勇者の隣は、茨道。〜能力無しから、自分の力で望んだ未来を切り拓く〜 作:といα
早朝。
整備された街道を、ゆっくり走る馬車。
「もう少しで着くよ」
B級冒険者、ノール。
「アベル、喉乾いてない?」
B級冒険者、フィーア。
「そんな辛気臭い顔すんなよ。こっちまで気が滅入るじゃねえか」
C級冒険者、バンギネス。
「‥‥‥ごめんなさい」
そしてアベルは、馬車の荷台に座っている。
彼らと共に、冒険者ギルドの本部を目指す。
「ちょっとバンギネス、口が悪いわよ」
「子どもと話す機会なんて無かったんだよ‥‥‥まぁ、努力する」
魔術師フィーアと盾役(タンク)バンギネスが、互いに小声で話す中。
『ーーーあんたたちが引き取ってくれるの?』
誰も住んでいないような、小さな広間。
ほとんど物が無く、あまりにも殺風景な木造建築。
『幾ら払ってくれるんだ』
アベルにとっては、物心ついた時から過ごして来た、孤児院。
そして脳裏には‥‥‥孤児院の管理者たちの言葉が浮かんでいた。
「‥‥‥ふぅ」
アベルは息を吐き、顔を下げて俯く。
仮にも長い時間を過ごしてきた管理者二人が、全く躊躇せずに了承した。
その事に、思わず気分が落ちていた。
(やっぱり、僕の家族はセリカだけだ‥‥‥)
強くあろうとしても、まだ子供。
アベルの精神は鍛錬で強靭になったとしても、まだ成熟はしていない。心というのは、あまりに脆い。
「ーーーアベル」
B級冒険者のノールに話しかけられ、アベルは顔を上げる。
「気にするなとは言わない。でも、思い悩むな。何かあったら俺たちに相談してくれ」
肩を叩いてくるノールが、歯を見せて笑った。
「ふふっ、その通りよ」
「‥‥‥」
フィーアが穏やかに微笑み、バンギネスが目を逸らして水を飲む。
「でも‥‥‥お金だって払ってくれて」
アベルは顔を下げて呟くと、鮮明に思い返す。
『ーーーじゃあ、これでいいですか。この子は俺たちが預かりますので』
ノールが10枚の金貨を置いて、手を握って外へ連れ出してくれた一部始終を。
「子どもが気を回し過ぎだ。大人がカッコつけて勝手に出したんだ。そんな時は、謙遜せずに笑ってくれたらいい」
ノールが憂いなく笑ってみせると、隣に座っていたフィーアが目を細めて呟く。
「自分で言ったら台無しだと思うけどね。アベルはね、こんな締まらない男になっちゃダメだから」
「おいっ!? まぁ、要するに気にするなってことだ!」
ノールが屈託なく笑ってみせる。
「‥‥‥でも」
だがアベルは罪悪感を感じて、またしても顔が下がる。
するとノールが勢いよく両肩を掴んで、アベルと目線を合わせる。
「じゃあこうしよう! 出世払いだ! アベルが強くなって自分で稼げるようになったら、その時に返してくれればいい」
そんな言葉に、アベルは呆気に取られた。隣で聞いていたフィーアが、息を吐きながら腕を組む。
「‥‥‥この子、もしかしたら今の時点で、E級の任務をこなせるかもしれないわよ。そんな子に後で出世払いさせるとか、どれだけ要求する気なの」
「するわけないだろ!? 別に気にするなって遠回しに伝えてたのに、台無しじゃないか!! フィーアはいつも理論武装で論破してくるよな!?」
「魔術師だからね。魔術は賢くて論理的な奴が優れているのよ」
「‥‥‥だからズル賢いんだな」
「なんですって!?」
そしてノールとフィーアによる、口論が始まる。
「お前らホント言い合いばっかだよなぁ‥‥‥」
そんな2人を見て、バンギネスが頭を掻く。
「‥‥‥ふっ。あはははっ」
気付けば、アベルは笑っていた。
騒がしいが平穏な雰囲気に、自然と笑顔が溢れていた。誰かと会話し、笑う日が来るとは思っていなかった。
「ま、結果オーライだな」
「あんたねぇ‥‥‥」
ノールが嬉しそうに笑い、フィーアが呆れながらも微笑む。
数時間後。
やがて、馬車がゆっくりと止まる。
アベルは冒険者ノールに抱えられ、荷台から地面に降ろされる。
「着いたぞアベル。ここが俺たちが所属してる冒険者ギルド『エルトリンデ』だ」
「うわぁ〜!! すごい大きい〜!!」
そこには‥‥‥砦のような大きな建物が佇んでいた。
アストリア王国管轄、冒険者ギルド『エルトリンデ』。
何百人という規模の冒険者が出入りできるよう、本拠地は広大な土地の上にある。
「お金の行き来が頻繁にあるから、王国も率先して冒険者ギルドも運営してるのよ」
「そうなんだっ!」
王国の税収から運営費が賄われており、冒険者は依頼をこなす事で報酬金を得る。
王国としては国内の魔物退治や山賊退治、迷宮調査をしてもらえることで、治安維持に繋がる。
「色んな店が並んでる‥‥‥」
「冒険者に物資は必要不可欠だからな。物流も盛んで、冒険者ギルドは発展してる」
また薬草やポーション、携帯食料など‥‥‥必要な物質の売買もギルド内で行われるため、経済を回す上でも重要な役割を果たしている。
「ここは北の冒険者ギルド。あと3つ東、西、南に別のギルドがあると考えると、確かにすげえ規模だな」
バンギネスが言った。
国内の東西南北でそれぞれ別の冒険者ギルドが、アストリア王国によって運営されている。
それほど、アストリア王国は冒険者ギルドを重要視している。
「アベル、今から受付に君のことを話す。俺たちから離れずについてきてくれ」
ノールはゆっくり歩き出す。アベルは普段の歩調で彼の後ろをついていく。
「ほら、お前は前に行け」
「うわっ」
アベルは隣のバンギネスに背中を押され、彼の前を歩くことになる。まるで、彼が見守っているかのような立ち位置だった。
「あー、なんだ‥‥‥馬車での事は、これで水に流してくれ」
「え?」
アベルは、彼の言葉の意味がわからず困惑する。
すると間に割り込んだフィーアが、アベルの手を繋いで小声で話した。
「バンギネスは口が悪くて悪人面だけど、悪いやつじゃないから。逸れないように、このまま行こっか」
「あ‥‥‥はい」
「それと、もう敬語で話さなくていいから。ね、わかったアベル?」
「‥‥‥うん。わかった」
アベルは嬉しそうに笑顔で返事をすると、フィーアが意気揚々と手を引っ張っていく。
「おい聞こえたぞー!? お前ちょっと甘やかしすぎなんじゃねえのか!?」
後ろから聞こえる、バンギネスの声。
アベルは隣のフィーアと笑い合い、前を向いて歩いていった。
冒険者ギルド『エルトリンデ』、受付。
「え〜っと‥‥‥冒険者の登録ですよね。ですがノールさん、フィーアさん、バンギネスさんは既に」
「登録したいのは‥‥‥この子だ。名前はアベル。登録のための試験を頼む」
「え?? な、何を言ってるんですかノールさん!? 登録って、まだこんな幼い子どもをですか!?」
受付嬢の声が周囲に響き渡り、他の冒険者たちが気になった様子でノールたちを見つめる。そしてその視線は、当然アベルにも向けられた。
やがて視線だけでは収まらず、大男が笑いながらアベルたちへと近づいてきた。
「おいおい。お前らよぉ、いつ子どもなんて作ってたんだよ。なあフィーア、どっちとヤったんだよ」
見るからに、ノールたちを蔑んでいるのが丸わかりである。
「金髪の子どもって、髪色も全然違うなぁ? おいフィーア、まさか別の男でーーー」
「ほんっと下衆ね。あんたと話す時間が勿体ないから、早く消えて」
フィーアはきつく目を細め、容赦なく一蹴する。
「あぁ!? 人が親切に聞いてやってるのになんだその態度はよぉ!?」
すると男が心外とばかりに憤怒し、フィーアに掴みかかろうとした。
「落ち着けよ」
「余計な騒ぎをっ」
するとノールが二人の間に割り込み、バンギネスが男の腕を捻じ上げようと手を伸ばす。
「ーーーやめろっ!!」
だがそんな二人よりも早く、アベルは駆け出していた。魔力で強化した右足で、男の左足を勢いよく蹴る。
「いッ!!?」
男が呻き声を出す中、アベルの右足はミシミシと男の足へめり込み続ける。そして、右足を勢いよく振り抜く。
「ぐぁっ!?」
すると男が両足を刈られ、回転しながら背中から倒れ込んだ。
「な、なんだこのガキ!?」
巨体である自分を、蹴飛ばした幼い少年。驚いた男が叫んで目を見開いた。
だが、アベルは止まらない。
「ーーーっ!!」
勢いよく飛び込んで男の上に乗り掛かると、魔力で強化した右手を振りかぶる。
「フィーアさんに謝れ!! ノールさんたちを悪く言うなッ!!!」
最大魔力出力で強化された、アベルの右拳。
男の顔面に直撃でもすれば‥‥‥ただの喧嘩では済まなくなる。
「もういいアベル!!」
突然響く、ノールの大声。
「ーーー!!」
驚いたアベルは無意識に、拳の軌道を変えた。
ーーーバキィッ!!
その結果‥‥‥男の頭を僅かに躱し、木の床に拳が減り込んでいた。
「ぁ、ぁああ、ぁ‥‥‥」
それを目の当たりにした男が、白目を剥いて気絶した。その後、周囲に沈黙が訪れる。
「ーーー何事だっ!!!」
そして、その沈黙を破る声。
ギルドの入り口から早歩きで駆け付けた白髪の男。
彼の登場に、周囲がざわつく。
「ギルド長っ!! これには事情がーーー」
フィーアが弁明を求めて大声を出すが、ギルド長は反応しない。彼の視線は、大男に馬乗りになって床を破壊した‥‥‥金髪少年に向いている。
「‥‥‥いったい、何があったんだね」
ギルド長の問いかけに対し、アベルはすぐに大男から離れる。そして顔を下げながら、後ろめたそうに口を開く。
「この人が一方的に、ノールさんたちの悪口を言って‥‥‥フィーアさんを掴もうとした。僕の恩人に酷い事をしようしたから、腹が立って‥‥‥」
「‥‥‥そうか。ひとまず私の部屋に来なさい。この子の責任者として、B級冒険者ノールにも同行を求める」
「はい、分かりました」
ギルド長が腕を掴んでアベルを立ち上がらせ、先を歩いていく。
そんな彼の背中は、ついて来いと言わんばかりだった。
「さあ、行こうアベル。俺もちゃんと説明するから、大丈夫だ」
「‥‥‥ごめんなさい」
アベルは頭を下げた。
落ち着きを取り戻した事で、自分の突発的な行動を反省していた。
「何を謝る事があるんだ? 仲間を想っての結果だ。他になんと言われようと、下を向くな‥‥‥誇れ」
ノールが、むしろ嬉しそうに微笑んだ。優しくアベルの頭を撫でると、視線を横に向ける。
「それにフィーアとバンギネスを見ろ。お前に怒ったような顔してるか?」
彼の言葉に、アベルは無意識に二人の方を見つめる。
「‥‥‥(ごめんね)」
「‥‥‥」
フィーアが申し訳なさそうに、両手を合わせて口を動かしている。
バンギネスが目を逸らしながら、はっきりと親指を立てている。
「‥‥‥っ」
アベルは、どこか気恥ずかしそうに笑う。2人の反応を見て、罪悪感が薄れていく。
「だから、行こうアベル。君の行動を分かってもらうために」
「‥‥‥うんっ。ありがとう、ノールさん」
アベルは涙を拭いて、しっかりと頷いた。ノールがにかっと笑って、前を向く。
「さあ、行こうか」
「うんっ」
そして二人は、臆さず前へ歩いていく。