の手を取った。
「失望したかしら」
「何が?」
「無様な私の姿を笑うと良いわ」
「はぁ?」
駅を抜けた後も、黒猫はこんな調子で卑屈なオーラを全開にしている。
気持ちは、まぁ、解らないこともない。黒猫と同じ目にあって、メンタルが無事でいられる自信が俺にもない。だからこそ
「しねーよ。失望なんて」
「は!安い気休めなんて……」
「だって、今更だろ。お前がどんな奴かだなんて、もう知ってるからな」
「え?」
足を止めて、黒猫の方へと向き直ると俺は真剣な顔をしてこう言った。
「良いか、よく聞けよ?俺の知っている黒猫は毒舌家で、邪気眼中二病で、自信家で超絶コミュ障で……見た目ゴスロリ服を着たやべー女だよ」
「……」
「……だけど……自分の好きなものに一直線で、人のことを思いやれるいい奴で、尊敬できるところをいっぱい持ってる……そんな一緒にいると楽しい奴なんだ」
「……ッあ、あなた!?」
「……ま、そういうことだからさ、黒猫。あんまし気にすんなって。折角、今日はお前の出たかった大会の日なんだからさ」
照れ隠しするように頭を掻いて顔を逸らすと、俯いていた黒猫が口を開いたようだった。
「……全く、随分と好き勝手言ってくれるじゃない?兄さん?」
そう言うや否や、数歩前を歩いてバッとその場で両手を広げて天高く唱え始める!?
「我こそ、昏き闇の眷属にして深き夜の女王!!黒猫!!」
うおい!?な、何をいきなり叫でるんだ!お前はッ!!!?
み、見ろ!?周りの人たちが見てる!!?集まり始めてる!!?
「そして、あなたはその契約者にして共犯者!京介!!さぁ、我が手を取って……」
どこかうっとりとした顔でこちらに手を差し出す黒猫であったが、正直この状況で手を取るなんてこと、こっぱずかしくて仕方がない。
あーくそ!腹をくくるか……
「ククク、闇に飲まれよ……!我が契約者黒猫よ……今こそ……その秘めた力を共に解き放たん!」
「っ!!!」
俺がどこかで教えてもらったポーズをとってから黒猫の手を再び取ると、黒猫の目が、目がかつてないほどに輝き始める!
大衆の冷たい視線と子供の尊敬のまなざしを背中に受けながらゲームセンターへと向かう。
握られた黒猫の小さな手が……熱かった。
「すまん、沙織またせた……?」
沙織の元へと戻ってくると、何やら、タダならぬ雰囲気を感じた。
やけにピリピリと乾いた空気に、さっきまであれほど騒がしかった会場がシンとした静寂に包まれていて、まるでここら一体だけが時間が止まっているかのようだ。
「あん?……まさかこいつらが?」
「……そうですわ。私の仲間です」
立ち尽くしている沙織の前に居たのは、腕を組み、仁王立ちをしている黒いライダースーツの女性。髪を後ろに流したその姿からはどこかヤンキーのような豪快さと柄の悪さを印象付けられる。
「ふーん……おい、そこのお前「あー!」」
「ん?あー!?」
この特徴的な声は……!?
ひょっこりとライダースーツの女性の横から姿を現したのは、あの生意気なガキンチョ、加奈子の姉である漫画家の来栖彼方さんだった。やっほー!と手を振りながらトテトテと小走りでこちらに近づいてくる
「さおりーん!きょーすけくん!いえーい!」
「いえーい!」
「い、いえーい?」
パンパンとハイタッチが決まる。
そして、続いて後ろから……
「こんにちは~”お兄ちゃん”!」
「っぶほ!!?き、きららさん!?なんなんですか!?その呼び方!?」
「あれれ~。ご主人様ってば何動揺してるんですか~?うふふ、うすうす感じてましたけど妹属性好きですか?」
「大衆の面前で社会的に抹殺する気ですかいあんたは!?違います!だ、断じて違いますから!!」
「にゃはははは!相変わらずキレッキレのツッコミだね~きょーすけ君!」
手元を抑えて笑っているのは、一時期彼方さんのアシスタントとして働いていたメイド喫茶で働く女性、星野きららさんだ。
加奈子のバイトをしていた時はよく顔を合わせていたが、まさかこんな場所で、再び顔を合わせることになるとは……。
「さおりん氏も久しぶり~!」
「……ご無沙汰しております。彼方さん。きららさん」
「そだねー!前々回の夏コミ以来かな?」
「私は、よく『プリティガーデン』で顔を合わせていますけどねー」
「え~!?何それずっるーい!どうせなら私も呼んでくれれば良いのにー!」
「にゃははは……」
?ど、どういうことだ。
彼方さんと沙織さんたちは知り合いだったのか?
随分と親しそうに見えるけれども……。
「……ん!んん!!んんん!!!」
とわざとらしく咳をしたのはライダースーツの女。
……すっかり存在を忘れていた。
「あー!ごほん!ここに居る会場の諸君!!今日はよく来てくれた!!」
片手を上げると、マイクも使わずに会場中に響く声を出すライダースーツの女性。
俺達も、会場の全員もその声に引き込まれるようにして会話を中断する。
「今日は私、『fairy』の主催するゲーム大会にお集まりいただきありがとう!」
どよ、と会場中にどよめきが起こる。
あの『fairy』が日本に!?
女だったのか……?
結構おばさんだな……。
と言った声の数々。ちなみに、今おばさんといったやつはその『fairy』に現在進行形で絞められている。
「『fairy』ですって……!?」
「黒猫、知ってるか?」
「え、えぇ、海外の大会でも活躍している正体不明のプロゲーマーよ。特に格ゲー界では『fairy』の名前を知らない人は居ないほどに有名人、だったのだけれど」
そんな人物が主催だと急に宣言したかと思えば、椅子に足を乗せてマイクパフォーマンスは続く。
「初めは後ろで友人のプレイを眺める道楽で参加するつもりだったんだが……気が変わった」
大きく息を吸い込み、そして指を突き立てる……
「私も参加する!」
えぇ!?と、会場がどよめく。
プロゲーマーの参戦。俺もそれに驚いていると、それからと更に話は続く。
「私が参加するからにはそうだな、まず景品だが……ディ〇ニーランドと言わず、世界旅行に変更だ!!この私に勝ったやつは、どこでも好きな国へ旅行に行かせてやろう!」
わッ!?と今度は思わぬ景品のグレードアップに会場中が揺れる。
「もちろん……今日は私も本気で行く!!この私、『fairy』に勝って……最強の称号がほしくはないか!?」
どわー!!と更に会場全体が湧いた!
会場中の空気が一体となっている。……なんというかこの人、つい耳を傾けたくなるような力強い声をしている。自信たっぷりで、カリスマ性があるというか……会場はすっかりフェアリーコール一色になってしまった。
「では、組み合わせの抽選と行こうか!……じゃ、後は任せたぞ」
「え?あ、はーい。『それじゃあ、ここからは私、きららが!進行と実況・解説を担当させていただきますねー!みんなさーん今日は一日よろしくお願いしまーす!』
わーと会場の興奮は未だに冷めやらない。
「あの人、またあんなこと言って……どうせ誰にも負ける気がないくせに……」
「あは!でもでも、こっちの方が盛り上がるよねー!」
珍しく怒った様子の沙織に、楽しそうにしている彼方さん。
話の流れがわからずにチラチラとこちらを伺っている黒猫。まぁ、まずは俺達には話し合いの時間が必要だろう。