出発信仰!   作:もちもち物質@布団

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手段と目的*6

 そこでナビスがまた考えるモードに入ったので、澪は食後のお茶を淹れに台所へ向かう。淹れるのはジャルディン土産のフルーツティーだ。茶葉にドライフルーツが混ぜ込んであって、それがフルーティな香りを出してくれる。澪とナビス両者のお気に入りなのだ。

 同じくジャルディンで購入したティーポットは、ちょっとカボチャに似たデザインである。丸っこくて、ころんとしていて、縦に筋が入っている。これも、澪とナビスと、両者共に気に入ったデザインのものを購入してきた。

 ポットとカップをお盆に乗せて礼拝堂へ戻れば、何か、ナビスと王子が話していたらしい。ナビスは相変わらず悩んでいるようだったが。

 ポットとお揃いのカップに茶を注いでいけば、ふわり、とよい香りが漂うようになる。甘いフルーツの香りに、カリニオス王子は『ほう、ジャルディンの茶か』と目を瞬かせた。どうやら、セグレードで長らく療養生活をしていた王子様も、ジャルディンの新商品を知っているらしい。

 ……大方、クライフ所長辺りが王子の為に目新しいものを、と持ってきたんだろうなあ、と澪は思った。

 

 そうしてお茶が用意されて、ついでにお茶菓子も出揃う。お茶菓子はジャルディンのドライフルーツとメルカッタの砂糖菓子。そしてポルタナの塩を使った塩味ビスケットである。ポルタナの塩のビスケットは塩の旨味がじんわり広がる、塩の産地ならではの地味ながら美味しい逸品だ。

 どうぞどうぞ、と茶菓子とお茶を勧めて、澪も率先してお茶を飲み、おやつをつまむ。そうしていれば王子もそっと塩味ビスケットをつまみ始めたし、ナビスも砂糖菓子を口に含み始めた。

 ……そして。

「……私、ポルタナが好きです」

 お茶を飲みながら、ナビスがそう、言いだした。

「でも、私がポルタナに居ることが、ポルタナにとって最も良いことであるとも、限らないのですよね」

 澪も王子も、黙ってナビスの言葉を聞く。

「そして、ポルタナに恩返ししたいですし、世界全体をよりよくしていきたい。……もっと、欲張りたい。そう、思うようになってしまいました」

 ナビスは、ちら、と澪を見て、にこ、と笑う。そして。

「だから私、王城に行ってみたいです」

 そう、ナビスは心を決めたようだった。

 

 ナビスの言葉に、澪は『そっかそっか』と嬉しさをじんわりさせ、そして王子は、努めてそう見せないようにしていたようだが、それでも喜びがはみ出していた。……やっぱりこの王子様は、ようやく出会えた唯一の『希望』を連れて帰りたかったようである。

 だが。

 

「その……まずはひとまず、下働きとして!」

 ……続いたナビスの言葉に、澪も、王子も、ぽかんとすることになったのだった。

 

 

 

「えっ」

「何っ……し、下働き?な、何を言っているんだ!?」

 王子はわたわた、と混乱し始めたのだが、一方で澪は『あー、なるほどねえ』と納得してもいた。

「成程ね!確かに、『ナビスの存在を公表しないまま王城に行ってみる』っていうのは、選択肢から外しちゃってたけど……それもアリだぁ」

 澪は、欲張りセットを提示したが、ナビスも中々の欲張りセットを思いついたようだ。その方向が、何ともナビスらしいなあ、と澪は思うが。

 

「私、まだ、王城がどのような場所なのか、分かっていません。……その、お話を聞くだけでは判断がつかないと思います。実際に、見てみなければ」

 ナビスはお茶のカップを手で包んだまま、自分の言葉を確かめるようにしながら話す。

「なので、一度、王城を見てみたいのです。そして、そこで自分の力がどの程度通用するのか、そして自分の力がどの程度必要とされるのか……私にできることは何か、見てみたいのです」

「う、うむ、そうか……成程な、確かにその通りだ。生まれた時から王城に居るわけでもない君には、急に王女として城へ入れというのも敷居の高い話だな」

「はい。そこへ飛び込むにしても、まずは知ってからにしたいと思うのです。そのためには、私が王子様の血縁かもしれない、という話は隠したまま、下働きとして雇っていただくのがよいのではないかと思いまして」

 ナビスの話を聞いた王子は、『娘が下働きというのも……』というような顔をしていたものの、やがて、『まあ、アンケリーナならそうしたかもしれないな』と、苦笑しつつ呟いた。

「いやはや……君達は発想が柔軟だな。中々、驚かされる」

 そうして、王子は澪とナビスを見て、楽し気に目を細めた。

「えへへへへ。若さと不遜を畏れぬ勇気の為せる業、ってことで!」

 澪はとりあえず褒められた、ということで胸を張っておいた。そして、ナビスは……。

「……うふふ。私、少し、ミオ様みたいでしたか?」

 そんな可愛いことを言って、澪の方を見上げてくる。

「ああああー!がわいい!がわいい!あああああああー!」

 ……なので澪は、たまらなくなってナビスをきゅうきゅう抱きしめておいた。ナビスは『苦しいですよう、ミオ様あ』と嬉しそうにきゅうきゅうやってくるものだから、余計に可愛い。

 

 さて。

 一頻りきゅうきゅうやった後、カリニオス王子が『君達はよくくっつくなあ』となんとも興味深げにこちらを見てきたので『どんなもんだい』とばかりに意味も無く胸を張っておいて……ひとまず、細かな調整に入った。

 最終的な調整は王子1人で行えないので、王子が城に帰った後、改めてもう一度、ということになるらしいが……大凡のスケジュールなどを話してもらった。

 ナビスは、王城の治療室の看護婦として城に入ることに決まった。他にも、王子が潜り込ませられそうな箇所には『庭師』や『掃除婦』などもあったのだが、より多くの人を助けられそうなところへの従事をナビスが希望したのである。

 ……そして、澪も一緒に働くことが決まった。当然である。澪はナビスがそこに行くならついていくと決めていたのだから。

 ついでに、2人セットで行動していれば、何かとトラブルを避けられることも多いだろう。何かあっても助けに入れるし、何かと身軽に動きやすい。

 何より、ナビスが寂しがるので。

 ……そう。ナビスが、『その、ミオ様もご一緒に……いかがですか?』と、おずおず遠慮がちに聞いてきた時点で、澪の行動は決まったも同然なのである。見知らぬ環境へ飛び込んでいくナビスを1人にしておくわけにはいかない。澪が居ることでナビスの元気が出るというのなら、澪は当然、そのお手伝いをすべきなのである!

 

 

 

 ……そうして王子との話も終わり、王子は宿へと帰っていった。宿までは澪とナビスが送っていった。一応。何があるか分からないので。

 そうして王子を送り届けた帰り道、シベッドが今朝がた雪かきしてくれた道を上ってのんびり教会まで戻りながら、澪とナビスはのんびり話す。

「はー、春から王城勤め、かあ。どんなところかなー。楽しみだねえ。……あ、ナビス、不安じゃない?」

 ナビスの入城は、春からになる。王子が城に戻るまでに少し掛かり、その後で諸々あるので春まで掛かる、とのことである。それでも十分すぎるほどにスピーディーなのだが。

「はい。不安は……まあ、少しはありますが。でも大丈夫です。聖女としての研修でもありますから」

 澪の心配も他所に、ナビスは気合十分である。

 ……ナビスは癒しの術が得意な上、安定して信仰心を得られる環境にあるのでその必要がほとんど無いが、一応、聖女は聖女としての修行を積む中で、一通り神の力に頼らない治療を学ぶらしい。要は、医学や看護学の端っこである。

 ナビスは勤勉なので、今回の城勤めもその研修の一環として楽しむ所存であるらしい。実際、そうした理由で王城で働く聖女の例はあるらしいので、カモフラージュの理由としてもバッチリだ。

「それに……やはり、ミオ様が一緒に居てくださるのですもの。ミオ様が『楽しみ』と仰ると、私もなんだか楽しみになってきてしまうんですよ」

「……そう言われちゃうと、私も俄然、やる気が出るなー」

 何はともあれ、春からの城勤めはナビスにとっては大切な研修であり、観察でもある。澪も全力でサポートしたい。……何せ、ナビスがかわいいので。

 

 ふと、見てみたナビスの横顔は、楽し気であった。

 そして、希望に満ちてもいた。言葉通り、本当に不安より楽しみが勝るのだろう。

「……そういえばさー、ナビス」

 そんなナビスを見て、澪はふと、気になる。

「ナビスが王城に行くことになったとして……ええと、やりたい事っていうのは、ポルタナのこと?」

 ナビスがやってみたいことの全貌が、澪にはまだ、見えていないのだ。

 

 神の力を集めるということなら、今の状態でも、できなくはない。

 当然、王女様兼聖女様をやるのと比べると、効率は落ちるだろう。だが、澪はまだまだナビスのライブを発展させていくつもりがあるし、そうしていけば、そう悪くない効率を叩き出せる……と、思われる。

 だが、澪が首を傾げていると、ナビスは寂し気に、くす、と笑った。

「あら、ミオ様。だって……その、神の力をたくさん集めなければ、ミオ様は困ってしまいますよね?」

「へ?」

 ……一瞬、何のことか分からず、澪は素っ頓狂な声を上げる。するとナビスも首を傾げつつ、『何か違ったかしら』とばかり、心配そうな顔をする。

「え、あの、だって、元の世界へ、お戻りになるのに……その」

 そしてナビスから、そう聞いて……。

「あー……そうだった!」

 澪はようやく、自分には帰るべき世界があるということ……そして、自分が元の世界に帰るためには神の力がたっぷり必要なのだった、ということを思い出したのであった。

「そっかー、すっかり忘れてたな、それ……あああー……」

 澪は頭を抱えた。

 そう。澪は最近すっかり、元の世界に戻ることを頭からすっぽかしていたのである!

 

 

 

「ミオ様、忘れてらっしゃったのですか……?」

「あ、うん……ごめん……」

 澪は自分でもびっくりしているが、当然、ナビスもびっくりしていた。まさか、自分の人生に大きくかかわるようなことを澪が忘れているとは思わなかったことだろう。

「あ、あああー、ごめんナビス。ナビスより私の方がそこらへん頑張らなきゃいけないのに……」

 ナビスが何とも言えない寂しげな顔をしているものだから、澪は慌ててナビスに謝る。するとナビスも慌ててわたわたし始めた。

「い、いえ、お気になさらないでください。その……忘れてらっしゃったなら、言わなければよかったかしら、なんて、思ってしまって……」

 ……更に、そうしてしゅんとしてしまったものだから、澪はいよいよ、考えてしまう。

 自分が元の世界へ帰る時、ナビスはきっとものすごく寂しがるだろうなあ、ということを。

 

「いえ、でも大丈夫です。私はきちんと、ミオ様を元の世界へお返ししますので!」

「あ、うん、ありがと……」

 先に立ち直ったのは、ナビスだった。ナビスは『むん!』とばかりに気合たっぷりな顔をして見せてくれる。非常に頼もしい。だが、澪はその頼もしさが少しばかり、心配でもある。

「あの、ナビス。もし、私を帰すことを考えて、それで王城に行こうっていうんなら……」

 ナビスが王城へ行くのは、澪の為なのではないだろうか。

 ナビスは、澪の為に自分が望まない進路を選択しようとしていないだろうか。

 

 

 

「いいえ、違います、ミオ様」

 だがナビスはきっぱりとそう言って、澪の手を握った。

「やりたいことも、救いたいものも、随分、増えてしまいました。聖女モルテと話してからは、死に全てを託す前に、生ける私達が生ける者を救うのが使命であろうと、余計に思うようになりまして」

 そうしてナビスは澪の目を見上げて笑う。不安は一切無くて、慢心ではない、確固たる自信に裏打ちされた笑み。人々を救う聖女の笑みだ。

「そしてミオ様が教えてくださったのです。私が手を伸ばせば、案外、私が思っている以上のものを抱き留めることができるのだ、と」

 冬の太陽は傾くのが早い。ほんのり金色に色づいた斜光が、逆光気味にナビスを照らす。ふわりと通っていった北風がナビスの髪を靡かせれば、まるで光が舞うかのようだった。

「なんか、ナビス……神様みたいだねえ」

 そんなナビスを見て、澪はそんな感想を漏らす。

 ナビスは神々しくて、頼もしくて……確かに、人々を導く聖女様であって、だが、それ以上の……それこそ、『神』にさえ見える。

「へっ!?か、神!?」

「うん。ナビス、その内神様になりそう……」

「え、えええええ!?な、何故ですか!?神!?神ですか!?私が!?」

 わたわたわた、となったナビスの手を握りなおして、澪はそのまま歩き出す。

 ナビスはわたわたしていたが、澪が歩き出すと、やがてくすくす笑って一緒に歩き出す。

「王城へ行く前には盛大に礼拝式やらなきゃねえ」

「はい……王城に行ってからも休暇を頂けば礼拝式ができそうですから、うまくやりくりしたいですね」

「おおー、中々やる気じゃん?いいねいいねー、私も頑張るよ、ナビス!」

 ……そのまま2人で手を繋いだまま、教会までの道をのんびり帰る。2人の影が長く伸びていた。

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