俺の妹がコスプレに目覚めるわけがない!   作:雨あられ

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第8話

『これが、新しいタナトスの……ダークウィッチの力…!強すぎる…!』

 

『ククク!メルル!アルファ・オメガ!お前たちの悪運もここまでよ!』

 

『うぅ、このままじゃ、地球がやばいよ~!』

 

リビングに居るのは、ソファに寝仏の如く寝転がった俺と、興奮して立ち上がり、ぎゅっと両の拳を握りしめながらメルルを見守る妹、ブリジット。そして、椅子に腰かけ、煎餅をバリバリと食べながらお茶を飲むお袋の3人だった。

 

この星屑ウィッチめるる。まぁ、内容は良くも悪くも子供向けだから、俺はブリジット程熱狂的なファンにはなれなかった。いや、熱狂的なファンになったらなったで、それは問題だろうけどよ。しかし、楽しみがないわけではなかった…

 

『そろそろトドメよ!EX(エクスタシー)モード!』

 

うおー!キタキタキター!タナトス様のEXモード!

 

「あわわ、めるるが~!」

 

一気に強くなってドラゴンボールの如く、瞬間移動を繰り返し、めるるたちをぼこぼこにし始めるタナトス様。その衣装は、速さを重視したために、究極的に軽装…つまり、きわどい…!

それに、タナトスエロスはダークウィッチに変身する前は清楚っぽい外見だと言うのに、こう、変身した後のギャップが素晴らしい!

 

「やーねー。またいやらしくなってるじゃないの」

 

…バリボリと煎餅を齧るお袋の冷静な保護者目線の一言が一瞬でこの高ぶった気持ちを落ち着かせた。

ブリジットには、聞こえて居ないようだったが、確かに、2期になってきわどい演出が増えて来たな。今も、タナトスの攻撃で、どんどんとメルルたちの変身衣装が破かれて行っている。どうせ破けるなら、タナトス様のお衣装をだな…

 

『こうなったら…メルル、アルファ!!』

 

『きゃ!こめっとくんから…ピンク色の光が!!?』

 

『何をやろうと、無駄無駄よぉ!』

 

きらーんと、メルルのピンク色のマスコットが光り始めたと思えば、その謎の光にタナトスは怯み、そして光の中からは…

 

『これって…新しいマジカルロッド!!?』

 

『みんなの希望の力が集まったんだよ!』

 

「わぁ…!!」

 

新しい、白いマジカルロッドと、青いマジックロッド。その姿に目を輝かせて、羨望のまなざしを向けるブリジットに…

 

「嘘でしょ~!?この前新しい杖でたばっかりじゃない」

 

露骨な新商品の登場に悲鳴をあげるお袋。あんた、さすがに子供の前でそういうこと言うかね。

 

『行こう!アルちゃん!』

 

『うん!』

 

『く、でもアタシの新しいEXモードの前では!』

 

『『Wメテオインパクト!!』』

 

『キャアアアアアア!!』

 

おぉ!爆発でタナトス様の衣装がひん剥かれて、ドロ○ジョ様やふじ○ちゃんのように!…って、おい、待て、威力デカすぎだろ!画面の中、めるるたちの放った爆発魔法は町を飲み込み、海を越え、日本と中国くらいのところまで飲み込んで、爆発で消え去ったぞ!

 

「すごいすごい!」

 

『覚えていなさい!メルル、そしてアルファ・オメガ!!』

 

負け犬の如く、言葉を投げ捨てて消えていくタナトス・エロス。焼け野原になった大地で、危なかったね!と言いながら微笑み合う少女たちの図は、何だかシュールだ。

 

「あ、そうそう、京介。あんた、ちょっとスーパー行って、お豆腐買ってきてくれない?」

 

「はぁ?なんで俺が」

 

「今日はすき焼きにしようと思ったのに、お豆腐忘れてたのをすっかり忘れちゃってたわ」

 

「別に豆腐くらい良いんじゃねーの?」

 

「だめよ、お父さん好きだもの」

 

親父の奴。そんな好きだったか?豆腐?

あまり記憶にないが、無いならないで食事中に、豆腐はどうした?と渋い声で問いかけるのが目に浮かぶ。まぁ、無いならないでお袋が言えば、そうか…と言って落ち込んだ声で返す姿も目に浮かぶが。

 

「しょうがねぇな。」

 

「お金、その辺の鞄に入ってる小銭入れから持ってって」

 

「へーい」

 

ごきっと、音が鳴った身体をソファから起こして立ち上がると、お袋の鞄を漁ってピンク色のがまぐち財布をみつけたのでポケットへと突っ込んだ。リビングを出るとき、いってきまーす。と軽く声を出したが、画面に集中しているブリジットは、いってらっしゃい!と、声だけ出して俺の方をちらりとも見ては居なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

もう夏も終わるのか、夕方の外は半袖にハーフパンツじゃわりと肌寒い。

オレンジ色の光を浴びながら、首を動かすとごきごきと何かが鳴る。辺りに居るのは、犬の散歩をしている主婦っぽい人や、部活帰りっぽい頭を丸めた男子生徒…何も考えずにスーパーまでの道のりを歩いていた。ソファの上で、ぼーっとしていたからなのか、それとも、ほんわかしたこの夕方の黄昏た空間がそうさせたのかはわからないが。足がついてないみたい非現実的な感じだ。

 

そんな状態だったから、角を曲がろうとしたときに人にぶつかる。

 

「うお!」

 

「きゃ!」

 

いや、誰かとぶつかりそうになり、すんでで躱して、とっとっと、と目の前の電柱につんのめる。あぶねーあぶねー。あやまんねーと。

 

「すみませ…」

 

「申し訳ありません。私、少し考え事してしまって…」

 

 

 

 

 

そこには、「天使」が居た。

 

 

 

 

 

黒くて艶のある長い髪、純白を思わせるような白い肌。体躯もモデルなんじゃないかって思うほどスラリとしていて、スカートから覗かせる白い足は、思わず目を見張ってしまうレベル。なによりは、すげー可愛い!?

学生なのだろう。制服を身に纏った彼女は一言で言うと天使(のよう)だった。

 

「俺の方こそすみません」

 

「お怪我はありませんか?」

 

「い、いや、特には」

 

「そうですか?良かったぁ…」

 

おっふ。お前!卑怯だろ、そんな、そんな控えめな笑顔!上目づかいで!

 

「じゃ、じゃあ」

 

「はい、お気をつけて」

 

馬鹿野郎、俺、何故立ち去ろうとする!

しかし、彼女の笑顔は俺には眩しすぎた。どことなく、変身前のタナトス・エロスに似ているような気がする。清楚で、良い子っぽくて、後は眼鏡さえかけていれば…

 

「あ、あの…」

 

「え?」

 

人生で一番早く振り返った。

そこには、先ほど別れたはずの天使がいて…、俺、まさか、惚れられ…?

 

「はいこれ、落としましたよ」

 

「あ、あぁ、ありがと…う」

 

「それでは」

 

俺にピンク色の小銭入れを渡すとぺこりとお辞儀をして、その美少女は去って行った。そんなわけ、ないよな。あたりまえだが、わずかに期待した自分が馬鹿らしい。

カーカーと、鴉の泣く声が聞こえる。それは、複雑な男心を弄ばれて虚しい気持ちを呼び覚ましてくれたが、財布をもったまま、彼女の去って行った壁際を眺めて動けないでいた。眼は覚めたのに、未だに夢でも見ているようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なぁ、赤城。お前、天使、っていると思うか?」

 

「あん?天使?高坂、お前頭大丈夫か?」

 

次の日、学校に居る間も俺の頭の中では昨日の出来事が焼き付いて離れないでいた。だからこそ、目の前に居るクラスメイトの赤城浩平に、そんなとち狂ったような質問が平然と出来てしまったわけだ。行った後に、我に返って少し後悔した。

 

「いや妄言だった。すまん忘れてくれ」

 

「天使は居るに決まってんだろ?」

 

!?まさかこいつも…!

 

「なんてったって、瀬奈ちゃんはこの国に、いや、この宇宙に生まれいでた国宝だからな~!」

 

お前の妹かよ!

しかし、天使具合で言ったら家の妹だって負けていない。いや、はっきりいって赤城のところの妹なんかと比べたらコールド勝ちしちまって申し訳ないくらいだ。となると、昨日会った美少女は…天使以上の存在…女神…?

 

「赤城、お前女神って、居ると思う?」

 

「そりゃ、お前、瀬奈ちゃんのことだろ~。なんせ瀬奈ちゃんってば~、小学3年生の時に…転んで怪我した俺のこと…」

 

こいつも、これさえなければ彼女の一人や二人作ってそうだけどな。

顔ははっきり言ってイケメンの部類だし、サッカー部で活躍していて性格も明るい。しかし、妹にしか目が行かないシスコン野郎ってのが足を引っ張っている。まぁ、俺以外ほとんどのやつがそんなこと知らないみてーだけど。

 

「お兄ちゃんのいたいのいたいのとんでけーって!お前それ、飛んでくって話だよなぁ!」

 

「いや知らねーよ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それでね、おばあちゃんが今度、私のお菓子もお店に並べてみないかーって」

 

「へー!良かったじゃんか、麻奈実」

 

「うん。そ、それでね、きょうちゃん、よかったら先に、味見してくれないかなって」

 

「おー、良いぜ。ま、あんまり意味ないだろうけどな」

 

「え?ど、どうして?」

 

「だって、美味いのわかってんじゃん」

 

「っえ!そ、そんなことないよー!」

 

「あぁ、婆さんのお墨付きが出てるんだからきっとそうなんだろ。」

 

「…きょうちゃんの馬鹿」

 

何だよ。突然元気になったり怒ったり。

 

麻奈実と並んで、葉っぱがちらほら枯れ始めている並木道を歩く。長い夏休みも終わって、いつも通り、平穏な日常が戻って来ていた。妹の頼みごとも全部終わって、平穏そのもの……やっぱり、人間穏やかな日常が一番だよなぁ。

 

「じゃあな、麻奈実、またお前の美味い菓子、食わせてくれよ」

 

「……うん!きょうちゃん。また明日~!」

 

いつの間にか機嫌が良くなっていた麻奈実に対して肩にかけていた鞄を軽く上げるだけで別れを告げた。

ブリジットのコスプレ趣味だって、親父にすら認められているんだ。もう俺が気にすることは何にもない。順風満帆、全てが順調…

 

「…」

 

ぶー!ぶー!とマナーモードにしていた携帯が震えだす。誰だ。と思って取り出すと、名前の所には…黒猫?

 

「もしもし?」

 

『…兄さん?』

 

「お前の兄さんじゃねーけど、俺だよ。どうしたんだよ。突然」

 

『いえ、あなたに、いつかの契約を果たしてもらおうと思ったのよ』

 

契約?なんだそりゃ。

 

 

 

 

 

『…その、人生相談。が、あるのだけれど』

 

 


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