俺の妹がコスプレに目覚めるわけがない!   作:雨あられ

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第6話

「おい、ブリジット、ちゃんと「アレ」、持ったか?」

 

「うん!」

 

「ハンカチ持ったの?それからティッシュも」

 

「んな遠足にいくわけじゃねーんだから」

 

「おい、京介。ブリジットとはぐれたようなことがあればすぐに連絡しろ。…ウチから捜索隊を出す」

 

「何大げさな事言ってんだよ!たく、んじゃ、そろそろ電車の時間も近いし、行くぞ、ブリジット」

 

「うん!おにいちゃん!」

 

親父の許可が得られたのは、やっぱり大きかった。

 

こそこそと大阪に行くのに適当な理由を考える必要もなくなるし、いざってときに、やっぱり行先を告げてあると安心だ。それに、今首にかかっているカメラだけじゃなくて、鞄の中には持たせてくれた交通費まであるっていうんだから、この前までの絶対絶命が嘘みたいだ。そんなに中身の入っていないリュックを背負って立ち上がると、先に玄関のドアを開けて、靴を履いているブリジットが出て来るのを待つ。かかとが中々入らないからか、時間がかかっていたが、やがてすっぽりと足を収めると、金色のポニーテールを揺らして立ち上がり…

 

「行ってきます!パパ!ママ!」

 

そう告げて、親父とお袋に満面の笑みを浮かべて見せる。

 

「パ…!?う、うむ」

 

「道中、気を付けるのよ。」

 

「はい!」

 

「じゃあ、京介、付いたら連絡しなさいよ」

 

「わあってるよ。大げさだなぁ」

 

何となくだが、親父とお袋と、ブリジットの距離が一気に近くなった気がした。隠していたコスプレという趣味を受け入れらたことで、ブリジットの中で、何かが変わったのかもしれない。にしても、3年間も一緒に住んでいて、距離が縮まったのがアニメのコスプレがきっかけって言うのも、家ぐらいのもんだろうよ。

朝日が眩しい外へと飛び出し。ブリジットの用意がちゃんとできているのを確認すると、二人で背負ったリュックを揺らして千葉駅の方へと歩き出したのであった。

 

「パパ…か」

 

「あら、あなた、嬉しそうね。」

 

「何を馬鹿な。母さんこそ、口が緩んでいるぞ」

 

「ふふふ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

新幹線の座席ってのは、意外と落ち着く。ガタンゴトンと普通の電車のように五月蠅くはないし、指定席を取れば、確実に座ることが出来ると言うのもまた嬉しい。座席を少し倒して目を瞑りながら息をゆっくりと吐くと、今にも夢の世界へと…旅立てそうである。

 

「みてみて!おにいちゃん!」

 

「ん?おお、富士山か!」

 

「うん!」

 

嬉しそうに、窓に手を当てていたブリジットがわぁ、と声を出してまた窓にくぎ付けになる。6月下旬と言うこともあり、外の天気は曇ってって、そんなに良くなかったが、まぁ雨が降ってるよりはましだ。おっとそうだそうだ。

 

パシャっと、ブリジットの方へと、1眼レフのカメラを構えてシャッターを切る。すると嬉しそうに窓を覗き込む自然な笑顔のブリジットがカメラの液晶の中へと納まっていた。が、うーん、ちょっとぶれてるか?まだまだ修行不足だな。

それにしても…ブリジットのやつも朝からこの調子じゃ、バテてしまうんじゃないかって、少し不安だ…まぁ念願のメルフェスだ。むりもないか…かく言う俺も、初めての大阪に内心のわくわくを隠せてねーからな!!

 

「ブリジット、まだまだ時間かかるから、ちょっと寝とけ。お前昨日も碌に寝てねぇだろ」

 

「ううん!へいき!」

 

何て言って、わざわざ目をいつもより大きく開いて起きようとしていたのだが、5分、10分と電車に揺られている内に、ブリジットは冷房が寒くなってきたのか、身を寄せるように俺の方へとくっついてきた。そして更に3分ほどすれば、こくこくと首を揺らし、やがて右肩の上から小さな寝息が聞こえ始めた。

 

 

 

 

 

 

ここに来るまでには、親父にばれたこと以外に、もう一つ試練があった。それが家庭教師の仕事、加奈子の学校のテストの点数上げだった。家庭教師をやっているっていうのに、俺は加奈子の点数をどの科目もわずか30点しか上げることが出来なかった。話だけなら30点も!?と思うかもしれないが、0点が30点とか、33点とかになると言う上がった内に入るのかわからないものだった。一か月も雇ってもらった結果がそれ(30点)って。情けなくなる。麻奈実にアドバイスをもらいながら、暗記シートや、範囲を絞ったテストまで作ったってのに……ただ、それでも。

 

「見ろよせんせー!加奈子ってばやれば出来るじゃん?」

 

「あのなぁ、赤点とって、それで学校で補修までさせられてちゃ、家庭教師の俺の立つ瀬がねぇの。」

 

「ううん、きょーすけくん!これが、まじパネェのww

てか、カナちゃん、これが人生初の2桁得点じゃない!?すごーいww」

 

「だべ!?」

 

じ、人生初!?浮かない顔を浮かべる俺を尻目に、加奈子と彼方さんはまるで100点でも取ったかのような大騒ぎだ。ちなみに、アシスタントメイドのきららさんは、微笑ましそうに二人を見ている。ちょっと、引いてるけど。

 

「いやいや、大したもんだよ?「あのカナちゃん」が0点以外の点を!それも、2桁もとってくるなんて!!」

 

「だべだべ!?」

 

「しかも!全部30点オーバー!!ほ~んと!明日、大地震でも起こるんじゃないかって思っちゃうもんww」

 

「だべ~~!!」

 

加奈子、お前今馬鹿にされたんだよ。何素直に喜んでんだ。

 

「まぁ、兎に角、多分きょーすけくんが思ってる以上に、これはすごい事なのww

だから、これからもカナちゃんの家庭教師、よろしくね?」

 

へ、これからも?

 

「いや、でもテストまでの約束じゃ…」

 

「だから~、お前が加奈子の家庭教師を~、ど~しても続けたい、って言うなら、続けさせてやるって話じゃん?」

 

「そりゃどうも…でも彼方さん。本当に俺、大したことやってあげられなくて」

 

「ううん、だいじょーぶだよ。考えといてね、きょーすけくん!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ、家庭教師ねぇ」

 

元々、家庭教師のバイトなんていうのは、この大阪行きの為に一時的に始めただけのものだ。でも、今となっては、お金はもう親父たちが出してくれたし、これ以上稼ぐ必要もない。あんなに喜んでもらえたから、悪い気分でも無いが、実際成績はそんなにあげられてねーし。どうしたもんかね。

 

 

『まもなく、新大阪、新大阪…』

 

 

お、そろそろか。寝ていたブリジットを軽く揺すって起こすと、瞼をこすってまだ眠そうにしていたブリジットが顔を上げる。大阪だぞ。と告げると、はっとしたように口ごもる。

 

「ね、ねてないよ。目を、とじてただけで…」

 

「へいへい」

 

「ほ、ほんとだもん」

 

顔を少し膨らませたブリジットの鞄を棚から降ろしてやり、渡してやる。すると、しょぼしょぼとした目は次第に色彩を取り戻し。いつものように歯を出して笑う。

 

「おおさか!」

 

「おう、この町はな、たこ焼き食い放題なんだぜ?」

 

「ほんとに!?やったー!」

 

流石に、んなわけねぇけどな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ブリジット、まずは腹ごしらえにするか?向こうの会場で食えるかわかんねーし」

 

「うん!」

 

新大阪から新快速へと乗り換えて、ごみごみとした人が群れていた改札を抜けると俺たちは、ここ、大阪駅まで来ていた。天気は関係ないかもしれないが、この季節だ。むしむしとして結構暑い。

 

「まぁ、駅の中に食い物屋くらいいくらでもあるだろうけど。折角だし、大阪名物くってこーぜ」

 

「うん!おにいちゃん」

 

「へへ、きっとうまいんだぜ。本場のたこ焼きとか、お好み焼きってよ。それに、味付けも関東と違うから、新鮮かもしれねーし」

 

「おっと、そうだそうだ。帰りにはこの駅で麻奈実や黒猫たちにお土産も買っていかねーとな。ブリジット、お前の友達にも…」

 

ん?

 

「ブリジット?」

 

待て、まてまてまて!待ってくれ!さっきまで、確かにここに!?

立ち止まって辺りを見回すと、目まぐるしいほどに人が動いている。今俺たちの居る大阪・梅田駅と言うのは、非常に複雑になっていて、一度はぐれると中々再開できない迷宮とまで呼ばれている。となれば、当然、今この中から小さなブリジットのやつをみつけるのは困難なわけで。慌てて、数歩後ろに戻る。すると、金色のポニーテールの後ろ姿が目に見えた。ど、どうしてあんなところに。

慌てて乗っていた流れと反対に早足で歩き、その背中を追う。あの、白い服、金色のポニーテール。間違いなくブリジ……ん。まて、違う。ブリジットのやつはあそこまで背が低くないぞ。それに、リュックもないし、服もちょっと違う。別のやつだ。

 

再び、足を止めて辺りを見回す。人の流れが、俺を置いてどんどんと流れていく。カップル、サラリーマン、外国人に、修学旅行生。だけど、その中にはブリジットの姿は無い!

 

頭が真っ白になる。ま、まさか、あれだけ余裕ぶっこいてたのに。もうはぐれちまったのか!?

 

ここが千葉ならいざ知らず、見知らぬ地、土地勘もない。どうやってブリジットを探し出せばいいんだ。そうだ、電話。

 

今日の日の為に、と言うわけではないが、ブリジットのやつも一応携帯電話を持っている。ポケットから緑色の携帯を取り出し、電話帳に見つけたブリジットの名前。通話を押そうとした。まさにその時。

 

「げ!?」

 

なんてこった。携帯電話の残量まさに今、切れた。ぷぷーっと、無慈悲にも最後の力を振り絞って電話は身体を震わせると、その液晶には黒く、何も映さないモニターだけが映っている。いや、俺の間抜け顔が映ってみえらぁ。

 

って、そうじゃねーだろ!

 

まだそんなに遠くにはいってねーだろうし。走って…

 

「おに…ちゃん!!!」

 

ふと、声がした方へと振り返る。すると、その人ごみの群れの奥から、ブリジットが、天井に着きそうな程高い位置に居てぶんぶんとアルファオメガのステッキを振っていた。

あいつ、何であんなに背がたけーんだ!?

 

そちらに向かって走って行くと、段々とブリジットが何故大きくみえていたかの理由もはっきりしてくる。ブリジットは、誰かに肩車してもらっているのだ。それも…

 

「お兄ちゃん!」

 

「ブリジット!…!?」

 

喜ぶブリジットを尻目に、こちらは驚きを隠せない。だって、お前、こいつを見て見ろよ。身長180センチを超えていて、青いジーパンにインした緑色したチェックのシャツ、ぐるぐるの眼鏡に鉢巻、軽く2つに結った髪に、それから、大きな大きなリュックサック…

 

「ははは、い、いやぁ、兄上と再会できて何より……と、と、とりあえず、降ろしますぞ」

 

「はい!」

 

秋葉系ファッションに身を固めた正真正銘のオタク女だった!

 

「すみません。妹を助けていただいて」

 

「いえいえ!拙者、幼女困っていれば助ける。人として、当然のことをしたまでござるからな!」

 

「は、はは。」

 

お前は忍者かなにかか。と初対面にも関わらずツッコんでしまいそうになったが、妹を助けてもらった手前、そんなことは言い出せない。それに、間違いなく「良い人」なのだろうが……。一言で言えば変わってるから少し尻込みしてしまう。

 

「あ、あの、お姉ちゃん。お名前は!」

 

「ふ、拙者は、人呼んで、沙織・バジーナ」

 

「っぶ!?」

 

!?な、何故バジーナ!?って言うか、お前、どう見ても日本人だろ!

 

「さおりばじーなさん!わたしはブリジット・エヴァンス・こうさか、です!おかげでおにいちゃんにあえました。ありがとうございます!」

 

「おお、これはこれは、ご丁寧に。どういたしましてでござるよ、ブリジット氏」

 

ぺこりと礼をしたブリジットに対して、口をωという形にしてお辞儀して返す沙織・バジーナ。ブリジットがこんなにもちゃんとしたお礼が出来るということに少し驚いたが、俺の方も、保護者としてきちんとお礼を言っておかないと。

 

「兄の、高坂京介です。沙織さん、本当にありがとうございました。」

 

「いやーなんのなんの。そんなにお礼ばかり言われると、拙者、照れてしまいますぞ。」

 

顔を軽く赤く染めて、照れくさそうに頭を掻くと、続いて忍者が印を結ぶように手を合わせて。

 

「ではでは、拙者はこれにて、ドロンさせていただくでござる。ニンニン」

 

沙織バジーナは姿を消した。

 

「…良い人も居るもんだなぁ…。じゃ、俺たちも行くか」

 

「…あ、あの、おにいちゃん」

 

「ん?」

 

「もうはぐれたら、いや、だから。その…」

 

もじもじと照れくさそうに、俺のズボンを摘まんだかと思えば顔を赤らめ。

 

「て、つないでて…」

 

小さな白い手が、俺の手と重なった。すると、青い眼は細まり、安心したように微笑むのだ。

 

俺の、俺の妹がこんなに可愛いわけがない!!!

 

その後、ソースたっぷりの大阪のお好み焼き、たこ焼きとを満喫し、俺たちはインテックス大阪。今回のメルルのイベント会場へと足を進めた。

イベント会場では、ブリジットのやつが終始展示物や販売グッツに目を光らせ、小さなコスプレ大会には、あのアルファ・オメガの服を着て飛び入り参加したことで、会場を沸きに沸かせたのであった。結果は、言うまでもないだろう。

 

一眼レフのカメラには、照れくさそうに優勝のスペシャルトロフィーを掲げるブリジットの姿がしっかりと納まっていた。

 


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