出発信仰!   作:もちもち物質@布団

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敵に塩を贈る*1

 それから、3週間。

 澪は『ところでもう私の夏休みって終わってるけど、私って向こうの世界では行方不明扱いなのかなー……』とふと考えてしまいもしつつ、しかし前向きに、アイドル活動に精を出していた。

 何せ、信者集めは順調だ。澪とナビスの話はメルカッタのギルド中に行き届き、今や、メルカッタを拠点としている戦士達は誰一人として澪とナビスを知らない者は居ない、というような状況なのである。

 聖水を皆に譲り渡したのも、大きな力になった。今まで他の聖女達が『礼拝に来て信仰してくれれば聖水を分け与える』という風にやっていたものを、『聖水を分けますのでもしよかったら信仰してください』と順序をひっくり返して行った澪とナビスは、それが戦士達に重宝がられて今やすっかり人気者だ。

 ついでに、当初の予定通り、メルカッタのギルドで焦げ付いていた依頼をいくつか消化したのがよかったらしい。『目立たない仕事なのに引き受けてくださるなんて!』とこれがまた評判を呼び、ナビスは庶民派聖女としてメルカッタの戦士達に受け入れられることとなったのであった。

 勿論、『庶民派聖女』には、『庶民派勇者』があってこそ、である。……澪の、人の懐に飛び込むのが得意な性質と盛り上げ上手が功を奏して、澪はすっかり、『勇者でありながら皆の妹のようでもある』といったポジションに落ち着いている。同時にナビスは『神聖なる聖女様だが、やはり皆の妹……』というように受け入れられていた。

 親しみやすさは、畏れや尊敬とトレードオフに思える。確かに、澪やナビスは今、畏怖の力のみでメルカッタの戦士達を統治するようなことはできないだろう。

 だが、親しい間柄であっても、尊敬しあうことはできる。

 楽しく世間話に花を咲かせて、戦士達から様々な地方の話を聞かせてもらい、彼らの戦闘をサポートすべく聖水を提供したり祈ったり、はたまた焦げ付いた依頼を片付けたり……。そうして活動していれば、戦士達とは互いに信じあう関係になれる。一方通行ではなく、相互の信頼関係。それは、ポルタナの住民とナビスとの関係にも近い。

 澪は、これこそがこの異世界の信者獲得競争における必勝法だと考えている。

 お高く留まって神聖で崇高な存在としてもてはやされようとしても、知名度が追い付かない。だったら知名度を優先して、庶民派で居た方が断然、得である。

 戦士達から広がった口コミによって、今やギルドの外の人達も、ナビスを信仰してくれている。たった3週間程度で、澪とナビスはすっかり知名度を得た。メルカッタの町で最も名の知れた2人組、というところまで上り詰めたのである。

 

 

 

「やっぱり有用であることって、信仰に直結するんだねえ……」

「そうですね。聖女は人の役に立ってこその存在ですから」

 ポルタナへの帰り道、そんなことを話しながら、澪とナビスはてくてく歩く。

「ポルタナを興すためには、信者をいずれポルタナへ移住させるなり、ポルタナに旅行に来てもらうなりする必要があるわけだけど……そっちに繋げていくのはまだ難しいかなー」

 信仰心をより集めていくためには、活動の拠点をメルカッタではなくポルタナまで持って行きたい。勿論、今は難しい訳だが……。

「うーん……もしかしたら、可能かもしれません」

 だが、ナビスはそう、話し始めたのであった。

 

「ポルタナは、短期労働の場として既に機能しつつあります。観光や娯楽ではなく、労働の為にポルタナを訪れてくれる方は多いわけです」

「あ、ああああー、そっか。そうだった」

 そう。ポルタナは今、澪とナビスの宣伝の甲斐あって、鉱山労働者が日々やってくる状態なのだ。

 魔物を狩る仕事は、当然ながら安定しない。その点、鉱山労働なら安定した稼ぎが得られるので、ギルドでの仕事が無い戦士達が数日間働く、といった時、ポルタナの鉱山は大変に都合がいいのである。

「そっか。定住してくれてる鉱夫さん達は30人ちょいだけど、流動してる人も数えたら、もっとずっと多いのか……」

「ええ。ですから、雇用の場さえあれば、流動的とはいえ、より多くの人口を確保できるのではないかと思うのです」

 現状、ポルタナに定住して稼げる枠は、30人ちょっと分しか無い。要は、いくらポルタナの鉱山が無尽蔵に鉱物を生み出す鉱山だったとしても、坑道内の広さや一度に作業できる人数はある程度限りがあるのだ。無尽蔵に鉱物が出てくるが故の制限、なのかもしれないが、そういうものらしい。

「じゃあ、いよいよ鉱山地下2階の攻略が急がれる、ってわけね」

「はい。そうなのです!」

 ならば答えは簡単だ。鉱山の地下2階を、解放すればいい。

 鉱山の地下2階では金が産出するらしい。金は、金である。ゴールド。非常に良い響きだ。吹奏楽部であった澪にとっては、殊更によい響きに聞こえる。

 金が産出するとなれば、アメリカのゴールドラッシュの時のように、一気に人が流れ込んできたり、しないだろうか。

 勿論、今のポルタナには流れ込んできた人達を受け入れるための資源があまり無い。だが、その資源ごと流れ込んで来てくれたら……そこに村興しと信仰心集めの商機を見出せるのではないだろうか。

 

 ……というところまで考えた澪は、冷静になって考えた。

「いや、食料の供給が完全にできなかったとしても、その対価ぐらいはポルタナが握ってないとダメだ」

「へ?」

「外からの輸入に頼ってると、いざという時弱いじゃん?急に人が入ってきたら揉めるだろうし、ポルタナの人が追いやられるようなことがあっちゃ、いけないし」

 ……一気に労働力が増えた時、間違いなく、元々ポルタナに住んでいた人達との間で、揉めるだろう。間違いなく。もう、間違いなく。

 ポルタナの暮らしを守りながら、新たにやってきた人達と上手くやっていくためには……今、澪とナビスがメルカッタのギルドと築いているような、『相互の信頼関係』が必要なのではないだろうか。

「一方的にね、労働力になってくれる人達に住み着いて貰って、彼らの面倒は彼らだけで見てもらって、ってやってると、ポルタナへの恩恵は多分、無くなっちゃうんだよね。だから最低限、持ちつ持たれつにしたいっていうか……ポルタナ側で用意している資源を提供して、代わりに鉱山資源を融通してもらう、っていうのがいいと思う」

 そう。持ちつ持たれつ。それが大事なのだ。

 一方通行の関係は、脆い。脆い関係は構築しやすいが、存続させにくい。そんなものにポルタナの未来を任せるわけにはいかないのだ。

「ってことで、鉱山地下2階を解放するより先に、食料供給を安定させよう。食料供給が安定しなかったとしても最低限、何か、生活必需品は生産したい……」

「せ、生活必需品、ですか……?」

 ナビスは困惑しているが、ここは大切なところである。

 食料やその他生活必需品の生産を握っていれば、『一方通行』の関係にはなりにくい。一方的に無碍にされて侵略されていくようなことには、ならないはずなのだ。

「今すぐに生産できるもの、となると、それこそ水晶細工や、鉄を使った何か……でしょうか?」

「あ、そっか、そうだね。うーん、やっぱり鉱山から出てくる資源は魅力的なんだよなあ……それは間違いなくポルタナの一部なんだけど、えーと、もっと昔からあるかんじの……それでいて、もっと生活に直結してるかんじの……」

 無茶言ってるよなあ、と自分でも思いつつ、澪はそう聞いてみる。最悪の場合、ナビスが神の力を消費して畑を一気に成長させる、というような小細工も必要かもしれないが、それは最終手段にしたい。なんとか、ポルタナの皆の力だけで生産できるものは、無いだろうか。

「元々ポルタナにあって、今も続いている資源となると……やはり、海、でしょうか?でも、海には魔物が居ますから、そう多くの漁獲は見込めません。海に出る頻度を増やしてもらっても、今のポルタナの村人達と鉱夫の皆さんを支えるので精いっぱいです。それこそ、手軽に生産できるとなると、聖水くらいしか……」

「うわーっ塩水しかない海なんてーっ!」

 絶望!と澪は天を仰ぐ。今日も空は青い。海の青さとはまた異なる、美しい青色である。『いっそ青空が憎いぜ』なんて言ってみつつ、澪は頭の中に『塩水、塩水、塩水……』と繰り返しはじめ……。

「……いや、待てよ」

 そこで、はた、と気づいた。

「海水って、それだけで資源じゃない?」

 塩は、生活必需品である。

 

 

 

 ということで、ポルタナに戻った澪は、ナビスに連れられて村の外れの方へと向かった。

「こちらが塩田です」

「おおー……田んぼみたい」

 村の外れ、広い広い砂浜には、田んぼの畔のように区切りがあって、そこの砂を鍬のようなものでかき混ぜている人達が居た。

「砂浜に海水を撒いて、海水を含んだ砂をかき混ぜて乾燥させ、その砂を海水で洗って塩分濃度の高い海水を作り、それを煮詰めて塩にするのです」

「成程……えーと、鎌倉時代ぐらいの奴……?ん?もっと前……?」

「か、かまくら……?」

 ナビスが若干置いてけぼりになっているが、これは重要な問題である。

 ……今、澪の目の前では、非常に古典ゆかしい製塩が行われている。一応、海辺の村ポルタナであるので、製塩もやっていたらしい。

 だが、どう見ても効率が悪い。古式ゆかしさは効率の悪さと紙一重、ないしは大体同義なのである!

「あれ、あんまり効率良くないよね……?」

「そう、なのでしょうか……?生憎、ああしたやり方以外で塩を作る方法は、存じておりませんが……」

 首を傾げるナビスの髪が潮風に大きく揺れるのを見て『うわあ綺麗』と思いつつ、澪は必死に思い出す。

 確か、日本史の資料集の中に塩の作り方のページがあったはずなのだ。いや、国語便覧だったかもしれない。詳しくは覚えていないが、何か、こういう塩田ではないやり方で塩を作る方法があったように思うのだ。

「あ、あの、ミオ様?」

「ちょっと待って!私が異世界から来た価値が今ここに発揮されようとしてるからちょっと待って!」

「既に発揮され通しのように思いますが……」

 製塩がより効率化されて、輸出できるくらいの生産が見込めるようになったなら、それは間違いなくポルタナの強みになる。鉱山と同じくらいの価値が、この海と浜に生まれるかもしれない。

 だが、今のままでは間違いなく足りない。そして、人員を外から取り込むと、堂々巡りの問題にぶち当たることになる。

 だからこそ今ここで、澪が製塩技術を一気に底上げして、人員をそう増やさなくとも生産を上げられるような革命を起こせば……。

「……あの、ミオ様?私の髪に、何か……?」

「いや、綺麗だなーって思って……」

 ……澪は、ナビスの髪を見て、徐々に思い出していた。

 確か、なんかこう、竹箒とか草とかそういうかんじのをぶら下げて、そこに海水をぶちまけて蒸発させる方法が、効率よかったんじゃなかったっけ、と……。

 

 

 

 ということで早速、澪は図を描いて塩田の作業員とナビスに説明し始めた。

「こういう風に、手押しポンプで海水汲み上げてさー、竹とかの枝に海水を流していくと、太陽光の熱だけじゃなくて風でも乾燥が進むから効率が上がると思うんだよね」

「手押しポンプってなんだ……?」

「あーっ!そこからかーっ!うわ、えーと、大気圧……ちょっと待って!もうちょっと待って!必ず私、ポルタナに技術革命起こして見せるから!」

 説明を始めた澪であったが、前途多難である。手押しポンプの理屈はそう難しくなかったはずなので、多分異世界でも再現可能であろうと思われるが……澪は何かで勉強したようなしなかったような曖昧な記憶を引っ張り出して、なんとか手押しポンプも説明すべく頑張ってみる。

 だが、澪が四苦八苦している間にも、村人達は元気に立ち上がっていた。

「……ま、大体は分かったぞ。要は、海水を撒く先を砂浜じゃーなくて、でっかい桶の上にぶら下げた箒にすりゃいいんだろ?」

「そう!その通り!大体それで合ってる!で、桶の中に落ちてきた海水をもっかい箒にぶっかけてくかんじで!」

 ……いずれ、ちゃんと機械化して、効率を上げていくべきだが。

 今はひとまず、これでいいことにしよう。これだけでも村人達は、『砂を集めて窯に入れるのが重くって大変だったんだよなあ!それが無くなるってんなら万々歳だ!』『海まで行って海水を汲んでくる回数も減るんだろ?桶の中の水をその上の箒に掛けりゃいいだけなら、ずっと楽だ!』と喜んでいる。

 ……澪は、『手押しポンプの原理、ちゃんと説明できるようにもっかい勉強しよ……』と思いつつ、異世界に持ってきてしまったスクールバッグの中に理系の教科書が目いっぱい入っていますように、と祈るのだった。

 

 

 

 そうして塩田の技術革命がほんの少し起きたところで、澪とナビスは教会へ戻る。

 そろそろまた礼拝式を開くのだ。週に1度の礼拝式は、今やすっかり村人達の娯楽となっている。澪は密かに新曲として、澪の世界の歌をナビスに教えて歌ってもらったり、それをポルタナの人々に覚えさせたりもしている。……いつかは澪自身が作曲もしてみたいが、今はその暇が無いので、それは追々。

「ああ、そうだ。明日の礼拝式のための聖水が無いのでした」

「あー、またメルカッタのギルドの人達にあげてきちゃったもんねえ」

 教会へ戻る前、海辺で思い出したナビスと澪は、『それじゃあ先に聖水を作ってから……』と、海へまた方向転換する。

 澪とナビスは今や、こちらの利益は特に考えずに聖水を配り歩いている。これで1人でも多くの人が傷つかずに済むならそれがいいよね、というような気持ちで。

 実際、メルカッタのギルドに出入りしている戦士達が、『強い魔物に出会っちまったが、ナビス様から頂いた聖水があったおかげでなんとか九死に一生を得ました!』と礼を言ってくることもある。理不尽に死んでしまう人が救われるなら、やはり、こうして聖水を配り歩く意味はあるように思われる。

 ……のだが。

 

「おおーい!ミオちゃーん!ナビス様ー!大変だぞー!」

 穏やかな波音にそぐわない声が、やってくる。

 こちらへ駆けてくるのは、今やすっかり仲良しになっている鉱夫達だ。

「ど、どうなさったのですか!?」

「鉱山で事故!?」

「い、いや、鉱山は安全だ。魔除けはしっかり効いてる」

 鉱夫達がやってきたのでナビスも澪も一気に青ざめたのだが、どうやら、鉱山での事故の類ではなかったらしい。ひとまずそれに、2人はほっとしたが……。

「今、メルカッタから来た奴が教えてくれたんだ!……なんでも、メルカッタで聖水を配る他の聖女が居たって!」

「……へ?」

 あまりに予想外な続きを聞いて、2人はきょとん、とするのだった。

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