出発信仰!   作:もちもち物質@布団

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勇者の条件*1

 鉱夫達が一気に30人ほど来てから、1週間ほどが経った。

 その間、澪とナビスは鉱夫達の生活をよりよくすべく奔走しっぱなしであった。

 

 まず、住居の整備を行った。

 これについては、元々使われていた住居が20軒ほどはあったので、それらをポルタナ総出で掃除し、整備して使えるようにした。だが、これだけでは足りない。

 鉱夫希望者達の中には、『俺はこいつと同室でいいよ』というような者もあったので、直近で足りない家は5軒分のみとなった。ではその5軒をどうしたか、といえば……地下に作ることになったのである。

 

 ナビスが行使する神の力を使い切る形で、坑道近くの山を掘って住居を造ったのだ。澪の知る限りでは、中国の黄土高原の住居に近い。だが、ポルタナの山は硬い岩石でできているので、神の力が無ければ到底、ここに地下住居は造れなかっただろう。『いや、神の力ってすごいわ』と澪は思うと同時、『やっぱりナビスはすごい!』と信仰を捧げることにした。

 そうして地下とはいえそれなりに住みやすい家ができたところで、村人達が別途、住居の建設を始めてくれた。ずっと地下住居に住んでもらうのも申し訳ないのと、これから更に鉱夫希望者が来た時に困るとのことで、少し多めの建設となる。

 そして澪とナビスは専ら、それらの住居建設の手伝いと、鉱山の魔除け……そして、信仰集めに奔走することになったのである。

 

 

 

 その日、澪は朝から鉱山へ向かった。

 朝靄が立ち上る山の麓から馬力エレベーターで山の上まで登る。澪の手には大きな両手鍋。背中にはパンが入った麻袋を背負っている。

 要は、鉱夫達の朝食だ。魚のスープとパン、という簡単なものだが、これが中々美味いと評判なのである。澪は『そりゃあナビスの料理はおいしいに決まってる!』と誇らしい限りである。

 そうして鉱山の上へ到着し、よっこいしょ、と鍋を運んでいけば、そこには既に仕事を始めようとしている鉱夫達の姿があった。

「おはよー!おにーさん、今日もイカしてるねー!いいねいいね、筋肉キレッキレだね!でも半裸だとナビスが恥ずかしがるから、礼拝式に来る時は服着てね」

 尚、鉱夫達の中には半裸で居る者も多い。夏場の肉体労働ともなれば脱ぎたくもなるのかもしれないが、汗に光る筋肉が非常にむさくるしい限りである。

 澪は『なんか恥ずかしい』と『ちょっとキモい』の間あたりに揺れる気持ちをむぎゅっと押し殺しつつ、努めて何でもないように振る舞うことにしている。『多分、男子校ってこんなかんじなんだろうなあ』と架空の男子校に思いを馳せて現実逃避などもしてみつつ。

「うわ、悪い悪い。いやー、女の子がいるところで働くのなんざ初めてでなあ。無作法は許してくれ」

「いーえ。あ、朝ご飯、ここ置いとくね!皆で食べて!」

 まあ、彼らとてセクハラしたいわけではないのだ。澪やナビスがやってくると途端にもじもじと体を隠して恥じらい始めるのがなんとなく可愛い。尤も、最近では『ナビス様には見苦しいものを見せてはいけないがミオさんにはある程度見せても平気』という可愛げのない奴も増えてきたが。

「いつも悪いなあ。ここの料理は美味いから、やる気も出るってもんだよ!」

「当然!ナビスのご飯は美味しいんだから、皆、元気出してってね!」

 ミオは、早速打ち解けた鉱夫達と会話しつつ、朝食のスープが入った鍋を、どん、と置き、その横には背負ってきたパンの包みを置く。すると『飯か』『飯だ!』と声を上げながら、ぞろぞろわらわらと鉱夫達が寄ってくる。

「ところでミオちゃん、今日はナビス様と一緒じゃないんだな」

「うん。ナビスは礼拝式の準備、始めてるからね。だから今朝はこっちには来れませーん。残念でしたー」

「ミオちゃんが来てくれるんだから、残念ってこともねえよ」

「そ?へへ、ありがと」

 鉱夫達が早速、スープを椀によそい、パンを取り分けていく横で、澪は早速、聖銀のラッパの準備を始める。

 ぷるぷるぷる、と唇を震わせて準備体操をしていけば、鉱夫達は『おお!』というような顔をする。

「……ってことは、今日の魔除けはミオさん担当かい?」

「そ!ってことで、気合入れて魔除けしてくからよろしくね!」

 最後に、ナビスから貰って来た聖水をラッパに振りかけて、淡く光るラッパ片手に澪は鉱山へと進んでいった。

 

 鉱山の中はひんやりとして気持ちいい。鉱夫達の中には、『寝るときはこっちがいい!涼しい!ひゃっほーう!』と、坑道内に住み着いている者も居るらしい。気持ちは分からないでもないがちょっと変だと澪は思う。まあ、変な人が居てもいいよね、とも思うが。

 そんな鉱山の中、澪はラッパを構えて、すう、と息を吸い込む。意識して、きちんと正しい腹式呼吸で。

 ……そしてラッパへ、息を吹き込む。

 いつも通り、B♭の分散和音だ。上って下って、そして一気に音階を駆け上がって、最後はハイトーンのB♭。……そろそろ別の音も出したいのだが、このラッパはピストンも無い単管なので、倍音しか出せない。少し物足りないが、まあこういう道具だと割り切るしかない。

 ラッパの音が坑道に響けば、ほわり、と鉱山の中が明るくなっていく。澪はこの光景を見るのが好きだった。ナビスの歌や澪のラッパによって輝く鉱山の中。それによって煌めく水晶や鉄鉱石。きらきらと綺麗なそれらを眺めて満足した澪は、鉱山を出る。

 ……澪の後から、『ラッパの音がしてびっくりした!もう朝だった!』と、坑道内に住み着いている例の鉱夫が出てきて皆が笑顔になる一幕もありつつ、鉱山の朝が始まっていく。

 鉱夫達が採掘してくれた水晶をいくつか貰って、澪は教会へ帰ることにした。

 

 

 +

 

 

 ナビスは礼拝式の準備をしていた。

 皆に振る舞う食事の準備であったり、礼拝堂の掃除であったり。

 また、今回は礼拝堂の飾りつけもある。というのも、採掘された水晶を使って早速、テスタ老が小さなシャンデリアをこしらえてくれたのだ。

 天井からシャンデリアを吊り下げ、試しに火を灯してみる。……すると、水晶の中を通った光がきらめきの欠片となって、壁や床を彩っていく。水晶同士の重なり合いから生まれた淡い影も、風や火の揺らめきに踊るように動き、なんとも美しい。

「……綺麗」

 この美しさは、ポルタナの良さの集合体だ。透明度の高い水晶を生む大地の恩恵でもあり、それを採掘してくれた人々の温かさでもあり、加工してくれたテスタ老の技術の高さでもあり……ポルタナという土地を愛する心が、ここに詰まっているのだ。

 きっと村人達も鉱夫達も、このシャンデリアに彩られた光を見て、喜んでくれるだろう。ナビスはにっこり微笑むと、引き続き、食事の準備に取り掛かる。

 

 ……すると、ふと、教会の裏の戸が叩かれた。

「はあい」

 返事をして、ぱたぱたとナビスが駆け寄ると、遠慮がちに戸が開いて、ぬっ、とシベッドが顔を出した。

「あら、シベッド。どうしたのですか」

「魚、持ってきた。使うだろ」

 ナビスが見上げていると、シベッドは高い身長を縮めるようにしながら、手に持っていた籠を渡してくれる。そこには今朝獲ったばかりなのであろう魚がたっぷりと入っていた。

「わあ、ありがとうございます。……いいお魚ですね。おいしそう」

 火魚に、風魚。夏を彩る魚の数々に、ナビスの表情も綻ぶ。風魚は独特の香りが爽やかで中々美味しいのだ。ただ焼いただけでも美味しい代物だが、さて、どう調理しよう。

「……なあ、ナビス様」

 にこにこと考えていたナビスに、シベッドが気まずげに、声をかけてくる。ナビスが顔を上げてみるも、シベッドは中々続きを話そうとしない。

 昔から、シベッドはこうである。ナビス自身も喋るのが然程得意な方ではないが、シベッドは輪をかけて寡黙で不器用な性質なのだ。だが、そんなシベッドのことをよく知るナビスは、シベッドの言葉をゆっくり待つ。

「……その、新しく来た奴とは、上手くやってんのか」

 そしてようやく発されたシベッドの問いに、ナビスは少々考え……『ああ、ミオ様のことですね』と理解する。それと同時に、『私はミオ様と上手くやれているのでしょうか』と考え始める。

 

 ミオは、やはり不思議な人だった。

 明るくて、懐っこくて、どちらかといえば人見知りなナビスともすぐ打ち解けた。それどころか、気難しい者も多いギルドの食堂の中でもまるで臆することなく言葉を発し、そして今も、鉱夫達と上手くやっている。

 そんなミオは、ナビスにとって初めての、女性の友達、ということになるのかもしれない。

「ミオ様ですね?ええ、その……親しくさせていただいている、と思います」

 少し、気恥ずかしくもある。何せ、初めての女性の友達だ。同じ年頃の少女と共に過ごしたことがほとんど無いナビスにとって、ミオの存在は眩しく、温かく、そして、戸惑いと共に楽しさと心地よさを与えてくれるのだ。

 例えば、ミオと一緒に居ると、ナビスは大分、積極的になる。町へ赴くことをすぐに決めてしまえたり、ミオに似合いそうな服をすぐに選べたり。

 ……そう。服選びも、とても楽しかった。2人で『あれが似合うと思う』『これがいいんじゃないか』と相談しながら互いの服を選ぶのは、少し気恥ずかしくも楽しく、温かい経験になった。遠く話にだけ聞いて憧れていたことが体験できて、心の底から浮足立つような、そんな気分になったものだ。

 それから、ミオはすぐ、ナビスにくっつく。

 昔はシベッドもナビスに引っ付いていたものだが、いつからか、彼はナビスに触れてこないようになった。ナビスが聖女の修行を終えてポルタナに戻ってきた頃から、そうだ。

 ……ナビスは聖女になったのだから、他の村人達から一線を引かれるのは仕方のないことではある。だが、それがどうにも、寂しくも、あったのだ。

 それがどうしてか、ミオはまるきり気にせず、ナビスへきゅうきゅうとくっつき、手をつないで歩き、そして、手を取って共にぴょこぴょこと跳ねてくれる。ミオに触れられ、ミオに触れる度、ナビスは言いようのない心地よさを覚える。だからか、ナビスはもうすっかり、ミオに気を許していた。

「……そうか」

 シベッドは少し、複雑そうな顔をしていた。

 彼は心配性だ。ナビスのことも、いつも誰よりも案じてくれる。今回も、唐突に他所からやってきたミオのことを警戒してくれているのだろう。

「私は大丈夫ですよ、シベッド」

 なのでナビスは、そう言って笑ってみせる。自分が安心して見せることで、シベッドもまた、安心できるように。

「ミオ様は素敵なお方です。裏切られることはありません」

 ナビスの言葉に、シベッドは戸惑っているようだった。『何故、そんなことが言えるのか』とでも言いたげな、不安そうな顔だ。

 そして実際、ナビスもまた、『何故』と問われてもその理由を説明する自信は無い。強いて言うならば、ミオは、ナビスが祈りを捧げた祭壇に突然現れた……非日常の塊だったから、なのかもしれない。少なくとも、きっかけは、そうだった。

 だが、今はもう少しばかり、確固たる理由を説明できる気がした。

「何故だかは、分かりません。でも確かなことには、ミオ様は神の力との相性がとても良いようなのです。ですから、悪しきものではありません。……それに、ミオ様を見ていると、信じたくなる。付いていきたくなる。シベッドはそう、思いませんか?そう思ってくれたからこそ、ミオ様にナイフを貸したのでは?」

 今や、ポルタナはミオに引っ張られている。

 ミオが先導して、礼拝式も随分と賑やかなものになった。ナビスとしては『ナビス様はかわいい!』と言われると只々恥ずかしいのだが、それを唱える村人達が妙に楽しそうなので、それについてはよかったと思っている。

 それに、やはり、物事が動いているのだ。ミオが来たことによって、鉱山が開かれ、人が集まり……ポルタナはあっという間に活気を取り戻しつつある。

 この変化は、シベッドにも伝わっているはずだ。ポルタナが明るくなっていくこの感覚を、彼もまた、味わっている。だからこそ彼は……大切な聖銀のナイフを、ミオに託したのだと、ナビスはそう、感じている。

「……俺は、ナビス様が無事で居られる可能性を、少しでも上げたかっただけだ」

「そう、ですか?」

 そっぽを向いてしまったシベッドに微笑みかけてみると、シベッドはますます気まずげに俯き、意味も無く足を動かし、そして舌打ち交じりに髪を掻いた。

 彼なりに複雑な気持ちを整理しているところなのだろうし、ナビスはただ、それを待つ。

 

「……そろそろ、体調も戻ってきてる。次に鉱山へ行く時には、俺を連れていってくれ。足手纏いにはならねえ。ナビス様の盾にだって、なんだってなる」

 そうしてシベッドは、そう言った。どこか焦燥の滲む彼の顔を見上げて、ナビスは彼の苦しみの片鱗をそっと、受け取る。

「……贖罪なら、もういいのですよ。シベッド」

 シベッドの手を握って、ナビスは諭した。

 シベッドの恵まれた体躯、長い手足は戦うことに向いている。だが、彼がそれを望んでいる訳ではないこともまた、ナビスは知っている。

「お母様のことは、どうか、気にしないで。お母様もそう望んでらっしゃるだろうから」

 それでも尚、シベッドが『気にしない』ことなどできないと知っているが。ナビスはそろそろ、彼には自由になってほしかった。

「ミオ様が仰っていました。失われた血液が完全に戻るには、3か月ほど必要だそうですよ」

「……そんなに待たなくても、もう、漁はできてる」

「無理をしないに越したことはありませんよ、シベッド」

 どこか納得のいかないような顔をしているシベッドを見ていると、ナビスはどこか、『この間まで自分もこうだったのかしら』と思う。何かに焦って、けれど何もできずにいるような。きっとナビスも、そうだった。

「……それに、シベッド。私、考えていることがあるんです」

 だがナビスは、今、進めるようになった。ミオに手を引かれて歩き出している。

 だからナビスも、自分の力で進みたい。ミオにそうされたように、ナビスもまた、シベッドやポルタナの皆を、牽引できるように。

 

「ミオ様に、勇者の打診をしようと、思うのです。……ポルタナを、消えさせないために!」

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